第8話
水曜投稿です。
ティナさんがいなくなりましたギルド長室には、静寂が漂っています。
風の天馬パーティのゼインさんは、深い溜め息を吐き出しました。
肩の荷が降りた、といったところでしょうか。
ですが、ゼインさんには訪ねたい事ができました。
ラーズ君とリーゼちゃんに合図して、隣室に突撃です。
「ゼインさん。お話があります」
「⁉ 年少組? 隣にいたのか。それもそうか。一方の意見だけで、ギルド長が判断しないか」
「まぁ、そうですね。後は猫族の彼女を警戒していましたので、隣室で伺わせていただきました」
「ギルド長。この場をお借りしても良いですか?」
あら、勇み足過ぎました。
イザベラさんに了承を得なければいけませんでした。
ラーズ君、ありがとうございます。
伊達に、交渉役に就いていませんね。
「良いわよ。但し、私の監視はあるけど」
「ありがとうございます。ギルド長」
ペコリ、と頭を下げます。
改めてゼインさんに向き合います。
所々怪我を追っています身体が悲鳴をあげていそうですね。
「まず、俺から謝らせてくれ。軽い気持ちで君達の話題を出して、ティナを付け上がらせた。すまなかった」
神妙な面持ちでゼインさんは、頭を下げました。
そうですね。
貴方達にも事情が有ったとは聴きましたが、不快な気分にさせられたのは違いありません。
謝罪は受けとります。
「はい。正直彼女からの謝罪がないのは遺憾に感じますが、あの様子では反省しないでしょう」
「ラーズ、同意。逆恨み、してそう」
「二度はありません。次回は、直接対決を致します。年少組の名称を名乗っていますが、実年齢は貴方方より上です」
「ああ、理解していてもなぁ。実際には年下に見えてしまうのが難点だ」
そうですか。
外見ばかりは、どうしようもありませんね。
いっそのこと、トール君に幻惑の魔導具を作成してもらい、姿を偽りますか。
駄目です。
横着するなと怒られそうです。
「それで。俺に話とは何だ? 出来れば手短に頼む。身体がきつくなってきたからな」
「はい。情報の対価を先払いします。お話の内容によりましては、人数分払います」
「い、いいのか。巷では、クロス工房製のポーションは軒並み値上がりしているんだぞ」
対価にポーションを差し出しましたら、ゼインさんに驚かれました。
そんなに、高騰しているのですか。
私が驚きです。
ポーションを対価にすれば、嘘はないだろうと思いましたが。
食い付きが良いですね。
「はい。構いません。僕達はどうも世間ずれしているみたいです」
「情報が欲しい」
「何の情報だ。俺が知っている限りの情報は教える。だから、メンバーを助けてくれ」
「では、正にそのポーションの高騰です。商業ギルドが値上げを指示したのは何時か判りますか?」
先ずは座りませんか。
ゼインさんの体調が気掛かりです。
クロス工房で販売するポーションの価格は、商業ギルド長とトール君が適正価格を算出して決めました。
下級ポーションと中級ポーションは他の調薬師との、兼ね合いで同額を設定してあります。
上級ポーションや特化型ポーションは、僭越ながら私の専売となっているのが現状です。
素材の薬草がミラルカ近辺では、育て方が難しいのが問題となっています。
私は浮島で神子の特性を生かして栽培していますから、素材代にお金を掛けていません。
外部から取り寄せてしまうと生薬では、輸送代だけで費用が嵩んでしまい、儲けは出ません。
そう言った事情で、出回らないポーション類は商業ギルドと冒険者ギルドに一定数を、卸しています。
工房が休業しているいま、値上げして販売しているのは商業ギルドしかあり得ません。
「いや、ポーション類は商業ギルドで手に入れはしてない。グレゴリー商会を知らないのか。あそこが、クロス工房以外で唯一工房製のポーションを販売しているんだぞ」
思わず顔を見合わせてしまいました。
グレゴリー商会ですか。
今朝、聴いた名前です。
ええ?
あの人がですか?
俄には信じがたい事実が出てきました。
「知らなかったのか。グレゴリー商会は工房の御墨付で販売していると触込みしているんだぞ」
その割には威圧感満載でしたよ。
アッシュ君を知らないでいましたよね。
恐らく、グレゴリー商会は、商業ギルドから、商品を仕入れていると思われます。
トール君も知らないのではないですか?
