第1話
お待たせしました。
新章です。
「行ってらっしゃいませ」
メル先生が神国に旅立つ日が来ました。
ジークさんの転移魔法で神国の近くまで移動して、その後は駅馬車になる旅程です。
直に神国に転移魔法は出来ない結界が展開しています。
アッシュ君でも攻略は難しい結界なのです。
神国の結界は複雑怪奇に絡み合う蔦に似ています。
一部を切り取り穴を開けるのが厄介者なのです。
魔人族なアッシュ君ですと、反発して結界すべてを壊し兼ねないです。
天族なトール君ですと、結界は機能しません。
天族は神国にとりまして神々の使徒に当たりますから、排除する訳にはいきません。
そう考えるとトール君が送り迎えした方が良かったのではと、思わなくもありません。
偵察に行くとは言ってましたが、評議会の議員方に毎日のように呼び出されていては、おいそれとはいかなくなりました。
私は日課の薬草園の手入れ、泉で一泳ぎ、納品する薬品の製作といった流れの一日を過ごしています。
私がお店番にいきますと、必ずジェス君がついてきます。
余計な案件はないに越したことはありません。
シルヴィータや帝国の商人が工房の周りを探っているようです。
あのポーションを強請りましたグレゴリー氏は帝国の産まれでした。
なんと、トール君から、私を引き離そうと指示されていました。
今は丁重にトール君のお手紙つきで帝国に送り返されました。
グレゴリー商会は事実上閉店しました。
「メルを頼んだ」
「了解している」
「アッシュの使い魔は神国では目立つからな。何かあれば連絡をくれ」
「分かっているわ。わたしのことはどうとでもなるわ。子供達をお願いね」
メル先生。
縁起でもないことは言わないでください。
確かにジークさんもいますから、安全面では不備はないと思います。
ですが、何事も予測が付かない出来事も起こる場合もあります。
神国がどのように対応策を練ってきていますのがわからない以上は、メル先生も身の安全は図ってください。
トール君は新作の通信魔導具をメル先生に渡しています。
何事があれば、是非通信してください。
トール君が、文字通りに飛んでいきますから。
転移室からメル先生とジークさんが、転移していきました。
後は、帝国の成り行きを見守ります。
帝国の召喚勇者さんは、鍛練と学習の毎日だそうです。
トール君曰く、召喚された段階で何かしらの加護が附与されるのです。
加護に身体を慣らす準備期間とのことに、豊穣のお母さまの言葉が思い出されます。
心核に合わない加護は、身を滅ぼします。
聖女さんはかなり危うい精神状態みたいです。
アッシュ君の情報では、帝国を統べる皇帝と不仲説が流れています。
聖女さんは皇帝の弟を、新たに皇帝として擁立する神託を受けたと宣言してしまいました。
帝国は二派に分裂しかけているようです。
そんな中に召喚されました勇者さんは、火種にしかなり得ないと思うのです。
「アッシュ君。帝国は相変わらず権力争いに発展しそうですか?」
「そうだな。帝国は聖女の神託を信じる派が、徐々に大きくなりつつある」
渋い表情をするアッシュ君です。
私が案じても仕方ないですが、権力争いに巻き込まれる勇者さんが哀れに思います。
勇者さんが頼れる人が現れるといいのですが。
「セーラは召喚勇者が気にかかる?」
「気にと、言いますか。なんと表したらいいのかわかりませんけど、トール君のお父様は成人年齢に達していなかったのですよね」
「ああ。未成年だと言ってたなぁ」
「成る程。セーラは今回も未成年が召喚されていると、考えたのだな」
成人されている方でしたら、勇者召喚に懐疑的になると思うのです。
トール君もいっていましたよね。
中二病患者は未成年に多いと。
召喚された勇者さんは有頂天になっているのが現状です。
ならば、未成年が召喚されたとみてよいです。
「おいおい。焦臭くなってきたな」
「もし、未成年が召喚されていたら、保護しないといけないのでは?」
ラーズ君の提案に頷きました。
召喚と拉致は紙一重です。
邪神討伐は遊びではありません。
危険と隣り合わせです。
未成年者を保護者の了解を得ずに略取した疑いが沸き上がってきました。
このぶんですと、一番大切な事実を説明してないのではないでしょうか。
「勇者さんは元の世界に帰還できないと理解されているのか、不安です」
「勇者教は確実に教えていないな。親父も初代勇者も最期まで帰れると思っていたしな」
「今では、遺体さえも利用しているしな」
そうです。
初代勇者さんの遺体は聖遺物として崇められています。
トール君が勇者教と一戦を交えたのも、お父様の遺物を取り返す意義がありました。
勇者教は多大な被害を出して、遺物を返してくれました。
勇者のお荷物と蔑み追い出しておいて、富を産み出す知識を披露したら、手の平返して権利を主張する。
トール君でなくても、呆れます。
「ちっ。次から次へと問題が沸いてくる」
「帝国を調べ直しするか。トール。一日時間をくれ」
「わかった。アッシュの判断で保護が必要ならしてくれ」
トール君の返事にアッシュ君は、すぐさま転移していきました。
自ら調査に行かれてしまいました。
素早いです。
「ラーズ、リーゼ。工房を開ける時間だ。表向きは平静でいろ」
「そうですね。セーラはジェスと浮島は……」
「浮島駄目。目が一杯」
リーゼちゃんに抱き付かれました。
アッシュ君の不在で過保護が発動しました。
目が一杯とは、私を探る魔王さんを筆頭とした魔族が増えてきていますね。
数日分の納品数には達していますから、浮島に籠る必要はないのですが。
「セーラ。ジェスと一緒に店番に出てみるか?」
「トール君?」
「先生なら言うと思いました」
唐突に言われました。
ラーズ君は、納得されていますけど、私の頭の中は疑問符が飛び交います。
「変に隠すから、痛くない腹を探られる。耳目を集めた方が周知されて、話題にもならなくなるだろう」
「逆に真実だと知らしめて、余計な注目を集めるだけになりそうですけどね」
「先生に賛成。同じ場所、守り易い」
はあ。
そう結論が出ましたか。
工房には常連のお客様が来店されます。
その方々に吹聴していただくのですね。
みゃっ。
肩の上のジェス君が固まりました。
あまり、私達以外の他者に慣れていないのですが、頑張ってもらいましょう。
「ジェス君の初お披露目ですね」
「そう言うことだ」
ならば、ジェス君のお気にいりなクッションを、取ってきませんと。
少しでも、過ごしやすいよいにしなければ、ポーチの中に逃げ込まれそうです。
ポーチを外そうとして、始めから家の中では外していたのを思い出しました。
つい、習慣で手をやってしまいました。
迂闊ですね。
〔セーラちゃん、お店番、なに?〕
みゃあう。
ジェス君からの念話は訝しげでした。
あれ?
