第35話
海の女神様改め、聖霊様がいなくなられてから、すっかり室内は海の一族の干渉がなくなりました。
恐らくですが、聖霊様か大地の御方が干渉をはね除けた様子が見られます。
アッシュ君も、完全に絶ちきられたと判断をくだしました。
私も、いつまでもめそめそしている場合ではなくなりましたので、聖霊様がおられた場に一礼してボス部屋を出る事にしました。
両肩にいるジェス君とエフィちゃんが甘えてきてくれるのも、私を励ましてくれているのでしょう。
ボス部屋を抜けた眼前に現れた深層部に至る階段を降りきるまで、ジェス君とエフィちゃんを撫でて、気分を変えていきました。
時折、リーゼちゃんからも気遣いで背中を撫でられます。
ラーズ君も殿を務め背後を警戒しながら、優しい声掛けをしてくれます。
私は孤独ではない。
益々、実感させられました。
「ふむ。どうやら、大地の上級神の干渉を受けたな。案内役がいないのに、一直線に深部に到達したな」
かなり長い時間を降りたと思っていました、途中の階層を攻略しなくても良い様に、深部まで降りて楽をさせて貰ったみたいです。
迷宮の証であった人工的な壁がなくなり、剥き出しの岩盤地帯が待ち受けていました。
要所要所に、光を灯す鉱石が配置されて周囲を照らしています。
また、巨大な水晶体が魔力を発生して、一つの魔法陣を展開しているのが視えました。
解析するまでもなく、この魔法陣が迷宮にあるモノを封じ込めているのでしょう。
そして、要にインセクトクイーンを配して、永久的に解放しないようにしている。
そのモノを封じ込める為だけに存在している迷宮の、迷宮の核は役割を全うする事を至上の命として私達を排除するのも当然とばかりに、敵対しているのも分かります。
けれども、私達も神託により、インセクトクイーンの解放に訪れたのですから、迷宮の核と相容れないのも当然な成り行きです。
聖霊様も、封じ込められているモノは、アッシュ君を頼りにすれば、難なく滅ぼせるとおっしゃいました。
何故、封じ込められたかは理由は把握してはいないですが、封印より重い消滅と言う罰に切り替わったのでしょうか?
帝国の守護神交代や、神国の聖職者の失職が何か関与していそうですけど、神族側も一枚岩ではないのが露呈している証左になっていますね。
岩盤地帯は大地の御方が干渉しているのか、真っ直ぐな道しかありませんでした。
露出している水晶体をなるだけ、触らないようにして歩いていきます。
が、通り過ぎると、水晶体の魔力が霧散していくのに気付きました。
「アッシュ君、迷宮の存在力が喪われていっています」
「ああ、上層階から維持出来なくなって、崩壊していっているな」
「風、空気、流れ、途絶えて、ない」
「リーゼが感知しているのなら、窒息の状態にならなくて済みますね」
「まあ、上層階が無くなっても、転移で帰還出来るからな。ただし、窒息しにくいようには配慮してくれているな」
〔海の気配はないけど、水の気配はあるよ〕
〔何処かで、水場がありましゅの~〕
上層階が崩壊しても、帰還出来る手段がありますから、あまり混乱しなくて済みます。
ですが、一般の迷宮探索者の中には、転移魔法を習得している方は希です。
非常手段である迷宮脱出用の緊急転移魔導具を、冒険者ギルドの統括者であるイザベラさんにトール君が開発を依頼されてはいます。
ただ、魔導具事態は開発されたのですが、起動するには膨大な魔力が必要であるのが難点で、改良しなくては使い物にならないのが実情です。
そこで、冒険者ギルドは転移魔法が使用できる迷宮探索者がいない限り、迷宮の核を破壊するのは厳禁としています。
各国の宰相さんや、国王さんにも、破壊の危険性は通達してありますが、迷宮の核は膨大な魔力を有しています。
その魔力を国の防衛に使えるのではと考えたある国の政策によって、迷宮探索者に高額な金銭を提示して奪取させる行為が横行してしまいました。
無論、お金に目が眩んだ迷宮探索者が無茶をしてしまい、多大なる犠牲者を出す結果に終わり、成功例は一例だけとなりました。
これに反発したイザベラさんは、その国から冒険者ギルドを撤退させ、犠牲者の身内に事実を公表して糾弾しました。
また、トール君も名高いクロス工房との取り引を停止し、アッシュ君も瘴気発生の処理を拒み、王家の求心力が著しく低下して、好機と攻め入られた帝国の属国になるしかなくなりました。
私達が幼少期の頃のお話しです。
現在は、迷宮の核を破壊又は奪取する迷宮探索者は表向き存在しない筈となっています。
が、まあ何処にでも立身出世したい方はいまして、年に数件は馬鹿なやらかしをする迷宮探索者がいるそうです。
イザベラさんは、伊達に冒険者ギルドの統括者ではありません。
アッシュ君みたいに子飼いの情報役を各国に配して、やらかしをする迷宮探索者を監視しています。
そして、転移魔法の熟練者を待機させて、生き埋めになったり、帰還手段を喪い、手持ちの食料が尽きたり、窒息状態に陥るぎりぎりの生存率を見極めて救出しています。
大抵が、アッシュ君がその役に就きます。
アッシュ君は、やらかした迷宮探索者を自業自得であると考え、救出には反対意見でありました。
