第29話
「愛しい娘。災難でしたね」
はい。
トール君の些細な言葉から、私が精神的攻撃を受けて倒れた日から数日後。
豊穣のお母様が、神域に私を招いてくださいました。
幸いにも、ラグナ君とジェス君とエフィちゃんに、ラーズ君やリーゼちゃんに助けられて無事に目覚める事ができました。
本当なら、過保護なリーゼちゃんも私から離れたくはなかったみたいでしたけど、大事なお話である事と、リーゼちゃんはお母様の加護が与えられないために、神域に入る事が叶いませんでした。
ジェス君とエフィちゃんも、保有する加護の障りにより入場できずに、揃ってお留守番となりました。
いつもの、お母様お気に入りの庭園で、お母様自らお茶を淹れていただきました。
お茶請けの焼き菓子も、お母様お手製だそうです。
この特別扱いに、お母様を信望する天人族の方々や、御使いの皆様方から批難されるかと思いましたが、どういう訳か本日は皆さん静かでした。
といいますか、近寄らなくなっています。
「眷族の事なら、気にしなくて構いません。あれらは、愛しい娘の本質を知ることとなり、貴女を恐れているのです」
「トール君が、私には記憶がないと言っていましたが、それが関係あるのですか?」
「ええ、そうです。正確には、わたくしが貴女の記憶を消去するのを提言して、貴女を地上に下ろしました。貴女は、わたくしが愛した殿方と結ばれた結果、産まれた半神であり亜神でありました」
はっ?
いきなりの、爆弾発言に目が点になりました。
私は、森の妖精族と海の妖精族との混血です。
記憶が微かになってきていますが、きちんと両親の記憶だってあります。
産みの母親は、海の妖精族でありましたよ。
それが、何故に豊穣のお母様と繋がるのでしょう。
「驚くのも無理はありません。現在の貴女は、わたくしの亡くした娘の転生した姿になります。愛しい娘が、野心ある神々の策略により道具扱いされ、肉体を喪い、精神にも異常をきたしました。ですから、わたくしは母親の特権で、貴女の魂をわたくしが関わる箱庭にて保護しておりました。ですが、世界神様の神託により、貴女を再び地上に下ろし、ある未来を現実にさせない為に、神子として任命してしまいました。勿論、前世の貴女の守護者達は反対致しました。けれども、神子たる貴女が介入しない未来において、神々さえも滅亡する流れになると分かるやいなや、上級神は条件付きで容認するしかなくなりました」
お母様は苦々しい表情で、心情を語ってくださいました。
かつて、地上には魔素を適正に管理する妖精族がいました。
それが、光の妖精族と闇の妖精族の存在です。
ダークエルフが過去に存在していたとのお話に、驚きのあまりついていけなくなりました。
私達の現在の世界には、ダークエルフやライトエルフといった二種の妖精族は存在していません。
森や海の妖精族の長老方も、知らないでいたと思われます。
昔話にさえ、語られない存在でしたしね。
ただ、二種の妖精族も、神々に近い妖精族であるからか、神秘的な存在だったそうです。
「二種の妖精族は互いに支え合い、対立する事なくお役目を全うしていました。しかし、一部の光の妖精に進化する種が産まれ、己をハイエルフと呼び、慢心してしまいました」
光の妖精族は、魔素の流れを適正に大陸に行き渡す役目を担い。
闇の妖精族は、魔素溜まりが発生して、瘴気に発展した場を浄化する役目を担っていました。
これは、神子の私の浄化する役目と同じですね。
外見的に、私は闇の妖精族よりなのでしょう。
浄化能力に優れている点から鑑みても、豊穣のお母様から産まれた娘さんも闇の妖精族だったのではないかと推測します。
お母様のお話は続きます。
さらにハイエルフが誕生した時期に、私達の大陸に流刑されて他大陸から船で流されてきた人間種が上陸しました。
彼等は、人間種が住みやすい土地にて大陸に住む事を許されました。
その際、ある神々が害になりやすい季候や魔素に晒されて病を得やすい体質改善にと、加護を与えてしまい、爆発的に人間種が増えていき問題化しました。
人間種が増えていくに連れて、人間種は許可されていない土地を開拓していき、先住の種族を追い出していきました。
無論、大陸の魔素の流れには乱れが生じて、光の妖精族や闇の妖精族が、人間種に警告を発しました。
ですが、人間種は対話する意思を持たずに、他種族を排除、もしくは支配下に置いて労働力を得る奴隷にしようと考えたのです。
流刑された人間種は、善人ではありませんでした。
