第40話
一触即発。
ミラルカに帰還した私達ですが、マギーとトール君は視線を交わすなり剣呑な空気を纏い、睨みあっています。
ばちばちと聞こえないはずの音まで、聞こえてくるのは気のせいですよね。
何故でしょう。
「セーラ」
「はっ、はい」
「帰ってきて、すぐで悪いが、このリストの薬を作ってくれ。火急の依頼だ。その分、料金は上乗せして前金でふんだくった。頼んだ」
「はい、分かりました」
「ラーズとリーゼもな。本当に悪いが頼む」
「分かりました。かなりな数ですが、今日中では済まないですけど」
「うん。期日まで間に合わせてくれりゃあ、いい」
「了承。疲労、無し」
口を挟む機会をトール君に阻まれました。
手渡されたリストには、十数類の薬の名前と数が記載されていました。
確かに、この数ですと一日では無理ですね。
私の薬と、ラーズ君の革製防具、リーゼちゃんの武器類となりますと、依頼者は限られてきます。
案の定、冒険者ギルドのギルド長であるイザベラさんと、ミラルカ評議会からの依頼でした。
「で、アッシュにはこっちな。承認しやがれ」
「……成る程。とうとう、痺れを切らしたか」
「ああ、お前の情報屋と使い魔からも、裏を取った。新たな神皇の選出も終了したとさ。ミラルカ評議会宛に親書が来た。就任式に、是非神子を連れて来いだとよ」
マギーから視線を外して、アッシュ君にも用紙を突き付けたトール君は、吐き捨てるように表情を歪めながら言います。
ああ、これは私が現存する唯一の神子と確信して公式に広めていますね。
次席の聖人と聖女は、帝国出身者。
対立しあう両国間では出席を義務付けするのは難しいですから、神子に祝福させて箔をつけようとか考えているみたいです。
トール君は拒否したのでしょう。
何しろ、公式には神子は神々の領域である神域にて、隠棲しているのですから。
それも、神国側の神子に対する看過できない有責事情による、豊穣神からの神託の結果故の神罰でしたからね。
神国が、神子に関わるなとのお怒りな私情入りすぎたお母様の神託でした。
逆らえば、神国と属する国だけではなく、大陸全土に渡る恵みを与えないと言い出されたら、従うしかないわけです。
神々を奉り、神々の威光でもって、大陸の盟主国であると宣言している神国が、神々の意を汲まないで邪険にすれば、末路は神々に見放されたお馬鹿な存在となるだけですし。
それは、神国も何としても避けなければならない優先事案ですし。
神子の隠棲には、唯々諾々と従うしかなかった訳なのですが。
フランレティアの一件で、私と神子は別人と豊穣のお母様は演じてくださったのに、まだ私がと諦めてなかったのでしょうか。
少し、疑問に思えました。
「お母様の頑張りが無駄に?」
「あ? ああ、フランレティアの件か。それは、成功したぞ。だがな、あの場には俺達もいたせいか、あいつらは俺かアッシュなら神子に進言して、承諾させられると勘違いしてるんだわ」
そうでしたか。
トール君によりますと、天人族であるトール君なら神子が隠棲する神域にも立ち入る事が許可されているそうで。
アッシュ君なら、魔素溜まりを潰していたり、瘴気を世界神様の権能を間借りして浄化できるのを把握されている為か、神子に接触可能な人物扱いされているそうです。
その為、神国側も二人に無茶振りしてきたという結論に至りました。
ただし、その案件と私達に依頼された案件がどう繋がるのか、新たな疑問が。
「先生とイザベラ義母さんは、神国が実力行使をしてくると判断しましたか」
「ラーズ君?」
「まあな。親書には、お迎えに相応しい者達を派遣しましたと、圧を掛けてきたからな」
「ふん、了解した。そいつ等の中に、異端審問官がいてもおかしくはないな」
「十中八九、いるな。ミラルカじゃあ、誰々がどの神を信仰しようと制限してはない。信者獲得に、強引な手段を使わない限り、評議会は何も言わない。だから、あいつ等が信仰する神々以外の神の信者にいちゃもん付けたら、強制的に排除する。警邏隊には、副長が主になって捕縛や自衛手法の自主訓練をしている。後で、そっちに行ってやってくれ」
「分かった。が、その前にマグノリアとは仲直りしておけよ。マグノリアも貴重な戦力で、セーラの大事な身内なのだからな」
「……分かってるっての。セーラ、ちょっとだけマグノリアを借りる。だから、分かったっての。喧嘩は無しだっての」
「お姉様、お約束致します。過去の因縁がどおあれ、保護者様とは和解致しますので、ご安心くださいませ。では、一時お側を離れさせて頂きます」
アッシュ君の無言の圧視線に、トール君は両手を挙げて答えています。
マギーも私には柔和な笑顔で受け答えしてくれますが、トール君には些か和やかに対話する雰囲気ではない姿勢でいます。
二人きりにして、大丈夫なのでしょうか。
そう言えば、以前にトール君とマギーの仲が悪いとは聞いてましたね。
封印されていたマギーとトール君が、どうやって意志疎通していたのかは謎にしておきます。
アッシュ君に促されて、ラーズ君とリーゼちゃんと一緒にリビングから出されました。
「さて、僕は工房に行きますが。セーラは浮島で、調薬しますか?」
「そうですね。浮島の薬草園の手入れもしないといけないですし、リストの薬の素材は浮島にしかストックしてないですから」
「セーラ、護衛役、誰?」
〔はぁい、ぼく〕
〔エフィも、でしゅの~〕
〔浮島周辺に、敵いないよ〕
