第31話
結局、アッシュ君の帰還を待って、トール君とお話をつけて、私達が彼の迷宮に出発出来たのは、二週間かかりました。
ルクスさんにこき使われたアッシュ君は、数日間休息期間に宛て、私達と同行する事になり、トール君がミラルカにて待機する運びになりました。
と言うのも、彼の迷宮には天人族が入宮するには、大変不可抗力ながら差し障りがあるようで、アッシュ君がトール君の同行を反対したのです。
では、彼の迷宮に眠る存在がトール君と出会うなり、暴走してミラルカに損害を与えないかが争点になりましたが、アッシュ君の妥協点で迷宮に程近い廃棄された集落にて対面させる事で決着が付きました。
それに、トール君にはキアラメイアさんの魅了を封じる神器を作製しないとなりませんから、お留守番を余儀なくされたのもあります。
何でも、神々の呪いに対抗する付与が難解で、トール君でも手を焼いているみたいです。
中途半端な付与では、キアラメイアさんに害を成す魔封具しか出来上がらないと嘆いていました。
まあ、トール君に依頼されていた素材はたんまりと調薬して置きましたので、私が不在で失敗を繰り返しても大丈夫にはしておきました。
リーゼちゃんも、特殊なインゴットを万単位で作り置きしたそうです。
トール君に依頼した神様も、簡単には作製出来ないと見越して余りある程素材を残していかれましたから、沢山失敗を繰り返しても素材が無くなる心配はなさそうです。
信頼していた先代魔王妃の悪事を秘匿していたキアラメイアさんも、憑き物が落ちた様子で心身が安定したのもあり、真実を知った天狐族の長様であるリコリスちゃんのお母様と和解して、現在は男子禁制の屋敷に匿われています。
元々、天狐族も幻術に特化した種族ですから、魅了魔法には充分対抗できる耐性を有しています。
今の処、天狐族の男性が魅了で暴走する事態は避けられています。
キアラメイアさんの処遇に付いては、先代魔王様も気にかけておられて、隠棲された領地でお手元に匿われるおつもりでいました。
しかし、キアラメイアさんが異性の傍らにはいたくはないと拒絶されて、天狐族の厳重な屋敷に匿われるのを是とされました。
ただし、先代魔王様も自身の妃が、キアラメイアさんに対して悪意を向けていた責任もあり、腹心の女性部下さんを身辺警護に就かせて、衣食住の金銭を天狐族の長様に渡されたと聞きます。
そして、魔王領を追放されたキアラメイアさんの娘であるマーメイアさんと弟子でもあったグスタフさんは、期限一杯まで魔王領に残っていましたが、強制的に魔法を封じる処置をされて追放されました。
一度、ミラルカの異母兄と信じて疑わないアッシュ君を頼りに訪れましたが、トール君からもミラルカの滞在拒否を宣告されて、何処かへと流れていかれました。
まあ、抜け目ないアッシュ君とトール君ですから、使い魔さん辺りを付けて監視は怠ってはいないようですけど。
最後に聞いた限りですと、ある国の王族さんと接触して何やら企みを企てているみたいです。
その国名を聞いて、リーゼちゃんとラーズ君が、かなり悪どい笑顔をしたのを記憶しています。
私と言いますか、神子を確保したいのを諦めない悪知恵の途絶えない王族さんは、王族の位は残されたものの、王位継承権を剥奪されて軟禁状態にあるのですが、まだ返り咲こうと足掻いているみたいです。
最早、あの国は政権交代が成されて、豊穣のお母様の神罰を下された王族は、半ば強制的に隠棲に追い込まれ、新たな王朝が誕生したばかりですので、かなり王族の復権には無理があるのですが。
新体制になった王朝も、彼等の動向には目を光らせて暴走しないようには手を打ってはいるようです。
が、特権階級にいた王族が、制限された生活には馴染めず、無理難題をふっかけて困らせているとか。
このままでいると、急な病で退場になるのではないか。
アッシュ君とトール君は、そうみています。
マーメイアさん絡みで、こちらにとばっちりが来ないとも限りませんので、早々に彼女とは無関係であるのは通達してあるそうです。
そうして、何ら憂いもなく、私達は彼の迷宮に挑む事になりました。
「正直に言えば、お前達とあれを再会させたくはないんだがなぁ」
「兄さんも、面識があるんですか?」
彼の迷宮に程近い廃棄された集落で、一泊する予定になり準備していましたら、アッシュ君が溜め息混じりにぼやきました。
簡易竈を作製中のラーズ君が応じて、合いの手をいれます。
リーゼちゃんはテントを設置中で、私は食材と料理道具一式を無限収納から取り出しました。
料理台を設置して、お野菜を包丁で切り分けながら、二人の会話に耳を向けています。
「まぁな。お前達は覚えてないだろうが、一度は見掛けてはいるんだ。あれは、セーラに対してだけ従順だからな。神々も厄介な存在を産み出した手前排除するには至らず、世界神も封印の指示を出して、存在を許しているからな。セーラが帝国の他種族排斥の折りに、無意識に前世に関わりがある存在を召還して封印を破ってしまい、あれを喚んで騒動を起こしたんだ。しかし、あれに幼子を養育出来る訳がなく、トールとおれで保護する際に、盛大に揉めた」
あれ?