イザベラさんを見やりますが、首を横に振っています。
「そう言えば、余り公にするなと釘を刺されたな。そのときは、詳しい経緯を聴かなかったが、今にして思えばおかしいところがあったな。明らかに工房製とは違う品を扱っていたし」
「グレゴリー商会が、専門に扱う品はポーションなのですか?」
「ああ。ポーションと言うか、薬品の卸しだ」
薬品の卸し。
薬剤店でしたか。
どおりでグレゴリー氏もポーションに拘りましたね。
さては、工房製のポーションが底をつきましたか。
商業ギルドが卸しを止めたか、どちらかですね。
難癖付けて工房の商業権を剥奪して、ポーションを値上げして販売した。
荒稼ぎしたのはグレゴリー商会でした。
工房は1ジルも儲けてはいません。
これは、トール君に報告しなくてはいけません。
今朝のその後が大変気になってしまいました。
今頃は、警備隊の詰所でしょうか。
それとも、解放されましたでしょうか。
「公にするなと言われました理由は知っていますか?」
「それは、主に工房の常連客に重んじてだと言っていたな。直に工房で手に入れられない新人冒険者は、グレゴリー商会から買い求めているぞ。俺達はティナに紹介されて知った」
工房には紹介状か、割り印がないと入店が出来ない仕組みです。
それが、逆手に取られました。
常連客には秘密で販売して、口止めまでされています。
判らない筈です。
グレゴリー氏は、私に用があると言っていましたよね。
まさか、引き抜きですか。
嫌です。
種族差別する人のお店に貢献はしたくありません。
それとも、レシピ開示を求めてですかね。
レシピなら、薬師ギルドにいきましたら良いのです。
お金が掛かりますが、レシピを公開してくれます。
私は特にポーションのレシピを秘匿してはいません。
素材の都合上私の専売になっていますけど、他の調薬師に広まればいいと思います。
「工房の御墨付だから、新人冒険者は品質が落ちたポーションを買い求めているのも、知らないな。グレゴリー商会は、通常3割増しで販売していたのを6割増しまで値上げしていたな」
「とんだ暴利ですね。苦情は出なかったのですか?」
「それが、でないな。金を積めばクロス工房のポーションが手に入るんだ。ポーション不足に嘆く常連客に優越感を持てるいい機会なんだぞ。多少の出費はいたしかないさ」
そうなんですね。
感慨深い蘊蓄です。
商品を卸してしまえば、終わりではないですね。
商業ギルドとの、付き合いを改めて考えさせられます。
「これは、上級ポーションだろう」
「はい。そうです」
対価に差し出しましたポーションを、手の平で持て遊ばせていますゼインさん。
何かしら、思案しています。
体調が辛くないのでしょうか。
使用すれば良いと思いますのは、私がゼインさんの怪我を気にし過ぎなのでしょうか。
それとも、驕っているからでしょうか。
ポーションなら下級から上級を一揃い、ポーチに常備しています。
特化型も少なからずあります。
ラーズ君とリーゼちゃんが側についていますので、訓練以外ではポーションに頼る怪我を負いません。
クロス工房の恵まれた環境にいるとは自覚していますが、ひけらかしてはいないと思っていました。
グレゴリー氏は商売のため、ティナさんはお姉さんへの劣等感から、各々ポーションを要求してきました。
「何だか、ポーションを造るのが恐くなってきました」
「それは、困るわ。冒険者ギルド長としては、聞き捨てならない言葉ね」
「俺もギルド長の意見に賛成だ。クロス工房のポーションは品質は最良だ。冒険者の中には、それこそ命綱になっているのが当たり前な奴が多いい。あんたが、隠棲した原因が俺達にあると知れたら、俺達の身が危うい」
「どうしてですか。私の他にも調薬師はミラルカにいます。その方々に奮闘努力してもらえば、上級ポーションも作成できますよ」
思わず口にした言葉に、イザベラさんとゼインさんが反応しました。
ラーズ君とリーゼちゃんは沈黙です。
私が最近他の調薬師に不満を抱いているのを知っているからです。
レシピは薬師ギルドにありますが、教えを請いに来たら丁寧に教授するつもりでした。
けれども、素材がミラルカで手に入れられないと知ると、皆さん諦めてしまいました。
実のところ、品質は落ちますが上級ポーションはミラルカで手に入る素材で作成できるのです。
意地悪でレシピを開示していないのではありません。
調薬師ならば研究を怠るなと、発破を掛けたのです。
素材の薬草はミラルカで育ち難いのであって、育たないのではありませんし、乾燥した薬草でも充分な効果を発揮します。
鋭意努力が足りませんよ。
「頭の痛い処を突いてくるわね。確かに、ギルド所属の調薬師は安定路線の中級止りよ。中々一念発起してくれないのよねぇ」
「知り合いの調薬師も上級ポーションの改良型を目指したが、素材がミラルカでは手に入れられないんだろう」
「絶対に手に入れられないのではありませんよ。ミラルカで手に入れられます素材でも、上級ポーションは作成できます」
「あら、情報を提供してくれるの」
「この際です。ぶっちゃけますと、一部の薬草はある野菜の葉と代用が可能です。私も上級ポーションの改良型を考案していて、偶然発見しました」
当初上級ポーションの改良型は中々成果があがりませんでした。
徹夜の高揚した気分のままで夜食のお野菜を薬研で擂り潰していました。
やけくそになっていたのかも知れません。
翌朝、出来上りました改良型ポーションを手に、高らかに笑い声をあげていましたのを、リーゼちゃんに見つけられました。
すぐさま、寝かしつかされました。
当時の記憶はうろ覚えでしたが、改良型レシピはメモを残してありました。
リーゼちゃんに促されて書いたらしいです。
ありがとうございます。
伊達に、幼馴染みではありませんね。
解読に難有りでしたけど。
こうして、できました改良型上級ポーションのレシピは秘蔵してあります。
イザベラさん、知り合いの調薬にさんにこの情報を流してください。
一念発起を待っている場合ではないですよ。
お尻を叩いてでも研究させてください。
でないと、グレゴリー氏のような方が出てくるとは限りありません。
改良型上級ポーションが出回りませば、工房が休業していても安定して供給ができます。
私も手間が掛かる薬草を育てないで済みます。
はい。
冒険者の為ではなく、自分の為です。
いけませんか?
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