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第26話

「きっつぅ」


 神々の恩恵が深い神国に強制送還した反動を受けたトール君が、痛む頭を押さえました。

 如何に神々の眷属という種族の天人族であるトール君ですが、混血でもある為に神国の結界を突き破るには相応の代償がいりました。

 分かっていても、それだけシンジ少年に対する不満があったのだと思います。


「トールさん、ごめんなさい。厄介な奴を連れてきてしまって……」

「ああ、セイは悪くない。現実と向き合わないお子様には、ちょうど良い仕置きになっただろうさ」

「それでも、同郷の人間でしたし。もしかしたら、クロス工房の皆さんなら助けてあげられるんじゃないかと、勝手に期待してしまいました」

「蘇生薬な。あれは、確かに明確なレシピはあるんだ。けれども、安易に作製して世間に出回らせてはならない禁制の薬品扱いになる。だから、セーラにはレシピを公開してないし、書き残したりはしてない」


 厳密に言いますと、最初に蘇生薬の調合を成し遂げたのは、トール君のお父様です。

 トール君には本来ならお姉さんがいたのですが、混血の悪影響が先天的にあり、魔力障害により幼い身で亡くなられていました。

 ですから、お父様は娘を取り戻す為に、蘇生薬を開発されたのです。

 しかしながら、生死に関する事柄は神々の領分です。

 罰として、神々はお父様から娘に関する記憶を奪い、蘇生薬のレシピ関連を破棄してしまいました。

 その遺失したレシピをトール君が知り得るのは、記憶を奪い、存在をなかった事にされたお姉さんを哀れに思われた神による贖罪として、レシピと共に記憶を返されたからです。

 私が調合師への道に進む際に、トール君から蘇生薬に関するお話を聞き、頼むから記憶を奪われる事にならないように警告されました。

 記憶を奪われて返還されても、それに纏わる思い出が他人事の様に感じるしかなく、姉がいた記録でしか受け止められない自身の感情を持て余してしまう苦い経験を二度と味わいたくはないと溢していました。

 私も兄妹同然のラーズ君やリーゼちゃんに、忘れさられるのは嫌です。

 興味本位で、蘇生薬に挑戦する気はなくなりました。


「まあ、禁制食らってから、一度も試した事はないけどな。蘇生薬があるからと、安易に無茶振りして生命を軽んじる馬鹿な人間を続出させない措置でもあるんだろうな」

「そうだね。特に警戒するのは為政者だからね。蘇生できるからと、領土権狙いで職業軍人を使い潰しては補充して、延々と生き死にを繰り返さす暗愚な行為をしたりするから、厄介だよ」

