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第32話

 翌朝。

 件の迷宮に挑戦です。

 ラーズ君とアッシュ君の下見と言う偵察により、迷宮内には昆虫類の魔物は出現してはいないようでした。

 かわりに、昆虫類を主食にする爬虫類の魔物が多かったそうです。

 それ、暗に昆虫類の魔物は爬虫類の魔物に、食べられているだけなのではと、内心では思いました。

 二人はさほど深部には到達していないので、深部には昆虫類の魔物がいる可能性は高いとは推測されましたけど。

 うう。

 昨夜、リーゼちゃんやジェス君とエフィちゃんと、会話して気分を変えてみましたが、やはり気にはなります。

 どうか、蜘蛛型は出ないでくださいませ。


「セーラ、諦めが肝心です。この際ですから、蜘蛛嫌いを克服してみるのも、手です」

「分かってはいるのです。弱点をつかれて、私を利用しようとする方々に捕まらないようにしないとならないのは、理解しています。ですが、どうしてか、克服は無理に思えて仕方がないんです」

「あー。まぁな、あれは幼かったセーラには、強烈な記憶だったからな。おれも、あれには少し怯んだからなぁ」


 ラーズ君の提案は、私を心配してくれているからです。

 言葉にした通り、私の弱点をついて蜘蛛型の魔物で物量作戦で捕縛にこられたら、私の精神は保たれたまま対処できるか不安しかないですから。

 安易に気絶してお荷物になり、ラーズ君やリーゼちゃんの隙を掻い潜り、気付いたら隷属させられていたりしたら、目もあてられません。

 また、原因を知るアッシュ君ですら怯んだ出来事を、記憶してなくて良かったのか、微妙です。


 〔僕、封印されていなくて、セーラちゃんの側にすぐに入れば良かった〕

 〔エフィも、でしゅの~。セーラしゃまの試練の邪魔になるから、新しい器が与えられるまで、待機してなくてはならなかったのは、悔しいでしゅの~〕

「おれなんて、喚ばれるまで見ているしか出来なかったんだ。助けたくても、助けられない怒りを何処にぶつけていいか、あの時ばかりは世界神のもとに殴り込みに行きたくなったな」

「アッシュ君も、私の前世と関係しているんです?」

「ラーズやリーゼもそうだな。ただし、ラーズとリーゼは記憶を代償にして、セーラを守る力を手に入れた。おれ達は記憶を引き継いだものの、接触に制限を付けられた。封印されたり、器を無くしたり、多大な役目を負ったりな」


 苦々しくアッシュ君は、教えてくれます。

 無力な己れを嘆いたラーズ君とリーゼちゃんは、力を手に入れる為に大切な記憶を代償にした。

 それと、自身の身内との離別も試練として、与えられる事に。

 反対に、記憶を引き継ぐ事を選んだ側にも、過剰な制限が設けられる。

 ジェス君なら、時空を歪められた果てしない時を経験する封印を。

 エフィちゃんは、成体の器を放棄して、また幼体から生まれ直しの体験を。

 アッシュ君なら、神子に匹敵する役目を担う事を。

 ラグナ君なら、果ての大地の監視と自我を持ちながら封印の要となる事を。

 インセクトクイーンの彼女なら、誰も足を運ばない枯れた迷宮の維持を。

 といった、世界神様からの試練を経て、漸く私と邂逅出来る未来を、其々が選んだ訳です。

 皆がそうするまで、前世の私にどれだけの価値があったのでしょう。

 豊穣のお母様も、そこまで詳しくは教えてくださらなかったですが。

 ラーズ君とリーゼちゃんが私に甘い兄と姉であるのは、家族を亡くした似た境遇にあるからではなく、前世からの縁であるのが、何故か心に刺さります。

 二人の想いを利用して、私に執着させている思惑があったりしたら、ラーズ君とリーゼちゃんに申し訳ない気になります。

 世界神様が、私に何をさせたいのかは、理解してはないです。

 それに、付き合わされるラーズ君とリーゼちゃんを、振り回しているのが気に入らないのです。


「セーラ。私は、セーラと会えて良かった。可愛い、私の妹。その想いは、私だけのもの。例え、神の意思が交ざろうと、私を偽る気はない」

「リーゼちゃん?」

「記憶があろうが、なかろうが。私は、セーラの姉でいる。ただ、それだけ」


 リーゼちゃんが、流暢に言葉を連ねます。

 優しく包容されて、リーゼちゃんの想いを今更ながら、知らされました。

 強大な竜の本性を隠し、感情を制御してまで、私の側に居続けてくれている。

 無償の愛情を、リーゼちゃんは私に示してくれていたのですね。


「リーゼに、先を越されましたが。僕も同様です。確かに、家族を亡くした悲しみはあります。ですが、それを補う家族に僕達は恵まれています。世界神様も記憶は消したでしょうが、家族の絆までは奪ったのではないと思います。何せ、家族を亡くした後に、セーラとリーゼと出会い、妹達に会えて狂喜乱舞した心がありましたからね」

「ラーズ君」

「今生の家族には申し訳ないですけど。心は正直です。悲しみは喜びに変わり、妹達の為に生きる選択をしました。ですから、セーラは僕達の愛情を受け入れるしかないんです。何一つ、心苦しい事はありません」


