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第33話

 道案内の魔物さん達についていきますと、中間層のボス部屋に着きました。

 ですが、魔物さん達はなかなか部屋に入ろうとはしません。

 互いに顔を見合わせて、何やら私達には分からない言語で会話をしています。


「ちっ。厄介なヤツがいやがるな」

「兄さん?」

「ん。海の、気配」

「お前達は下がれ。どうやら、アイツはおれ達に用があるようだ。こちらで、対処する」


 アッシュ君は、扉越しに部屋にいるであろう者の気配を感知して舌打ちしました。

 リーゼちゃんが的確に指摘した気配の主は、海に関係がある形のようです。

 が、私達がいる場所は大陸内部の大地に存在す迷宮内です。

 海とは、大分離れた位置にあるのですが。

 その方は、何故に私達に用があるのか分かりません。

 アッシュ君には心当たりがあるみたいなのですが、私は妙に居心地が悪い変な気分になってきています。

 私の種族的に、海に関連がある方は味方な気がするのではないかと思うのですけど。

 何故か、敵対心が芽生えて仕方がないのです。


「アッシュ君。その方は、味方なのでしょうか。妙に胸騒ぎと言いますか、会いたくない気分になるのですけど」

「ああ、あれが味方な筈がない。セーラには接触禁止と言い渡されているんだがな。どうも、友好を育みに来たのではないだろう。恐らく、海のヤツらは、セーラを取り込む算段をしているんだろうな」

「兄さん。それは、いつか教えていただいた派閥の関連でしょうか」

「多分な。帝国の守護神が交代した余波と、静観せざるおえなくなった騒動の謹慎が解けたのもあるな。現状、世界神が認める神子はセーラ只一人。セーラを手中に納め、減少した信仰心を取り戻す手法として、神子を利用したいのだろうさ」

「ですが、私は大地に属する豊穣のお母様の神子ですよ。他神の神子を自分の派閥に組み入れたとしても、使える神子ではないでしょうに」


 私が神子として神の権能を世界に還元できるのは、大地に属する事柄と瘴気を浄化する事柄だけに限定されます。

 海に関連する事柄に干渉は出来ないのですけど。

 どうして、使い者にならない神子を欲しがるのでしょうか。

 謎ですね。


「その辺りは、中のヤツに聞くしかないが。おれの推測でしかないが、あれの派閥も一枚岩ではないからな。派閥の頂点争いの種になったか、おれが把握してないだけで、世界神が何か神託を出したか、かな」


 何にせよ、中の方に聞くしか手段はないのですね。

 道案内の魔物さん達にお礼を述べて、私達は待ち受ける方と対峙するしかないです。

 万が一にも、先制攻撃を受けないとも限りませんので、先頭はアッシュ君が務め、殿はラーズ君に。

 私とリーゼちゃんは、中衛として護られり位置に相成りました。

 それに、私の周囲には干渉しない守護結界を、アッシュ君とエフィちゃんが展開し、ジェス君が少しだけ時空を歪める念のいれようです。

 そうして、漸くアッシュ君が扉を開けました。


「ようこそ。漸く、拝謁が叶いましたこの喜びに、わたくしは大変機嫌が良いのでございます。ですので、多少の獣臭さと羽根が生えた蜥蜴と同じ空間に存在する無礼は、許しましょう」


 はい?

 いきなり、何を言い出しましたか。

 ボス部屋にいたのは、惜しげもなく豊かなバストを晒した上半身は女性で下半身は魚、腹部には六つの犬の上半身を有した海の魔物であるスキュラでした。

 威風堂々とラーズ君とリーゼちゃんを貶しましたけども、貴女の下半身も獣さんですよ。

 理解されてます?


