第19話 ラーズ視点
「また、何てモノを出してくるかなぁ」
「私に言われましても……」
トール先生は呆れ顔で、セーラを見やった。
ふくれっツラなセーラだ。
迷宮から直に工房に帰宅した僕達。
厄介な案件は、さっさと大人組に介入された方が良いと判断した。
テーブルの上には件の賢者の石が鎮座している。
アマリアさんには悪いが、セーラの身の安全が優先だ。
採掘でとんでもないモノを採掘したセーラに、強欲な他者が近付き兼ねない。
グレゴリー商会のように、欲に取り付かれた輩は何も人族だけではない。
魔族と呼ばれる種族の中には、宝石類を主食にする種もいる。
彼等にしてみたら、セーラの能力は喉から手がでる程に欲しがるだろう。
アッシュ兄さんが庇護しているので、魔族は直接的な手は出せない。
当代の魔王陛下は、不干渉を約束している。
セーラになにかしら起これば、兄さんが暴れる事になるのは明らかだ。
魔王陛下も、災害級な眠る獅子は起こしたくはないだろ。
セーラには話していないけど、シルヴィータの間諜が間近に迫ってきているのも事実。
僕達に近付く見慣れない人族は、僕が幻惑を掛けてミラルカから出ていくように仕向けている。
リーゼも、深夜に紛れて訪れる不審な客を警戒していた。
工房にはトール先生とアッシュ兄さんの保護魔法が、幾重にも重ねられていて、掻い潜る客は今だかって一人もいない。
いたとしても、セーラには会えない。
工房より厳重な安全策が練られた浮島で、セーラには寝起きしてもらっているからだ。
大概、僕達は過保護だと言われている。
まあ、当たっている。
誰が可愛い妹を不幸にしたいと思い付く。
リーゼもセーラも幸福に満ちた未来を送ってもらいたい。
「暫くは、単独行動は禁止な。店番もやらなくていい」
「はい。ラーズ君にも、言われました」
「当然だな」
兄さん。
随分と余裕ですね。
僕は頭を抱えたよ。
地中とはいえ、迷宮の鉱脈で錬金術の触媒が採採掘可能になる。
他のパーティは何やら危険な植物が採集できた。
さながら誘蛾灯のように、人の欲望を満たす迷宮だ。
ギルドが危険視して入宮制限をかけるかもしれないな。
兄さんの事前調査は役にたってはいない。
何で、破壊魔な兄さんに頼んだんだろう。
明らかな、人選ミスだ。
「ですが、普通の依頼は受けても構いませんか? そろそろ、ペナルティが課せられてしまいます」
セーラと僕とは、ランク一つ差なだけ。
セーラがDランク、僕にリーゼはCランク。
それも、難儀な事に外見年齢で判断されている。
パーティ名も年少組だから、人族や獣人種に格下に見られている。
他者に関心がないリーゼは、ランクにも関心がない。
見下す輩には、威圧で黙らせれば良い。
兄さんの教えを忠実に守っている。
実力行使されたら、程ほどにやり返していた。
幻獣種最強な竜種に敵う種は、兄さんぐらいしか思い付かない。
しかし、セーラは完全に忘れているな。
シルヴィータで一つ依頼を完遂しているのに。
「シルヴィータの依頼」
「あれ?」
リーゼの指摘に思案顔なセーラだ。
あれだけ、泣いていたのに忘れてるのは不思議だ。
「その表情ですと、忘れてましたね」
「あれ? ミラルカ以外の依頼でしたよ」
「何処の支部で受けても、依頼は依頼でカウントされますよ」
どうやら、依頼のカウントはミラルカ限定だと勘違いしている模様だ。
何で、そう思ったのだろう。
一緒にギルドの規約は学んだはずなのに。
リーゼの分まで熱心だったのになぁ。
「あれぇ。勘違いしてました?」
「盛大に勘違いしてますね」
「それは、帝国の依頼と勘違いしているんじゃねぇか?」
トール先生の発言に、あり得ると思った。
アッシュ兄さんはギルドランクが唯一人の最高位だ。
帝国領土からも依頼がひっきりなしと聴く。
冒険者ギルドはトール先生と兄さんが創立の立役者なだけに、不仲な帝国領には冒険者ギルドはないはずだった。
帝国領の冒険者ギルドは人族しか所属できないらしく、ランクアップの基準も緩いみたいだ。
兄さんが憤っていた。
竜種も狩れない人材がSランクを名乗っていた。
上から目線の冒険者を叩きのめし、帝国領の偽冒険者ギルドを片っ端から潰していった。
だけど、帝国領も黙っていなかった。
中立国を間に挟み、何度も話し合いが持たれた。
結果、帝国領土では冒険者ギルドをハンターギルドと呼ばせ、冒険者ギルドとは別の組織だと認識させる事になった。
冒険者ギルドとハンターギルドは、建前上相互協力している。
ハンターギルドに所属しているハンターが、冒険者ギルドの依頼を受けてもランクアップの基準に考慮しない。
逆に冒険者ギルドの冒険者がハンターギルドの依頼を受けても、依頼数のカウントに加えられない。
セーラはこの部分に勘違いを起こしたようだ。
指摘すると、規約を載せたルールブックを取り出した。
「何で勘違いしていたのでしょう」
「冒険者に所属出来たと大興奮してルールブックを読み込み、翌朝熱を出して寝込んだだろう」
「それで、間違えて記憶したんじゃねぇのか」
「うぅ。もう一度記憶し直します」
にゃあおぅ。
落ち込んだセーラを慰めるジェス。
膝上から肩に跳び移り、小さな身体を擦り付けている。
よし。
もふもふ好きなセーラの事、機嫌は治るだろう。