ですので、お灸は過激の一言につきます。
救出された迷宮探索者の殆どが、再起不能となり迷宮探索の資格を返上したり、冒険者自体も辞める方々続出となりました。
それと、唆した方々にも、天災を置き土産として与えてしまい、イザベラさんにやり過ぎだとお説教されていました。
馬耳東風でしたけど。
そんなこんなで、迷宮の核に手を出したら、最凶な悪魔がやって来ると噂されるようになるのです。
と、迷宮の核に纏わる逸話には事欠かないですが、私達にはそれが適用されないのが少しだけ心苦しいですね。
何と言いましても、大地の一族である豊穣神の神子である私に加え、転移魔法を苦もなく操るアッシュ君がいます。
大地の御方の恩恵で窒息の不安がなくなりましたので、迷宮の核を破壊しても誰にも苦情を言われないですから。
それと、この迷宮自体が封印されたモノの情報を一切表に出してはいない、忘れさられた迷宮です。
無くなっても、どなたにも被害は及びません。
私達は神託によって訪れたのですから、神族にさえも異を唱えられたとしても大義名分があります。
誰にも邪魔する事は許されません。
「ほう。まだ、無駄な足掻きをするか」
道なりに進んだ先には広大な空間がありました。
天井も高く、幅も見渡す限り岩盤が見えません。
そんな場所で、全体図が判明しない魔物が待ち受けていました。
竜化したジークさんよりも巨大な魔物は、鑑定結果大地の厄災獣と出ています。
脚が振り下ろされたら、直ちに圧死するのは確実です。
「ん。竜化、して、ブレス、吐く」
「そうですね。僕の力は通じない気がします」
リーゼちゃんの竜化とラーズ君の獣化を比較しても、リーゼちゃんの方が通用するかなぐらいでしか判断がつきません。
巨大過ぎて、今一実感が湧かないのは、迷宮の核の選択ミスだと思います。
「まあ、待て。これは、巨大なだけの張りぼてだ。上層階と中層階の維持を捨てて、作り上げた魔物なのだろうが。いかんせん、本物のベヒモスの劣化版だ。竜化するまでもない。ほら、喉元に迷宮の核が埋まっている。セーラの一射で方が付く」
呑気なアッシュ君の指示ですが、肝心の喉元が見えないのですけど。
どうしましょうか。
「ん? どうした?」
「あの、余りにも巨大過ぎて、見えないのです」
「ああ、分かった。なら、ジェス。空間操作で小さくしてみろ」
〔はあい。いっくよぅ。そおれ〕
躊躇っていまさしたら、またアッシュ君の的確な指示が出されます。
右肩にいたジェス君が一言鳴くと、神気が満ちて劣化版ベヒモスの周囲で空間が揺らめきました。
一回り、二回りと段階を得て、やがて三階建ての建物程の大きさまで縮小していくベヒモス。
ジェス君も成長していたのですね。
見事に、アッシュ君の期待に応えてくれました。
「うん、まあ、及第点だな。本物のベヒモスには、まだ通用しないか」
〔う~。アッシュ君に誉められた気がしないよぅ〕
〔アッシュ兄様は、厳しいでしゅの~〕
「僕なら、満点ですけどね」
「肯定。ジェス、良くやった」
「はい、ジェス君は頼りになります」
アッシュ君の批評はまずまずの採点でしたが、私達は充分な結果になりましたので、誉めちぎっています。
拗ねた様子のジェス君も、私に撫でられて機嫌は回復していきました。
〔じゃあ、次は弱点を晒すね〕
にゃあと鳴いて、劣化版ベヒモスの身体を拘束して、私に喉元を無防備に晒してくれました。
こうまでお膳立てされたら、やらない訳にはいきません。
トール君が整備と改良してくれた魔導弓を呼び出し、手元に顕現させます。
リーゼちゃんが作製した特別製の魔石を加工した矢尻を、晒された喉元の迷宮の核に狙いを定めます。
破壊されると認識した迷宮の核は、逃れようと劣化版ベヒモスを暴れ出させました。
それでも、軍配はジェス君に上がりました。
拘束から逃れられず、私の一射によって迷宮の核に放たれた矢尻は突き刺さり、皹が入った迷宮の核は粉々に砕け散りました。
呆気ない結末です。
劣化版ベヒモスも核を喪い、何ら活躍する事なく散っていきました。
残されたのは砕け散った迷宮の核の残骸のみです。
感慨にふける気分すら湧きません。
「封印を目的に作り出された迷宮の核だ。誰にも省みられる事がなく、迷宮探索者と攻防した経験もない。よって、侵入者を排除するやり方が分からず、大地に属しながら海の一族の甘言に乗り、無謀な魔物を生み出し、自滅した。自己保全すら思い至らない学習を疎かにした末路だな」
アッシュ君の厳しい酷評が、私達にも問い掛けています。
反面教師としろと、暗に告げているのです。
だだひたすら一つの事に専念して、それ以外に目を向けず慢心し、学習と経験を怠れば、対処方法を自ら考えず、他者に委ねて失敗する。
失敗は身の破滅となり、人生の終焉でしかない。
思考する、体験する事が、どれだけ貴重な成長の礎となるか、改めて認識させてくれました。
疎かにした迷宮の核は、私達を成長させる体験となり記憶の一部になりました。
ですから、人知れず消えていく迷宮は、誰にも知られる事なく役目を終えました。
お疲れ様です。
声には出さず、私だけでも労うのは許して欲しいものです。