「蘇生したって、死んだ記憶は残るんだ。繰り返さすうちに、精神が先にやられて廃人確定なだけだっつうの」


 大陸の派遣争いをしている帝国が蘇生薬を手に入れてしまったら、真っ先に行う愚策でしょう。

 神国も、法王が蘇生できるとしても、大業な儀式や代償も必要であると聞きます。

 おいそれと、使用可能な秘術ではないのです。

 シンジ少年の願いは到底叶えられはしないでしょう。

 無謀な行動で仲間を失った責任を、まともに受け入れられるのかは甚だ疑問ですが、英雄役も下ろされるのは確定済みです。

 言い方は悪いですが、本当に種馬扱いで生かされるかは、彼次第になりますね。


「ん? また、厄介な客が来やがった。セーラ、奥に行って身を隠せ。セイ、どうやら次の客も、同郷人みたいだぞ」

「どちらでしょうか」

「どっちもだ」


 工房の結界に、招かざるお客様が触れた様子です。

 トール君の指示に従って、居住区へと続く奥扉の中へ入ります。

 シンジ少年は仲間の件で私の外見を見誤り、ダークエルフと侮蔑しないでいましたが、次のお客様は冷静な判断力を持っていそうです。

 聖女気取りなレンカ少女に、糾弾される隙を与える必要は感じません。

 また、私側も関わりたくはないですから、望んで隠れました。


「リーゼは、セーラの側に。万が一にもセーラを悪し様にされたら、キレない保証がないでしょう」

「了承。肯定、馬鹿は、消えろ」


 安定なリーゼちゃんは、私が悪者にされたら実力行使で黙らせますね。

 ラーズ君に、危険人物扱いで退避を促されました。

 奥に行くと、すかさず先程は静かにしていたジェス君とエフィちゃんが小型ポーチから出てきて、両肩に陣取ります。

 ジェス君とエフィちゃんから認識阻害と、気配遮断の結界が張られました。

 序でに、遠見の魔法も展開してくれましたので、店舗内の情報は筒抜けになります。

 程無くして、店舗のドアベルが鳴りました。


「ちょっと、どういう事よ。なんで、私のお願いを聞いてくれないのよ」

「宮野、自分だけハイレベルな錬金術師に師事できるのはずるいなぁ。俺も入門できるように、かけあってくれよ。一人占めは、無しにしてくれ」


 開口一番に、自分の欲求をぶつけてくる少年少女に呆れます。

 ニホンジンは礼儀知らずなお国柄なのでしょうか。

 でも、セイ少年は礼儀正しいですから、一概に見なしてしまうのは失礼に値しますかね。

 遠見の魔法の観察は声も届けてくれます。

 二人共に憤りを見せていますが、セイ少年に当たるのはお門違いです。

 そうなのです。

 この二人は店主のトール君にではなく、セイ少年に苦情を言っている訳です。

 どうやら、セイ少年の居住地が有名店のクロス工房であるのを知ると、優遇されると勘違いしているのか、はたまた自身の欲求は絶対に叶えて貰えると増長しているのでしょうか。


「涼宮さん。僕が此方に厄介になっているからと言って、相場の半額以下の料金で望みの装飾品が手に入ると勘違いしないでくれ」

「何でよ。あんた雇われているんでしょ。日本人繋がりで、割り引きしてくれてもいいじゃない。それか、あんたの給料から補填するぐらいしなさいよ」

「悪いけど。逆に、単なるクラスメートの縁というだけで、涼宮さんに貢ぐつもりはないから。誰もが、涼宮さんに優しい世界ではないのを気付いたら?」

「はあ? 私は神様に特別な存在だって、選ばれた聖女なのよ。あんたなんて、役立たずで帝国から無能扱いで放逐されたくせに。私に逆らうなんて、身の程知らずよね。いいわ。あんたの居場所をなくしてやるから、せいぜい後悔すればいいんだわ」

「まあまあ、涼宮さん。俺の問題を解決してから、追放なりにしてよ。それか、クロス工房に所属する錬金術師に弟子入りを仲介してくれたら、俺の従者にでも雇ってやるよ。宮野だって、異世界の住人の中にいるより、同じ日本人といた方が安心だろ?」