ジェス君が家族になってからは、お店番をしたことありませんでしたか?
そう言えば、お留守番でしたね。
淋しい思いをさせたのを思い出しました。
「トール君は魔導具を販売修理する工房と、冒険雑貨を扱うお店を経営しています。私達はそのお店で販売を担当するのですよ」
〔ジェスも?〕
「ジェス君は、何をしてもらいましょうか」
「マスコットでいいだろ。ジェスはセーラとリーゼの側でのんびりしていたらいい」
のんびり出来ますかね。
阿鼻叫喚とまではいかないまでも、噂の幸運猫見たさにお客様が詰め寄ると思います。
〔セーラちゃんの役にたつならするの〕
ゴロゴロと喉が鳴っています。
ピンと尻尾が立ちました。
「はい。ジェスは籠の中で寝る」
〔ありがとー。リーゼちゃん〕
籐籠が渡されました。
きちんとクッションがいれてあります。
リーゼちゃんに撫でられてゴロゴロ言っています。
カウンターの端に籐籠を置きます。
開店間近の清掃時間が押し迫ってきました。
ジェス君は邪魔しない為に、籠の中に収まります。
此方を興味深く眺めています。
リーゼちゃんが床を掃いて、私は棚の商品の整理です。
最近の売れ筋商品は、特化型ポーションと上級ポーションです。
毎日売りきれ寸前です。
やはり、迷宮の被害者が増えてきています。
冒険者ギルドは本日から、入宮にランク制限がかけます。
遅すぎなかんが否めません。
イザベラさんも、被害者救済をギルドで提案するとのこと。
工房の責任者のトール君を通じて、ポーションの作製が依頼される見込みです。
「開店しますよ」
「はーい。準備はよいです」
「掃除終わり」
にゃあ。
表を掃除していたラーズ君の掛け声に皆返事をします。
カーテンを開けていきます。
ポーション棚にはキッチリと鍵をかけ直します。
需要と供給が釣り合わない現状では、万引き防止対策は万全にしないといけないです。
クロス工房では滅多に被害に遭いません。
けれども、ないとは言い切れないのです。
入店証がないと入店できませんが、商業ギルドで発効されました入店証で悪さをされたことがありました。
どうも、入店証を獲得する為に何万ジルを払えば、商業ギル経由でつけ払い出来ると勘違いされたようです。
クロス工房は現金払いが原則です。
つけ払いはしていませんよ。
商業ギルドの取引でも現金払いを適用しています。
カラン。
ドアベルが鳴りました。
お客様の入店です。
「いらっしゃいませ」
「あら、今日は貴女がお店番なのね」
「アマリアさんは、本日はお休みですか?」
「実はギルド長からの打診を、店主さんにお伺いに来たの」
本日の一番客は冒険者ギルドの受け付け嬢のアマリアさんでした。
救済の依頼ですね。
イザベラさんの提案が受けいれられたのでしょう。
「先生を呼んで来ます。アマリアさんは商談室にて待っていてください」
「お願いするわ。あら、この猫ちゃんが噂の子なの?」
「はい。新しい家族のジェス君です」
アマリアさんに続いて入店したお客様が聞き耳をたてています。
ジェス君は少し緊張気味です。
初お披露目がアマリアさんで良かったです。
無体なことは起きません。
「はじめまして。アマリアよ」
にゃあ。
お返事できましたが、身体が固くなっています。
尻尾が不安で揺れています。
アマリアさんは撫でようか思案しています。
が、ジェス君の緊張具合に諦められました。
「お待たせしたな」
「いいえ。またねジェス君」
ラーズ君に呼ばれたトール君が、奥から現れました。
店舗と工房の間に挟まれた商談室に入られます。
ジェス君は、安堵の息を吐き出しています。
まだ、お披露目は終わりではないですよ。
頑張ってくださいね。
ジェス君。
ブックマーク、評価ありがとうございます。
次話は23日です。




