第19話
周囲のただならぬ冷気に晒されていますのに、お構いなしにはしゃぐ義妹さん達。
その娘を放置して、ルーチェさんしか見てはいないキアラメイアさん。
敵意を露に射抜く視線をガン無視のルーチェさん。
ルクスさんを取り合った仲であるのに、当の本人であるルクスさんまで放置しています。
魔王様の眼前にて披露されている醜態に、誰か意見はありませんか?
いたたまれないのですが。
「マーメイア。我の息子を堕落せしめ、魔王位の資格を喪った我の息子を容易く捨て去り、数多の異性を魅了魔法にて虜にし、万を超える夫婦の絆を壊したそなたを、魔力を封じて我が領土より追放する」
「えっ⁉」
「アレキサンドラ。異性を乗り替えて財を食い潰す母親を諌めず、我の孫であるからと権威を示して弱者をいたぶるそなたを、母親同様に魔力を封じて我が領土より追放する」
「お祖父様?」
「グスタフ。双黒の賢者の了承なしに名を騙り、粗悪品を売り付けたるそなたを、我が領土より追放する」
「……何ですと?」
唐突に、魔王様がはしゃぐ義妹さん達に、鉄槌を降しました。
何を語られたのか、理解し難い表情で、三者一様に呆けています。
魔力を封じての魔王領からの追放は、単なる追放に留まりません。
魔人族が魔力を喪えば、生命維持にも乏しくなり、その能力を人間種程にしか発揮できなくなります。
所謂、老化現象が起きます。
魔人族が人間種よりも長命なのは、身体を巡回する魔力のおかげで、老化を防いでいるからです。
その生命線を絶たれれば、待っているのは死でしかありません。
ですから、魔王様はマーメイアさんとアレキサンドラさんに、死刑宣告を言い渡したと思っていいのです。
「ま、待ってください、お祖父様。ぼくは、お祖父様の唯一の血縁者です。いわば、魔王位を継ぐ正統な唯一の男児ですよ。ぼくを追放して、誰が魔王位を継ぐのですか」
激昂するアレキサンドラさんが、玉座の魔王様の元へと走り出します。
ですが、魅了魔法に耐性がある腹心の部下さんに、止められました。
魔王様との間に入られたアレキサンドラさんは、舌打ちして腹心の部下さんに魅了魔法を重ねがけしていますが、効果が現れず苛立ちを隠さないで喚き声をあげます。
「次の魔王には、我が甥ルクスがなる」
「ルクスって、母上のお父様ですか?」
「えっ。お父様? お父様は亡くなられております。お義父様、冗談はお止めくださいまし」
「我が息子を捨てた身で、我を義父と呼ぶなと警告したが。そなたの、頭の中身は如何に異性を落とすかにしか働かぬか」
魔王様から、マーメイアさんとアレキサンドラさんに威圧が向けられました。
お二方は忘れておられるようですが、この場所は魔王城の謁見の間です。
上位者の許しなく、言動をすることは無礼にあたります。
ですから、私達年少組やトール君とアッシュ君は沈黙しているのです。
幾ら身内であろうが、身分差がある限りは上位者に従わないとなりません。
威圧を向けられて、マーメイアさんが立っていられなくなり座り込みました。
親子に引っ付いてきたグスタフさんも、間近に接する魔王様の威圧に身動きがとれなくなっています。
「き、キアラメイア様。マーメイア様とアレキサンドラ様をお救いください」
「お母様。どうか、お義父様の誤解をお解きくださいまし」
「お祖母様。お祖父様の、ご乱心を正してください」
頼みの綱への懇願を、キアラメイアさんは一瞥しただけで沈黙しています。
魔王様から発言の許可が降りていませんので、沈黙しているのでしょうか。
だとはいえ、どうも無関心な気がしてなりません。
哀れっぽく被害者意識にまみれる、娘と孫を気にかけている素振りが全く見えてはきません。
ただただ、ルーチェさんしか見てはいない。
隣にいるルクスさんは視界から排除している様子です。
キアラメイアさんは魔王様に従順です。
私は、キアラメイアさんの魅了に掛かっているのでしょうか。
トール君やアッシュ君が毛嫌いするほど、キアラメイアさんを悪くは思えなくて仕方がないのです。
「お母様‼」
思い通りにならない憤りをぶつけるかの様に、マーメイアさんが叫びます。
マーメイアさんにしてみれば、老化現象という美貌を維持できない環境に身を任せるのは忌避したいところですから、必死になりますよね。
母親の側に戻ってきたアレキサンドラさんも、苛立ちをキアラメイアさんに向けています。
何故に、キアラメイアさんが魔王様の意思を翻せると思っているのでしょうか。
もしや、キアラメイアさんの魅了特化に期待していますか?
