第1話
お待たせしました。
再開です。
ミラルカ編の始まりです。
皆様お久しぶりです。
セーラです。
工房兼冒険雑貨屋のクロス工房が無期限休業状態になりまして、3日がすぎました。
お店番をしなくてよくなりましたので、幼馴染年少組は各自製作・研究に費やします日々を送っていました。
暇をもて余すことはありませんでした。
私は精霊様から頂きました帝国領の薬草を用いまして、新薬の研究に没頭しています。
時折、アッシュ君の武術訓練も受けていましたので、運動不足にはなっていません。
今日は久しぶりにミラルカの冒険者ギルドにやってまいりました。
トリシアで指名依頼を受けました年少組ですけど、ミラルカではここ一月は依頼をこなしていませんでした。
ギルドから警告が来そうでした。
冒険者ギルドではランクに応じまして、依頼を受けない期間が長いですとペナルティーが発生します。
これは、身分証明にもなりますギルド証目的の入会を防ぐ為の規約です。
ミラルカは多種多様な種族が暮らす自治都市ですから、種族のタブーに触れましたり、無用な摘発を避ける為に身分証は常に携帯が義務付けられています。
私は調薬師でもありますから薬師ギルドと、冒険者ギルドのギルド証を保持しています。
薬師ギルドはBランク、冒険者ギルドはDランクです。
ギルドの複数加入は実力がありませば許されています。
「なんだか、視線が突き刺さりませんか?」
にゃあ。
ギルドに足を踏入れましたら、ざわめきが止みました。
肩の上のジェス君が緊張しましたのか、爪が肩に当たります。
落ち着かせましょうと撫でてあげていましたら、顔馴染みの受付嬢に手招きされました。
狐人族のアマリアさんです。
「貴方達、タイミング悪いわ。つい先程商業ギルドとギルド長が一騒動起こしたばかりなのよ」
「それは、僕たちが卸しましたポーションを巡りですか。冒険者ギルドでも商業ギルドの副ギルド長がやらかしたのですね」
「そう言うこと。クロス工房の休業の煽りでポーション類薬品の需要がうなぎ登りよ。納品に来た訳ではないのでしょう」
「はい。僕たちは新しく発見されました迷宮を攻略に行こうとしまして、情報を集めに来ました」
ラーズ君の説明に、アマリアさんは溜め息を溢されました。
そうなのです。
ミラルカ近辺に新たな迷宮が発見されたのです。
久方振りに、冒険者魂に火が灯りました。
未踏破な迷宮です。
是非攻略しなければ、と勇んで冒険者ギルドを訪れたのです。
ですが、幸先悪いスタートになりそうな予感がします。
「これ、貴方達絡みの依頼票だけど。目を通すも通さないも自由よ」
ドン、と机上に出されましたのは分厚い依頼票の束です。
指名依頼ですね。
一番上にありますのは、ポーションの買い取りです。
相場の3倍の値がついています。
販売時には幾ら吹っ掛けるのでしょう。
阿漕なやり方には加担しません。
あいにくと、トール君とアッシュ君に工房を通さない売買は禁止されています。
ですから、アマリアさんも私達が受け付けませんことを理解されています。
依頼ボードにさえ貼り出しはされません。
「それで、こっちが迷宮の最新情報よ。理解しているだろうけど、気をつけてね」
依頼票の束には興味がありません。
すぐに仕舞われました。
先輩冒険者にもお話が聴きたいところでしたが、迷惑をかけそうですので止めておいた方がよさそうですね。
「何の用」
「お前にはない。エルフの娘に用がある」
ふしゃぁぁぁ。
背後を警戒していましたリーゼちゃんと、敵意を感じましたジェス君の威嚇があがりました。
振り向きましたら、初見の人族が護衛らしき冒険者を連れて、リーゼちゃんと対峙していました。
〔商業ギルドの副ギルド長。トール先生に言い負かされた〕
あぁ、この方がそうでしたか。
如何にも、悪巧みを企んでいそうな顔付きですね。
