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第20話

 ごめんなさい、キアラメイアさん。

 私は視る事に特化した神子です。

 貴女に相対した瞬間に、固有魔法(ユニークスキル)で情報を得ました。

 森羅万象の(ことわり)に触れました。

 ですから、貴女が隠しておきたかった秘密を暴露します。

 許していただけなくても構いません。

 真実を明らかにして、罰を受けなくてはならない人を見過ごす訳にはいかないのです。


「森と海の娘。我が妃の名誉とは、何の事だ。説明せよ」

「……めて、止めて、そんなモノはないのよ。フェリシア様に汚点なぞ、ないのよ」

「キアラメイア。そなたも、何を知り得ている。正直に話すがよい」

「……魔王様……」


 魔王様の叱責に、キアラメイアさんの表情が歪みました。

 叱られた幼い子供の様に、脆弱な我が身をさらけ出していました。


「魔王様。私は魔力には恵まれていますが、魔力を外側に放出する魔法回路がありません。ですから、その魔力は視る事に特化しました。鑑定の上位である心眼に恵まれました。そして、失礼ながらキアラメイアさんの生い立ちを、覗き見ました」

「それが、妃とどう繋がる」

「キアラメイアさんは、その身に抱える魅了特化のせいで、ただそこにいるだけで異性を狂わす原因となり、異性をたぶらかす悪女だと断定されました。そして、異性に奪い合われる日々を送るしかなかったのです。キアラメイアさん自身が望まないのに、異性は勝手にキアラメイアさんを求める。そこに、平穏な日常は送れません」