「なっ!」

「ギディオン、止せ」


 一方的に捲し立てる同郷人のセイ少年を貶める発言に、ギディオンさんが怒りかけてトール君に制止されました。

 リック少年も顔を赤くして、言い返そうと口を開きかけていました。

 会話の内容から同郷人の二人は、セイ少年を都合良く利用する駒扱いにする気でしかいないですね。

 明確に立場は上であると、見下しています。

 まあ、召喚された場所の違いによって対立する帝国の情報は、神国にとって敵でありますから、偏見に満ちた作為的に歪められた情報しか与えてはいないでしょう。

 神国もセイ少年が帝国に召喚されて捨てられた経緯を、脚色して伝えているのかもです。

 もしかしたら、セイ少年を神国に迎え入れて、何らかの恩恵があるのを世間に流布して、放逐した帝国に意趣返しする気でいたりとか、思惑が透けて見えてきています。

 同郷人の二人は、セイ少年を手中に収める役割を振られていて、セイ少年を挑発しているのでしょうか。

 ですが、それは悪手でしかないです。

 ギディオンさんを制止した、この場で怒らせてはならない人を激怒させている事実に気付いた方が身のためです。


「トール?」

「なあ、身勝手極まりない、迷惑千万なお二人さん。俺の店で、俺の店の従業員で、俺の身内を馬鹿にして、貶めるのは止めろや」


 静かに怒気を孕んだ声音に、トール君の限界値に達した怒りが顕になりました。

 威圧感半端ない眼差しに、慣れていない少年少女が押し黙ります。

 ギディオンさんが、飲み込まれかけているセイ少年とリック少年を側に寄せて、トール君の威圧から守りに入ります。


「なあ、お前ら。休業日の札が見えていなかったか? それに、鍵が掛かっている扉をこじ開けて、入店するのは押し込み強盗と変わらないってしらないのか? 店主の俺はお前らに入店許可した覚えはないし、その鍵は違法なモンだって認識しているか? 俺が訴えれば、お前らは犯罪者だって理解しているか?」

「あ、の。鍵は、商業ギルドの人が、くれました。違法ってのは、知らなかったです」

「その鍵は、とっくに俺の店から解雇した裁縫師の女が返さなかったヤツで、幾度となく入店しようと違法な錬金術師に改造されたヤツなんだわ。商業ギルドの連中が、俺に黙って保管しただなんて話は聞かないし、嘘は止めろ」


 あらら。

 エリィさんの返却を固持した鍵が、使用されたとは。

 まさか、トール君を諦めきれずに執着した鍵を手放したのは、何事か起きているのでしょうか。


「う、嘘ではないです。本当に商業ギルドの人が、クロス工房に入店するにはこの鍵で入れるって、涼宮さんの信者が持ってきました」

「ちょ、こっちに振らないでよ。私は関係ないでしょ。勝手に渡されただけなんだから」

「自分だけ責任のがれは、させないから。涼宮さんも、有り難いって機嫌良く受け取っただろうが」

「それは、そうだけど。その鍵を使用したのは、委員長でしょ? 私のせいにしないでよ」


 私達年少組でさえ、限界値を越えたトール君のお怒りには逆らえません。

 その怒りを、相手に押し付けようとする二人には脱帽させられます。

 トール君は、見苦しい責任逃れな二人を睥睨したまま沈黙しています。


 〔あの鍵、真っ黒い嫌な気配がするよ〕

 〔でしゅの~。悪意がぷんぷんでしゅの~〕

「違法に改造されたとの説明ですから、クロス工房か所属する職人に対する嫌がらせですかね」

「嫌がらせ、違う。先生、感知、悪意満載」


 ジェス君とエフィちゃんが、警戒度をあげてきました。

 リーゼちゃんも、眉間に皺を寄せて睨んでいます。

 では、遠見の魔法越しに、鑑定か解析してみましょう。

 うわぁ。

 瞳に意識を集中させると、後悔してしまいました。

 見事に真っ黒な人な恩讐が込められた、呪詛に染まった鍵でした。

 そして、最悪な事に、その呪詛はエリィさんの生命を糧に依り代に付与されていました。

 つまりは、エリィさんは鍵を違法改造した輩によって、亡き者とされてしまっていた。

 その事実に、打ちのめされました。

 トール君の関心を得ようと、悪戯をしては困らせていたエリィさん。

 仲違いしてしまいましたが、クロス工房の職人様方は、私達の親代わりであり、先生でした。

 突然明るみになった訃報に、悲しみが襲ってきました。


「セーラ?」

「リーゼちゃん。エリィさんが、犠牲になってしまいました」

「鍵、呪詛、犠牲」

「そうです」

「ん。ラーズ、伝達、承諾、鍵、確保。解析のち、反撃」

「はい」


 トール君も鍵の違法な改造を指摘したからには、鍵に纏わる事情を把握しているでしょう。

 それもあって、怒りを顕にしている。

 どなたかは、存じませんが。

 エリィさんの、敵討ちはさせていただきます。

 絶対に、許してなるものですか。



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