私を保護したのはアッシュ君だった記憶がありますが。
他に第三者がいた覚えが、全くありません。
「済まん。その時の騒動で、セーラが蜘蛛嫌いになったんだ。あれの正体は、インセクトクイーン。見掛けは人族に似ているが、虫を操る種族なんだ」
「兄さん、それはもっと早く教えて欲しかったです。セーラが、固まりました」
「セーラ、大丈夫? 迷宮、止めて、帰る」
「リーゼちゃん、どうしましょう。私、仲良くやれる自信がありません」
〔セーラちゃん。でも、彼女は普段は温厚だよ〕
〔セーラしゃまが駄目と言えば、蜘蛛は出さないでしゅの~〕
種族差別はいけないと分かってはいますが、どうしても蜘蛛だけは好きになれないのです。
その原因が判明してしまい、どう対処して良いか分からなくなりました。
ジェス君とエフィちゃんの擁護では、性格は穏やかなようですけども。
アッシュ君とトール君とは、不仲なんですよね。
出会うなり、大量の蜘蛛攻めになってしまったら、発狂しかねないかもですよ。
ですが、お母様の神託でもあります。
無視は出来ない、ジレンマが。
「さっきも言ったが、あれはセーラに従順だからな。前以て言い含めておけば、セーラが嫌がる行為はしない。それだけは、言っておく」
暗に嫌うなとアッシュ君は、言うのですね。
分かりました。
彼女とは、とことん話し合いをしましょう。
「兄さん。一つ、質問があります」
「何だ?」
「そのインセクトクイーンが封印されている迷宮にて、出現する魔物類は昆虫類ばかりでしょうか?」
うっ。
ラーズ君の質問に、思わずお野菜を切る処を違えて、手を切る処でした。
危うい手付きに、咄嗟にリーゼちゃんが包丁を掴んでくれました。
テントを張り終わり、私のお手伝いをしてくれて助かりました。
「あー。どうだかな。おれも、あれの迷宮を攻略した事はないからな。どうにも、言えん。ただ、トールはだから同行しようとしたのかもしれん」
「じゃあ、少し偵察に行っても良いですか? セーラには、精神的負担を感じさせたくはないのですが」
「分かった。夕食を終えたら、ラーズと二人で下見をしてこよう。リーゼとジェスとエフィは留守番していろ」
「了承」
〔はぁい〕
〔はい、でしゅの~〕
言葉が出てこなくて、こくこくと頷いておきました。
では、食事の準備に専念します。
トール君謹製の無限収納のおかげで、時間停止機能がついていますから、新鮮なお野菜とお肉で料理が出来るのは幸いです。
また、携帯用コンロもありますから、迷宮内でも暖かな食事が出来ます。
携帯用コンロが普及する以前は、携帯用の固い干し肉や乾燥野菜等が主流で、長時間の迷宮探索には不向きな食事事情だったそうです。
それに、携帯食も栄養価は高いものの、味は二の次で不味いものばかりであったとか。
トール君と歴代の寮の料理人さん方が、開発して味も満足できる携帯食と簡易コンロが普及されました。
その恩恵で、冒険者の皆さんの生存率もあがり、攻略の意欲も格段に上がりました。
私達も、改良される前の携帯食を体験してみましたが、二度と食べたくなくなる味に参りました。
まあ、私達には無限収納がありますから、迷宮内でも暖かな食事は出来ますし、長期間の攻略もどんと来いなのですけど。
そうこうしている間に、具沢山のポトフと買いだめしておいた柔らかなパンで夕食と相成りました。
ミニテーブルと折り畳み式椅子を設置し終えましたら、食事です。
健啖家なリーゼちゃんがいますから、ポトフは大鍋で作りました。
リーゼちゃんも自身の食欲を理解しているので、自前で屋台の料理を買いだめしてあります。
ですから、リーゼちゃんは自前で鳥の丸焼きを出して、食べています。
私達にも、ご相伴させてくれました。
おかげで、ジェス君はお腹がぱんぱんに膨れる事になりました。
具沢山ポトフも、リーゼちゃんが大半を平らげでくれましたから、綺麗に完食です。
アッシュ君とラーズ君は、迷宮の下見をするからか腹八分目辺りで抑えていました。
料理道具一式を洗い、無限収納に仕舞う頃にはお腹が落ち着いたアッシュ君とラーズ君が下見に行きました。
ぽんぽこお腹のジェス君は、小型ポーチにてお眠な状態です。
苦笑してアッシュ君が周囲に魔物避けの魔導具を展開して、序でに結界も展開してくれました。
大抵の魔物は、竜族のリーゼちゃんの威圧感ある魔力のおかげで近寄っては来ませんから、安全ではあるのですが。
念には念をという事で、結界から出ないよう注意を忘れないでアッシュ君達は出掛けて行きました。
迷宮は、この集落から小一時間もかからない距離にあるそうです。
先に休んでいてもいいとは言われましたけれども、下見に行かれた二人を置いて休んではいられません。
待っているつもりです。
数時間何て、リーゼちゃんとお喋りしていたら、あっという間に過ぎていきます。
専ら、インセクトクイーンについて談義していれば、リーゼちゃんがやや情緒不安定な素振りが垣間見えました。
私が、インセクトクイーンに取られると思われたのでしょう。
ですが、リーゼちゃんは、私の大切な家族であり姉には代わりがありません。
ちょっとだけ、甘えてリーゼちゃんを安心させて見ました。
偶には、こうして女子だけでお喋りする機会を増やしていきたいです。