ジェスが家族になる前は、僕の尻尾が狙われていた。
隙有れば一日の大半をブラッシングに費やされた事がある。
あの時の苦行は思い出したくない。
セーラはよく魅惑の尻尾云々言うが、持ち主そっちのけで豪語するのは止めて欲しかった。
これからは、セーラ大好きなジェスを自慢してくれれば、有り難い。
ジェスは、セーラのやること成すこと、どんとこいだ。
構ってくれるのが、喜びに変わる。
不思議と言えば、ジェスの存在も不思議だ。
セーラが封印を解いただけで、こんなに懐くのはあり得ない。
始めは何か思惑があるかと、勘繰ったけど。
全身でセーラを大好き、悪い奴はあっち行けと訴えている。
兄さんもセーラの傍らにジェスがいるのを許している。
何て言えばいいのか。
恐らく、ジェスにも自身が気付けない秘密があるんだろうな。
僕はセーラの一件で懲りたから、聴かない。
ジェスは僕達の末弟だ。
うん。
それで、いい。
にゃあう。
〔どうしたの〕
幼い声が聞こえた。
幻獣種の末弟は僕にだけ、意思を伝え易い。
魔力欠乏状態が永い間続いていたので、念話が上手く繋がらないのだ。
まぁ、念話が繋がらないのに不便はない。
ジェスは全身でセーラに甘えている。
セーラもジェスが家族になるまでは、一番下の妹だからか甘えさせている。
「何でもないですよ。ただ、迷宮で出たこの賢者の石はどうしようか、悩んだだけです」
「うん。見なかった事にするか、メルに売り払うか二択だな」
あっさりと、決められた。
トール先生、潔すぎですよ。
でも僕としては、無限収納の肥しになるぐらいだったら、メル先生に有効活用してもらいたい。
頭痛の種がセーラの手を離れるのに賛成だ。
「では、メル先生に売ります。けれども、幾らで換算すれば良いのでしょう」
「虹晶貨1枚。1億ジル。工房の買取り価額」
ああ。
価額表に有りましたね。
誰が持ち込みするんだと、常連客に突っこみ入れられていたなぁ。
セーラの頬がひきつった。
「ふぇぇ」
奇声をあげたくなるのは分かる。
僕も価額表に笑ったし。
虹晶貨自体見た事も触った事もない。
メル先生に支払い能力があるとも思えない。
「とりあえず、立て替えておく」
「ほえぇ」
トール先生が虹晶貨を1枚、セーラに手渡した。
先生。
分割なら有りかな、との予測を見事に裏切られた。
そうだった。
なまじ、自身が特許技術て巨万な財産を築いた人だけに、貨幣の価値に無頓着だった。
子供に渡して良い金額では、ないだろうに。
せめて、貯金に回せば良いのに。
セーラは、初めて見る虹晶貨に固まった。
にゃあ、にゃあ。
ジェスの問い掛けにも、反応しない。
セーラ、ジェスが不安がっているよ。
「トール。子供に大金を渡すなよ。固まったぞ」
「おっ? そうか、悪い。でも、対価は渡さんと俺の良心が痛むしなぁ」
「だからと言って虹晶貨は止めておけ。せめて、白金貨10枚にしたら、いいんじゃないか」
兄さん。
それでも、大金だよ。
セーラが目にした貨幣は金貨どまりだ。
調薬師で稼いだ金額は貯金に回しているから、正確な金額は知らないだろうけどね。
「セーラ。無限収納に仕舞うのがいい」
「はっ。はい。リーゼちゃん、ありがとうございます。そうでした。危険なモノは無限収納ですね」
虹晶貨は、貨幣であって危険物ではない。
混乱しているセーラは、虹晶貨をそのまま収納してしまっている。
せめて、小袋に入れたらいいんじゃないかな。
賢者の石は先生が責任もって、メル先生に渡してください。
僕にとっては虹晶貨よりも難題なのは賢者の石だ。
正直厄介な石がセーラを連想しなくなればいい。
迷宮攻略は止めた方がいいな。
後二、三依頼をこなして工房に半引きこもりにするかな。
セーラは好きな研究に熱中して貰えばいい。
うん。
この案件は解決したな。
残るのは、エリィさんの悪戯問題だ。
セーラに余計な入れ知恵をさせない様にしてもらわないと困る。
何が身内に注意だ。
エリィさんこそ、要注意人物だ。
臭覚が駄目になったら、どうしてくれるつもりだったのか、問い詰めたい。
締め切りに追われてなければ、この場に呼び出しているのに。
今でさえ、人族不信なセーラだ。
勇者召喚が行われれば、邪神討伐に付き合わされる。
帝国から人族がどれだけやって来るかわからない。
あの我が儘放題な聖女と気が合うとは思えないし、異界の勇者が善人とは限らない。
アッシュ兄さんが付き添ってくれるけど、交渉や折衝は僕がするんだろうな。
セーラの忍耐力がきれたら、リーゼも巻き込んでエリィさん仕込みな悪戯が発動するのが、目に見えている。
そうなったら、邪神討伐処ではなくなるだろうな。
役にたつのは業腹だけど、討伐に失敗したら、責任はセーラに被せてくるのだろうな。
それだけは、回避しなくてはいけない。
トール先生が何やら企んでいるみたいだから、僕達年少組はそれに乗ればいいかな。
僕一人が判断しなくていいから、少しだけ安堵している。
セーラやリーゼに危険が及ばないなら、帝国に意趣返しは歓迎する。
やり過ぎは困るけど。
何事もほどほどにお願いしたい。
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