 ラーズ君も同じなのですね。

 一族と家族を亡くした私も、ラーズ君とリーゼちゃんに出会えて安堵したのを覚えています。

 欠けていた喪失感が埋まる暖かさを、絶対に無くしてはならないと思ったのを再認識しました。

 それは、イーディアと出会えた時にも感じました。

 だから、討伐対象になっていたイーディアを庇い、擁護して、トール君を説き伏せて召還獣として契約しました。

 アッシュ君とラグナ君とも契約して、埋まる心に充足感を覚えていたのは、かつての家族に出会えていたからなのですね。

 なら、インセクトクイーンの彼女も、還ってきてくれなくてはなりません。

 俄然、やる気に満ちてきました。


「リーゼちゃん、ラーズ君。それに、アッシュ君とジェス君、エフィちゃんもありがとうございます。どうか、迷宮に眠る彼女に再会する手助けをしてください」

「是、セーラ、願い、叶える」

「言われるまでもなく、当然の権利です」

「あれも、セーラの家族だからな。当たり前だ」

 〔当たり前だー、だよね〕

 〔でしゅの~〕


 皆、本当にありがとうございます。

 暖かな家族に再会できて、嬉しい限りです。

 では、出陣です。

 迷宮へと、足を運びます。

 善衛は、索敵能力の高いラーズ君が努め、殿は攻撃力の高いリーゼちゃんが努めます。

 一番能力が優れているアッシュ君は、万が一を想定して私と中衛になりました。

 迷宮内は、寂れた迷宮だけあり、空気は澱み、暗く湿り気を帯びていました。

 灯りはエフィちゃんが担当して、空気はリーゼちゃんが外の外気と循環させています。

 昨夜、偵察した折りに浅い階の魔物は、ラーズ君とアッシュ君が排除していたので、少ない数の魔物と接敵して、難なく討伐します。

 迷宮内の通路は、高さも横幅も狭い為、私は武器は弓を選択しています。

 浅い階の魔物は、一矢で葬る事が可能でした。

 倒した魔物は、暫く時間を置くと自然と迷宮内に還元されていきました。


「アイテムは落とさないですね」

「ここは、迷宮を維持するだけで余剰魔力がないから、魔物を倒してもアイテムは入手不可能だな」


 迷宮の七不思議には、何故か迷宮内で倒した魔物からアイテムへと転換するのか、学者さんの間では長年研究されています。

 ですが、どなたも正解に導いた方はいませんので、迷宮はそういうモノであると謎が残されています。

 トール君のお父様情報では、迷宮の核である迷宮主や、依り代の物体は、増えすぎた人間を淘汰する役割が迷宮にあり、人を呼び込む為に希少なアイテムが迷宮内で取得出来る様になっているのではないか、との事でした。

 ミラルカ近隣に出現指したあの迷宮も、殺戮性が高かったですから、あながち間違いではなさそうです。


「ここからは、偵察範囲を越えます。何が起きるか分からない状態ですから、気をつけていきましょう」


 中層部へと至る階段を発見したラーズ君から、注意喚起されました。

 いよいよ、本番の未踏域の迷宮探索です。

 念入りな気配察知と索敵能力頼りになっていきます。

 と、灯りが届かない範囲でカサリと小さな音がしました。


「おい、聞いているな。お前の仕出かしたあの事件以降、セーラは蜘蛛嫌いになった。嫌われたくなければ、蜘蛛は呼び出すなよ」

「ふぇ?」

「いいか、念押ししておく。セーラは、大の蜘蛛嫌いだ。それはもう、拒絶反応がかなり大変重たい重篤な反応を示す。お前が嫌われたくなければ、蜘蛛は金輪際絶対に呼び出すな」


 アッシュ君の脅迫の声音に、カサカサと音を立てて何かが離れていっています。

 もしや、私が感知できていないだけで、蜘蛛がいたのでしょうか。

 彼女側の偵察に蜘蛛が使われたのを、アッシュ君が感知して忠告してくれたみたいです。

 うう、ありがとうございます。

 いざ、対面したら役立たずになりそうでした。

 頭では理解していても、身についた恐怖は簡単には克服できてはなかったようです。

 それはそうですよね。

 意気込みだけで克服できるなら、トラウマになってないですから。

 あう。

 満ちていた気分が沈んでいきます。


 〔セーラしゃま、大丈夫でしゅの~。蜘蛛はいなくなりました、でしゅの~〕

 〔うん、変わりに蟻さんが来ているよ〕


 エフィちゃんとジェス君に宥められていますと、前方から大型の蟻の魔物と蟷螂の魔物が現れました。

 ラーズ君が警戒して双剣の柄を握り、何時でも抜ける様にします。


「敵対心はないな。どうやら、道案内を寄越したな」


 アッシュ君から殺戮を込めた威圧が向けられた魔物は、若干怯みましたが、攻撃の動作は行わず、静かに佇んでいるだけです。

 と、補食しようと現れた爬虫類の魔物を容赦なく葬った後、私達の同行を促す仕草をして、待機しています。


「兄さん、どうしますか?」

「どうもしない。あれがセーラに気付いて、寄越した道案内のようだからな。まあ、罠があったとしても、セーラだけには優しい配慮をするだろう」

「私としましては、アッシュ君もラーズ君もリーゼちゃんも、ジェス君もエフィちゃんとも離れるのは嫌です」

「だとさ。おれ達を試すのは、セーラの不興を買うだけだぞ。止めとけ」


 私達の会話が通じたのか、魔物さん達はぶんぶん頭を下げて頷いています。

 どうやら、彼女も理解してくださった様子です。

 ならば、用心しながら、着いていきましょう。

 私的には初対面に近い彼女を、盲目的に信頼するには早いですから、警戒は怠らないですよ。

 その辺りは、アッシュ君から冒険者の心構えとして教授されていますからね。

 未知の地での事。

 何事にも、警戒しては損はありません。

 ラーズ君もリーゼちゃんも索敵は継続しつつ、魔物さん達の後をついていく手筈です。

 そうして、私達は思ったより早く、迷宮を進んでいきました。

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