第11話
水曜投稿です。
「お待たせしました。お話は何処まで進みましたか」
「ああ。今朝冒険者ギルドでポーションを巡り、なんとか商会の某に絡まれるわ、新人冒険者にまたポーションで絡まれるわ、イリュージョンバットに惑わされた処までな」
「殆ど終わってますね」
トレーをテーブルに置いて飲み物を配ります。
ジェス君はおとなしくクッションの上で丸くなっていました。
ふて寝ですか。
駄目ですよ。
キッチンは遊び場ではありません。
入室禁止です。
「キッチンで何方かと会話していたようでしたが」
「はい、エリィさんとメル先生に会いました」
「エリィ。今頃起きて来たのか。工房の部屋の灯りが付けっぱなしで作業していたから、メルに部屋で寝かせろと言ったんだよなぁ」
「納期が後3日と言っていました。それに、オーダーにない作業をしていたみたいです」
「また、か。あいつ、今度は納入する気はあるんだろうな」
「本人は懲りたと言ってました」
ジェス君の隣に座ります。
身体を撫でてあげますと、顔を向けてきました。
みゃぁ。
私を認識したジェス君が鳴き声をあげて、膝の上に乗ってきます。
甘えん坊なジェス君です。
撫でてと身体を擦り付けています。
「エリィ先生の事ですから、また揉めるのではないですか」
ラーズ君の言葉にトール君とリーゼちゃんが頷きます。
信用がなくなっています。
それだけの経緯がありますので、仕方がありません。
「まぁ、今に始まったことじゃない。それよりも、お前達の話しが途中だ。続きはどうした」
「そうですね。僕らが心配しても、エリィ先生は我れ関せずですから」
「ん。自業自得」
エリィさんの扱いが雑ですよ。
私も擁護できませんけど。
リーゼちゃんの言うとおり自業自得です。
エリィさん、御愁傷様です。
あぁ。
お茶が美味しいです。
「新しい迷宮は状態異常耐性が高くありませんと、攻略は難しいです。竜種のリーゼさえも幻惑に掛かりました。装備を一新することにして、5階層の階層主を討伐しました」
「因みに階層主はセーラが大嫌いな昆虫だった」
ぞわっ。
リーゼちゃん止めてください。
思い出してしまいます。
夢に出てきたらどうしてくれますか。
癒しを求めてジェス君を抱き上げました。
なぁ~う。
私の精神状態を察してくれたジェス君は、身体を伸ばして頬を舐めてくれました。
うう。
何で蜘蛛は存在しているのでしょう。
嫌いと言いますより、恐怖の対象です。
「よしよし。家の中、いない。安心、する」
リーゼちゃんが頭を撫でてくれました。
話題を出しましたのはリーゼちゃんですよ。
「迷宮の出入り口には、ギルドの出張所が出来ていましたので、風の天馬パーティの救援要請は出しておきました」
「ふうーん」
「ミラルカに戻り、アマリアさんにも報告はしています。ギルド長室でイザベラさんに情報を貰いました。問題児のティナさんはお姉さんと確執があった模様です」
「確執ねぇ。それと、迷宮での魔物誘発剤を投げ入れる行為に正統性があるとは思えないな」
トール君に同意です。
ティナさんは冒険者の規約を無視していました。
隣室で見聞きしていましたが、一貫して自己弁護していました。
ポーション、ポーションと喚いて煩いほどでした。
ラーズ君も思い出されたのか、表情をしかめています。
「隣室越しでしたが、実際本人を目の当たりにしますと、怒鳴りつけたくなりますよ。内面は甘ったれなお子様です」
「そこまでか」
「そこまでです」
辛辣なラーズ君に断言されました。
またもや同意します。
甘ったれでしたよね。
私もラーズ君とリーゼちゃんに甘えていますが、自分の失敗を他人に責任転嫁をしたりしません。
そんな教育は受けていません。
ティナさんは優秀なお姉さんと比較された、と喚いていました。
放ったらかしと言っていましたね。
充分な教育を受けていませんでしたか、受けていても身につかなかったか、どちらかですね。
いえ。
努力が嫌いな性格をしているみたいですから、後者だと思われます。
巻き込まれた風の天馬パーティが哀れに思えて仕方がありません。
「終始自らの怪我を気にして、ポーションを寄越せと、ギルド長室でも喚いていました。風の天馬パーティメンバーは冒険者稼業を廃業するほどの怪我をしていたようですが、彼女はかすり傷程度でした」
「それは、風の天馬パーティが問題児を庇っていたからか」
「恐らくそうだと思います。風の天馬パーティは、彼女が提供した薬品でパーティメンバーを助けられていましたから、恩義を感じていたようです」
迷宮での一件で充分恩義は返せたと思いますが、ティナさんの事ですから延々と風の天馬パーティに甘えていそうです。
お金の威力は恐いですね。
いえ、この場合はポーションの威力ですか。
「恩義ねぇ。風の天馬も律儀だな。問題児を迷宮に置き去りにしても、規約に反しないで罰則には当たらないだろうに」
そうですね。
トール君の言う通りにされてもおかしくはなかったと思います。
問題行動をしたティナさんを見捨てなかったのですから、風の天馬パーティはそれだけメンバーを大事にしていて恩義を返していたのですね。
私が情報の対価にポーションを渡しましたら、泣かれましたし。
「結果的に、ティナさんは冒険者ギルドから追放処分になり、警備隊につき出されました。風の天馬パーティは罰金刑です」
