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森と海の娘は平穏を望む  作者: 堀井 未咲
フランレティア編
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第5話

 お腹が膨れ、トール君に保護された安堵により少年は欠伸を何度もしました。

 見かねたトール君に【睡眠(スリープ)】の魔法をかけられ、少年はあっさりと眠りにつきました。

 怪我をしていましたし、朝までぐっすりですね。

 ギディオンさんが、客間に運びにいかれました。


「うしっ。これで、方針は加減なくしてやれる」


 トール君が右拳を左掌に叩き付けました。

 少年の件が益々ヤル気にさせたみたいです。


「帝国側には条件付きでアッシュとセーラ達を派遣してやる気だったけどな。馬鹿らしくなってきたな。一度皇帝に謁見しろと書簡が届いたが、身の安全は保障できそうになさそうだ」

「同感だな。セーラを取り込む気満々だろう。あいつ等は、妖精姫が神子だと確信している。大方、光りの神託だろう」


 至高神だと偽る光りの神による神託ですか。

 有り得そうですね。

 神族の中には、他種族は己の野心を満たす駒扱いする矜持の高い神々が多すぎです。

 光りの神も、その類いですね。

 私は関わりを持ちませんから、興味がありませんでしたけど。

 豊穣の神子を傘下に収めれば、必然的に豊穣のお母さまを下位に位置付けると思われます。

 実りの女神は万々歳でしょう。

 そんな事はさせられません。

 たとえ、帝国に捕らわれたとしても、おとなしく言う通りにはしません。

 時間を稼げれば、トール君なりアッシュ君が助けてくれます。

 それに、黙って従う愚者ではないつもりです。


「アッシュは、ショウゴを見たか?」

「ああ。魅了にどっぷりと填まっていた。気持ち悪い位に意志が低迷していたぞ。セイを認識していなくて、笑いながらいたぶっていた」


 味方同士で争わせたのですか。

 なんて、悪質なやり方ですか。

 憤りを感じます。

 右も左も分からない異界の地で、頼るべきな人もいない。

 突然言葉も通じなくなる。

 少年の心中はいかほどだったことか。


「一応は、セイは牢獄で死亡したことにした。トール、認識阻害の魔導具を持たせてやってくれ」

「了解した。んなら、人道的手段としてミラルカで仮の身分証明書を発効するかな」

「身元保証人は僕でいいよ」


 リビングに戻りましたギディオンさんが、名乗りをあげました。

 表情は固く何かあったのでしょうか。


「セイは眠りながら泣いていた。まだ、親の保護が必要な年齢なのだろう。できるだけの事は、してあげたいな」

「そうねぇ。ギディオンなら、適任ではないかしらぁ。種族は関係なく気質は穏やかだしぃ、トールもアッシュも忙しくなりそうだしねぇ。なんなら、私も付けたしといていいわぁ」


