第9話
神国からの侵攻が、教会を通じての街中への転移の可能性が高いと判断され、ミラルカの街に評議会は危険性について住民にお触れを出しました。
そうして、ミラルカの街中が戦場になれば、非戦闘員は暴力にあがらう術がないので、トール君は自己私財で安全地帯への避難を奨励しました。
ですので、今はミラルカの人口は半減し、侵攻に備える事に相成りました。
我がクロス工房の職人様やセイ少年とリック少年も、代替わりした魔王様と魔王妃様が展開する強固な結界魔法に包まれた魔王領に避難しています。
私がミラルカに残留したのは、私目的の侵攻ですから、避難はご遠慮させて貰いました。
魔王領まで、戦火に巻き込む訳にはいきません。
リーゼちゃんとジークさんは、恩返しに竜族の郷に保護しても構わないと新族長さんに手を回してくださいましたが、こちらもご遠慮しました。
と言いますのも、豊穣のお母様がミラルカにとどまるようにおっしゃったからでもあります。
怪訝に思った数日後、それは唐突に起きました。
「セーラ! 至急、ミラルカに戻って来てください」
浮島で侵攻に備えたポーション類を調薬していましたら、ラーズ君が慌てた様子で浮島にやって来ました。
本日の工房の店舗のお店番はラーズ君とリーゼちゃんです。
私の護衛には、ジェス君とエフィちゃんとマギーです。
かつてない慌ただしさに、何事が起きたか不安になりました。
侵攻が始まったのでしょうか。
急いで、工房に戻りました。
〔あー。これ、神罰だ〕
〔でしゅの~。大地の方々の皆様が、お怒りでしゅの~〕
「お姉様。ミラルカのみからず、各地の神国関連の簡易聖域が消失しております」
ミラルカに降り立った瞬間、事態を把握したジェス君達が教えてくれました。
聖域の消失ですか?
では、聖域を繋ぐ転移手段が無くなったのでしょうか。
詳細な事情を早く聞かないとです。
駆け足でトール君達がいるであろうリビングに行きました。
「トール君? アッシュ君?」
「セーラ。トール先生は事態の陣頭指揮の為、評議会に呼び出されました。アッシュ兄さんは、周辺の被害状況を把握する為、警邏隊副主任に呼び出されて、飛び出していきました」
生憎と、入れ違いになったみたいで、トール君とアッシュ君は不在でした。
一体、何が起きたのでしょう。
責任者不在を任されたのはメル先生でした。
「セーラ。端的に話すと、神国の教会が地盤沈下で崩壊したわ」
「えっ? 教会には聖職者の方がおられたと思いますが、怪我人は出たのですか?」
「それについては、まだ把握できてない状態ね。セーラは浮島にいたから体感してないでしょうけど。数時間前から、地震が起きていたの。それは、警告だったのでしょうね。十分前に、かなり大きな揺れが発生したの。トールが評議会に向かおうとしたら、食材を買い付けに市場に出掛けていた料理長が、神国の教会の惨状を報告に戻り、アッシュの部下も状況の報告に駆け込んで来たのよ」
「ん。風魔法、確認、事実」
メル先生達リーゼちゃんからの説明が成され、これがお母様がおっしゃった発言に繋がる事態だと漸く認識できました。
お母様が私の身の安全を考慮して、侵攻の手段を潰してくださったのかと思うと、涙が零れてきます。
神々が下界の人間世界に干渉すれば、どんな些末な干渉でも多大な罰則が与えられるはずです。
お母様はどんな対価を支払ってしまったのか、見当もつきません。
それから、神国の教会の土地周辺の被害の規模も計り知れない為、私の所有財産からお見舞い金を出してもよいでしょうか。
ああ、早く事態を把握したお二人の帰宅が待ち遠しいです。
ですか、やはり当日はトール君とアッシュ君は帰宅できないでいました。
評議会からは、必要不可欠な買い物以外の外出は禁止のお達しが出され、クロス工房もポーション関連の商品のみの販売だけが許可されました。
ただし、販売方式は冒険者ギルドか商業ギルドにての委託販売で、クロス工房は臨時休業となりました。
原因は、難を逃れた神国の教会に従事する聖職者が、今回の事態は神国と敵対するクロス工房主、トール君が画策したと吹聴しまわり、数少ない信者がクロス工房に反撃する恐れがあると判断されたからです。
抵抗できない少年達は避難してますが、避難を拒否した職人様方は自衛が出来る皆様なので、逆にやり返しに不安が残ります。
まあ、単独行動禁止は守られていますので、まだ過剰防衛にはなってませんけど。
両ギルドにポーション類を卸しに行かれるのを任されたリーゼちゃんとジークさんはというと。
本来の姿の竜体が発する種族的威圧を撒き散らして街中を歩くおかげで、反抗しようとする
信者は近付けないそうで、まだ一件も騒動を起こしてはないです。
ですが、冒険者ギルドマスターのイザベラさんと、商業ギルド長さんの所ではポーション類の無料配布要請やはした金で巻き上げようとする聖職者側がいるとの事。