〔悪意も、ないでしゅの~〕
今回、リーゼちゃんも依頼されていますから、私の護衛がいないと不安視してくれたリーゼちゃんに、ジェス君とエフィちゃんが安心してと名乗りを挙げてくれました。
まあ、浮島にはジェス君とエフィちゃんに加えて、トール君とアッシュ君も守護結界を構築してくれていますから、今ではクロス工房よりも安全地帯になりつつあります。
飛龍や大鷲獣といった、空を翔る騎獣を所有する国は少ないのもあり、前回強襲してきた一派の方々は暫く空を翔れないとアッシュ君が教えてくれています。
どうやら、豊穣のお母様が空を司る神々に苦情を入れて、親神である大地の大神様からも大地にて安息を与えないと警告を追加して貰ったとか。
何気に、トール君もクロス工房製品を卸さないと警告文書を取り引きある商会へ出し、各国の商業ギルドから盛大な抗議があがったそうです。
国としましても、商業ギルドから様々な商品の流通が滞ると、民衆から批判が出てしまい、原因が判明すると批難で済めば御の字ですからね。
下手をすると王侯貴族の当主が入れ替わったり、他国へ民が移住してしまい国力の低下も免れなくなり、大国に併呑だなんて有り得そうな未来は回避したいでしょう。
それから、瘴気汚染された土地の浄化をしてくれるアッシュ君のご機嫌も、慮らないと恩恵に与れないですし。
唯一無二な神子は、神国のやらかしによって身を隠してしまった以上、瘴気対策は各国も頭を悩ませる案件です。
まあ、帝国での大規模瘴気発生の事態には、神子が帝国の新守護神からの要請を受けてくださったと、帝国の皇帝が離反しかけた属国に触れ回り、神子は神国有利に動く存在ではないと宣伝してしまっていました。
神国は抗議したようですが、真実であると神託が下ろされていましたので、あながち間違いではなくなりました。
おまけに、帝国には聖人と聖女がいる強みもあり、神国の評価は低空飛行になっています。
何故ならば、神国の聖職者の信仰不足による法力(魔力を言い換えただけです)の消失と、数少ない聖人の称号破棄な方々が続出してしまってました。
莫大な金銭(お布施)を対価に、治癒の奇跡を行う筈の聖人が治癒できなくなる事態に見舞われ、詐欺扱いを余儀なくされた神国です。
神々の代弁者たる神皇不在による一時的な現象だとして、減少した希少な癒し手を休みなく派遣して事態の収拾に専念していたところに、この度の神子の招致。
何らかの思惑が含まれていると、判断できてしまうのが悩ましい限りです。
「では、セーラの護衛はジェスとエフィに任せます」
「敵、来たら、すぐ、呼ぶ」
〔はぁい〕
〔はい、でしゅの~〕
念の為とばかり、リーゼちゃんの魔力たっぷりな風が私に纏います。
アッシュ君の使い魔的な役割りを持った簡易擬似精霊です。
この子には意思はなく、単なる伝令役です。
じゃあ、とラーズ君まで狐火を私の廻りに置いていきます。
本当に、過保護で心配性な義兄と義姉です。
そうして、漸く浮島へと足を運びました。
先ず、留守にしていた間の工房の空気の入れ替えと、薬草園の手入れです。
薬草園には、トール君謹製の魔導人形が配置されていますが、栽培が難しい薬草もありますので、ゴーレムにだけ任せてしまうのは難があったのですが。
希少な薬草は、しっかりとお手入れされていました。
温室にて栽培していた希少な薬草畑の横、休憩用の椅子に作業日誌がありました。
「あっ、メル先生がお手入れしてくださってたのですね」
日誌には、メル先生がお手入れの代わりに、数株の薬草を摘んでいった記録が記載されていました。
メル先生にも依頼があったようです。
錬金術の薬で副作用のない肉体強化付与薬と、魔導剣に組み込む回路用の特殊インク製作に必要な薬草を求めたようです。
メル先生もストックはしてあったものの、要求された数が数でしたから、市場やメル先生の薬草園だけでは足りなくなったみたいですね。
後、適正な金額をギルドカード貯金に入金したともありました。
身内なのですから、対価は後日でよかったのですが。
金銭が発生する案件には、身内といえど事後入金は駄目との工房の決まりがあって、職人の皆さんは事前に入金してしまうのですよね。
これも、金銭授受にルーズだったエリィさんへの対策だったのですが。
そのエリィさんは……。
蟠りを残したまま、和解すらできずに最悪な事態になってしまったのです。
〔セーラちゃん?〕
〔セーラしゃま?〕
〔どうしたの? 何だか、暗い感情が伝わるよ〕
〔何が、悲しいでしゅの~?〕
両肩の温もりが頬にすり寄ってきました。
「少し、エリィさんの事を考えてしまいました」
〔うん、分かった〕
〔クロス工房から離れた職人さんでしゅたね~〕
「そうですよ。そして、儚くなられた方です」
〔そっか、うん。前にトール君を怒らせちゃった人だね〕
「はい。悪戯好きな女性でしたから、寂しいお別れだったのが残念でした」
トール君に好意を抱き独占しようとして、私達の知らぬ間に利用されて事件に巻き込まれてしまった。
メル先生の最後の一文に、エリィさんの亡骸はトール君が探しだし、墓所に丁寧に葬られたとありました。
クロス工房の身内として。
トール君は最期の餞に、赦したのでしょう。
エリィさん、良かったです。
これでまた、貴女を保護者様と言えるようになって。
どうか、安らかにお眠りくださいませ。
貴女の遺髪は、トール君が身に付けてくれていますよ。




