第36話
迷宮から迷宮の核が消失すると、迷宮は存在力を失い単なる洞窟と化すか、迷宮自体が無くなります。
ただし、一気に迷宮が無くなるのではなく、自然界の法則に則り、大地に還っていきます。
ですので、脱出手段が多数ある私達は、慌てて脱出する事はせずに、次の行動に移りました。
そうです。
目的の、インセクトクイーンである彼女の解放です。
この広場の奥、ベヒモスの巨体に隠されていた先に、うっすらと灯りが見えるのを発見しました。
脅威は去ったと判断はしたものの、最期の悪足掻きが残存するかもしれません。
迷宮探索に油断は厳禁ですから、警戒は続けながら足を運びます。
「……っと!」
「ん、ラーズ、ごめん。大地、把握、出来なかった」
先頭を任されたラーズ君の右足が不意に沈み、地面に穴が空いて落とし穴が現れました。
ラーズ君は素早く飛び退いて、落とし穴には嵌まらなかったのですが、悪意は続いていました。
飛び退いた場所にも罠が仕掛けられていて、水晶柱の何処からか矢と槍の形をした金属の塊が、ラーズ君に襲い掛かりました。
しかしながら、ラーズ君も落ち着いて対処を繰り出します。
双剣を抜いて鋭い切っ先をした矢を斬り払い、身を翻して躱し、最小限の動作で難なく罠を乗り切りました。
リーゼちゃんの索敵能力は主に風が主体ですから、地面の罠の索敵には弱いのが露呈しました。
心無しか、肩と眉を下げて謝罪していますが、リーゼちゃんは全然悪くはないと思います。
大地関連な私が対処すれば良かったのです。
視る事に特化した神子にあるまじき失態です。
「リーゼちゃんは悪くないです。私が対処出来なかったのが悪いのです」
「そうだな。大地はセーラが対処するべきだったな」
〔ぼくも、気をつければ良かった〕
〔罠感知は、難しいでしゅの~〕
保護者としてではなく、先輩冒険者の指導をアッシュ君からもいただきました。
迷宮内部では、罠感知も大事な対策行為で疎かにしてはならない項目です。
私達年少組だと、魔法耐性が高く、半端な毒も歯牙にも掛けない体質の竜族のリーゼちゃんが、大抵の罠を力技で対処してきています。
落とし穴に嵌まっても、空を飛べるリーゼちゃんなら苦もなく躱して、私達を運んで踏破してくれます。
以前に、アッシュ君からはリーゼちゃん頼りの罠対策は止めるようにして、個人で対処出来る様に宿題を出されていました。
それを、後回しにしてしまったツケを払わされてしまいました。
今回、無難にラーズ君は罠を回避しましたが、ミラルカに帰還しましたら、冒険者ギルドの講習を受講しようと決めました。
「僕は怪我をしませんでした。ですから、リーゼもセーラも謝罪しなくて良いですよ。勿論、ジェスやエフィもです。僕達パーティーの弱点が分かり、対策法が判明しているのです。そんなに、落ち込まないでください」
苦笑したラーズ君が、リーゼちゃんと私の頭を撫でます。
優しいお兄さんは私達の不備を責めたりはせずに、慰めてくれました。
うう、その優しさが身に染みます。
「まあ、ラーズが妹達を責める筈がないとは思ったが。甘やかすばかりも、逆に二人の成長を妨げる結果に繋がるからな。その辺りの匙加減を誤るなよ」
「はい、ご教授ありがとうございます。ですが、リーゼに甘えていたのも僕の責任ですし、対策の不備については僕も何ら対処してなかったのもあります。だから、二人を責めるのはお門違いです」
「分かった。お前達には、お前達なりの役割があり、互いの弱点を補いながら、成長していけばいい。おれ達先達者は、己れの過ちを話すことで、後輩達に警告の糧になるなら、恥も偲ぶな」
冒険者ギルドの講習では、先輩冒険者が新人冒険者の指導役に就くと、先ず恥とも考えずに己れの過ちや失敗談を率先して教えてくれます。
新人冒険者の中には、その失態を知ると先輩冒険者を弱者と見下して、露骨に態度を変えて講習を途中で帰ってしまう方がいました。
そうした新人の大半は、無謀な依頼を受注して失敗して亡骸が見つかれば御の字となるのです。
冒険者ギルドは、その例も漏れなく新人に口喧しく話し、新人冒険者の生存率をあげる事に邁進しています。
失敗談は、生きた教材となります。
講習では、必ず失敗談は話題にあがり、新人冒険者に釘を刺します。
身体の欠損によって冒険者を引退した先達は、その身を晒して新人冒険者に危険性を訴えるのです。
それを受け入れない新人は、冒険者には向いてはいないのです。
冒険者ギルドの階級付けをしていなかった時代には、新人冒険者の無謀な依頼受注による被害が続出した為、現在の冒険者ギルドは徹底して講習を受講していない新人冒険者の、階級を無視した依頼受注を受け付けない規則を作りました。
そうした努力が実り、新人冒険者の生存率は年々上昇しています。
けれども、ミラルカ以外の冒険者ギルドでは、ギルド職員と新人冒険者の親との癒着が発覚して、受講を無視した新人が無謀な依頼を受注して依頼失敗の挙げ句、膨大な魔物を引き連れて町に帰還して、町が破壊された話を冒険者ギルドの統括者であるイザベラさんから聞きました。
破壊された町が所属する国は、イザベラさんに莫大な慰謝料を請求したそうです。