 キアラメイアさんも若かりし日は、自分が他の玄狐族とは違う存在であるとは気付いてはいないでいました。

 玄狐族にとって異性を虜にするのは、息をするよりも容易く、日常茶飯事でしたから競って異性を虜にしていました。

 けれども、キアラメイアさんに致命的になったのは、虜にした異性の幼い息子が、キアラメイアさんを独り占めしようと父親を毒殺してしまった事件に始まります。

 玄狐の里を出れば、異性は勝手に寄ってくる煩わしさが増え、キアラメイアさんを求めて人死にが続出してきました。

 勿論、キアラメイアさんは魅了魔法を使用してはいません。

 四六時中、異性を侍らかす必要性もありませんでした。

 しかし、やんわり、その気がないのを伝えてやり過ごそうとしたら、監禁の手段に発展させられようとなってしまいました。

 漸く、自身が異状だと理解したキアラメイアさんは、玄狐の里に引きこもる事にしたのです。

 けれども、キアラメイアさんを求める異性が諦める事はなく、同族を罠にかけキアラメイアさんを里の外に出すよう強要しました。

 隷属の呪いを掛けられた同族は、キアラメイアさんを騙して里の外に誘きだすことに成功しました。

 そして、悲劇は起きました。

 キアラメイアさんを求める余りに、彼らはキアラメイアさんの同族を、隷属した異性、役目を終えた同性と性別お構いなしに皆殺しにしたのです。

 数少ない同族を殺されて動揺したキアラメイアさんは、抑えていた魅了特化を最大にして、魔力を放出してしまいました。

 そうして、キアラメイアさんを里から出す案に乗った異性達による、キアラメイアさんを独占する為に争いが開始されてしまいました。

 同族を失い呆然自失しているキアラメイアさんを、最後に残った異性が奪い去りそうとした矢先に、やっと救いの手が差し伸べられたのです。

 キアラメイアさんを救出したのは、魔王妃のフェリシア様でした。

 異性に怯えるキアラメイアさんに、魔王城で保護して、厳重に魅了特化を無効化する部屋を与え、甲斐甲斐しくお世話をしてくれました。

 魔族にとっては、数十年は人間種の数年分の感覚でしかないのですが。

 それは親身になって保護してくださったフェリシア様をキアラメイアさんが慕うには充分な年月でした。

 幸いにも、魔王様は弱小種族を保護するのが生き甲斐でしたから、新たな玄狐の里を、信頼する腹心が管理する辺境に築くのを約束されました。

 こうして、僅かに逃げ延びた同族も保護されて、異性に襲われない安全な環境を手に入れることとなりました。

 でも、そこは安全な場所とはならなかったのです。

 キアラメイアさんを託された魔王様の腹心は、虎視眈々とキアラメイアさん達玄狐を野心の駒にすることを画策していました。

 再び、罠に填まったキアラメイアさんは、フェリシア様に、窮状を訴えに魔王城に赴きました。

 ですが、その時にはフェリシア様はお心を病んでしまっていました。

 切っ掛けは、魔王様の甥のルクスさんと神族のルーチェさんとの婚姻でした。

 当時、ルクスさんが魔王位を継ぐに相応しいとの評判が鰻登りで、フェリシア様が産んだ魔王様のお子様は、魔王様の適正を受け継がず凡庸でしかないと評価されていたのです。

 では、第二子に期待しようとした矢先に、フェリシア様は次子を産めない病にかかり、酷く落胆されることになりました。

 日に日にフェリシア様の息子とルクスさんが比較されていき、本当に魔王様の息子であるのかといった、悪評が流れる始末。

 そうして、堪え忍ぶ日々に。

 我が子に魔王位が継げれるのか、悩んでいたある日。

 フェリシア様は聞いてしまいました。

 ルクスさんに息子が誕生したら、その子を魔王様が後継ぎに推挙してもよいと。

 夫に裏切られたと思い込んだフェリシア様は、何としてもルクスさんと誕生したアッシュ君を、後継者から引摺り落とす計画を立てて、実行することになりました。

 自分を慕うキアラメイアさんに、ルクスさんを誘惑して堕落させる。

 キアラメイアさんは躊躇いましたが、最終的に話に乗ってしまいました。

 先ずは、キアラメイアさんを欲した腹心を、逆に垂らしこみ、妊娠してみせました。

 フェリシア様も支援して、ルクスさんに一服盛り、既成事実を作り上げたのです。

 用意周到なフェリシア様は、形振り構わずキアラメイアさんの悪評を広めて、同衾したルクスさんの評判も地の底に落とすのに成功しました。

 ルクスさんは、キアラメイアさんの責任を取れとの攻撃に嫌気が差し、魔王領から出奔して行方を眩ました。

 そうして、魔王領の悪意はキアラメイアさん一人が被ることになってしまいました。

 フェリシア様は、そんなキアラメイアさんを助ける気はなく放置してしまいます。

 信頼していたフェリシア様の裏切りにも、復讐せずに里に帰ったキアラメイアさんは、女児マーメイアさんを生みおとします。

 最初は、愛もなくルクスさんを嵌めるだけの目的で生れた我が子を、キアラメイアさんは愛し子と思うことはありませんでした。

 けれども、親として最低限の愛情は示して、教育を施しました。

 ですが、マーメイアさんは玄狐の悪い個性を抱いて生まれていたのが、判明することになりました。

 マーメイアさんは、異性を下僕としか見ない玄狐だったのです。

 母親の寵を得ようと必死な異性を見て、自分もそうであると盛大な勘違いをしてしまいました。

 巣立ちの時期、異性を下僕としか見ることができないマーメイアさんに、甘くみると手痛いしっぺ返しが来ると諭すも、キアラメイアさんの考えは古い、己はそんな矮小な存在ではないと豪語して、里を出ていったのです。

 数年、里で穏やかに暮らしていたキアラメイアさんに、フェリシア様の危篤が伝わることになり、大至急魔王城に駆け付けたキアラメイアさん。

 フェリシア様に再会したキアラメイアさんに待っていたのは、フェリシア様の罵でした。

 原因はマーメイアさんが、フェリシア様の息子をたぶらかし、魔王妃を狙い、息子さんが堕落して資格を失ったら、呆気なく捨て去ったのです。

 既に、心を病んでいたフェリシア様は、キアラメイアさんとマーメイアさんだけではなく、幻獣種そのものを憎むこととなり、魔王様のお仕事である魔王領の結界維持と弱小種族の保護活動の補佐をする立場を逆手にとり、悪意を仕込んでしまうまでになってしまいました。


「悪意?」

「魔王様はご存知では、なかったですか? 弱小種族や幻獣種は、魔王領から離れ幻獣界に引っ越しを余儀なくされているのです。そして、何よりも現実を帯びていますのが、マーメイアさん達が拠点としていた土地での魔素溜りの発生です。あれは、人為的に引き起こされた現象です」

「妃が、マーメイアに復讐する為だけに、起こした現象だと何故判明する」

「では、直ちにルーチェさんを、次代の魔王妃として、結界維持の要となる祭事場に連れていけば、自ずと分かります。ルーチェさんは、過去の記録を再現できますから、フェリシア様が祭事場にて行った悪意ある行動を、体験できますよ」


 魔王様は賢妃として支えてくださったフェリシア様を疑いたくなないでしょうが、事実を受け止めてくださらないとなりません。

 フェリシア様は己の復讐を叶える為に、してはならないことをなさったのです。

 ですから、罰を受け、寿命を著しく削られ、儚くなりました。

 私利私欲に走ったフェリシア様を、魔族を守護する神々が危険人物であると排除したのは当然の結果でしょう。

 私が知りうるフェリシア様は、慎ましく穏やかで、魔王様を懸命にお支えになる賢妃でありました。

 けれども、キアラメイアさんを通じて垣間見えてしまったフェリシア様の為人は、嫉妬深い方でした。

 魔王様の寵愛を独り占めしたがり、魔王様の関心を受ける弱小種族保護活動を疎んじてられていた。

 保護された土地に、じわじわと苦しめる様に毒素となる瘴気が溜まる仕掛けを施していました。

 それも、魔王様に悟られないように巧妙に設置しておられた。

 これが、悪意を孕んでいないと言えるでしょうか。

 フェリシア様の執念は、自身の命を縮め、奪われることになりましたが、悪意は取り除かれることなく放置されて、現在にて萌芽しました。

 それが、多大なる犠牲を払うことに躊躇されることなく、魔王様のお膝下での魔素溜り発生に繋っていきます。


「魔王様、トール君、アッシュ君。一番魔王妃に執着していたのは、キアラメイアさんではなくフェリシア様です。キアラメイアさんの不名誉な噂を、フェリシア様は隠れ蓑として暗躍されていた。真実は、ルーチェさんが証明してくれます。そして、神々が魔王様に忠言なさらなかったのは……」

「そこから先は、話す必要はありません」


 私の言葉を遮りましたのは、膨大な神力を纏う

 ルーチェさんでした。

 いえ、ルーチェさんの身体に降臨なさった、上級神様です。

 ルーチェさんの神族での位階は下位で、天人族に近しい存在です。

 ですので、地上に降り立っても、なんら世界に影響をもたらすことはありません。

 ですが、中位から上の神族は無意識に漏れだす神力で、地上の種族を滅してしまう可能性が高く、滅多に地上に降り立ちません。

 役職が定められている神族なら、尚更地上に顕現はできません。

 しかし、地上に神託を降ろしたり、媒体となる聖職者に現身(うつしみ)として憑依なさったりします。

 この間、豊穣のお母様が人形の器に降臨なさったみたいに、ルーチェさんを媒体にして上級神様が降臨なさいました。

 恐らく、今回の巻く引きを請け負ってくださるのでしょう。

 私は、おとなしく引き下がりました。

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