第30話
神域から帰宅すると、すかさずリーゼちゃんに抱きつかれました。
「お帰り、待つ、長い」
「リーゼ。逆です。挨拶してから、抱き付きなさい。ジェスやエフィを見なさい。リーゼに遠慮して、セーラに甘えられないでしょうが」
「ん。交代」
ラーズ君のお小言を素直に聞いたリーゼちゃんが、肩に乗せていたジェス君とエフィちゃんを私の肩に乗せ直します。
そうして、また抱き付いてきます。
なぜに、そんなに不安にさせたのでしょうか。
ジェス君とエフィちゃんも、無言で身体を頬に擦り付けてきています。
豊穣のお母様の神域には、何度も足を運んでいるのですが。
そうして、何事もなく帰宅しています。
ですから、少しだけ謎でした。
「多分、先生が余計な事を言ったからですよ。セーラの記憶いかんによっては、豊穣の御方が神域から戻さないのではと、ね」
ラーズ君の視線の先では、ばつが悪そうなトール君が一人お茶を飲んでいました。
アッシュ君は、またもやルクスおじ様に呼び出されて不在でした。
どうも、まだ魔素溜まりと瘴気発生は収まってはいないようです。
何なら、私も助力しようかと考えましたが、やらなければならない案件がありました。
お母様から教えていただいた迷宮探索をしないとです。
その準備をしないとなりません。
ラーズ君やリーゼちゃんにも、お話して協力して貰わないとなりません。
保護者のトール君にも、説明しないとです。
「トール君、ラーズ君、リーゼちゃん。ジェス君とエフィちゃんも、お話があります」
〔なぁに〕
〔神域に、お引っ越しではないでしゅよね~〕
「はい。それは、ありません。一緒に迷宮探索して欲しいのです」
「迷宮だぁー。ドコにだ?」
「魔王領にある迷宮です」
「何をしに行くんだ。あっ、いや、待て。アッシュが言っていたあいつを回収しにか?」
トール君には内緒は通じませんでした。
既に、把握されていました。
私関連の内情は、私を保護した時点で開示されているのですかね。
リーゼちゃんに抱き付かれたまま、対面のソファに座りました。
いつもなら、リーゼちゃんがお茶を淹れてくれますが、今は抱き付いて離れてはくれません。
ラーズ君が淹れて、提供してくれました。
茶葉の蒸らし時間を省いた、粉末状にした簡易茶葉粉のお茶です。
ラーズ君も器用に見えて、雑な一面がありますから、蒸らしが必要な茶葉ではお茶は淹れられないのです。
茶葉粉は、不味い苦いお茶を淹れてしまうトール君対策に製作した商品でもあります。
冒険者用には、粉末スープも販売しています。
栄養価もきちんと考えて製作した粉末スープは、冒険者の皆さんには大変好評で、レシピは商業ギルドにて登録してあります。
食品を扱う商店等は、更に改良したり、その商店独自の味を開発したりと、専門店もあるぐらいに発展しています。
開発者であるクロス工房の職人寮の料理長さんは、他の料理人が新しい料理開拓や既存の料理を改良するのをよしとする方で、特許権は放棄しています。
粉末スープのレシピもかなり価格を低く設定して開示していました。
ミラルカの冒険者から、各地に広がって粉末スープや粉末茶葉粉は、認知度も高まっていっています。
開発に関わった身としては、携帯用に相応しく手軽に栄養が取れて、温かなスープを飲めるのは冒険者の生存率をあげる一役になってくれていると嬉しいです。
話が逸れました。
「トール君とアッシュ君にはお見通しなのですね。お母様の説明では、私の新しい仲間が眠っているとお聞きしたばかりです」
「あー。セーラに関しては、誰が保護するかで揉めたしな」
「そうなのですか?」
「そう。多分、古代種の妖精族の話も聞いただろう」
「はい。光の妖精族と闇の妖精族ですね」
今は存在しない妖精族。
魔素溜まりを浄化する役割を担っていた二種の妖精族。
神々の代理戦争の巻き添えになって、ハイエルフに駆逐された悲しい種族。
お母様のお話では、ハイエルフは現在も僅かながら存在しているようでした。
しかし、進化したとはいえ、同胞の妖精族を貶めた罰を償う為だけに、存在しているのだとか。
私がじかに出会うことはないとは、仰っていましたから、安堵はしています。
そうでないと、リーゼちゃん辺りが暴走しそうで、危険です。
「待ってください。妖精族に、そんな二種が古代にはいたのですか?」
「まぁな。と言うか、ぶっちゃけると、セーラはその闇の妖精族の生まれ変わり、所謂転生したんだわ。だから、闇の妖精族の守護神だった豊穣の御方が引き取る、いや引き取っても世界神が与えた役割を神域に引きこもっていては出来ないから駄目だとか、色々論議されてなぁ。アッシュが俺の所に連れて来たのも、神域に天人族以外を入れるなと、他の神々から拒否されたからなんだわ。それに、同時期にラーズやリーゼも来たしな。保護対象者を一纏めにしておけと言うのが、世界神の神託もあったりで、うちもてんやわんやだったけどなぁ」
懐かしいわ。
トール君が遠い眼差しで、懐かしんでいます。
当時の記憶によると、父に庇われて帝国から逃げていて、気がついたら一人でいました。
朧気に、父が帝国兵と闘う姿を覚えていますから、一人で逃げる様に促されたのだと思います。
そうして、一人彷徨っていたのをアッシュ君に、保護されたのですよね。
次に、安全な場所だと言われて連れて来られたのが、トール君のクロス工房でした。
