第23話
数日後。
魔王様が退位を表明して、ルクスさんが魔王位に就任しました。
その日を、私達クロス工房一行は、拠点とするミラルカで迎えました。
トール君がキアラメイアさん用の魔導具作製に専念したいのと、新たに魔王妃になるルーチェさんによる魔王領の結界構築に、神子の私がいたら邪魔になってしまうからです。
豊穣神の神子ですから、大地に干渉してしまうのです。
私達に代わり、魔王都に残ったアッシュ君のお土産話によりますと。
異議を申し立てる魔王位を望んだ方々に対して、ルクスさんとルーチェさんによる結界構築と再展開を、それは見事な手際で為す事で封じました。
淡い蒼色に輝く魔力が、魔王領の隅々まで行き渡り、瘴気を払っていく様を見せつけられては、沈黙するしかありません。
しかし、最凶のアッシュ君の宝はどうしたのか。
声高に足掻く自称候補者に向けて、ルクスさんは短く返したそうです。
「宝とは、何か。それは、者か? 物か? 決めるのはアッシュであり、貴様ではない」
言葉の意味を理解出来ない自称候補者は、恥ずかしげもなく退位された先代魔王様に直訴したようです。
宝を公表しないルクスさんは、力づくで先代魔王様を退位させたのだと、都合良く解釈したのです。
ルクスさんを簒奪者と罵り、打倒する機会を得る為に先代魔王様の後ろ楯を欲しました。
無論、先代魔王様はそうした愚か者を自ら粛清して、ルクスさんの治世の邪魔と思われる者を断罪されました。
先代魔王様の怒りの気迫に、粛清を恐れた自称候補者達はルクスさんに保護を求める結末となりました。
こうして、魔王位騒動は終止符となりました。
先代魔王様は、静かになった静養地にて穏やかにお妃様を偲ぶ日々を送られているそうです。
ただ、アッシュ君の談になりますが、先代魔王様も永くはないとの事です。
伴侶たる魔王妃の支えなく結界を張り巡らされておられた反動で、その寿命を大変削られていたからです。
その為、老化が早く、年内には儚くなられそうでした。
先代魔王様も延命を望んではおらず、密やかな眠りを待ち続けていると。
長年、魔王領に尽くされてきた魔王様に、寂しい最期でしょうが。
本人が望まれているのですから、他人がどうこうする理由はありません。
その時を、誰かが阻害することなくお迎えになられるのを願うしかないです。
それに、私達の方も、また周囲が慌ただしくなるのを、ルーチェさんに降臨された神族様から警告されていました。
今は、それに対応する準備に入っていました。
「その話は本当なんですね」
「ああ。神族は、下界の住人に意識して嘘は述べれない。また、したとしても、すぐに嘘だと分かる様になっている」
工房の居住区のリビングに、ニホンから召還されたセイ少年と保護者代わりのギティオンさんを迎えて、神族様からの警告を説明しています。
トール君は魔導具製作で不在ですので、進行役はアッシュ君です。
「時空を司る神族からも確認が取れた。ニホンに送還出来るのは、帝国が召還したセイとショーゴ、神国が召還したイインチョの三人だけとなった。後の二人、少年と少女は、召還されし者という称号が、縁を結んだ者に書き代わった。その称号により、世界神からこの世界の住人と見なされ、送還対象から外された」
「称号ですか。トールさんも、称号が代わる行いはするなと言っていましたけど。そういう意味だったんですね」
「実際、セイも危ないな。ギティオンが保護者代わりで庇護するのはいいが、溺愛すぎて親と見なされてしまう。そうなると、同様な称号になるな」
「うっ。アッシュに怒られたから、過剰な愛情は控えていたよ」
「当然だ。セイには、ニホンに両親が健在なんだぞ。有るべき場に返す為の保護を、履き違えるな」
辛辣なアッシュ君ですが、セイ少年の為には必要なのです。
ヒューバートさんが保護するリック少年と違い、セイ少年は異界の人間です。
身勝手な帝国の召還により日常を奪われたセイ少年には、本来存在するべき場所があります。
工房は一時避難するべき場所なのです。
それを、ギティオンさんは考慮しないで、セイ少年を甘やかして居心地がいい場所=帰るべき場所と思わせてはいけないのです。
アッシュ君が怒らなければ、セイ少年も送還対象から外されてしまいます。
そうなると、帰還出来ると認識しているセイ少年を裏切る事になります。
必ず帰すと約束したトール君の面目を潰すのは、ギティオンさんです。
そうなれば、ギティオンさんは自分を許せず、職人を辞してしまいかねません。
ただでさえ、トール君絡みで工房を逐われた方がいます。
悪い嘘が広まるのは避けたいですしね。
「うう。アッシュが正論なだけに、言い返せない」
「あ、あのぅ。称号が書き代わるのは、頻繁に起こることなんですか?」
ギティオンさんのへこみ具合に、セイ少年が助け船をだしました。
ですが、内容にアッシュ君の眉間に皺がよります。
「あっ、変な質問して済みません」
「いや、セイは悪くない。少々、子供に聞かせていいものか、悩んだだけだ。そもそも、称号が書き代わるには、並大抵の行いをすればいいものじゃない。まあ、中には例外もあるが、犯罪者とか虐殺者とかはよくあるな」
「物騒な称号なんですが、よくあるんですね」
