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第37話

 水晶体の中で眠るインセクトクイーンである彼女を目覚めさせるのは、簡単に行えそうです。

 けれども、水晶体が置かれている台座に嵌められている宝珠を中心に、幾重にも展開されている魔法陣が円を描いて回転しています。

 詳細に視てみますと、その魔法陣には二つの役割を担っています。

 一つは、彼女の魔力と生命力を糧に、あるモノを封印する効果を。

 一つは、その彼女を水晶体に縛り付け、永久に眠らせておく効果を。


「ん? セーラ、怒り、何故?」

「考えられる原因は、恐らく魔法陣だと推測できますね」

 〔セーラちゃん。僕が壊そうか?〕

 〔待つでしゅの~。外部からの魔力関知されたら、水晶体が彼女ごと爆発でしゅの~〕

 〔うわぁ、ほんとだー。これ、多分あれがやったよね〕

 〔でしゅの~。あれな馬鹿でしゅの~〕


 ぴきりと、額に青筋が出来そうなぐらい、私は怒りの感情を隠せなくなりました。

 リーゼちゃんが、よしよしと頭を撫でて霧散させようとしてくれましたが、ラーズ君の指摘通り原因は魔法陣にありますので、視えている限りは治まらないでしょう。

 背後を警戒してくれていますアッシュ君に、視線を移します。

 アッシュ君も初めて見た訳らしく、眉をしかめていました。


「ラグナがいなくて良かったな。あいつがいたら、セーラの感情にあわせて暴発していただろうからな」

「兄さんから見ても、これはセーラの精神を逆撫でするやばげなモノですか?」

「まぁな。ラーズやリーゼがセーラとの召還契約を第三者が良かれと考えて破棄して、己の不始末の後始末を肩代わりさせようとしている、と想定したら分かるだろうさ」

「むぅ。それ、やだ」

「確かに、その第三者の押し付けがましい善意の行動の結果がこれなら。僕でも怒りますね」


 そうなのです。

 前世からの縁ある彼女を、私が感知できていなかった訳が、はっきりと把握出来てしまったのです。

 魔法陣の内容を読み解くと、私へ干渉する彼女の呼び掛けを阻害して、私が彼女を知る切っ掛けすら排除しようと念入りに、嫌らしい設定されているのです。

 お母様が神託を与えて下さらなかったら、本当に今世では彼女と邂逅する機会には恵まれなかったでしょう。

 アッシュ君とトール君は彼女の存在は把握していたでしょうが、私に知らせるには時期尚早と思われていたようですし。

 下手をしたら、忘れさせられていたかもしれませんでした。

 まあ、その辺りの事情を含めて、アッシュ君やトール君に説明してもらうのは止めておきます。

 私が推測するに、ただてさえ地上に唯一存在する神子な私ですから、過剰な神子争奪戦に発展しそうな世の中に新たな起爆剤となりうる出来事は、忌避されたのでしょう。

 また、私自身も若輩者な訳で、アッシュ君から手解きを受けている身であっても、大国の強者達から身を守れるか不透明でしたしね。

 幻獣種最強種族である竜族のリーゼちゃんや、幻惑能力に長けた天狐族のラーズ君が常に傍らにいてくれていても、何かしら対抗策を練られたら経験不足による間違った対抗手段に出てしまい、気付いたら囚われていたとしてもおかしくはないですから。

