第21話
魔族が棲息する地に、守護神たる魔神以外の神族が降臨するのは厳密には許される行為ではありません。
ルーチェさんに降臨した神族は、魔神ではないことは溢れでる神力により分かります。
「魔族を束ねる王。魔神以外の神族がこの地に降臨する無礼を許されよ。わたくしは、玄狐族を守護する神族です。他者との合縁を司る神でもあります。ですが、ある神族の謀により一時期において、玄狐族を見守ることが果たせてはおりませんでした」
表情が変わらないでいたルーチェさんの顔が、大きく歪みます。
まるで幼子のように、今にも泣きそうな様子でいますから、違和感が半端ありません。
ルクスさんも微妙に苦笑しています。
「魔族を束ねる王。貴君は、暴力にあがらう術を持たず、消え去る定めの種族を助けてきました。ですが、またそれも世界神様が定めた理でもあり、新たなる種族へと進化させる手段でもありました」
「神族の方々は、自身が産み出された力なき種族が世界に淘汰されゆく道が、世界神の思し召しであったと言われるのか」
「魔族の王。本来であれば、この大陸には人族が住まう権利はなく、魔族のみが居住する大陸となるはずでした。けれども、ある神族が流刑され彷徨う人族が終えるのを憐れみ、この大陸に導いてしまいました。ですから、その神族は世界神様の怒りを買い、罰を受けました。わたくし達神族は、人族という異物が混じった未来を未来を予知する神族に問いました。結果は、この大陸に大きく修正不可能な戦乱が巻き起こる可能性が高く、この大陸が負の連鎖による瘴気が溢れる魔族すらも住めぬ土地となり得る未来となりました」
魔力の恩恵を受ける魔族は、寿命が長い反面子供の出生率が限りなく低いです。
対して、人族は出生率が高く爆発的に人口が増えていきます。
そして、その人口を支える為に未開の土地を開拓しては、資源の奪い合いが発生していきました。
中には、人の良い他種族が資源を分けてくれると、労働を止めて搾取する側へと変えていきます。
そのまま、恵まれた土地を奪い、資源を独占する。
こうして、人族は慢心して傲り高ぶり、人族こそが絶対王者だと思うようになりました。
危機感を抱いた世界神様と上級神が、人族の野心の手綱を握る役割を買ってでて、人族の守護神へとなりました。
ですが、それも悪手であったのも事実です。
神の威光を笠に、人族至上主義の帝国が誕生し、対抗勢力の神国が台頭してきました。
未来を予知する神族は、人族が大陸を席巻して破滅へと向かう未来をみてしまいます。
その、打開策となるのが、世界神様の能力の欠片を抱く神魔たるアッシュ君となる予定でした。
ですが、問題も発生しました。
人族の守護神となり、人族の道筋を指し示す神族が、多大なる信仰心を得たことで、慢心してしまったのでした。
世界神様に及ばないかもしれないけど、次席の地位にはなれるのかもしれない。
世界を安定する為に、能力の全てを全体陸に分け隔てなく振り分けられている世界神様は、常に自我意識を拡散されています。
あまねく世界を見守られていますので、端からみればお眠りになっている状態に近いのです。
そんな状態の世界神様が神族を統べるには至らない為に、己が次席の地位に就き、神族の頂点に立とうと野心を産み出してしまったのでした。
ただ、そんな野心を抱いた神族も、人族の欲望を甘く見ていました。
他種族を排斥した人族は、仮想敵がいなくなると同族間での争いをしはじめます。
人族同士の争いに果てはなく、やがては生物は存在しない瘴気が溢れた土地だけになってしまいます。
「その事象と、貴殿が降臨された関連がどう繋がるのか、分かりかねる」
降臨された神族の説明に、魔王様が異論を唱えられました。
正直に言いますと、私も同意見です。
キアラメイラさん絡みの降臨だと思われましたが、お話が盛大になってきています。
「回りくどい説明でしたね。申し訳ありません。要点は二つあります。一つは、絶滅の過程を乗り越えることで、人族への対抗種族へと進化する予定だったが、魔族の王が保護したことにより進化への道が閉ざされたこと。一つは、魔王領の守護結界を内側から崩そうと、わたくしが守護する種族に対して与えた過剰なる祝福を呪詛へと変化させ魔王領に混乱をもたらそうとした企みがあったということです」
「つまりは、私が良かれとした行いにより、人族を抑制する種族が誕生しなくなり、人族が魔王領への侵攻の足掛かりとなりうる手段に貴殿の守護種族が使われたということか」
「そうです。ここにいるキアラメイラが保有する魅了は傾国、傾城と謡われる禍々しき呪詛の恩恵です。本人が望まないにも関わらず、相対する異性はキアラメイラを欲して、手段を問わずに同性を蹴落としていきます。魔王妃がキアラメイラを保護した経緯もまた予定調和でした。魔族の王の側近くにキアラメイラがあれば、魔族の王を敵と見なして諍が起きたでしょう。しかし、キアラメイラが保護された時には、魔族の王は魔王妃も健在であり、その威光により魔族の不和の種にはなりませんでした。
魔王領の守護結界も揺るぎなく、人族が攻めいるには難攻不落でありました。魔族を滅せれない焦りが、人族を守護する神族と信仰心を労せずに得られると群がった神族に産まれました」