集団の力で他種族から奪い、大陸にて新たな王国を建国しようと画策して、先住の民を支配下に加え、流刑した元の国を見返す為だけに侵略返ししようとさえしていたのです。
その為に、先ずは力ある種族を取り込んで、地位を確立しようと企みました。
そのおべっかに、ハイエルフはいとも簡単に飲み込まれてしまいました。
人間種が信仰する神の教えに感化されて、光と闇の妖精族を善悪と区別して、悪とされた闇の妖精族を邪悪と断じて抹殺し始めていきました。
魔素溜まりと瘴気を浄化する闇の妖精族が徐々に激減していき、浄化が間に合わず困窮するのは人間種達にあります。
瘴気が浄化されない土地を放棄して、先住の種族の土地を奪い我が物顔で占拠する非道な行いに、神々も黙ってはいませんでした。
残された闇の妖精族を旗頭に、人間種と対立する派閥が出来上がりました。
それが、神々の地位を巡った地上での代理戦争に発展しました。
その辺りは詳しくは教えてはくださいませんでしたが、お母様の愛娘は亡くなり、神殺しのラグナ君が誕生する結末にまでなりました。
お母様の悲しみはいかばかりか。
一時は、大陸中の農作物が大打撃を受けました。
原因となった人間種の開拓した土地に恵みはもたらさず、荒れた大地になるよう神罰を落としました。
けれども、人間種は反省などしませんでした。
大地が荒廃したら、新たな土地を奪えばいい。
これには、人間種を擁護していた神々の威信をも地の底に貶める行いでした。
そこで、神々の信頼する人間種が法王を頂点とした聖なる国を興して、神々の威光をあまねく大陸に轟かせると豪語して、帝国の前身であった国を相手取り宗教議題を捲し立てて、人間種が対立する派閥が出来上がりました。
争論の種となったハイエルフは、上級神に大陸の安定を脅かす存在として存在を消される事となり、ただでは消えることをよしとしなかったハイエルフの悪巧みで、光と闇の妖精族も巻き添えになり、この三種は大陸から消えていく羽目になったのです。
そうして、新たに誕生した森と海の妖精族には、魔素関連の能力は与えられず、エルフという存在がいるというだけになったのです。
神々の凄いところは、人間種や他種族から光と闇の妖精族が存在していた記憶を抹消した事です。
ですが、帝国となり大国に発展した彼の国は、他種族を未だに格下と見下し、排除しています。
自国に有利な聖女を育成して、意のままに操り、神国を潰して大陸の覇権を握るのを諦めてはいません。
先の、魔素溜まり発生と瘴気の尽きない荒れた大地が誕生してしまいました。
私も浄化を頑張りましたが、帝国が他国に布告したお触れによると、帝国の聖女と聖人が事を収めたそうです。
民を思えばこそ対立する神国に助力を願ったが、一人も聖職者を派遣しなかった、卑劣な国だと批難しました。
それからは、嫌みの応酬が続き、帝国と神国の求心力が低迷するだけとなりました。
帝国の属国が反乱の兆しを見せ、神国は起死回生を願った召還者達をもて余す結果だけが残りました。
「帝国も神国も神子を掌中に納めて、汚名返上を画策していますよ。人間種に関しては、神々も甘い加護を剥奪して滅ぼしてみたらといった、好戦的な意見も出始めています。中には、世界神様の代理人たる神魔の青年や、貴女に行く末を選ばせたらと、責任転嫁する一派もいます。貴女に与えた腕輪ですが、肌身離さず身につけておきなさい。それは、悪意ある魔法や、神々の神力からも、守ってくれます。本当ならば、果ての大地の彼に貴女の護衛を託したいのですが。今はまだ、あの封じ込められた神々の復活は望ましくはありません。ですが、いずれ対決するのは、確定された未来です。兄妹共々、周りには気をつけるのですよ」
「はい。確定された未来において、私は負けてはならないのですね」
「貴女の記憶は、戻ることはありません。ですが、敵となる者共は必ず分かります。あれらの対策に、魔王領土にある迷宮を踏破するのことを薦めます」
「迷宮ですか?」
「彼の地の迷宮には、貴女の新しい味方が眠っています。彼女を覚醒させ、光と闇の妖精族が遺した遺産を手に入れなさい。わたくしが、関与できるのは、ここまです」
恐らく、お母様も無理をして、私に忠告してくれているのでしょう。
お母様の無償の愛情に、ただ頭が下がる思いです。
お母様、お約束致します。
私は、前世の分も含めて親孝行をさせていただきます。
帰宅したら、迷宮探索の準備をしなくてはです。
頑張ります。
ですから、見守っていてくださいませ。