「その辺りは、まあ治安が悪い地方ならよくあるんだ」
犯罪者辺りは主にスラム街や裏社会の方々が所持して、虐殺者辺りは戦場を渡り歩く傭兵や職業軍人さんが所持していたりします。
ミラルカにも、軽度の犯罪者もいたりするのが現状です。
大半は、アッシュ君の配下であったりするのですけど。
配下さんが功績をあげたりすると、更正した者と称号が変わったりもします。
称号にも色々な階級がありますから、神々に気に入られたり、本人が気付かないまま何らかの功績をあげたりすると、加護と称号が与えられたなんて話も聞いています。
けれども、召還された少年と少女の称号は、説明するのが難しいのが本音でした。
「ぶっちゃけるとだな。縁を結んだ者とは、異界の人間が此方の世界の住人と、仲が良くなった。つまり、肉体的関係を持ったと言う意味だ」
「……は? ええ!?」
セイ少年が驚きの余り、両目を見開き盛大に声を張り上げました。
まあ、そういう意味なんです。
神族様情報によりますと、自分本意な正義感溢れるシンジ少年と、異性を侍らして優越感に浸り慰問と称して見せびらかしているレンカ少女は、己れの取り巻きとそういう行為をしていたのでした。
それも、複数の方々と。
男女の仲になった異性と、婚姻の誓いまで交わしていたものですから、世界神様も異界の住人とは見なされずにめでたく私達の世界の住人と相成った訳です。
聞いた当初は、異界の住人の貞操観念に疑問が沸きましたが、セイ少年と帝国のショウゴ少年と神国のミノル少年は称号に代わりなく、至って私達と代わりない普通の観念をしています。
あの二人が特別だったのでしょう。
「す、済みません。ちょっと、驚きましたけど。あの二人なら納得です。まあ、ショウゴが僕と同じで安心しました。聖女にかなり傾倒していたし、ボディタッチも眉をひそめたくなるほど鬱陶しかったのに」
「ああ、聖女も帝国貴族だからな。婚姻前に純潔を疑われる行為は恥となる。それに、聖女の地位に固執するなら、純潔でいないとならないからな。過度の接触で済むなら、勇者教も見逃していたんだろう」
アッシュ君は説明を省きましたが、現在のショウゴ少年は魅了状態から解放されて、極度の女性不信に陥っているそうです。
聖者さんの保護下にあるとはいえ、勇者の称号は所持しているままです。
玉の輿狙いの侍女さんやら、勇者の力を権力争いに使えると判断した帝国貴族からも狙われ、寝所に娘さんを送り込んだりされていて、拒絶する際に大騒動に発展しているのだとか。
無力な女性に剣を抜いて、言葉にならない声を上げて気狂いした様子で暴れている。
女性がいなければ、普段はまともな勇者をしているそうで、帝国も彼を見放す訳にはいかないと静観しています。
聖者さんには、ショウゴ少年はいずれは異界に帰還させると通達はしてありますので、皇帝の思惑通りに勇者の血を残す役割を邪魔しているようでした。
皇帝も守護神が更迭され、交代された現状において、守護神が選んだ聖者と対立する訳にはいかず、聖者を処分できない苛立ちを隠しきれてはいないらしく。
近々、帝国内に大規模な魔素溜まりが発生して、魔物の大発生による被害の責任を取らされて皇帝も退位させられるだろうと神族様がおっしゃりました。
皇帝が神の代弁者であった時代が終わり、人族至上主義の定義が揺らぎ、他種族排斥と奴隷制度が見直される可能性がでてきています。
そうすぐには変わらないでしょうが、帝国も転換期に入り始めているのは確かでしょう。
属国が、離反する日も近そうです。
が、すんなりといく筈もなく、数多の土地が血と怨嗟による穢れにまみえそうなのが辛いです。
そして、好機と捉えて神国が厄介な介入をしないといいのですが。
大陸の覇権を帝国と争ってきた歴史が、神国を突き動かして大陸を戦乱の渦に巻き込んでいく未来しか見えてはきません。
次の法王には、穏健派の方が就いていただきたいものです。
「セイ。帰還する日迄、酷だとは思うが。同郷だからと、信頼、信用はするな。何かあれば、ギティオンなり、トールなりに相談しろ」
「うん、そうだね。アッシュの言う通りにして。でないと、帰還できない嫌がらせを、セイを巻き込む事で晴らそうとするかもしれないからね」
「はい、分かりました。気を付けます。ですが、僕が過ちを犯して帰れなくなっても、皆さん無理して帰そうとしないでください。帰れなくなったら、それは自業自得ですから。きちんと、受け入れます」
セイ少年は物分かりが良すぎな気がしてなりません。
知られてないと思っていますけど、夢見が悪くて人知れず泣いているのは保護者さん達には丸分かりなんです。
ご両親を呼んで、帰りたいと呟いているのもです。
猫を飼育しているからか、ジェス君と遊びたがる素振りをしているのもです。
ジェス君は、セイ少年が誘ってくれたら遊んでもいいと言っています。
もしや、私から遊んであげていいですと、言った方がよいのでしょうか。
それなら、この後にでもお誘いしましょう。
少しでも、気が晴れるならお付きあいしますよ。
偶には、遊びに熱中しても罰当たりにはなりません。
では、お話が終わりそうなので、ジェス君に登場して貰いましょう。




