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森と海の娘は平穏を望む  作者: 堀井 未咲
フランレティア編
53/197

第2話

 ふみゃあ。


 ジェス君がぐったりと延びています。

 朝から他者の視線に晒されて、一挙一動注目を集めていました。

 午前中の営業は終わり、お昼休憩時間になりました。

 本日は私もお店にでましたので、簡単な料理を出しました。

 三軒隣に食堂がありまして、ラーズ君がおかずを買い求めて来てくれました。

 手抜き料理でしたが、それなりに量がありました。

 私には出来ない味付けで美味しかったです。

 ジェス君は気疲れしたのか、少し食欲が落ちてしまいました。

 やはり、問題定義されてから、日がたっていないなかでの御披露目でしたから、慣れない環境がいけなかったのでしょうか。


「ジェス。疲れたか」


 ふみゃあ。


 食後の時間。

 トール君の膝上で丸くなるジェス君。

 念話も出来ないくらい疲弊しています。


「午後はリビングでお留守番していますか?」

「そうだな。御披露目もしたから、午後は混むだろうな」

「噂を聞き付けた商店主が、ジェス目当てに大挙して押し掛けてくるかも知れませんね」

「午後は俺が店番する。何か良くないことが起きそうだしな。セーラは冒険者ギルドの依頼通りのポーションを作製してくれ」

「浮島駄目」

「分かっている。工房の調薬室を使用してくれ」


 工房の調薬室は以前使用していましたから、使い勝手はそこそこです。

 トール君から、納品書を渡されました。

 改良型上級ポーションに始まり、特化型と万能薬の数が多いです。

 手持ちの薬草では足りなさそうです。


「ほい。これが薬草な」


 思案していましたら、薬草の束がでてきました。

 冒険者ギルドは、薬草を用意してくれていました。

 調薬するだけでいいみたいです。


「浮島の調合釜と工房の調合釜では、品質が落ちますがよいですか?」

「冒険者ギルドの依頼状には、なにも最高級な品質は求めていないようだ。だか、セーラなら工房の調合釜でも高品質なポーションが作れるだろ」

「S級ではなく、A級なら出来ますよ」

「セーラ。A級でも高品質ですよ」


 そうでした。

 ラーズ君に溜め息つかれてしまいました。

 普段気にしていませんでしたから、疎すぎでした。

 依頼状にもA級品質とありました。


「調整する?」

「久しぶりですから、試しに何種類か作製してみたいです」

「ん。了解」


 工房の調合釜と浮島の調合釜を作製してくれたのは、リーゼちゃんです。

 私の要望に応えた逸品が浮島の調合釜です。

 午後は調薬に専念することになりました。

 ジェス君も調薬室に籠りましょう。

 これで、人目を気にしなくて良くなりますよ。


 にゃあおぅ。


「午後はお店にでなくて良くなりましたよ。調薬室で調薬します」


 ジェス君が薬草の束と私を見比べています。

 ぴょんとテーブルに跳び移りました。

 んん?

