第2話
暫くは、ミラルカに重苦しい雰囲気に包まれていました。
アッシュ君の使い魔情報から、神殿騎士や聖騎士がミラルカに向けて神国を出たとあり、行軍先はミラルカであると伝えられました。
この為に、ミラルカでは横暴な人種差別な人間が集団でやって来ると評議会は周知させ、希望者にはなるだけ意思を確認してから、魔族領地に避難させる旨を、都市の全市民に通達しました。
けれども、避難したのは諍いに不向きな子供や、お年寄りの皆様で、貫録ある母親は大半が居残りを選択しました。
まあ、もとは引退した冒険者だったり、護身術を身につけていた女性ばかりでしたけど。
そうして、神国の人間がミラルカに進軍してくるのを待ち構えていましたが。
これに、些細な諍いであったり、進軍した神国の一行が通り過ぎた都市や国から、盛大な苦情が寄せられる事態が増えてきました。
よって、ミラルカは日々緊迫した空気が、和らいで来ました。
それと言うのも、神国の崇める主神や大地母神様達が、自分の神託を無視し、あまつさえ曲解した神国の神皇へ神罰を与えたと噂が流されていました。
まあ、当然神国側は否定していますが、豊穣神のお母様や、大地母神さまが神国へ、過去の神の愛し子(前世の私)にした蛮行を大陸の国家主席や大臣達に伝え、繰り返すなら守護は剥奪するとも大陸中の神殿に神託をおろしたのです。
こうした、神々からの干渉に、神国の評判は下降していき始めたのです。
神々の怒りを買いたくない他国が、ミラルカへ進軍する神殿騎士や聖騎士や聖職者の滞在や、入国を禁止したのも原因の一つであります。
「ふむ。この国を通過出来ないとなると、到着予定は想定していた時期よりも遅いな」
「ああ、物資補給もままならない状態だからな。下手をしたら、就任式を終えた頃に到着するな」
「あいつらの事だ。何としても、間に合わせたいだろうが。この国で、大規模転移を試みて帳尻あわせする可能性が高くなるか」
「幸いにも、フランレティアは中立を宣言したし、ドラグースも竜騎士の派遣を断った。ちまちまと、陸路を進むしか手はない」
「厄介なのは、神国の秘術の強制転移だが」
「あれの対策は、既にしてある。ジェスが片時も離れんし、エフィも阻害するだろう。それは、心配いらんぞ」
トール君な頼まれた調薬を終え、報告に工房のリビングに来たのですが、アッシュ君と二人して会話の最中でした。
話題は私に関する事なので、行儀が悪いとおもいつつ、立ち聞きする羽目となってしまいました。
「お姉様?」
「セーラ、何をしてるんですか?」
不意に声をかけられましたので、肩が跳ねました。
マギーは、今日はラーズ君のお手伝いを頼まれたので、二人も依頼の品を運んでいました。
ラーズ君は、ある皮革の処理に難題を抱えていたのですが、マギー配下のある昆虫類の酸によって、呆気なく解決できてしまい、その皮革の防具の量産が可能になったのです、
金属製の鎧より頑丈で、重量が半分以下の防具ですから、疲労も軽減され重宝されることは間違いありません。
神国との諍いが無くなれば、冒険者ギルドとミラルカ警邏隊に寄贈する予定になっています。
両組織は律儀にも貸し出しを提案して、毎月定額の料金を支払うと言い出しましたが、トール君もアッシュ君も根負けして受け入れた体で、後日に寄付金名目で返還するようでした。
「セーラ?」
「あっ、ごめんなさい。ええと、私も納品に来たのですが、トール君とアッシュ君が難しいお話をしていて、声を掛けていいのか迷ってしまっていました」
「そうなのですか? なら、時間をあけてみますかね」
「んー。いや、今でも構わないぞ」
「ひやっ?」
ラーズ君に再度声を掛けられて、リビングの扉に背中を向けて会話をしていたところ。
扉が開いた音もなく、気配もなかったトール君の声を聞いて、驚きのあまり変な声があがってしまいました。
そうですよね。
リビングは防音してはいないですから、扉一枚隔てただけでは外の会話が聞こえますよね。
私もリビングの中の会話を聞いていたので、当然でした。
「あー。驚かせて悪かったな。で、依頼の納品か?」
「はい。依頼の皮革製の防具です」
「私も、各種魔法薬と、耐性薬です」
「おう、ありがとな。じゃあ、アッシュにも配るとするか」
トール君に促されて、リビングの中へ。
リビングの前での騒ぎにアッシュ君も気付いていたのでしょう。
苦笑していました。
そんなアッシュ君を見て見ぬ振りなトール君は、テーブル上に並べられた製品を鑑定して分配していきます。
「リーゼはまだ、時間がかかりそうか?」
「トール先生が依頼した製品は出来た様子でしたが。兄さんが依頼した鉱石のインゴット化に苦戦しているみたいです」