降臨された神族は続けます。
魔王様を亡き者にして、魔王領を混乱のるつぼに追い込むべく利用されたキアラメイラさんは、その身に負った役割を放棄して隠棲する道を選びました。
待てど暮らせど、魔族の王は健在であり続け、守護結界に亀裂一つも見られない。
内側から崩そうと企んだ計略は頓挫していきます。
ですが、少なからず魔王領内に、亀裂は生まれてはいました。
次代の魔王位争いに、賢妃であったフェリシア様が歪んでいったのです。
その隙を、ある神族が利用しました。
キアラメイラさんが起点とならないのなら、次の駒を誕生させればいい。
それも、キアラメイラさんに近い血筋を有して、同じ傾国の魅了を持った性格も破綻している人材を。
ここで、注目を集めたのがキアラメイラさんの娘であるマーメイアさんです。
「キアラメイラが使えねば、争乱を呼び込む役を娘のマーメイアにと?」
魔王様にとりましても、マーメイアさんは自分の息子を堕落させた憎い相手です。
言葉には刺が含まれていました。
床にへたりこんでいたマーメイアさんは、魔王様から放たれる威圧に蒼白になっています。
傍らに寄り添うグスタフさんを楯にしようと身じろぎしていました。
アレキサンドラさんも焦りを見せて、逃げ出そうとしていました。
謁見の間を警護する方々は、魅了魔法に耐性があり対抗できる方々ばかりで、やみくもに魅了魔法を展開するアレキサンドラさんに違和感を感じました。
魅了魔法に混ざって、神力らしき波形の光が視えました。
「セーラ。あれ、変」
「リーゼちゃんも、そう思いますか? 私もです」
「リーゼ、セーラ。何が変なのですか?」
「アレキサンドラ、魔力。違うの、混じる」
「はい。魔力に、神力が混ざっています。まるで、神族の能力を行使するアッシュ君みたいな感じです」
「そりゃ、どういう意味だ。魔人のアッシュが神力を行使するっていう意味か?」
ラーズ君とトール君の疑問に、リーゼちゃんと揃って頷きました。
アッシュ君も異質を感知して、アレキサンドラさんを視界におさめています。
「あれは……」
「何処へ逃げるのですか? 尤も、この地に降臨したのはわたくしだけですが、他神が監視していないとでも思いましたか? 魔族の王。わたくしの本来の役目は、アレキサンドラと名乗る争乱を好む神族の捕縛にあります」
「くっ! どうして、脱げない‼」
アッシュ君を遮って、降臨された神族がアレキサンドラさんを名指ししました。
脱ぐという行為が、何を意味するかが理解できてはいませんが、どうやらアレキサンドラさんは純粋な魔人ではないとは分かりました。
「神族の方。争乱の種はマーメイアではなく、アレキサンドラであるのか」
「そうです。愚かにも騙された、魔人の器に宿る魂は争乱を司る神族のもの。大方、魔王領が見込み通りに人族に攻め入られ、陽動の役割を終えたら、器を脱ぎ捨てて神族に戻れると思い込まされているのでしょう」
「なっ⁉ だって、あの方は人族の器を気紛れに得て、人族の中で暮らしては神族に戻れていたではないか」
「人族と魔族では内包する魔力に違いがあります。それに、貴女は新たなる器に受肉した。貴女がアレキサンドラとして生きてきた時間経過により、貴女は神族ではなくなり魔人へと変質したのです。既に、元の器は消失しています。アレキサンドラを脱ぎ捨てたとしても、宿る器がありませんので、神族から精霊へとなり得るか、はたまた存在そのものが消失していくかは、世界神様の思し召しです」
「そ、そんなぁ」
「数多の争乱を司り、数多の血潮を好み、他者が破滅する姿に喜びを覚える貴女らしい最期ですね」
無情な最後通牒に、アレキサンドラさんも言葉を無くして力尽き、床に座り込みます。
つまり、アレキサンドラさんは魔人の器を乗っ取って存在しているのではなく、マーメイアさんの胎内に受精した器に入り込み、新たなる生を受けた訳です。
それは、ある意味転生するということになり、神族としてのアレキサンドラさんの神生が終わりを迎えたのでしょう。
それでしたら、簡単に器を脱ぐとはいかないですね。
無理矢理定着した器から魂を剥ぎ取れば、元の器がない限り脆弱な魂で流離うしかなく、異分子として世界から排除される可能性だってあります。
そんな無謀な行為は、できないでしょう。
「でも、捕縛するのなら神界に戻れるのだから、あの方の能力なら神族に戻れるのよね?」
「残念ながら、魔人である貴女を神界には連れては行けません。僅かながら、神力を有してはいますが、貴女はれっきとした魔族です。また、貴女が妄信するあの方は、貴女を呆気なく斬り捨てましたよ」
「嘘よ。あの方が私を手放す訳がない。私は、どの神族よりもあの方に貢献したもの」
「貴女が慕うあの方とやらは、貴女をより利用する為に演じた一面でしかありません。先の実りの女神を邪神扱いした経緯もあり、至高神に成り代わろうとした神族は失脚しました。上級神の地位も剥奪され、神族の牢獄に軟禁されています。貴女を助ける余裕はありません」
まだ、神族に返り咲くのを諦めてはいないアレキサンドラさんに、容赦がない宣告がなされます。
漸く事態を飲み込めたアレキサンドラさんの悲鳴が、謁見の間に響きわたりました。




