第3話
神国からミラルカへと出立した、神国の遠征の当初の目的はクロス工房の主でミラルカの実質的支配者であるトール君が、神聖なる神子を拐かし秘匿し、監禁しているとのお題目の建前なのが判明しました。
その事実を教えてくださったのは、大陸各地に使い魔や情報屋を抱えるアッシュ君ではなく、冒険者ギルドを仕切るイザベラさんでした。
「神の名の元による神兵騎士団と謳う一行は、フランレティアやドラグースの両国と友好国から入国禁止を受けて、シルヴィータに足止めされて駐留してるそうよぅ」
イザベラさん情報は、そのフランレティア国等友好国の冒険者ギルドから警告の意味合いで、各地のギルド長から報告がなされたそうです。
というのも、各地の冒険者ギルドと所属する冒険者達には、優先的なクロス工房製品が回されるからで、一流の製品を扱うクロス工房が損なわれるのを皆さん危惧しているようでした。
また、魔王領との交易自治都市のミラルカを、神国が支配下におくのも嫌っていました。
聞いた話ですが、神国の神皇が代替わりした途端に、徴収される税金が三倍になったり、商品の売買にも新たな税金が課せられたりして、住みにくい国へと様変わりしたとか。
神国には、信仰心を見失いかけている聖職者が増えたせいで、大地に属する神々だけでなく、温厚な神々まで苦言を呈した神託がおろされたはずです。
ですのに、市民を虐げる行為を臆面もなく実施してしまう神国の上層部の聖職者達は何を考えて行動に移しているのか、まったく理解に及びません。
推測になりますが、税金があがったのは、今回の出兵が関係していますよね。
たかが、神皇の就任式に神子を招いて祝福させるだけで、数千人にも及ぶ神国兵騎士団を派遣するのは、示威行為と神子を掌中におさめて神々のお怒りを鎮める目的なのでしょうか。
それでしたら、逆効果でしかないと思うのですが。
あちらの方々の思考には、ついていけません。
「あー。その足止めされてる一行の責任者とかいう輩から、書状が届いたぞ。それも、神敵の俺宛てではなく、ミラルカ評議会議長宛てにな」
工房の店舗は、平常通り開店しています。
本日の店番は、リック少年とセイ少年とお目付け役のギディオンさんにヒューバートさんが待機しています。
少年二人には気苦労を重ねたくはないですから、神国絡みのお話は大抵二人がいない時間を見計らっていました。
まあ、接客する相手の冒険者さん達から、それとなく諍いが起きそうだとは知らされているみたいですけどね。
「神国は、先生と評議会議長が同一人物だと把握されてないのですね」
「ん。情報、収集、不足」
「というか、世間に公表してないからな」
「アッシュの言う通りだ。別人だと認識させてるぞ」
あれ?
ミラルカの住人には、ミラルカの実質的支配者はトール君だと認知されているはずな気がしてましたけど。
私の勘違いでしたでしょうか。
「クロス工房主が、双黒の賢者だとは周知されてるが。そこへ、ミラルカの実質的支配者の評議会議長の身分まで追加したら、俺が議長の仕事に忙殺されるのは目に見えている。だから、悪いとは思うが、副議長に代役を頼んでいたりする」
「その代役の対価に、副議長の裁量が議長並みに与えられてるんだと。よって、代役の対価を願われたら、叶えないとならない約束事になってもいる」
「うん。ただ、副議長は信頼できる人材なんで、滅多に対価を要求しないがな」
「ですが、ジェスが幸運猫だと判明した時に、評議会が何か言ってきてましたよね?」
ラーズ君の指摘に思い出しました。
確か、ジェス君を寄越せとか要求がありましたよね?
リーゼちゃんも頷いています。
マギーは、その時点の状況を知らないので静かに沈黙しています。
そして、リビングは静寂に包まれました。
トール君は虚空に視線をやり、アッシュ君は冷めかけたお茶を飲んでいます。
聞いてはいけない話題でしたか?