トール君の言われている通り、リーゼちゃんを保護したジークさんと、イザベラさん小飼いの冒険者さんに助けられたラーズ君もいて、クロス工房は騒がしかったのでした。
保護者となってくださった職人の皆様方は、子育てした事がない方々ばかりでしたから、幼子の扱いにどうしたらよいか迷われていたのですよね。
ラーズ君は大人を警戒して拒否反応を示していましたし、兄弟を喪ったリーゼちゃんは私を妹認定して引き離すのを威嚇して攻撃的でしたから、私はどういう反応をしていいのか理解が追い付いていなくて、流されるがままでいました。
そんな三者三様の反応を返す私達に、トール君は根気よく付き合ってくれて、私達に寄り添ってくれた稀有な他人でした。
リーゼちゃんもラーズ君を兄認定して狭い心を開き、ラーズ君も妹達を守る事で自身を保っていくようになり、私も兄と姉を慕うようになる頃になって、漸く周囲の状況を認知出来るようになっていきました。
トール君と少しずつ対話して、状況を把握して、家族を亡くした悲しみに浸れる様になり、やっと泣く事が出来るまで心が回復していきました。
そんな裏側で、誰が誰を保護するかで揉めていたのですね。
てっきり、保護したからは最後まで面倒を見るのが当然の成り行きであったかと思っていました。
やりたい事、学びたい事を、無理ない範囲で私達に付き合ってくださった保護者の職人の皆様には頭が下がる気持ちで一杯です。
私達がそれぞれの分野で一角の職人の端に名を連ねる事が出来たのも、保護者様々です。
「何にせよ。お前達が無事に成長してくれたのが、何よりの恩返しだからな。変に、恩返ししようと無茶は止めろよ?」
「まあ、はい。金銭の対価は受け取ってはくれないのですよね」
「それなり、稼いだ」
「私も、クロス工房の繁盛に貢献しましたが、お給料が販売したお薬の金額そのままなのが不満です。手数料とか、もっと引いてくれてもいいと思います」
だいたい、クロス工房の職人への利益還元率は高過ぎです。
見習い時分から、販売した商品の金額を中抜きしないで積み立てる工房主がおかしいのです。
その頃は、素材は工房持ちであったにも関わらずでしたから、工房の儲けは微々たるモノでした。
まあ、その埋め合わせでトール君謹製のアイテムは、高値ながら重宝されて陳列するやいなや即完売していて、赤字にはならなかったですけど。
一人前になっても、それは続いて苦言を呈したら、自分の工房を自分がやりたい放題して何が悪いと開き直るから質が悪いのです。
アッシュ君に相談しても、赤字ではないからと放置されてしまっています。
他の保護者の皆様も同様で、金銭では謝礼にはならないのです。
仕方なく、寮の料理長さんを説得して豪華な食事を準備したりするのが、私にできる唯一の手段だったりします。
後は、病気になった時に、効果の高いお薬を提供するぐらいです。
リーゼちゃんなら職人の道具の補修や製作で、ラーズ君なら珍しい素材採取に尽力する程度でしか恩返しできてはいません。
そう言えば、冒険者ギルドの依頼も久しくしてない気がしてきました。
迷宮探索の前に、肩慣らしで素材採取に勤しんでも良いかもです。
早速、ラーズ君とリーゼちゃんに相談して、ギルドの依頼を受けて見ようかと思いました。
「クロス工房の利益率還元率は店主の匙加減に一任されている。セーラもリーゼもラーズも、稼ぎ頭なんだから、本当はもっと利益還元したいのを、これでも我慢してんるんだけどな」
トール君の宣言に、ゲンナリする私達年少組。
これ以上の厚待遇には、謀反もやむなしですから止めて欲しいです。
「まあ、その話は平行線になるから止めよう。んで、セーラは豊穣の御方が言う迷宮探索に行くんだな。それは、少しだけ待てるか。俺かアッシュを同行させるのが、現状において承諾できる範囲内だ」
「何か、不安視がある案件があるのです?」
魔王位関連をまだ、引きずっているのでしょうか。
ルクスさんの魔王就任を拒否している勢力があるのは、知っていますけども。
反対勢力には、力量を示して封じ込めている最中でしたね。
また、前魔王様の譲位内容が私を関連させる内容であっただけに、トール君は警戒しているのでしょうか。
「いや、あのな。多分、問題の迷宮に眠るアレにな、俺はかなり嫌われていてな。セーラが連れて帰ってきて、工房で暴れられるのは必須だから。迷宮内で殴り合いしといた方が、ミラルカが安全だろうとな、考えた訳だ」
あれ?
トール君とは面識ある方でしたか。
苦い表情のトール君は、頻りに頭を掻いています。
もしかしたら、ラグナ君とアッシュ君の不仲と同様に、相性が悪いとかです?
〔あの人、純血主義でしゅから~。混血種を、蔑ろにしがちでしゅの~〕
〔セーラちゃんを、見下したら鉄槌くだすからね〕
〔でも、でも。セーラしゃまには、絶対服従でしゅの~。変な言い掛かりは言わないとおもいましゅの~〕
〔セーラちゃん、トール君を貶されたら嫌でしょう。だから、僕お仕置きするの〕
〔ああ、それはありそうでしゅの~。エフィも、参加しましゅの~〕
温厚なジェス君とエフィちゃんも、ある意味変な意気投合しています。
あれ?
私の味方なのですよね。
何だか、出会うのを躊躇ってしまうのは、何故でしょう。
お母様、少しだけ不安になってしまいました。
リーゼちゃんも、暴れないといいなぁと思いました。