美食に肥え太りましたと、言わんばかりな身体をフリル満載なきらびやかな服装で包んでいます。
指には大きな宝石を付けています。
リーゼちゃんとラーズ君が前に出まして、私を隠します。
「エルフの娘。儂にポーションを渡せ。そうすれば、商業権剥奪は無しにしてやる」
呆れました。
そんな言い訳がミラルカでまかり通ると思っているのでしょうか。
護衛の方も人族ですので、ミラルカの流儀には疎いと思われました。
トール君。
この残念な人族さんは、工房が休業した意味を理解していません。
「お断りします」
「生意気な獣風情が、儂に楯突くな。黙っていろ」
リーゼちゃんから、殺気が膨れ上がります。
ギルド内にも別な意味でざわめきが起こりました。
工房でもこんな具合いだったのでしょうか。
リーゼちゃんが実力行使しました訳です。
ラーズ君を侮辱したのですね。
それなら、私も遠慮はしないでおきます。
「工房が再開しますまで、ポーションはお売り致しません」
「セーラ⁉」
「何故だ。儂に渡せば儲かるぞ」
「お金の問題ではありません。私の矜恃が、家族を侮辱した貴方に、関わる事は赦せないのです」
「ふんっ。ちっぽけな矜恃で儂を敵に回すか」
別に、怖くもなんとも思ってはいません。
呆れていますだけです。
クロス工房は自主的に休業にしてありますだけで、この人の言葉に従ったのではありません。
気付かれていませんね。
ミラルカは自治都市なのです。
いわば一つの国にも等しいのです。
評議会の承認無しには商業権発行も剥奪もあり得ません。
商業ギルドは商売人や職人の保護と物流に関しますまとめ役を担います。
畑違いな勘違いに商業ギルドの職員は指摘しなかったのですか。
評議長を務めますのはトール君ですよ。
敵に回したのは、そちらが先です。
「ラーズ君、リーゼちゃん。用事は終りました。次に行きましょう」
「そうですね」
「冒険が待ってる」
「待て、小娘ども。儂の用は終わっておらん」
一触即発な空気を和ませまして、ギルドをお暇しようとしましたが、そうはさせてくれません。
何でしょうか。
私達にはありません。
横を通りすぎようとしました私達に先じまして、出入口が護衛の人に塞がれました。
この場は冒険者ギルドです。
少し専横過ぎませんか。
冒険者ギルド側の警備員にも動きがありました。
「ギルド内での他ギルドの勧誘及び、強要は止めてくれ。警備隊を呼ぶぞ」
「なんだと、儂を誰だと思っている。グレゴリー商会の会頭にして、商業ギルドの副ギルド長だぞ」
「あんたがいる場所は冒険者ギルドだ。そんな肩書きは役にたたん」
警備員さんの言う通りです。
グレゴリー商会ですか。
工房があります職人街の南区では聴かない名前ですね。
止めに入りました警備員さんにも噛みついています処を見ますと、人族が多い北区出身ですか。
ならば、納得がいきます、
普段そちら側には近付かないですから、知らないのですね。
冒険者ギルドは西区にあります。
「どいつも、こいつも、儂を虚仮にしおって。儂の後ろには商業ギルドが付いておるのだぞ。お前等には一切の物は売らんぞ」
「あんたのその命令に効力はないぞ。ミラルカには商業ギルド以上に権力がある人物が、あんたが暴言吐いた子供たちにはついている。商業ギルドのギルド長に確認したらいい。誰に喧嘩を売ったか後悔しろ」
権力を持ち出す相手には権力を。
警備員さんは、副ギルド長と護衛の冒険者に威圧を飛ばします。
相手にするのが面倒になりましたね、アッシュ君。
はい。
警備員に扮していましたのは、魔人族のアッシュ君です。
近々、くだんの商業ギルドの副ギルド長がクロス工房の調薬師に接近すると、情報を得ましたアッシュ君は為人を見定めます為に、冒険者ギルドにつめていました。
アッシュ君に餌役をたのまれましたので、本日一時的に外出禁止が解かれましたのです。