評議会から、神国の聖職者と信者には警告がなされ、改善されない場合はミラルカからの退去、すなわち追放処分が待ち構えていたりします。
そんな慌ただしい数日後、私は安全第一を優先されて工房からの外出禁止が言い渡されてました。
メル先生曰く、トール君とアッシュ君不在を知られたせいか、神国側からの不審人物による侵入が試みられ、巡回している警邏隊と冒険者ギルド員による自主的な見守り要員の皆様が、発見次第確保してくださっていると聞きました。
せめてものお礼にと、上級ポーションと特級ポーションを差し入れさせて貰いました。
あえて、私には詳細な情報を教えてはくれない緊張した日々が終わったのは、教会が潰れた日から半月が過ぎていました。
「トール君、アッシュ君。お帰りなさいませ。早速ですが、事態の報告をお願いいたします」
事態の収拾に奔走していたお二人には悪いと思いますが、私も当事者として知りたい事だらけでしたので、顔を見るならせっついてしまいました。
トール君とアッシュ君は苦笑しつつも、頭を撫でて食事をしながらでよいならと快諾してくださいました。
「結論から言うと、潰れた教会はミラルカだけではなかった」
「使い魔の目を借りたが、各国の教会だけにあらず、神国の本教会も地盤沈下は起きていた」
〔うん。だから、神罰なんだよねぇ〕
〔でしゅの~。大地の神様だけでなく、他の上級神様もお怒りでしゅの~〕
「ジェスとエフィの言う通りだな。俺にも神託が降りた。神国の在り方が、神々の禁忌に触れたとな」
「ああ、ヤツ等の非人道的な実験が、世界神にも伝わったらしい。神国も帝国と代わりない他種族排斥主義に成り代わりつつあり、豊穣神の愛娘の遺骸を使った人工的な神子誕生を危険視したんだな」
語られた内容は、記憶にない前世の私の遺骸を使った実験による人工的に神子を誕生させようとした神国の在り方。
他種族融和を唱いながら、他種族を実験道具扱いした行いに、都合の良いいもしない神々を信仰しようとし、現在まで守護してきた神々を邪神認定しようとする派閥がのさばってきている事。
神々が認めた唯一無二の神子の存在に対する、神々と保護者のトール君達との誓約放棄に傾きかけた内情が暴露されていきます。
以前にも教えていただきましたが、神国は帝国同様に排斥主義の派閥が台頭してきているのですね。
大陸の盟主派遣争いに勝利する為の策として、神子を掌中に収めんとしたのは、帝国に現れた聖女や聖人に対抗する目的があってのこと。
異世界から召還した少女は聖女にもなれず、その資格もなかった。
故に、神子確保を急いだ。
けれども、今回の神罰は豊穣のお母様が属する大地の神々だけではなく、他の上級神も加わっているのは、それだけ神国が神々の代弁者たる素質を失ったから。
このまま、神国が神々から見放され、帝国に対抗する勢力が失われたら、権威が低下した帝国がまたもや息を吹き替えして、大陸が混沌とした状況に陥るのではないかと思えてきます。
「セーラ。何、心配?」
「どうしました? 眉間に皺ができてますよ」
「リーゼちゃん、ラーズ君。神国が秘密裏に人体実験したり、帝国同様に他種族排斥を邁進して、万が一にも神々から神国が必要ないからと、国としての呈をなさなくなりましたら。帝国に対抗する勢力が無くなる訳で、帝国が大陸の盟主国となってしまったらと思うと……」
「ああ。確かに、その危惧は分かる気がします」
「肯定。竜族、反抗、意思、あり。ドラグース、日和見、あて、ならない」
〔大丈夫じゃないかな。帝国の守護神が、他種族排斥は、駄目だって神託だしてるし〕
〔後、数年間は、戦争しかける暇は、ないでしゅの~。まだまだ、瘴気発生は、終わってないでしゅの~〕
「だな。帝国が立て直す前に、神国も旧体制が一新されるだろうな。何せ、神国に所属する選民思想の聖職者は軒並み、代弁者の資格は剥奪されるし、仮の権能も失われただろうしな」
「現在のところ、神国の聖職者でまともな聖職者は中央から左遷された常識人だけとなり、現上層部の聖職者に直に神託が降りて、失職した聖職者の役職名に書き代わりしているからな。まあ、失職した輩は認めず、未だに地位にしがみついているが、いつまで持つやら」
では、私が想定した事案にはならないと。
ほっと、一安心です。
ですが、帝国の瘴気発生はまだ解決してなかったのですか。
大規模瘴気は、私達が解決しましたが。
アッシュ君は、小さな問題は新人聖人さんの箔つけにと残したのでした。
新しい帝国の守護神様とアッシュ君とで、瘴気の浄化方法は伝授したそうなのですが。
アッシュ君は、浄化より強制的な潰しのやり方なので、浄化方法としては見習わない方がよいのですけどね。
だからと言って、私が教える訳にもいかないのは当然ですが。
話は変わってしまいましたが、帝国の聖人さん。
頑張ってくださいませ。