「妥当な罰だな。今日だけでも、2件の騒動に巻き込まれた訳か。いや、商会の某はアッシュの指示だったな」
「グレゴリー商会です。兄さんからその後の情報はないのですか? ポーションを相当な暴利で販売しているようですが」
「ああ、それなぁ。何でも、さすがに商業ギルドもやり過ぎたと警告を出したらしい。昼間に商業ギルドのギルド長が来たぞ」
商業ギルド長自らですか。
珍しいですね。
トール君とはあまり良好な仲ではありません。
詐欺紛いな手法でクロス工房製だと偽り、商品を販売していました経緯があります。
「工房を再開して欲しいと直に頭を下げられたぞ。やはり、ポーション不足に陥っているんだと。他の調薬師もグレゴリー商会にはポーションを卸すのが滞り、薬師ギルド長から商業ギルド長に苦情を言われたみたいだ」
「薬師ギルドが動いたのですか。それは、一大事です」
「何でも、グレゴリー商会は先代の会頭から娘婿に代替りした途端に、商売の規模を拡げたんだと。先代の代からの付き合いがある調薬師を切り捨てて、腕の良い調薬師を金の力で引き抜いているのが目に余るようになって、度々問題を起こしているらしい」
私への用も引き抜きでしょうね。
応じる気はまったくありませんけど。
あんなに高圧的に亜人蔑視をしていましたが、他種族が暮らすミラルカでよく商会を拡げようとできますね。
もしや、切り捨てられました調薬師は人族ではないのかも知れません。
調薬には繊細な作業を求められるレシピもありますし、皮毛の一部でも混入してしまうと駄目になってしまいますから、獣人の調薬師は数が少ないです。
中には、貴重な薬を生み出した方もいます。
レシピを秘匿されていましたから、開示を求めてなにかしら薬師ギルドに迷惑を掛けていたのかもですね。
日和見的な薬師ギルドですが、レシピ開示や調薬師保護には並々ならぬ結束力を発揮してくださいます。
「あいつに頭を下げられた以上、工房を再開するのは良いがなぁ」
「トール先生は、乗り気ではないですね」
「いや、なぁ。工房を再開してくれ、とは周りの商店主からも催促されているが。まだ休業してたった3日だぞ。たった3日で、この騒ぎだ。無期限休業にした意味がないじゃないか」
そうでした。
まだ3日。
されど3日です。
商業ギルドが根をあげますのは早い気もします。
「商売繁盛。いい事」
「セーラのポーションじゃないが、頼りにされ過ぎな気がしてならないんだがなぁ」
「トール君は頼りにされますのは、嫌ですか?」
「嫌ではないが。セーラもポーションを寄越せと強請りが起きただろう。それは、俺の魔導具製作にしてもそうだが、セーラだけが上級ポーションを製作できるからだし、人材育成に関して発展途上になっている気がしてなぁ」
トール君が何を気がかりしているのか、判る気がします。
職人の腕が上がらない要因になっているのが、私やトール君にあるからです。
上級ポーションに必要な素材の薬草を栽培に問題があるからと、取り寄せに重きをおいてしまい利益が出ないと判るや否、皆さん研究を諦めてしまいました。
私が作製できますので必要ならクロス工房へと、口にします調薬師が多いのです。
危機感はないのでしょうか。
イザベラさんに改良版上級ポーションのレシピを暴露しましたが、どれだけの調薬師が開発に意欲を見せてくださいますことか。
不安です。
壁にぶち当たりますのは、私にもあります。
乗り越えられない壁もありました。
けれども、職人ならば諦めてしまうのはいけません。
試行錯誤してこそ、一人前の職人だと思います。
トール君もそれを危惧しているのでしょう。
「頼りにされるのは、いいさ。だけど、甘えられるのは御免だな」
はい。
その一言につきます。
私がシルヴィータに強制転移をさせられましたように、何時なんどき不測な事態に巻き込まれますか判りません。
トール君も工房の休業をきに、職人に奮起して欲しかったようでした。
逆に、グレゴリー氏のような悪徳商売を許してしまいましたが。
私もいろいろ考えさせられるのが、多々ありました。
ポーション販売に無関心ではいられなくなりました。
工房再開には反対しませんけど、暫くはポーション販売は控えて見ても良いかもです。
苦情が寄せられることは、間違いないですね。
ですが、調薬師は私だけではないと、知って欲しいと思います。
みゃぁう。
「どうしました」
ジェス君が膝の上から見上げていました。
琥珀の瞳が私を見つめています。
「甘えるのは駄目か、と問いていますよ」
「? ジェス君は甘えて当然ですよ」
「俺が甘え云々を言ったからか?」
「そうみたいですね」
大丈夫ですよ。
家族とお客様は違います。
ジェス君は私同様に庇護される立場です。
放り出されたりはしません。
安心してくださいな。
封印されていました時間の分沢山甘えてくれていいのですよ。
度が過ぎる我が儘は困りますが、躾は大人の後見人様にお任せします
いまは、私にべったりなジェス君です。
外の世界に慣れていきませば、活発なジェス君の事ですから、大冒険が待っていますよ。
楽しみですね。
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