第38話
マグノリアとの感動の再会は、暫く離して貰えませんでした。
ジェス君とエフィちゃんは辛口の批評を下し、リーゼちゃんに引き離す様に指示を出しました。
〔いつまで、甘えてましゅの~。そろそろ、あれがでてきましゅの〕
〔そうだよ。あれが出てきたら、一目散にセーラちゃんが標的にされちゃうじゃないか。迎え討つ準備をしなよね〕
「はっ? そうでした。妾の封印の要が無くなり、あれが自由を取り戻すは必定。申し訳ありませんが、竜族と天狐族の先輩方は、戦闘の準備をお願い致します」
指摘に漸く離れたマグノリアは、ラーズ君とリーゼちゃんを先輩と敬い、自身を新参者と位置づけ、上位に立つ事はしませんでした。
その上、アッシュ君にも配慮を怠らず、封印されていた存在の情報を惜しみ無く教えてくれました。
「妾が封印していたあれは、過去にお姉様が有していた神の祝福を己のモノにせんとし、お姉様を罠に嵌めて血肉を喰らい、身の丈にあわない力を取り込んだせいで、亜神の成れの果てに成り下がり、それでも尚お姉様を喰らおうとする下衆な輩でございます。弱点は、亜神だけあり神聖魔法の浄化は効果は無く、神殺しの一撃なら存在は抹消できるかと。然れど、彼の神殺しは亜神を焚き付けた神の末席に連なる下級神に、押し付けて雲隠れ致しました」
ああ、ラグナ君ならやりそうです。
彼の心情でいうなら、焚き付けた限り責任はそちらにある、お前達が処理しろとでも煽ったのでしょう。
けれども、彼の神々ももて余して、マグノリアを封印の要にして、封印だけで済ましたのは身内に甘い処分をしたからに他ならず、いずれほとぼりが冷めたら、手駒に復帰させようと目論んでいたのかもです。
が、そうはいかなかった。
神殺し程ではありませんが、神を断罪できる世界神様の欠片を有し、独断的に権能を行使できるアッシュ君がいます。
多分ですが、復活まもなくして、アッシュ君なりに存在は抹消されてしまうのではないでしょうか。
奇しくも大地に属する豊穣の女神の神子である私の視る能力で、地下から地上を目指して封印から解放された存在がでてきようとしている魔力の流れが視えてきました。
ラーズ君とリーゼちゃんも感知して、出てこようてする存在を警戒し始めます。
私の周囲には、アッシュ君とジェス君とエフィちゃんの守護結界が、それぞれ阻害して威力を相殺しない精度の緻密な結界が展開されました。
前世で私を喰らったとかいう存在が現れたら、過去の痛みを思い出して、混乱状態になるのではと密かに足手まといになる可能性が出てきました。
しかし、地上に這い出してきた存在を目の当たりにしても、なんら感慨に陥ることはありませんでした。
その存在は、巨人族と呼ばれる種族でありました。
竜化したリーゼちゃんよりは小さな巨体でしたが、全身が這い出し立ち上がると見上げるのに、首が痛くなりました。
封印された経緯が経緯だけに、最早巨人族と種族を括っていいか分からない存在になっていました。
その肌は、漆黒に染まり、爛々と血走る瞳は深紅で、知性があると感じさせないのが見て取れます。
飢餓状態にあったのか、涎を垂れ流す口元はカチカチと歯を鳴らし、久方ぶりの獲物である私達を認識して、弧を描きます。
己が強者と疑わない素振りで奇声を発し、飢えを満たす獲物を狙い定め、一番弱者と侮る私に襲いかかってきました。
巨体の割に素早い動きで肉薄してきた亜神の巨人は、私にたどり着く前にラーズ君とリーゼちゃんの容赦ない攻撃に晒されます。
「結構堅いですね。新調した双剣が、刃こぼれしました」
「肯定。久し振り、拳、痛く、感じる」
「まあ、亜神だからな。ラグナか俺の攻撃しか通じないだろう。ラーズとリーゼは下がれ、セーラの護衛を。隙をついて、海の輩が性懲りもなく尖兵を送りつけてきたぞ」
静観していたアッシュ君が前に出てきて、巨人と相対します。
代わりに、ラーズ君とリーゼちゃんは私の傍らに待機して、未だ私の確保を諦めの悪さを露呈する海の一族が大地に割り込んで通路の穴を開き送り出してきた、海の魔物と先導する海の一族に対抗します。
私も守られているばかりではいられません。
魔導弓を装備して、魔物を屠っていきます。
マグノリアも、両腕から蟷螂の刃を模した鋭い刃を顕現して、近付く魔物を一刀両断していってます。
海の一族は、人海戦術で私達の疲労を誘い、隙をついて私を拉致しようとしている戦略のようです。
大地の御方に許可なく、海の魔物を大地に送り出して問題が起きないと思っている節も見受けられます。
余程、私に固執して、世界の覇権を手に入れたいのだと思われます。
ですが、大地の御方も節穴ではありません。
積極的に海の一族と相対するのはよしとはしませんが、私達に助力をしてくださっています。
大地に接触している限り、疲労回復の効果と能力向上の効果を付与してくださっているおかげで、私達は疲れ知らずで戦闘をこなしていられます。
また、大地に送り出している通路も、徐々に狭まりつつあります。
大地の御方が、海の一族がやらかしている案件を素早く対処しないのも、この課程を上級神に喧伝し、海の一族の暴走を広め、言い逃れが出来ない状況証拠を周知させているのでしょう。
切り伏せられ、殴り蹴り倒され、一刀両断され、急所に討ち抜かれた魔物は、大地に付した瞬間に地中に呑み込まれていっています。