「今日まで、良く神子様をお守りしたことは称賛致しましょう。ですが、その役割りは本日で終わりました。さあ、神子様。わたくしの主人がお待ちでございます。わたくしが、主人の身元へと誘います。その稀有なお力を、我が主人の元で管理、育成致しましょう。神子様も、我が主人の眷属として、愚かなる者達を救済し、我が主人のご威光をあまねく知らしめるお役に立ちましょう」

「お断りします」

「……は? 何故です?」


 ぺらぺらと主人とやらの都合ばかり述べて、一欠片も私の意思を必要だと思わないスキュラに、断言させていただきます。

 管理とは、何です。

 育成とは、何です。

 豊穣のお母様は、私を自身の信仰を欲する手段に利用せず、自由にのびのびと私が成長できる場所へ、私を託されました。

 神子として世界神様に認められた私を、お母様は娘と慈しんでくれただけです。

 そんなお母様のお役に立ちたくて、私は進んで神子の在り方を学び、瘴気を浄化する術を教授頂きました。

 保護者に名を連ねてくださったクロス工房の職人の皆様も、私の立場を隠匿して、庇ってくださった方々ばかりです。

 トール君は、自分が名声を披露する事で、神子の私と神国が対立しても保護してくださった。

 アッシュ君も、自衛の一端になればとの考えで、召喚契約してくださったんです。

 ラーズ君もリーゼちゃんも、妹を護るのは兄と姉の特権だからと言って、自ら契約を結んでくれたのですよ。

 召喚契約は、召喚される側に不自由を生じるデメリットしかないのに、我が身を省みず申し出て、私と何年も協議して、説得される形で私が折れたのです。

 ジェス君とエフィちゃんも、前世の繋がりだけで、私を待ち望んで待っていてくれたのです。

 それを、自分勝手な自己都合で、私が不利になる形で利用しようとする。

 そんな馬鹿なお話に、誰が乗りますか。


「我が主人の元に至れば、名声栄華は思いのまま。一職人に使われる労働も無くなり、逆に使う立場を手に入れられるのですよ」

「生憎と、妖精種の人生が数回、生涯労働をする事なく暮らせるお金は稼いでいますし、身内以外の方からのお誉めの言葉はいりません。ましてや、他者からの称賛とやらにも、興味は全くありません」


 私が調薬で稼いだお金は、トール君がきちんと工房で販売する手数料を度外視し、全額貯蓄されています。

 未成年と言うくくりが無くなったあかつきには、独立しても構わないと言ってくれてもいます。

 その際には、トール君が私財をなげうって、お店を用意してくれるのは、分かりきっています。

 それは、ラーズ君であれ、リーゼちゃんであれ、違いはなく。

 クロス工房に所属している職人様方であれ、喜んで送り出してくれるでしょう。

 まあ、クロス工房の居心地の良さと、トール君の人柄の良さで、私を含めて皆様独立する気はさらさらないのですが。

 ただし、袂を別った例外もありますけど。


「まあ、いいです。神子様を確保した後に、再教育すればいいだけです。獣や蜥蜴を人質に取れば、考え直すでしょう」

「それは、おれ達に喧嘩を売ったと意味であっているか?」

「ああ、混じり者の紛い物もいましたね」


 私のみならず、ラーズ君とリーゼちゃんにも危害を加えると言って憚らないスキュラに、アッシュ君の威圧と威嚇の怒気が向けられます。

 またもや、かちんとくる発言に、怒りがふつふつと湧きます。

 全力でもって、スキュラを排除したいと思いました。


「言っておきます。幾ら、お前が神の如く世界神様の権能を、行使出来るからと思い上がるのも仕方がありませんが。果たして、この迷宮内部で、それが可能であると思わない事です」

「それが、どうした」

「……。強がりでしょうか。お前の能力は、迷宮内部で制限を受けていると言っているのですよ。今のお前は、そこの獣や蜥蜴より劣る。そのお前が、わたくしに勝てるとでも?」