「んん? もしや、魔法金が素材か。ありゃあ、リーゼの鍛冶ランクと工房の炉があってないぞ。魔法金なら、俺の専用炉を使用する許可出してくるわ」
「そうだったか? なら、リーゼに後で謝っておくか」
「ご機嫌取りに、セーラに何か甘いもんでも頼んで作って貰え」
「そうする」
珍しいアッシュ君の失態に、トール君は手を振り助言して分配された品を自身の無限収納にしまい、リビングを出ていきました。
工房にあるリーゼちゃん専用の炉は、確かに高ランクの素材をインゴット化にするには不向きでした。
後、金床や槌もですね。
何故、不向きな炉のままかと言えば、リーゼちゃんのやらかしが原因で、トール君が制限をつけたからでした。
ラーズ君も関係していているので、隣でばつが悪い表情をしています。
まあ、本当の原因は私にもあるのですから、私も苦笑するしかありません。
私達は、寿命が永い種族で、人族の一生が少年期であり、冒険者ギルドに登録した時点でさえ、お子様と侮られてしまいました。
後、過保護な保護者様方職人の皆様から、親バカ振りな登録祝いに新人には相応しくない高級な防具と武器を頂き、何ら疑問も抱かずに装備していたのでした。
勿論、冒険者ギルドの職員さんは、私達がギルドマスターのイザベラさんの身内で、実地訓練と称して最凶ランクのアッシュ君から登録前に、経験を積まされていたの知っておられました。
外見年齢が幼くみえる私達ですが、場数は踏んでいても規定の規則に従い、どれだけ依頼を受けてもある一定のランクにあがれないのも承知していました。
しかし、依頼をこなしている割には、ランクがあがらない私達について、私達の内情を把握していない、ミラルカで一旗あげようと訪れた他国出身の冒険者に絡まれたのでした。
低ランクの私達が使うには、装備が不似合いだとバカにされ、罠に嵌められた私達は装備を奪われてしまったのです。
まだ、幼かった私が不甲斐ない姿に泣いてしまい、リーゼちゃんが憤慨してキレて、私達から奪った装備を着ていた件の冒険者をぼこぼこにしてしまい、ついでに装備まで破壊してしまったのです。
これには、ラーズ君もやり過ぎだとリーゼちゃんを制止し、叱り、リーゼちゃんも反省したのですが。
壊した装備を直すと言い出し、鍛冶を習い始めたばかりのリーゼちゃんは、見習いが使用できる炉だと火力が足りないと判断して、竜の吐息を炉に使用して鍛冶工房を半壊させてしまいました。
幸いにも、鍛冶工房には他の職人さんがいなかったので、人的被害は皆無でした。
が、無論の事に、リーゼちゃんはトール君とアッシュ君とジークさんに盛大に叱られました。
ですが、原因が原因で、情状酌量の余地があるとして、工房の炉の使用制限と、工房内やミラルカでの竜の吐息使用不可を誓約させました。
また、扱う素材も制限があります。
それを、アッシュ君は忘れていた模様でした。
「まあ、リーゼさんの気持ちは分かる気がします。妾もお姉様が馬鹿にされたら、キレますのは確実ですから」
「マギーなら、実力行使よりも、配下を使用した制裁が先になるだろう。下手をしたら、想定外のトラウマを植え付けかねんな」
そうですよね。
マギーなら、絶対に弱点を調べあげて、私が蜘蛛嫌いなように嫌いな昆虫類を部屋一杯に放ち兼ねないですよね。
想像しただけで、寒気がしてきました。
〔それで、セーラちゃんを虐めた人は、どうなったの?〕
〔でしゅの~。まだ、存命なら、エフィも仕返ししたい、でしゅの~〕
両肩のジェス君とエフィちゃんも、物騒な発言しますけど。
既に、仕返しとかは充分に済んでいますからね。
あの人達も、残り少ない人生は穏便に送らせてあげましょうね。
だって、言えないですから。
ミラルカの実質的な領主なトール君の庇護下にいる私達をカモにしていた人達が、保護者様方の徹底した抗議活動の結果、冒険者や商業ギルドにおろされなくなり、商会と商人と仲間の冒険者に莫大な損失の補填を請求されて、一夜にして悪名が広まり、借金返済不能になり、変態商人に性転換秘薬を飲まされて、未成年の私が憚られるお仕事に就かざるを得なくなったとは、純真なジェス君とエフィちゃんに言えません。
ああ、そのお仕事が普通のお店ではないのもです。
風の噂では、その冒険者さん達は、ある界隈では人気者になったとか。
ですが、性転換しても精神は男性でしたから、同性による行為に精神を狂わされては、高いお布施を支払い精神異常を回復されるのを繰り返しているそうです。
はい。
それからは、私達に関わるな危険が待ち構えているが、周知されて絡まれなくなったのはいい思い出です。