 ラーズは手がかからなくなったし。

 と、イザベラさんも言い出されました。

 たしかに、ギディオンさんとイザベラさんが保証人ならば、ミラルカで自由に活動出来ます。

 なにしろ、ギディオンさんの顧客様の某ギルド長様も頭があがりません。

 気質は穏やかですが獅子の獣人ですから、怒るとアッシュ君でも取り押さえるには苦労されます。

 イザベラさんも、荒くれ者を束ねる冒険者ギルドの長です。

 実力行使には、定評があります。

 にっこり笑顔で、無法者を縛り上げたりします。

 少年にとりましては、良い保護者となってくれそうです。


「ショウゴが正気に戻る確率はあるか?」


 アッシュ君は首を振りました。

 魅了に掛けられた人物が正気に返るには、魅了者から隔離すれば自然と元に戻ります。

 しかし、聖女さんの魅了には神力が備わっています。

 生半可なやり方では正気に返らないでしょうね。

 シルヴィータのトリシア領主の息子さんが、いい例です。

 彼は、王族の殿下に捨て駒扱いされてしまいました。

 領主の父親にもです。

 いくら、シルヴィータの未来を案じたからと言いましても、身内を切り捨てるやり方には反感しか沸きません。


「セイには、悪いがショウゴはいずれは命を亡くすだろうな。邪神討伐にはショウゴと相討ちになる確率が高い。帝国は、神国の勇者も狙っている。取り込む気だ」

「セーラと、神国の勇者をか。どこまで、欲張る気だ」

「帝国にとって、己の利に叶う者は己の野心を満たす道具にしか思っていない」

「ショウゴはお眼鏡に適わない人材だと言うことか」

「だろうな。実力は、Cランクにも劣る。だが、帝国の騎士隊長クラスは優に勝る実力だな」


 神々の附与がありましても、実力は低いです。

 せめてAランクはないと、邪神討伐は難しいのでは。

 種族差があったとして、亜竜も狩れないようでは、何の為の勇者召喚だったことか。


「それで、この依頼か」


 ピラピラと書簡が振られます。

 トール君に依頼とは、厚顔の無知ですね。


「初代勇者の武具を再現しろだと。俺が知るかっての」

「馬鹿を通り越して阿呆だな」

「ほんとにな。俺の親父は勇者に同行してないのにな。それも、依頼金は、帝国の名誉市民権だそうだ」


 懐が痛まない紙切れ一枚で、トール君が喜ぶとでも思ったのでしょうか。

 上から目線で舐められています。

 市民権でだめなら爵位が待っていそうですが、トール君は応じないでしょうね。


「誰が言うことを聴くかっての」

「ですが、ショウゴの身の安全はどうしますか?」


 ラーズ君の指摘に皆さん押し黙りました。

 勇者も少年と同じ帝国の被害者と、言えなくはないです。

 ただ違いますのは、現実逃避にも近い心中です。

 勇者と煽てられ、持て囃される。

 少年に、勇者の為人を聴けませんでした。

 しかし、察しれます。

 トール君が教えてくださいました、

 中二病と言う病です。

 英雄願望の強い少年少女特有のあれです。

 自分は他者とは違う特別な存在。

 悦に入った勇者は放置が良いのではないでしょうか。


「おれは助け手を出す気はない」


 アッシュ君は、少年との経緯を見ています。

 見放す気です。


「私も考えさせられるわぁ。セイには悪いけど、自業自得でしょ」

「僕も、騙されているとは解るけど。保護する気はないよ」

「セーラに、近寄らせない」

「対面したら、闇の妖精族(ダークエルフ)と罵って斬りかかれそうなのは、ごめんです」


 有り得そうな未来に、ラーズ君とリーゼちゃんは異議を口にします。

 少年は私を見ましても反応しませんでした。

 落ち着いたら一悶着あるかもです。

 帝国と勇者教の内情を教えてくれませんかね。


「ショウゴの身の振り方は自身に決めさせるさ。セイはギディオンが、面倒をみるんだろうからな」

「うん。僕が責任とって、最後まで面倒を見るよ」

「なら、頼む。此方の世界の生き方を教えてやってくれ」


 少年はギディオンさんに任せておきませば安全です。

 手に職を就かせ、独り立ちをするまでは、保護下におかれて損はないです。


「メル次第だが、これからは人が増えそうだ。寮に空き室はあったかな」

「個人部屋はないよ。大部屋はあるけどね」


 クロス工房に所属します職人様方用に、寝泊まりできる寮が完備されています。

 ギディオンさんも、寮に住んでいます。

 少年はしばらくは、トール君の側が安心してもらえるでしょう。


「トール。明日は工房に居て欲しい。僕はセイの身の回りの品を買い揃えて来るよ」

「分かった。ラーズも買い出しに行くと言っていたから、二人で行くといいさ」

「はい。セーラ、買い出しの内容はどれですか?」

「此方でお願いします」


 本日の夕飯は予定外の料理をだしましたので、沢山のお野菜と鶏肉に豚肉を書き出しておきました。

 ラーズ君とギディオンさんなら、苦もなく運んでくださります。

 それに、魔法の鞄(マジックバッグ)もあります。

 足りなければ、寮の専任コック様に分けてもらうとしましょう。


「ねぇ、トール。帝国に条件付きでアッシュと子供たちを派遣すると、決めたけど。その条件はなぁに」

「大したことじゃない。今後二度と俺やセーラと関わるな。姿を見せるな。依頼するな。この三条件だ」


 トール君が指を折りながら、説明してくれます。

 ですが、それだけでは抜け穴がありますよ。


「それだとぉ、クロス工房の他の職人には、依頼できるじゃないのぉ」

「ですね。僕やリーゼにも依頼が来てしまいますよ」

「そりゃもちろん。考えたさ。クロス工房の主が帝国嫌いだからと言っても、ミラルカには帝国出身の商人と売買契約を結んでいる仲買人がいる。ギディオンの革製品も、帝国に流れているだろう」


 ミラルカを運営する評議会の議長が帝国嫌いなのは、周知されています。

 ですが、ミラルカの商人に帝国との商売を禁止はしていません。

 あの、利に煩い商業ギルド長でさえ、トール君の前では話題に乗せません。

 陰で商売をしています。

 禁止していまうと、独裁者になってしまいます。

 それは、トール君のお父様の本意ではありません。


「親父や俺と因縁のある帝国だがなぁ。皇帝や勇者教の上層部が仕出かした案件に、末端の関わりがない一般人を巻き込むのは懲りたさ」


 私が知らない勇者教との争い事ですね。

 あの事件には死者は出ませんでした。

 トール君は、勇者教のシンボルとなってしまいましたお父様の、遺品を取り返したかっただけ。

 事を大きくしたのは勇者教にあります。

 死者を出したくないトール君に、人海戦術で捕縛しようとしました。

 抵抗したトール君は、やり過ぎてしまいました。

 結果的に、勇者教の本山が無くなりました。

 人的被害は無くても、心の拠りどころが無くなりました信者は荒れたそうです。

 トール君は、慚愧の念を語ってくださいました。

 私達には、帝国や勇者教と関わるなと、何度も寝物語で教育されました。

 髪の毛一筋も渡してなるものかと思いました。


「でも、トール。僕や他の職人は基本帝国に被害を受けた種族だよ。トールの意向に背く処か、一切の干渉は受けないと憤ると思う」

「それに、一工房と関わらないで潰れる帝国ではないしな」


 ギディオンさんにアッシュ君の言う通りだと思います。

 私達も頷きます。


「なら、クロス工房への不干渉も加えておく。工房製の商品は帝国には、売らないし使用しない」


 にやりと、トール君は笑いました。

 計画していましたか。

 それだと、困るのは勇者ではないですか?

 私は回復要員ですよね。

 ポーションを渡さなくて良いのですね。


「それは、セーラが同行する意味が無くなるのでは?」

「関わらない。セーラ、安全」

「ん? これは、邪神討伐後の話だ。セーラはバンバンポーションをぶっかけるといいさ」


 トール君。

 ポーションは基本飲みます。

 塗り薬ではないですから。

 ぶっかけても傷は癒せませんよ。

 万能ではありません。

 ポーションを飲み過ぎても、中毒になるだけです。

 薬と毒は紙一重です。

 充分に注意してください。


ブックマーク登録ありがとうございます。


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