第14話
マギーがミラルカに帰還した晩は、リーゼちゃんとマギーと三人で私の寝室で眠る事になりました。
勿論、ジェス君とエフィちゃんもです。
ただし、浮島の寝室ではなく工房側の居住区の寝室にと、トール君に言われました。
理由は、勘だけども、深夜に何事か起きそうだと説明されました。
ですので、ラーズ君とリーゼちゃんとマギーの警戒度が漠上がりしてしまいました。
逆に、ジェス君とエフィちゃんは危険はないとラーズ君達に申告するも、理由もトール君と同じく勘かなとしか言えないと、自身も首を傾げてました。
まあ、天人族のトール君に、かつては神子でもあったジェス君とエフィちゃんの勘ですから、どちらも信用して構わないのではないかと思います。
私自身も危うい雰囲気とか気配を感知できてませんから、念のためトール君とエフィちゃんの守護結界を張り直し、ジェス君の空間を惑わせる魔法も重ね掛けする慎重を期する警戒をしてから就寝しました。
まあ、工房の居住区は元からトール君とアッシュ君二人の守護結界と防犯対策がしっかりなされてますけど。
以前、一度だけアッシュ君関連で自称異母妹さんが産んだ、アレクサンドラさんに侵入された事件がありましたね。
反省した私達皆で、その後の反省点と対策を練り、眠り薬への耐性をあげたり、トール君に練習用の魔導具を作って貰い、解析や解除方法を改めて学習しなおしたよい教訓になりました。
各自一通り状態異常への耐性強化したはずでしたが。
どうやら、またしても何事か本当に起きてしまっている様子です。
と言いますのも、私を挟んで眠るリーゼちゃんとマギーに釣られて、一緒に眠りに落ちた私なのですが。
耳元で微かな呼び声が囁かれ続けていて、くすぐったさに目が覚めたのです。
最初は、リーゼちゃんかマギーの寝言かもと思い、睡魔に抗わないで眠ろうとするのですが。
呼び声は、眠らせてくれないでした。
諦めて起きてみましたら、案の定リーゼちゃんとマギーを揺り起こしてみても反応ありませんでした。
枕元のバスケットの中のジェス君とエフィちゃんもです。
眠り薬再びですか?
ラーズ君とトール君が不寝番を務めているから女子組は就寝したのですけど、肝心要なラーズ君とトール君の気配も眠っているような気がします。
けれども、工房に張られている結界に外部から接触、介入された形跡は視られません。
となると、内側に問題が発生していると推測できます。
声をかけても、揺り起こそうとしても反応しないリーゼちゃんとマギーを視ても、ただの睡眠状態で状態異常には陥ってはいないです。
「あれ?」
私が目を覚ましたのを、呼び声の主が気付いたみたいです。
ラーズ君とトール君が起きているであろうリビングの方から、見慣れた魔力波形と添う形で神気が漂ってきました。
アッシュ君の神族形態での魔力波形です。
アッシュ君が単にミラルカに帰還したにしては、こんなやり方で私だけ起こすのは初めての事であり、謎過ぎます。
何か、リーゼちゃんやマギー達に知らせられない内密な話があるのでしょうか。
寝室で悩んでいても、仕方がありません。
未だに呼び声は続いていますから、行かないとならないのですよね?
慌てて普段着に着替えかけて、想定外の事が起きるとも限らないと考えついて、普段着ではなく武装一式を身に付ける事にしました。
まあ、工房内で武器を所持して移動はできませんので、武装と言い表しても防具だけになりますけど。
何しろ、私の武具は室内で扱うには、大きさ的に不向きですからね。
以前寝室で弓を展開して、実は先端が天井を傷つけていたのが分かりました。
あの時は、私も工房に侵入者が現れるとは思いもよらずでしたから、弓の先端がとか気にもしないでいましたし。
まあ、少し引きづらいとは感じてましたが、私も緊張状態にあったのもあわさって、他事に気にしている場合ではなかったからでしょう。
寝室や私室の天井は高めに建築されてますけど、まさか室内で武器を構え、扱う時点で、かなり危うい事態だったのでした。
あれから、過保護な保護者様達の職人技を駆使して、工房内居住区と職人寮は改築されていたりします。
しかしながら、天井が高くなろうと、廊下の幅が広くなろうとしていても、私の武器は所持して移動は無理です。
かといって、私は魔法攻撃も出来ないですから、前置きが長くなりましたがここは暗器の出番です。
隠し武器を準備して、いざ呼び声の主と対面です。
やはり、廊下に一歩出ますと、濃密なアッシュ君の魔力を感知できました。
「でも、何かが違う気がしますよ」
我知らず、独り言を呟いてしまいました。
普段の工房居住区ではないのも、分かりました。
はっきり言いますと、豊穣のお母様の神域に近い静謐な場がリビング辺りに形成されています。
だとしたら、神々が干渉しているとしか思えませんが、豊穣のお母様の神気ではないのは確かであり、アッシュ君の魔力も感知できます。
ラーズ君とトール君の気配が一切感知出来ない疑問点藻あります。
