第6話
神国の諜報員さんは、どうも危機管理能力が高そうでした。
マギーに報告されてアッシュ君率いる警邏隊が、身柄確保に動いたのですけど。
見事に逃げられてしまいました。
そうなってしまいますと、危険度が高くなるのはミラルカ評議会の議長と議長に準ずる権限を有している副議長さんです。
表向き議長だと思われている副議長さんの警護に、アッシュ君が自ら名乗りをあげて、トール君に前以て依頼していた偽装の魔導具を装着して、別人になりきって警護しているようです。
新人警邏隊の護衛任務として、だそうです。
ですので、相方の方はアッシュ君が鍛えあげた護衛任務専門のベテラン警邏隊の方で、若干やりにくそうに任務に就いているとのマギーの報告です。
まあ、そうですよね。
自分を鍛えた最凶の異名を持つアッシュ君を、新人として扱わないとならない苦行に、アッシュ君の意地悪さがそこはかとなく見え隠れして、可哀想に思います。
それから、本来の標的であるトール君は、何故か逆にミラルカを歩き回っています。
「うん、まあ。いずれは、神国とやり合うのは分かりきっていたしな。神国が抱える暗部の人員は把握しているつもりだ。で、今回潜入している奴が把握している奴なら、俺が幾ら防御していても一撃は食らうな。ただし、致命傷にはならない傷だから、安心しとけ」
「ですが、怪我はされるのですよね?」
「刃物が刺さるぐらいは、な。といっても、毒は仕込んであるだろうが、俺の耐性の技能はマスターランクなんで、即死魔法食らっても死にやしないからなぁ」
「先生。どや顔するのは構いませんが、油断大敵というありがたい訓告があります。それを忘れないでください」
「ラーズ、同意。標的対象、自爆魔法、即死魔法、同様、危険、厄介」
〔そうだよ。対象者を巻き添えにする自爆魔法は、逃げれないんだよ?〕
〔でしゅの~。自爆魔法使用者の寿命と魔力と引き換えの魔法でしたら、厄介どころではないでしゅの~〕
世には禁忌の呪詛魔法というのがあります。
もっぱら、闇の組織や国の暗部が習得している自爆魔法の厄介なところは、魔法使用者と対象者を中心にして全く関係ない人を巻き添えにして、大規模な破壊力を伴った魔法が行使されて、酷いと町が一つ消失してしまう可能性を秘めているのです。
おいそれと、行使されてはたまりません。
ラーズ君やリーゼちゃんやジェス君やエフィちゃんにお小言を受けても、トール君は町歩きを止めようとはしないでいました。
私達はやきもきさせられ、トール君が無事に帰宅する度に苦言を言う毎日が続きました。
そうして、とうとうその日は訪れました。
「ぎゃあああ! と、トールさんがぁ! 皆さん、大事件ですぅ!」
「ああ! セーラさん、セーラさん。魔法薬をおう!」
「トール? トール! 生きてるの? 死んでるの?」
「少年達、ギディオン。落ち着け。トールの足は二本ちゃんとある」
本日は、セイ少年とリック少年が店舗のお店番でした。
護衛役のギディオンさんとヒューバートさんが待機していたのですが、少年二人とギディオンさんの叫び声は居住区にまで響いて来ました。
丁度、お昼ご飯を食べていた私達は、慌てて店舗に走り出しました。
「皆さん! 何事ですか?」
「あっ、先生、お腹」
「トール君! なんで、そのままで帰宅したのですか? 途中で、治療できましたよね? 魔法薬所持してましたよね?」
〔セーラちゃん、触ったら駄目!〕
〔でしゅの~。あれ、只の短剣ではないでしゅの~〕
〔うん。呪具だね〕
帰宅したトール君のお腹には、見事に短剣が刺さったままでした。
出血もしていてお腹周辺は深紅に染まり、足元には血黙りが。
焦ったあまり、短剣を抜こうとした私を、ジェス君とエフィちゃんが制止します。
説明されて視てみましたら、短剣はどす黒い歪んだ負の思念にまみれた呪詛を纏っていました。
対策無しに触れてしまうと、私も呪詛の影響を受けてしまう羽目になりかけました。
「あー。見た目程、痛くも呪詛を受けている気もないからな。出血に見えるが、実際は血ではなく魔力がな、流出しているだけで、俺は無事なんだわ」
「で、何故に短剣はそのままなんですか?」
やや剣呑なラーズ君の指摘に、トール君は頭を掻いて口笛を吹く振りまでします。
この仕草は、トール君がなにかやらかして誤魔化す素振りになります。
私達の心配と、少年達を驚愕させた反省をしてください。
「あー。悪い、セーラ。呪詛の浄化を頼むわ。これ、無闇に抜こうとしたら自爆魔法並みに、周辺に瘴気を発生させる仕掛けなんだわ」
「瘴気発生の原点は、トール君の魔力と生命力ですね」
「そっ。だから、町中では抜かないで置いた」
私が呪詛や瘴気を浄化するには神子の能力を行使しなくてはならなくなりますので、トール君と一緒に居住区のリビングに移動です。
血黙りに見えた魔力は、トールがその場から移動すると自然に消え去っていきます。