「制限か。何処が、制限されているんだか、おれには分からんがな」


 スキュラが強気な態度でいられる理由が、アッシュ君の能力を制限している自負によるものであるみたいですね。

 そして、制限されていないラーズ君とリーゼちゃんに、難なく勝てると信じている。

 そこから導きだされるのは、内陸部の迷宮で海の魔物が活動できる補助があるからでしょう。

 自身が優位な位置にいる訳は、迷宮にいるからと推測できます。

 なら、答えは自ずと分かります。


「ふん。鈍いお前には理解不能であろう。それこそ、お前が迷宮の主(ダンジョンマスター)による支配を受けている事の証し。迷宮の主とわたくしの利害は一致し、協力関係にあります。迷宮の主は、お前達が取り戻そうとする虫を渡す訳にはいかない。虫には未来永劫、迷宮の主の存在意義であるあれの封じの要でいるのを望み、わたくしは神子を我が主人の元へ連れていく役目を全うする。邪魔をする輩は、排除一択のみ。混じり者は、迷宮の糧になるがいい」


 スキュラが律儀に説明してくれました。

 迷宮はあるモノを封印する場所として存在し、封じの要となる彼女を失うのを恐れた。

 それは、迷宮の主自体に、あるモノを封じるだけの能力がないことを意味します。

 迷宮に求められている役割りは、場所である事でしかない。

 だから、封じの要である彼女を迷宮の外に出されるのを嫌い、スキュラの主人の提案にすがり付いた。

 迷宮の主にとっては、私達は害悪の立場で、スキュラの主人は救世主となった。

 そうして、一番攻撃力があるアッシュ君を排除してしまえば、苦もなく役目を果たせると信じ込んでいます。

 ですけど、ここまでの過程で、アッシュ君に何ら制限が掛かっているようには思わなかったですが?

 スキュラが呼び出した鋭利な切っ先の水の槍の数々が、アッシュ君を襲います。

 スキュラはそれで、アッシュ君を倒せると疑ってはいません。

 余裕綽々な満面な笑みで、殺戮を行っています。

 しかし、そう易々とアッシュ君が受ける筈もなく。

 水の槍は、アッシュ君の眼前で見えない障壁にぶつかり、阻まれました。


「なっ!?」

「馬鹿が。只の旧き迷宮の主ごときが、おれに干渉できるはずがないだろう。貴様が言う通り、おれは混じり者の紛い物。ただし、注釈をつけるなら、世界神の欠片を有する者。世界に只一人の神魔。神にも等しく、魔にも等しく。どちらでもあり、どちらでもない。世界神が定めた(ことわり)に属さない者。おれを排除したいのなら、眠る世界神を起こしてぶつけるしかない」

「お前、いや、貴様、何だ? 神殺しでもなく、只の紛い物であろうが!」


 スキュラが驚愕の声をあげます。

 アッシュ君が何者であるか、把握していない愚かさが露呈しています。

 私が現状での只一人の神子なら、アッシュ君もまた只一人の調停者にして、世界神様の権能を許可された神に準ずる魔の存在。

 魔神様とは違う、魔族の守護者。

 神殺しのラグナ君が神々への抑止力なら、アッシュ君は魔族の抑止力となる役割りを担います。

 そんな存在であるアッシュ君の能力を制限するほどに干渉可能なのは、最高位に座する神々でしかないのです。

 要するに、世界神様クラスの神々でなければ、足止めすら不可能。

 スキュラの主人の位階も、程度が知れました。

 哀れな事に、アッシュ君の不興を買い、スキュラはあっという間に、長剣の一振りで退治されました。


「よう、そこで見ているヤツ。出てこい。おれを排除したいのだろう? 手下があてにならないのを理解したな。苦情なら聞いてやる。貴様の言葉で、釈明してみろよ」


 抜き身の長剣をある方向へ向けて、アッシュ君は挑発します。

 第二戦目が始まりそうです。

 多分、次も私達の出番はなさそうです。

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