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第24話

 神国に召喚された三人の動向は、アッシュ君の使い魔や情報屋さん方々から逐一報告されています。

 聖女気取りのレンカ少女は、容姿の良い神官や気に入った男性を侍らせては、慰問と称して養護院や孤児院を巡っています。

 ですが、ミラルカの養護院等には多種多様な種族がいます。

 蛇の獣人種や爬虫類の姿を持つ種族の子供を見るなり、叫んで拒絶したそうです。

 以降、慰問は取り止めになりました。

 どうやら、私の蜘蛛嫌いと同じく、生理的に受け付けられない人だったみたいです。

 まあ、レンカ少女に癒しの魔法の適性がありませんから、本当に訪れるだけで、治癒したり、寄付をしたりはしないでいました。

 では、何の為の慰問なのか。

 受け入れる側にかなり批判が広まり、神国の慰問を拒否する様になりました。

 これには、神国も焦りを見せて、無意味な炊き出しを開始しだしていました。

 ミラルカには低所得者はおりますが、所謂スラム地帯はありません。

 冒険者の都市であるミラルカは、福利厚生に厚い制度があります。

 一攫千金を狙う冒険者の中には、無謀な依頼を受けて大怪我を負い、糧を得る手段を失い路頭に迷う人もいるので、そういった場合は、役場の役人がその人にあった仕事を斡旋したり、最低限暮らしていけるお金を給付しています。

 まあ、希に働かずお金を給付して貰えると勘違いするお馬鹿な人もいますが。

 給付資格にはミラルカに居住して何年であるとか、少額ですがきちんと税金を納めていたりとか、ミラルカの住人に限定されています。

 お金目当てに居住資格を得ようとする不届き者には、重罰が課せられる事は周知してあります。

 容赦なく鉱山奴隷に行き着くと理解されると、そんな不届きな人はいなくなりました。

 ただ、ミラルカを統治する自治評議会は、給付制度が都市の財政を圧迫するのではないかと議題にあげましたが、トール君が私財で購うと宣言しましたので皆さん苦笑いで承認されました。

 まあ、ミラルカ随一の資産を保有するトール君ですから、給付制度をミラルカの住人全員が利用しても大した痛手とはならないのです。

 実質的に、ミラルカの統治者はトール君ですしね。

 頂点に立つ者が、弱者を庇護するのは当然の成り行きでしょう。

 年々、ミラルカの居住権を求めて申請する数が増えてきているのも事実です。

 ですので、ミラルカの住人は何事が起きると頼るのは、評議会かトール君になります。

 人気取りの神国のやりように、冷やかな態度で黙殺しています。

 神国の神官達は、思惑通りに信者が増えない憤りで苛立ち、レンカ少女を広告塔にするのを諦めました。

 次に、神官達が持ち上げたのは、シンジ少年です。

 勇者の肩書きは帝国に先に使われましたので、シンジ少年に与えられたのは英雄という役割りでした。

 セイ少年から、正義感溢れる英雄願望が強い、似非偽善者だとは聞いています。

 シンジ少年が行ったのは、冒険者ギルドを介さない依頼を受けて、賞賛を浴びる事でした。

 彼はギルドを介さない依頼の意味を履き違えています。

 ギルドは慈善事業の組織ではありません。

 依頼をする側の善悪を精査して、悪意ある依頼は受付けはしません。

 ある依頼では、簡単な討伐依頼であったはずが、凶悪な盗賊団を討伐する内容にすり変わり、受けた冒険者パーティーが全滅する事態が起きました。

 また、依頼料を支払いたくない意図で、些細な出来事をさも大袈裟に喚いて依頼失敗だとし、責任をギルドに被せようとして賠償を請求した厚顔無恥な依頼者もいました。

 そうした難点がある依頼を、ギルドは冒険者側の権利を守るためにはね除けています。

 そんな難ある依頼を、シンジ少年は受けていました。

 勿論、シンジ少年が失敗しても、冒険者ギルドには一切の関わりがありません。

 それに、シンジ少年はギルドに属していませんので、苦情や言い掛かりは神国に向かいます。

 神国周辺で如何に名声をあげようとも、神国と同じように依頼を達成するのは難しいと言わざるを得ません。

 神国は神々の守護がありますから、ランクの低い魔物や魔獣しか発生はしません。

 対して、ミラルカ周辺では魔王領に近く、魔素を充分に溜め込んだランクの高い魔物や魔獣が棲息しています。

 シンジ少年の技量では、優位に立ち討伐するには不可能だとアッシュ君は断じました。

 そうですよね。

 私達年少組が挑んだ迷宮探索も、一階も踏破できてはいなかったでしたしね。

 案の定、請け負った依頼の半数も達成出来ずに、シンジ少年に助けられた元奴隷の少女達に庇われ、お目付け役の神官や傭兵を犠牲にして帰還する日々を送っていました。

 そこで、己の実力を省みれば良かったのですが。

 意固地にねじ曲がる変な矜持が許さなかったのか、失敗する度に装備品が粗悪品であるとか、連携が上手くいかなかっただけとか、手持ちのポーションが尽きたからとか言い訳ばかりで、お仕舞いには自分に相応しい依頼ではなかったと言い出す始末。