それですと、必要なのはキアラメイアさんの魅了特化だけにあると言っているにも等しいのですけど。
「キアラメイア、発言を許可する」
「はい、魔王様」
魔王様の言葉に、素直に従うキアラメイアさんは、漸く身内に向き合いました。
ですが、ルーチェさんを見ていたような冷徹な感情が、一気に失せた眼差しをしています。
とても、身内に見せる眼差しではありません。
「マーメイア。わたくしの元から巣立ち、わたくしの忠告を嘲笑うお前を助ける気はありません」
「おかあさま?」
「アレキサンドラ。両性に産まれたお前には、哀れとしか思いませんでしたが。母親の陰に隠れて、男女の垣根なく享楽に耽るお前を助ける気はありません」
「お、お祖母様!」
「キアラメイア様。それは余りにも無情です。マーメイア様とアレキサンドラ様はお身内ではありませんか!」
「グスタフ。我が種族に産まれた異端の男児を戯れに弟子にしたのは、わたくしの間違いでした。お前ならば、マーメイアを正しき道に進ませられると期待しましたが、共に破滅を迎えるがいいのです」
キアラメイアさんが発した言葉は、マーメイアさん達が欲した内容ではありませんでした。
無機質なモノを見やる無感情な視線と、突き放す言葉に反応したのはトール君とアッシュ君でした。
私達年少組を守る位置にいてくれています二人は、顔を見合わせて言葉を発せず会話しています。
読心術ですね。
私が分かる範囲での会話では、
《おい、あの女がまともな思考回路で、自分の娘やらに最後通牒しているんだが》
《というか、あの女がおとなしく従順に、魔王に従っているのが気になる。あの女が魔王妃に執着しているのは、事実なのだがな》
《そうだよな。あの女が俺達に仕掛けてきた策略が行き着く先は、魔王妃にあった。まさか、娘を本気で見限る気でいるのかが分からん》
《この場では見放して、後で匿う気でいるかもしれんが。母に見せた激情との乖離が、激しすぎる》
《あれ、ルクスさんを取られた女の悪足掻きだと思ったが》
《それにしては、父に対する無反応が理解できん》
といった内容です。
トール君もアッシュ君も、キアラメイアさんを悪女だと決めつけていましたから、自身の野心の役に立たなくなった駒を惜し気もなく処分しているだけだと感じているのかもです。
〔セーラしゃま~。あの七尾の女性の方、嘘は付いてはいないでしゅの~〕
〔うん、おかしいの。セーラちゃんを夜這いしてきた魔力と一致しないの〕
〔どっちかといいましゅと~、あの少年の中に二つの魔力があるみたいに感じましゅの~〕
小型ポーチからちょこんと顔出ししたジェス君とエフィちゃんから意外な事を教えてくれました。
トール君の判断では、キアラメイアさんがアレキサンドラさんを操り、私を確保しようと企んだと睨みました。
けれども、前提条件が崩れてきています。
そうですよね。
キアラメイアさんは、一度も私を認識してはいないのですから。
私に拘ったのは、アレキサンドラさんです。
ええ?