この神気の主に、リーゼちゃんとマギー同様強制的に眠らされているにしても、眠っている気配まで感知できないのは何故でしょうか。
〈豊穣の神子〉
「は、はい」
〈汝の精神的不安を感知。察するに、我通達す。汝が部屋から出し瞬く間、我が神域に招きして、こは汝が住まう地に非ず。我が神域に明確な場無く、汝と我が憑坐の記憶より、我神域形成なり。よって、我が神域に憑坐と汝しか居らず〉
聞いた覚えのない声が、頭に響いてきました。
でも、アッシュ君の声にも似ています。
これで、漸く認識できました。
憑坐がアッシュ君を示すならば、干渉してきた神は世界神様で間違いがないです。
私が見ている廊下と思わしき場も、世界神様が形成した神域の一部なのですね。
だから、招かれていないラーズ君とトール君の気配が全くないのが判明できました。
果たして、工房のリビングに位置する部屋の扉を開けてみますと、私とアッシュ君の記憶から再現されたリビングそのままの空間が存在してました。
そうして、ソファに座する方はアッシュ君の普段の魔人族形態で神族形態の神気を纏うという、反発する魔力と神力を同時に身に帯びるには唯一な神魔種であるアッシュ君にしかできない状態を維持されています。
私が神子として浄化を行う際は、豊穣のお母様がそれはもう慎重に御自身の神力を分け与えてくださり、私に負荷がかからない配慮がなされてます。
ですが、目の前の方はそうした配慮をなさらず、アッシュ君を憑坐として、顕現なされています。
世界神様が去られた後のアッシュ君の体調が心配です。
〈豊穣の神子。汝を招く事、我が憑坐の許可有り。代償も、話し合うは済み。相互の共感により、可及的速やかに話し合うは終わらす〉
「はい、分かりました」
アッシュ君も代償を承知でいるのでしたら、私が躊躇い時間を伸ばす訳にはいかないですね。
アッシュ君であり、アッシュ君でない方に示されて、対面のソファに座ります。
〈む? 済まぬ。我、茶菓子等、用意出来ぬ。汝、所持しているや?〉
「はい。一応、装備品の無限収納に、飲食可能なお茶菓子は有ります」
〈うむ。話し合う、長くなるやも知れず。先に、出すがよき〉
私に対してご配慮してくださるのに、アッシュ君にはとか指摘は駄目なのでしょうね。
アッシュ君自身もたまに自分自身に関しては無頓着になりますから、世界神様も気付いてないのが正解な気がしてなりません。
とりあえず、私用にハーブティーと焼菓子を、顕現なさっている世界神様にはアッシュ君好みな薫り風味な秘薬を供しました。
ネクタル、別名は神の秘酒ですし。
きっと、お気に召してくださるかと思います。
〈我にもか、感謝す〉
目の前のアッシュ君の中の精神は世界神様だと理解していますが、滅多に感情を大きく表情に出さないアッシュ君の全開な笑顔の破壊力を侮りました。
精神は世界神様、世界神様と唱えて耐える事が大変です。
〈む? 豊穣の神子? いかがした?〉
「あっ、はい。ええと、ですね。世界神様の憑坐でいられるアッシュ君は、あまり表情に出して笑わない方でして。世界神様とは理解しているのですが、どうしてもアッシュ君の屈託ない笑顔に慣れてないので……。少し違和感と言いますか、何てご説明したら上手に伝わるか、表現しにくい感情があるのです」
〈ふむ。理解した。我が憑坐の寡黙な性質、幼子に要らぬ心配をかけさせぬ様、言葉を選んでおるも、我は認識しておる。少々、我も我が憑坐に天命を与え過ぎたのであろう。汝が誕生するまで、世界に神子は存在せず。我が憑坐に、謂わば神子代理を担わせたは、我の不徳と致すところよ。然れど、地上に神子を託すは、我が許してやれなんだ〉
私の偽りない説明に、今度は世界神様が肩を落とされてます。
またしても、アッシュ君がしないであろう仕草に、今度は根性で耐えてみました。
世界神様はネクタルを一口飲まれ、溜め息を吐かれます。
〈豊穣の神子にして、先の世では豊穣の愛娘であった汝よ。我はな、汝や我の神子や時空の神子達に、謝罪をせねばならぬと思ったのだ〉
「世界神様が、私達に謝罪ですか?」
〈汝の先の世の記憶は、我自ら消去し、思い出させないようにした。それは、汝の先の世が、あまりにも惨く、記憶あれば我を怨むと考えた。何故ならば、我こそが汝等神子の命が失われる神託をおろしたせいである〉
世界神様は悔恨な面持ちで、述懐されています。
私には先の世である前世の記憶が全くありませんから、世界神様を怨む感情はないのですけども。
それも、世界神様が記憶を消去した結果なのですけども。
世界神様は、その記憶消去についても、何やら後悔の念があるとお見受けできます。
暫し、沈黙される世界神様。
私に話があると言われましたが、長い話になりそうです。
ですが、最後まで聞き届けるのが、アッシュ君の指示でもあると思います。
私もハーブティーを飲みながら、次の説明を待つ姿勢を崩さないでおきました。