 私達年少組だなんて、まだまだ未熟な未成年です。

 策に長けた方々に自分達で対抗できるかと言いますと、力業になるしか手はないですし。

 そうなると、預かり知らない場で、要らない敵を作っていたりしたら、目もあてられないですよね。

 結局、アッシュ君かトール君がでばる羽目になり、事態の終息に甚大なる労力を割いて貰わなくなるのも避けたいです。

 そうした事情を鑑みて、アッシュ君とトール君が黙していた事に異論は投げれないのです。

 話が逸れました。

 今は、目の前の彼女の案件に集中しないとなりません。

 先程、エフィちゃんが指摘した通り、魔法陣を破壊しようとすれば、辺り一面を更地に変える威力を隠した爆発の一文が陣にはあります。

 ですから、魔法陣にむやみやたらに触るべきではないですが、私を舐めて貰っては困ります。


 〔セーラちゃん?〕

 〔セーラしゃま?〕

「ええ、要するに魔力でもって魔法陣に干渉すると爆発するなら、魔力で干渉しないと良いのです」

「ああ、そういう事ですか」

「ん。了解」


 私の身体から魔力波形が漏れだしましたので、ジェス君とエフィちゃんはいぶかしみました。

 ただ、付き合いの長いラーズ君とリーゼちゃんには、私が何をするか気付かれました。

 私の魔力は外部に漏れだすと、途端に世界神様が私達の世界を維持する神力へと混ざり変質して、ただの魔素となります。

 ですから、私は召還獣のラーズ君達に魔力を譲渡するか、肉体強化へ循環させるしか、魔力の使い道が無くなります。

 けれども、それは魔力に限定される事案であり、神子として神力を行使すれば外部に力を安定させる事ができます。

 そうして、私は魔力を神力へと昇華させて、彼女を縛り蝕む魔法陣に干渉しました。

 神子の能力を行使する私の邪魔は、世界神様が定めた(ことわり)によって神々でも許されません。

 出来るとしたら、世界神様の欠片を抱くアッシュ君か、神殺しであるラグナ君だけですね。

 そのアッシュ君は静観の構えを解かず、周囲の警戒に意識を向けています。

 難なく、私の神力は魔法陣に干渉して、尽く彼女に不利な魔法誓文を塗り替えていき、無効化していきます。

 一つ目の魔法陣が消滅するのに、数分とかかりませんでした。

 まさか、魔法陣を発動させた方も、魔力ではなく神力で干渉し、無効化されるとは思いもしなかったようです。

 神力に対する抵抗感は全くなく、苦心せずに二つ目の魔法陣も消滅しました。


「ラーズ君、リーゼちゃん。台座に嵌まっている宝珠を魔力を乗せない攻撃方法で破壊してください」

「分かりました」

「了承」


 ラーズ君は双剣を抜き、リーゼちゃんは拳に力を込めて、二人同時に宝珠を破壊してくれました。

 粉々に砕け散った宝珠の欠片は、迷宮核(ダンジョンコア)同様に塵一つ残さずに消えていきました。

 宝珠を破壊したラーズ君とリーゼちゃんは私の側に戻り、封印が解かれた隙をついての不測の事態に備えます。

 しかし、程なくして、水晶体に変化が起こりました。

 氷が溶けていくみたいに、水晶体が端から縮んでいき、彼女の身体から剥がれ落ちていきます。

 傍らに控えていた昆虫類の魔物二体が、支えを無くして落下してきた彼女を受け止めました。

 ですが、その彼女の身体にはまだ封印の名残りである澱みの魔素が纏わりついていて、目覚めを阻害しています。

 浄化の祈りで、彼女に纏わりつく澱みを祓いました。

 すると、漸く彼女の目蓋が開きました。

 インセクトクイーンである彼女の瞳は、昆虫類にある複眼のようで視線がどこに向けられているのか判断がつきにくかったです。

 けれども、配下の魔物に促されて、私達を認識した様子を見せました。


「永き眠りにつく、(わたし)を目覚めさせたのは何故か。この地に眠る封印されし厄災を討伐せんと功を望む善行を英雄の称号を欲する者か? それとも、世界を滅ぼさんと自棄を起こした愚か者か?」

 〔阿呆な事を言うな、でしゅの~〕

 〔あのね。君、セーラちゃんに気付いて、配下を道案内に寄越したんじゃないの?〕


 いきなり見当違いな発言されてしまいました。

 あれ?

 感動的な再会が、何処かへ行ってしまいましたよ?


「ん? そなた達の魔力には、覚えがあるぞ。妾と同じく、封印されしか……」

 〔はい、それは禁句でしゅの~〕

 〔ねぇ、まだ寝惚けてるの? セーラちゃんが近くにいるのに、認識出来ないのは忠誠心が薄れたからかな〕

 〔単に、寝惚けてるだけだと思いましゅの~〕

「ん? ん?」


 ええ、迷宮に私達が入った時点で、アッシュ君が宣言しましたよね?

 蜘蛛類は呼び出すなと。

 ですので、てっきり既に私の存在は感知していると思ったのですけど。

 少しだけ、ショックを受けました。


 〔駄目だ~。セーラちゃん、もう一回神力出してあげて〕

 〔でしゅの~。これで、また変な発言したら、お仕置きの後、放逐でしゅの~〕


 一向に私を認識出来ていない同胞に、ジェス君とエフィちゃんが最後通牒を出しました。

 私も、何処と無く意気消沈を隠せなくなりました。


「マグノリア。私を姉と慕う可愛い、小さなインセクトクイーン。私は、忘れられて寂しいです」


 彼女、マグノリアに向けて神力を放出して、声を掛けました。


「えっ? えっ? お姉様。まさしく、妾の敬愛すべきお姉様ではございませんか。何故、どうして、妾を解放したのは、お姉様ですか?」

「はい、私です。豊穣を司る女神の神子たる、セラフィリナ=イリス=ヴェイナム=クローヴィスです」


 イリス=ヴェイナムは神子を表す名前であり、豊穣のお母様が与えてくださった洗礼名です。

 多分ですけど、前世の名前でもあると思います。

 この洗礼名を口に出して音として聞こえるのは、発言した私とお母様かアッシュ君とラグナ君だけです。

 試してはないですが、前世の記憶を引き継いだジェス君とエフィちゃんも聞こえていると思います。

 ラーズ君とリーゼちゃんは、洗礼名の部分は濁った音と認識していると思われます。


「お姉様、お姉様だ。夢や幻ではない、本物のお姉様です。あの、抱き付いても構いませんか?」

「構いませんよ、マグノリア」


 軽く両手を広げると、マグノリアは飛翔して飛び付いてきました。

 十代前半な容姿の私を姉と呼び、抱き付く妙齢の女性の姿に、理由を知らない方が見たら、誰しも首を傾げたでしょう。

 これが、反対なら不思議には思われないでしょうけども。


「お姉様~」

 〔さっきまで、寝惚けてたクセに〕

 〔仕方ありませんの~。マギーは、勘違いが多すぎな癖がありましゅから~。ラーズ兄しゃまとリーゼ姉しゃまに、特訓させましゅの~〕

 〔だよね。家に連れて帰っても、何度も何度も言い聞かせないと分からない人だから、ラーズ君やリーゼちゃんが大変だよ〕

 〔勿論、エフィやジェス兄しゃまも、お手伝い致しましゅの~。でも、一番良い案は、メルしゃまにお願いしたらいいと思いましゅの~〕


 あの、ジェス君とエフィちゃんの、辛口な批評をものともせず、マグノリアは私から離れようとしません。

 ちょっと力加減を何処かへ放置したマグノリアに、苦しくなってきた私を案じて教育的指導とエフィちゃんが優美な尾をはたき込むまで後数秒。

 私は耐えるだけでした。

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