混乱してきました。
魔王様の指示通りに、不完全な魔力封じを幾つも身につけているキアラメイアさんです。
魔王様には従順な方が、魔王妃に執着しているのは何故か。
鍵はそこに有りそうです。
「魔王様。発言の許可を頂きたいです」
「「「セーラ?」」」
無礼にあたりますが、挙手して見ました。
トール君とアッシュ君とラーズ君が、私を見ました。
何をと思われているかもですが、魔王位に関する争奪戦に巻き込まれたのは私です。
少しぐらいの我が儘は許されると思います。
「構わぬ。許可する」
「ありがとうございます。魔王様。では、キアラメイアさんに質問をお許しください」
「よい。キアラメイア、賢者殿の弟子に嘘偽りなく答えよ」
「はい、魔王様」
魔王様の許可がいただけました。
そこで、キアラメイアさんか私を認識してくれました。
やはり、何の感情も湧いてない瞳が、虚しく私を映します。
ああ、やはりこの方は。
「キアラメイアさんにお聞きしたい事が数点あります。先ずお聞きしたいのは、キアラメイアさんは、お孫さんに魔王位を継がせたいですか?」
「いいえ。アレキサンドラに魔王位を継がせる気はありません。あれが魔王位に就いたら、魔王領は荒れるしかありませんし、就いた瞬間に殺します」
「お祖母様、貴女はいつもそうだ。ぼくを認めず、欠陥呼ばわりで見下す。ぼくだって、いつまでも子供ではない。必ず、見返してやる」
「発言の許可のない方は、静かにしてください。今は、私とキアラメイアさんしか発言の許可はないのですから」
「お前も、そうだ。ぼくを認めない。絶対に、許す訳にいくものか」
「魔王様。申し訳ありませんが、自分が偉い、特別な存在だと勘違いしているお子様を黙らせてもよいですか?」
「構わぬ」
「では、アッシュ君かトール君。静かにさせてください」
魔王様の言質は取りました。
お二人、どちらかに実力行使してくださいな。
リーゼちゃんに頼むと、後片付けが大変ですから、お願いしますね。
にっこり微笑んで見せると、アッシュ君が嘆息してアレキサンドラさんに【沈黙】の魔法を何重にも重ねてかけてくれました。
これで、外野は片付きました。
再び、キアラメイアさんに向かい合います。
「次にお聞きしたいのは、キアラメイアさんは私に関心がないことです」
「ええ、ありません。森と海の妖精族の混血たる貴女に、わたくしが望むことはありません」
視線が物語っていましたから、分かりきったことでした。
これで、トール君達も分かる筈です。
キアラメイアさんが、私を狙ってはいないことを。
「では、本題に入ります。キアラメイアさんは、ルーチェさんが魔王妃になるのを厭いますか?」
「……」
「キアラメイア、答えよ」
「はい、魔王様。わたくしは、ルーチェ殿が魔王妃になるのを厭います」
「それは、貴女が魔王妃になりたいからですか?」
「……」
「キアラメイア」
魔王様の催促に、キアラメイアさんは躊躇いを初めて見せました。
僅かに視線が彷徨い、泣きそうに歪みます。
ですが、それが分かるのは視る事に特化した私だけでしょう。
外野の皆様には、キアラメイアさんが無表情で沈黙しているだけとしか認識できてはいないでしょう。
だから、私は発言します。
キアラメイアさんが、魔王妃に執着していると見せ掛けて秘匿したい事実を。
「キアラメイアさんが、ルーチェさんを魔王妃にしたくはないその理由は、魔王様のお妃様であったフェリシア様の痕跡を失いたくないからですよね。キアラメイアさんが、身を呈してまで、悪評がつくのを恐れずに懸命に死守したかったのは。フェリシア様の名誉だったのですね」