ですが、最終的には身の丈にあわない財産を得ていた問題のギルド職員の罪を暴き、全財産を没収して、独自に換算した被害額に没収した財産を上乗せして解決に至りました。
その後も、その話題を知ったどこそかの国は、冒険者ギルドに被害を申し出ればお金になると画策して、イザベラさんに喧嘩を売りました。
無論、アッシュ君やクロス工房の主たるトール君為、保護者様方の人脈によって愚かな国は冒険者ギルドの撤退と、ミラルカ産の製品の流通停止による弊害が生まれました。
結果、国の騎士団だけでは魔物に対抗できなくなり、魔物の間引きがされなくなり、魔物の大量発生による国民の損失で、国が維持できなくなりました。
噂では帝国に併呑されたそうです。
話が逸れてしまいました。
それだけ、冒険者ギルドの講習は必要不可欠であると、言いたかったのです。
アッシュ君も、自分の失敗談はよく話してくれます。
また、その対処方法も添えてです。
「ミラルカに帰還しましたら、皆で講習に行きましょう」
「是。罠、感知、索敵、能力、がいい」
「僕は、迷宮探索を初心に返って受講したいですね」
リーゼちゃんは罠対策を中心に、ラーズ君は迷宮探索の初心者講習を提案してきます。
私は、どちらも重要だと思いましたので、全てを受講してみるのも良いかと提案しました。
暫し、話し合いをして、結果は私が提案した全てを受講しようとなりました。
私達は、三人ともに寿命の長い種族ですから、時間だけはたっぷりとあります。
工房の休日を利用して、講習にあてようと決まりました。
「話が終わったなら、先に進むか。幸い、発動した罠はあれが全てなようだ。が、警戒は怠るなよ」
「「はい」」
「了承」
〔はぁい〕
〔はい、でしゅの~〕
アッシュ君のお墨付きが出ましたので、落とし穴を迂回して先に進みます。
勿論、警戒は怠りません。
念入りなリーゼちゃんの風魔法が通路の先を索敵し、私の魔力感知を視覚化して罠の有無を警戒します。
ラーズ君も慎重に足を運び、いつでも魔物や槍等に襲われても大丈夫な様に、片手には双剣の一振りを握っています。
殿には、泰然としたアッシュ君がとなりました。
正味、十数分の道程を、倍の時間を費やして行動しています。
効率が悪いかと思われますが、初見の地図がない迷宮では最適解なのです。
進むにつれて灯りが明るくなっていきます。
やがて、通路の終わりに近付くと、はっきりと私の内部である感情が湧き上がってきました。
それは、郷愁と歓喜。
漠然と、神託に従って迎えに来たはずでしたが、欠けていた欠片が埋まる様な喜びを感じていました。
果たして、通路の行き止まりの先には、ベヒモスと対峙した広場よりは狭い空間に、彼女はいました。
不思議な色合いに発光する水晶体の内側にて、二十代前半の容姿をし、蜻蛉の羽根を背にしたインセクトクイーンである彼女は眠っていました。
傍らには、彼女の配下であろう、私達の道案内をしてくれた昆虫類の魔物が佇んでいます。
二種の魔物は、私達を認識して軽く頭の部位を下げて水晶体から離れます。
〔セーラちゃん。間違いないよ。彼女は、セーラちゃんの忠実なお友達だよ〕
〔そうでしゅの~。始まりの刻では、腹心のお友達でしたの~。でもでしゅの~。セーラしゃまを、この封じの要にしたがる神族を言葉巧みに誘導して言質を取りまして、代わりに要になりましたの~〕
〔ぼくやエフィでは、要にならないからって、自ら策を立てて志願したんだ。ラーズお兄ちゃんとリーゼお姉ちゃんは、その時点では要には向かない種族だったから、仕方なかったんだよ。だから、お兄ちゃんもお姉ちゃんも、不甲斐ないと嘆かないでね〕
ジェス君とエフィちゃんは、前世の記憶を引き継いで私の元に還ってきてくれましたが、ラーズ君とリーゼちゃんは記憶の引き継ぎを対価にして、力ある種族へと転生を願ったと、教えられました。
けれども、対価には更なる枷が条件とされ、家族との離別が付加されてしまった。
申し訳なく語るジェス君とエフィちゃんに、ラーズ君とリーゼちゃんは一言もなく重たい溜め息を吐き出しました。
〔今まで、言えなくてごめんなさい〕
「ジェス、教えてくれてありがとうございます。確かに、両親との死別には何らかの感情は抱きます。しかし、それは今生の両親を巻き添えにしてしまった僕に責任があり、その親殺しを容認してしまった僕が悪いのです」
「ラーズ、同意。親、兄妹、犠牲、したのは、己れ。力、求めた、結果。痛み、受け入れる。生け贄、した、罪、購うは、己れ。セーラ、悪い、否定。ジェス、エフィ、謝罪、否定」
〔うん。あのね、お兄ちゃんとお姉ちゃんの家族は、きっと又出会えるよ。これは、世界神様からの贖罪だから、確定された未来だよ〕
私達は今生において、孤独を知りました。
そのおかげで、同じ傷を抱く同士を得て、疑似家族となりました。
しかし、私達はいつしか血の繋がりを忘れた兄妹となり、大切な家族となりました。
そうして生まれた絆は、前世由来のモノであったとしても、もう手放せない絆なのです。
過保護な保護者様方にも恵まれて、私達は今を生き抜いている。
これだけは、胸を張って誰にも恥じる事はない事実であり、今生を果てる未来まで途切れない道です。
ですから、○○○○○貴女を私は起こします。
貴女も、私の大切な宝物の家族の一員ですからね。