 これは、行儀が悪いと叱るべきですかね。

 いえ、猫なら当たり前な光景ですか。

 ジェス君は、薬草の匂いが気になる様子です。

 前肢でたしたしとある薬草を叩いています。

 違いました。

 お野菜の葉です。

 改良型上級ポーションの素材ですね。

 惜しいです。

 似ていますが効果はいまいちなのです。

 だから、品質が安定していないのですね。

 納得です。

 このお野菜の葉ですと、工程がひとつ増えます。

 それを省いていますね。


 〔セーラちゃん。お料理するの?〕

「違いますよ。そのお野菜はポーションの素材になるのです」

「? ジェスは何て言ってるんだ」

「野菜の葉がありますから、セーラに料理をするのかと問いました」

「野菜の葉? おっ。本当だ。これが素材になるのか」

「改良型上級ポーションの素材は、お野菜の葉で代用がきくと暴露しましたが、残念ながらこのお野菜の葉ではないのです」


 本当に惜しいです。

 人参は人参でも薬用人参の葉なのです。

 調薬師なら薬用人参は手に入り易いですし、ミラルカ近隣でも栽培されています。

 市場にも並んでいますよ。

 何故に気付かれないのでしょうか。

 不思議です。

 もしかして、お野菜の葉だと伝えた私の意見が間違っていたのですか。

 薬用人参はお野菜としても、流通していますよ。

 調薬師なら、理解して下さると思いました。

 残念でなりません。

 日進月歩してくださいませ。


「なら、アマリアに返品するか?」

「いえ。工程が複雑になりますが、改良型上級ポーションの素材になります」


 A級品質でよいのですから、素材として使用します。

 充分に代用がききます。


「先生。表が煩い。招かれざる客」

「ああ。みたいだな」


 リーゼちゃんの眉間に皺がよりました。

 入店証がないお客様の来店ですか。

 それとも、帝国側の使者ですかね。

 どちら様も、招いていません。


「近所迷惑になっているから、顔を出してくるわ」

「リーゼ。セーラを頼みます」

「了承」


 どうやら、ラーズ君も表にいかれるようです。

 獣耳がひっきり無しに動いています。


 ふしゃあ。


 ジェス君の毛並みが逆立ちました。


「あっ。馬鹿がいるな」


 トール君の呟きと共に店舗区から、鈍い音が響きました。

 そして、悲鳴が聞こえてきました。

 何方か被害に遭われましたか。


「トール君?」

「自業自得だ。店舗のドアを魔法でぶち破ろうとしやがっただけだ。反射して怪我を負った」


 お隣さんに被害がなければ良いです。

 工房兼店舗には、防犯対策はかなり緻密な結界が施されています。

 戦略級か神級ランクな魔法でも放たれない限りは、結界は揺ぎません。

 怒号も聴こえはじめました。

 警邏隊が駆けつけ案件に発展してきました。

 トール君とラーズ君が食堂を出ていきました。

 滅多なことでは怪我をしない二人ですが、心配になります。

 アッシュ君なら舜殺ものですね。

 鋭敏な耳がトール君の怒鳴り声を拾います。


「トール君。怒っていますね」

「うん。馬鹿が怒らせた。商人がジェスを売れと言っている」


 にゃっ。


 リーゼちゃんにも聴こえていました。

 表では商人と押し問答しているようです。

 不安げなジェス君が肩に乗ってきます。

 撫でてあげると擦り寄ってきました。

 心配いりません。

 トール君は、追い返してくれますよ。

 さて、それでは午後は調薬の作業にはいりましょう。

 薬草の束を抱えて調薬室に移動です。

 リーゼちゃんと、ジェス君もついてきました。

 邪魔にならない場所で待機しています。

 まずは試しに中級ポーションから作製しましょう。

 乾燥された薬草を薬研で粉々に砕いて粉末にします。

 不純物を取り除き、調合釜で蒸留水に溶かしていきます。

 このままでは味は苦い青汁なので、相性のよい果物の果汁を混ぜます。

 程よい量で調節しながら、味を整えました。

 リーゼちゃんが出してくれました小瓶に適量を淹れていきます。

 蓋をすれば、中級ポーションの出来上りです。

 簡単に見えますが、神経を使いますよ。

 特に味に関しては死活問題です。

 効果や品質が高くても味に不備があれば、売れ残ります。


「流石セーラ。A級品質」

「調合釜も調整はいらないみたいです」

「ん。ならさくさく作る」

「リーゼちゃんは、ポーション瓶の作製をお願いします」

「了承。隣の鍛冶場にいる」


 調薬室の隣の鍛冶場にリーゼちゃんが移動します。

 代わりにラーズ君が調薬室にやってきました。

 表の騒動が鎮まったようです。


「招かれざる客には、警邏隊に引き取って貰いました。店舗のドアに魔法をぶつけた魔法師は、トール先生にお仕置きされましたよ」


 多分ですが、魔法を封じられたのでしょうね。

 魔法師には、可分なお仕置きです。

 魔法が使用できなければ、只の人です。


「リーゼちゃんには、ポーション瓶の作製をお願いしました」


 上級ポーションの作製に移ります。

 まず調合釜に魔力を込めます。

 自動で【清潔(クリーン)】の魔法が発動します。

 蒸留水で人参の葉を煮ます。

 ミラルカ近隣で栽培される人参は煮ると、色が替わります。

 葉っぱも同じで、緑色から黄色に変色しました。

 その葉っぱを擦りこぎでひたすら擦ります。

 この一手間を忘れてしまうと効果が落ちてしまうのです。


「僕が擦りましょうか?」

「なら、お願いします。葉脈も擦り潰してください」

「わかりました」


 難題な擦り潰しがお任せできますから、時間短縮になりました。

 中級ポーションの素材の薬草をまた、薬研で粉末にしていきます。

 基礎となる薬草は変わりません。

 ただ、追加素材の必要が等級を分けます。

 上級ポーションには複数の薬草が必要です。

 その素材代だけで借金を重ねてしまう調薬師が少くありませんでした。

 いまでは、私が専売状態になってしまいました理由のひとつです。


「セーラ。これ位で良いですか」

「はい。大丈夫です。ありがとうございます」


 力強いラーズ君のお陰さまでよい塩梅になっていました。

 粉末にした薬草と擦り潰した葉っぱを調合釜にいれます。

 蒸留水を少しずつ淹れて、時間をかけて混ぜていきます。

 焦って一度に混ぜては駄目です。

 薬草と葉っぱを練り混ませていかないとです。

 半ペースト状になりましたら、一時間ほど寝かせます。

 馴染ませるのです。

 馴染ませる時間はその日の室温や気温で替わります。

 私は鑑定で最高な状態を維持できますので楽です。

 待ち時間に、特化型のポーションを作製していきます。

 特化型も基本は生薬を擦り潰すか、粉末にするかです。

 手順はは中級ポーションと代わり映えしません。

 さくさく作製していきます。

 ギャグではありませんよ。

 寝かせました上級ポーションの続きをしていきます。

 次は純水を準備します。

 さて、慎重に混ぜていきましょう。

 調合釜に魔力を込めながら混ぜていきます。

 そうです。

 調合釜の魔力伝達効果も、上級ポーションの品質をあげる一因でもあります。

 僅かに熱を帯びていく調合釜。

 一定の温度に保たせます。

 高熱は厳禁ですよ。

 効果がなくなってしまいます。

 混ぜて混ぜていきます。

 今度はひたすら混ぜていきます。

 薄朱に変色していきましたら、出来上りです。


「セーラ、ポーション瓶出来た」

「ありがとうございます。こちらも出来上りました」


 粗熱を冷ませてからポーション瓶に、適量を淹れていきます。

 さあ、依頼の半分が消化出来ました。

 まだまだ、納品数には足りません。

 頑張りますよ。


「セーラ。根を詰めすぎです。休憩してください」


 あう。

 このやる気の行き場が、ラーズ君に止められました。


 〔セーラちゃん。めっだよ〕


 ジェス君にも叱られてしまいました。

 これは、私が反省しないといけないですね。

 では、休憩しましょうか。



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