大地の御方が、物的証拠として捕獲していると思います。
そうして、通路も消滅して魔物が一掃されました。
後は、アッシュ君が相対する巨人だけとなりました。
ですが、決着は既についていました。
ラーズ君とリーゼちゃんが手傷を与えられなかった巨人の手足は両断され、胸部からアッシュ君が何かを奪取していました。
言葉にならない奇声を発していた巨人は、酷く暴れだしごろごろとのたうち回っています。
「マグノリア、これはお前に預ける。浄化なり、破壊するなりして、決してセーラには渡すな」
「承知致しました。無論、これは現在のお姉様には不要なモノ。妾が責任もって、処理致します」
アッシュ君は巨人から奪取した何かを、マグノリアに手渡します。
それは、マグノリアが封印されていた水晶に似た原石のようなモノでした。
ただ、不快な魔力がまとわりついていて、視えただけで気分が悪くなりました。
〔あれ、以前のセーラちゃんの心臓だね〕
〔そうでしゅの~。ですけど、巨人の内部に納められていただけあって、内包する魔力が変質してましたの~〕
〔もう、あれは要らない、悪いモノになっちゃったから、セーラちゃんには毒物にしかならないよ〕
〔本当にでしゅの~。あれは、もう。悪意の塊でしゅの~〕
ああ、食べられてしまった過去の私の一部なんですね。
今更、返されても困るモノになってしまいましたか。
ジェス君とエフィちゃんがそう言うのなら、私には必要のないモノなのですね。
マグノリアは、受け取った悪意の塊と化したモノを、躊躇わず己の腹部に埋め込みました。
いえ、腹部が開いて呑み込んだが、正しいですね。
インセクトクイーンであるからか、私達とは肉体構造に違いがあるのが判明しました。
悪意の塊を呑み込んだマグノリアですが、平然と様子は変わらない態度でいます。
内部器官に、浄化ができる機能があるのでしょう。
だからと言って、浄化の為に呪われた品々を際限なく押し付ける気は更々あり得ません。
「マグノリアさんは、体内で浄化が出来るのですか?」
「マギーと呼んでくださって構いません。その質問に対しては、肯定致します。が、妾も呪詛の程度によっては、浄化や解呪できないモノもあります。また、先程のあれはジェスさんが仰った通り、過去のお姉様が奪われた心臓です。過去のとはいえ、お姉様の一部であったモノ。悪しき、良からぬ企みを練る者共が、お姉様を手にいれんがためと真名の束縛の代用にしないとも限りませんので、他の一部も回収したいと思います」
「? セーラ、身体、奪われた、沢山?」
「リーゼさんがお聞きになりたいのは、お姉様の身体が悪しき者共に奪われた理由でございましょうか。それも、肯定致します。かつての、お姉様は女神の愛娘でありました故に、その血肉を喰らえば、不老長寿や不死になると世に広まり、時の権力者どもに常に狙われておいででした。そして、身内からの裏切り者がお姉様を死に到らしめ、あまつさえ非道にも身体を財宝を対価に、切り刻み売り払いました。まあ、只人の人間にとっては、不老長寿の恩恵は無く劇物と化し、みな死にましたが。あれの様に生命力が強い種族は、何らかの力を得て亜神となったりしましたが」
マグノリア曰く、裏切り者は粛清し、切り刻まれた過去の私の肉体もほぼ回収したけれども、守護神の抵抗もあって回収できない一部もあったそうです。
また、保有する魔力が一番強い心臓を喰らったあの巨人も、亜神となってしまったせいで親神の慈悲で一時凌ぎの封印処理だけとなり、頃合い見計らって手駒にしようと計画されていたのが、後に判明したとか。
折しも、その時代は神々の代理戦争が勃発していたせいもあって、どの派閥も力ある手駒を欲していた。
巨人の親神も、自身の階級を上げる手柄欲しさに、有力な手駒を温存しておきたかった。
けれども、他の上級神が、地位を脅かす計画を黙って見ているだけにはいかないでいた。
私の肉体を回収していたマグノリアに持ちかけて、巨人から心臓を回収させようと試みるも、上手くいかず腹いせにマグノリアを封印の要にして解放できないように処理をした。
それから、封印の迷宮も隠蔽して、誰にも認識出来ないように細工まで施した。
こうして、この迷宮は人知れず隠される事になった訳です。
ですが、誤算もありました。
それは、世界神様の欠片を有するアッシュ君の存在です。
アッシュ君は、世界の理に干渉でき、記録された情報を読み解く事ができます。
ラグナ君からも、私の失われた肉体を第三者が利用するのを忌避し、忌まわしい愚か者に鉄槌を下す様に進言されていました。
結果、アッシュ君はその権能を行使して、私の肉体を回収する事に同意し、トール君を仲間に引き入れて、大陸中を回り魔素溜まりを調整しつつ、回収の機会を伺っていたと打ち明けられました。
どおりで、アッシュ君とトール君がマグノリアの事を把握していた訳です。
面識のないマグノリアを知人みたいに話していたのを、少しだけ奇妙に感じていたのでした。
謎が解けて良かったです。
ああ、どうぞアッシュ君。
あちらで、のたうち回る巨人に止めを刺してあげてください。
過去の私の心臓を食べた巨人に、是非に報復してください。
お願い致しますね。