 神国は二度目の、方向転換をするしかなくなりました。

 最後に残されたミノル少年は、錬金術の虜でした。

 クロス工房のメル先生に師事したくても、工房を出禁になり接触が不可になりました。

 神国はメル先生の次に腕の良い評判の錬金術師に、弟子入りを要請します。

 が、その方は高齢を理由に固辞しました。

 実際は、次々と問題を起こす神国とは関わりたくはなかったからでした。

 それに、クロス工房が出禁にした少年です。

 何らかの曰く付きだと思われてもいました。

 そうなると、ミノル少年の弟子入り先は暗雲となります。

 しかし、ある錬金術師がミノル少年の弟子入りを許可しました。

 シンジ少年と等しく矜持だけは高い、メル先生を目の敵にしている錬金術師でした。

 その錬金術師にも思惑があり、異界の知識を逆に利用して、メル先生に対抗する気でいたのです。

 アッシュ君の使い魔が監視しているとは気付く事なく、怪しげなアイテムを開発しているようです。


「ああ、馬鹿ばかりだぁ」


 セイ少年が同郷の少年少女達の近況を知ると、頭を抱えました。

 すかさず、ジェス君に念話でセイ少年の精神負担を軽くするお願いをしました。


 〔分かった。甘えてみるね〕


 にゃあ。

 小型ポーチから出てきたジェス君は、セイ少年の肩に飛び乗り頭をスリスリ。

 私は、猫じゃらしを取り出して待機です。


「猫君。少しだけ、撫でさせて」


 にゃあ。


 〔いいよ〕


 思う存分癒されてください。

 保護者代わりのギディオンさんも、それとなくセイ少年の頭を撫でていたりします。


「本当にごめんなさい。皆が、迷惑をかけて済みません」

「セイが謝る必要はないな。自業自得だろう」

「うう。省吾すらもて甘し気味なのに、委員長も何をしてるんだか。涼宮さんの爬虫類嫌いは知っていたけど、だからといって暴言は駄目だろう。異世界にいるのだから、そうした種族と付き合わないとならないはずなのに。装飾品を買い漁っていたり、他人の持ち物を強奪紛いの事して奪っていたりとか、噂に聞いているんですけど。阿呆の山手は、独自の押し付けがましい正義感で独走して、自滅してるし。しかも、報酬代わりとかぬかして、奴隷の少女を解放しては自分に縛り付けているし、それって奴隷の所有者が代わっただけじゃん。気付けよ、お馬鹿。委員長も委員長で、人を疑いなよ。絶対に、あのアトリエゲームのアイテム再現しようとしてるんだろうけど、危険物だって分かりそうなものじゃん。変に知識を披露して、それで大勢の人が亡くなる原因になるとは思わないのだろうか。ああ、趣味にひた走る委員長も山手と同じ穴の狢だった。自分の知的欲求が満たされれば、他人にどれだけの損害や被害をもたらそうが、構わない性格だった」


 激しい独り言を呟くセイ少年は、かなり鬱憤が貯まっていました。

 ジェス君を撫でる手付きは優しいのですが、表情は怒りを顕にしています。

 同郷だからと庇う素振りはなさそうです。


「涼宮さんや山手が帰還できないのは自業自得だろうけど、委員長がヤバイモノを造り出す前に帰還させないと、大変な事になりそうだ。ああ、省吾もだ。あの常識人な聖者さんがついていてくれているとはいえ、また誰かに利用されて人柱とかにされそうだよ。根はお人好しなんだから、あり得そうで厄介だよ」

「……アッシュ。セイや帰還出来る子達だけでも、帰還を早めたりは出来ないのかい?」

「正直、今は厳しい」


 セイ少年の悩み事が解消するには、一刻も早い帰還が望ましいですね。

 ギディオンさんも、セイ少年の精神状態を鑑みています。

 しかし、アッシュ君の反応は芳しくはありません。


「セイとミノルだけなら、早める事は出来る。だが、ショウゴの制約がまだ完全には解けてはいない。ショウゴを勇者と選び、加護を与えた神は神格を落とされて、神力も帰還の為の力にと時空神に移された。しかし、ショウゴの魂の奥底にこびりついた加護が解けていない状態で帰還させれば、本来の世界が異質な存在と認識して排除しかねない。ただでさえ、召喚という荒業で無理矢理植え付けられた勇者の能力だ。受け入れられたとしても、只人にはあり得ない能力を異界の住人が忌避しないとも限らない」

「アッシュさんの、言う通りです。僕達の世界にはない魔法や常人離れした能力は危険と判断されて排除されるか、良くて研究材料となる被験者扱いかもです。そこでは、人権なんてありません。いくら仲違いした僕達とはいえ、省吾をそんな目にあわせたくはないです」

「と、なると。加護を与えた神の神力を省吾から取り除かないとならない。それには、あいつの助力がいるな」


 アッシュ君が、盛大に溜め息を吐き出しました。

 神の加護を強制的に取り除くには、幾つか方法があります。

 加護を与えた神が消滅するか、唯一神力を喰らい無に還す技能(スキル)を保有する人物に頼るかです。

 アッシュ君にほのめかされて、ギディオンさんが私に注視します。


「彼かぁ。実は、ぼくもその案を考えなかった訳ではないよ。けれども、かなり実現するには障りがあるしね」

「セーラが願えば、叶えるだろうが。おいそれと、禁忌を破らせるには至らないしな」

「そうなんだよね。彼の眠りを妨げる正統な理由にならないし。彼を起こしたら、アッシュを真っ先に標的にするだろうし、トールも力不足で足手まといでしかないし。うん、彼の案は止めておこう」


 アッシュ君もギディオンさんも、危惧しているのは私と契約する黒の騎士。

 二つ名は神殺し。

 世界で唯一無二の、絶対的強者。

 最凶のアッシュ君すらを凌ぐ、世界神様と対局に位置する彼。

 又の名は、始まりの勇者にして、終焉の破壊者。

 気軽に助けを求めてはならない、私の……。

 苦笑いで却下される案に、セイ少年は不思議そうにしていましたが、空気を読んで質問はしないでいてくれました。


 にゃあ。


 ジェス君の鳴き声が、静かになったリビングに響きます。

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