呪詛の思念よりトール君の耐性が高い為、流出した魔力は汚染されてはなかったでしたので、放置して構わなくなりました。
少年達とギディオンさんの驚愕は跡を引いて、精神的負担が悪い状態となりましたので、店舗は臨時休業と相成りました。
知らないで訪れるお客様対応に、休息していたジークさんとメル先生が容態を聞いて呆れた眼差しをトール君に向けて承諾してくださいました。
ヒューバートさんには、トール君が少年二人とギディオンさんを落ち着かせる様に頼んでいました。
後日、トール君から何かしらのお詫びの品が配られるでしょう。
そうして、リビングには見知らぬ方がソファに鎮座されていました。
「トール。お前、妙齢の未亡人を孕ませて、赤ん坊を認知しなかったから、刺されたんだってな」
「げっ? そんな噂になりやがったか」
「しかも、決死の覚悟で認知を迫った未亡人を蹴り倒して、赤ん坊は警邏隊に丸投げしたそうだな。始まりから見ていた情報屋が、爆笑して情報を売りに来たぞ」
外見的容姿は二十代になったばかりか、まだ十代後半でも通用しそうな、茶髪に赤みがかかった榛色の瞳に凡庸な顔立ちの若い青年で初見な方に見えましたが、声と言葉使いからアッシュ君だと分かりました。
不審者と一瞬警戒したラーズ君とリーゼちゃん向けに、馴染んだ魔力を解放して見せて本人であるのを認識させられました。
魔力が解放されるまでアッシユ君だと分からないでいたのは、トール君の魔導具の性能が凄いからですね。
〔トール君。女の人に刺されたの?〕
「いんや、女装した男だったぞ」
ジェス君の質問に、何気なく答えるトール君です。
本当に痛みとかは、感じてはないみたいです。
呪詛を浄化する為に、神子の能力を行使します。
神気を纏わせた両手で呪詛まみれの短剣に触れ、呪詛を解きほぐしていきます。
呪詛に使われた負の思念には、無惨に亡き者にされた方の恨みや恩讐が込められ、簡単には浄化させてはくれませんでした。
ですが、瘴気の毒素を含んだ負の思念には及びません。
少し手こずりましたが、難なく呪詛は浄化できました。
「おし、これで抜いても問題ないな」
「はい。呪詛は消えましたし、更に仕掛けてありました魔法も解除しておきました」
「ふーん。万が一、呪詛が解呪されても、安心した油断をついて二段構えか」
「いえ、五段構えでした」
「うわお。そりゃあ、厄介極まりないな」
恐らくですが、呪詛は解呪されるのは想定されての、呪詛の重ねだったのでしょう。
そうして、教会繋がりで神国の息がかかった聖職者に呪詛を解呪させて次の呪詛が発動する仕掛けを何段階も附与していた。
けれども、トール君は聖職者に頼まず、私に浄化を依頼しました。
神子であり、視る能力に特化した私がいたので、全ての仕掛けは解呪されました。
あちらにとりましては、私の存在を忘れていたのが仇となりました。
「よっと。じゃ、こいつは適した場所に転送しとくか」
用を成さなくなった短剣を、トール君は何処かへと転送させます。
きっと、尋ねても明確な答えは返ってはこないと思われますので、聞くのは止めておきました。
「それで、どういった過程で、ああなったのですか?」
「うん? 端的に言えば、ぶらぶら町歩きしていた俺の元に、派手に泣く赤ん坊を抱いた女が来て、「貴方の子供です。認知してください。再婚してください」と迫られた。セーラ程ではないが、鑑定した結果、女は女装した男だと分かり、赤ん坊も拉致されたとあったんで、保護する為赤ん坊を抱いたら、腹を刺された。まあ、痛くも何ともないが、変な魔力を感じたんで刺した相手を蹴りはがした。ら、相手が騒いでまた近付いてきた処へ、警邏隊が来たんで赤ん坊を親元に帰す様に頼んで、帰ってきた」
後始末に残された警邏隊の方々に、謝罪に行かないと駄目ではないですか。
短剣がお腹に刺さったままでしたから、何も知らない通行人が見かけたら通報案件になるのは理解されていたので、認識阻害をして裏道を通って帰宅したとの事。
女装した男は、ミラルカに潜入した諜報員さんなのは、当然ですね。
警邏隊が現れたら、人混みに紛れて去ったと。
ですが、そうそう逃げれはしないですよ。
私達が何度進言しても聞き入れてはくれないトール君に、私はマギーにお願いをしました。
それは、トール君に危害を加えそうな諜報員の潜伏先と手助けする勢力の監視をです。
果たして、マギーはトール君を襲った諜報員を追跡していて、潜伏先と思わしき場所を特定したと念話が来ました。
私の腰のチェーンベルトには、真新しい蝶の羽根を象った召還神器が加わっています。
さあ、アッシュ君もいますから、マギーの報告は話しましょう。
マギー配下の眷族が周囲を包囲して、逃走を封じています。
ですから、アッシュ君お仕事をお願いしますね。
再度逃走されたりしましたら、マギーにお手柄を譲る羽目になりますよ。
頑張って、捕り物をしてくださいませ。