冒険者ギルドの依頼をこなしていませんでしたので、ちょうどよい機会でした。
アッシュ君は、この人の裏にシルヴィータの王族が絡んではいないか、と疑いをもちました。
トール君も警戒していました。
時期が合いすぎました。
当初は商業ギルド長の思惑が裏にあるのでは、と思われました。
しかし、前商業ギルドの副ギルド長はお歳を召して引退されました訳なのです。
商業ギルド長は慰留を望んでいました。
トール君と気の合います貴重な人材でしたが、利益重視のギルド長と職人気質なトール君との板挟みになりまして気苦労をかけまくりでした。
私も一因を担っていましたので、胃薬と腰痛に効きますお薬を進呈させていただきました。
ゆっくり休んでくださいませ。
そして、新たに選出されました副ギルド長がグレゴリー氏と言う訳なのです。
このグレゴリー氏は商業ギルドを後楯にしまして、やりたい放題していますね。
職務上知り得ました情報を商売に活用していそうです。
「小娘、儂の後に着いてこい。話がある」
「私にはありません」
「いいから、着いてこい」
「お断りします」
押し問答していますと、グレゴリー氏の表情が怒りで赤くなっていきます。
額に血管が浮き上がりました。
切れまして倒れましても、私は調薬師であって医者ではありませんから、処置できませんよ。
放りまして、迷宮に行くだけです。
「儂に逆らうな。亜人風情が……」
「黙れ」
アッシュ君の魔眼が発動しました。
グレゴリー氏と護衛の冒険者の動きが封じられています。
氏はミラルカでは禁句になります言葉を2度口にしました。
ラーズ君に対します獣風情、私に対します亜人風情が対象です。
北区でもこのような差別的な発言をされていたのでしたら、摘発されていましてもおかしくありません。
思い出してください。
ミラルカは人族だけの都市ではないのです。
天人族のトール君と魔人族のアッシュ君が、人族に迫害されました弱小種族が安全に暮らせる為に、と多種族と造り上げました都市です。
アッシュ君の前での暴言は2度に亘り確認されました。
すでに1度目の警告を受けています。
問答無用で投獄されましても文句は言えません。
アッシュ君は評議会の副議長でありますが、警備主任の肩書きも背負っています。
警告を無視しましたグレゴリー氏の言動に、アッシュ君は行動に起こしました。
「貴様、何をする」
まず護衛の冒険者が暴れ出しません様に意識を刈り取りまして、狼狽されますグレゴリー氏を魔法で拘束しました。
「ミラルカの条例違反に抵触したとして、警備主任の名で拘束する。異論は警備の詰所で聞く」
「な、何だと」
「黙れ、と言ったはずだ」
無表情に通告しますアッシュ君。
リーゼちゃんの比ではないくらいに怒っていますね。
これは、対象が私達でもなくてでも、アッシュ君はそうしてくれます。
魔人族、竜人族、妖精族。
寿命が永い種族は、概ね出生率が低いのです。
種族の存続を担います子供は大切に養育されます。
ましてや、頼りになります親を亡くしました子供がいますと、種族に応じました里親を親身に探したり、自ら養子に迎えたりしてくださいます。
私達年少組の様にです。
特に、アッシュ君は魔素を潰しに大陸中を渡り歩いています中で、種族の興亡を目の当たりにしています。
無抵抗な子供達には弱い一面があります。
そんな、アッシュ君の前での子供に対します暴言、暴力は赦しがたいのでした。
ミラルカに居住していましたなら、自ずと耳にします事柄です。
さては、グレゴリー氏は北区の警備隊に賄賂を贈りましてお目こぼしをされていましたか。
アッシュ君。
警備を副主任に任せていました、弊害がでていますよ。
綱紀きちんと遵守させてください。
でませんと、ミラルカの治安に響きます。
おちおち、買い食いができませんよ。
お願いしますよ、アッシュ君。