「ああ、あれな。副議長の秘書だった甥っ子が、勝手に副議長の署名を捏造して、クロス工房に圧力掛けて自分の傘下にしようと画策してたんだわ。それを知った副議長のアレンリードは、烈火の如く怒り罵詈雑言浴びせて甥っ子を断罪して、一族から放逐したんだ。あれは、痛快どころか、甥っ子が痛ましいと感じたわ」
それは、公文書偽造の上に、何ら瑕疵のないクロス工房を私利私欲のために利用しようとした乗っ取りの犯罪追加ですから、放逐もやむ無しですが。
まさか、正式な裁定を経由しないで、裁いてしまったのだとしたら、副議長さんにもペナルティが発生するのではないでしょうか。
「ああ、で。半年間の副議長の給与を無給にする事を、副議長の罰にした。まあ、副議長に心酔する議員達には不評を買ったが、副議長自身がそれなら辞職すると公言したんで、騒ぎは収まったがな」
疑問を尋ねたら、トール君は苦虫を噛み潰したような表情で溜め息を吐き出しました。
トール君曰く、議長の代役を務められる信頼出来る人材が、その方しかいないので辞職はトール君も大変に困る事態だったようです。
次代の副議長にと推薦されていたのが件の甥っ子さんだったので、自然に次代の候補がいなくなってしまったという訳です。
ただし、災い転じて福となす。
もう一人の甥っ子さんがまだ未成年ながら利発な方で、候補にあげてもいいのではないかと副議長さんが推薦してきたそうです。
そうして、若輩ながら目下教育中なのでした。
「で、話は変わるが問題のこの書状な。議長命令で、クロス工房を接収して資産は好きに奪っていいから、工房主と神子らしき妖精を差し出せとある。まあ、副議長は怒髪天で書状を破り捨てたかったらしいが、神国の腐った思惑の他国に等しい自治都市への内政干渉の証拠だから、律儀に俺に提出してくれた」
「書状の主は、神国の中ではどの地位にいる阿保だ?」
「神皇の縁戚で、神兵騎士団の総帥だとよ」
「成る程。なら、実力で就いた総帥ではなく、金の力で地位を買った阿保だな」
アッシュ君には、総帥さんとやらの人物像がすぐに思い至る人みたいです。
私が幼い時期には神国にて生活していたのですけど、騎士団総帥の地位は実力派な方が就任するのが常だったのですが。
いつから、内部は腐っていってしまったのでしょう。
あのジェス君と邂逅した強制転移事件以来、神国とは距離を大きく広げてしまい没交渉でしたから、神国の変わりように何だか頭痛がしてきてなりません。
神国の聖職者の方々にも、純粋に神々への信仰心を忘れず、敬い修行を欠かさない聖職者や、神事の際に警護してくださった神兵騎士団の下位の地位の方々は真面目な性格で努めていたのを記憶しています。
ただし、上位の聖職者や騎士団の方々は、矜持が高く肩書きを権威の象徴と捉えている感じでしたね。
逝去された前神皇さんは、権威におもねらない人格者で、種族差別をされない方でもありましたから、慕われていました。
そう言えば、メルさんは前神皇さんの治療にあたった際に、病名は内臓疾患だったと言ってました。
後、恐らく人工的な毒素が原因だともです。
結果、前神皇さんは毒殺の線が濃厚でした。
神国は帝国と二分して、大陸の覇権を狙っていましたから、対話路線の前神皇さんは煙たがられたのでしょうね。
怖い話です。
現在、帝国は先の魔素溜まりの発生から始まった、帝国領土全域に亘る瘴気汚染の対応と、守護神交代に伴う領土拡大戦争の意義を神託によって制限されている状態にあります。
その機会に乗じて、神国は帝国への支援を対価にして大それた条約締結を呼び掛けているそうです。
アッシュ君の情報屋さん報告では、帝国を神国の傘下に位置付けた無茶振りを、厚顔無恥にも盛り込んでいたようでした。
無論、帝国側は支援には礼を述べましたが、傘下に収まる気は更々ないと遠回しに断っています。
けれども、帝国に存在していた聖女さんは大地の神の御元に還り、新しく任命された聖人さんは元騎士の出故に浄化の才を発揮するには未だ叶わず、神国の聖職者に浄化を依頼しないとならない苦境にあります。
私が粗方浄化しましたけども、現時点においても度々小規模な瘴気汚染は発生していたりします。
苦渋の決断にて、浄化を行う聖職者派遣を神国に頼らざるを得ないのが帝国の現状です。
再度の交渉の折には、神国はもっと上から目線で派遣を出し渋るでしょう。
ああ、だから浄化を担う神子を欲しているのですね。
〔セーラちゃん? どうしたの?〕
〔セーラしゃま~? どうされましたの~?〕
「お姉様? 感情に揺れが生じておりますが。如何がなされました?」
「セーラ。マギーさんの言う通り、何か纏う空気も剣呑な気配がしますよ」
「ラーズ、同意。何、心配?」
思考に耽っていましたら、皆に心配されてしまいました。
そこで、私が至った考えを口にだしてみました。
「今回の出兵の本当の意味は、神国が神子を手に入れ、帝国に恩を売り付け、帝国の支配権獲得を画策しているのではないかと思ったのです」
あり得る。
が、皆の同意見でした。
「やはり、狙いはそれか」
「だろうな。現状、帝国は守護神により戦争による領土拡大を阻まれているからな。それと、瘴気汚染問題も解決してないしな」
「アッシュが帝国で瘴気汚染を潰しても、簡単に捕えるのは無理だと判断されて見てみぬ振りされてるが。セーラを堂々と人前で晒すのは回避したいしな」
「流石に、再度豊穣神を人形に宿らせるのもな。あれは、セーラの身に危険が及ぶのを回避する為だけに使用許可がおりる。世界神からも、頻繁に使える手段ではないと警告食らったしなぁ」
過去の神々の代理戦争の余波とも言えてしまえる、神々の地上への干渉が、地上の生態系を狂わせた事案によって、世界神様は地上に神々が降臨するのをよしとしませんでした。
ただ、一柱の大地母神様だけが、地上の監視と安定を担わされる役割の為に、地上に顕現されています。
その代わりに、神々の代弁者として神国の聖職者が、神々の威光と権能を附与されて行使するのです。
ですが、その神国の在り方が神々の不審を買い、権能の低下や剥奪へと至り、神国の権威の衰えが帝国同様に求心力への悪影響に繋がり、大陸の覇権をと声高に唱えている場合ではなくなってきています。
その影響を覆す目的を孕んだのが、神子の掌握なのでしょうが。
私にとりましては、いい迷惑でしかありません。
どうせなら、このままずっと足止めされていて欲しいぐらいです。




