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第18話

「おおう。息子にその友人の賢者殿。それに、可愛い孫達よ。壮健であったか?」


 アッシュ君のお父様たるルクスさんが、にこやかに挨拶をされてきます。

 なぜか、ルクスさんの中では、私達年少組は孫の扱いなのです。

 私達は猫可愛がりされていて、よくお土産をいただいています。

 アッシュ君という成人男性が息子にいるとは思えない三十代くらいの外見をされていて、私と同じく金と銀のオッドアイの持主さんです。

 一人放浪するだけあり、適度に筋肉がついた頑健な肉体に、誰もが振り替える美形な顔付きをされています。

 粉かけを嫌い、美貌を隠す魔導具の黒い硝子の丸眼鏡をかけて、三枚目を演じてられています。

 いつもなら、両手を広げて私達に抱き付きに来るのですが、生憎と今回はそれができません。

 何故なら、金髪碧眼の美女に、ルクスさんの襟首を握られているからです。

 ルクスさんは、美女に引きずられ謁見室に現れたのです。


「父よ。この期に及んで逃げ出す気でいたのか」

「いやぁ。だって、魔王のおじさんからの呼び出しだなんて、十中八九碌なことがなさそうだからね。無視してたら、ルーチェに捕まったんだ」


 きらりと、白い歯を見せるルクスさん。

 襟首を掴んでいる美女、ルーチェさんはアッシュ君のお母様の神族さんです。

 下界には滅多に降りられませんが、数年に一度の回数でお会いしたことがあります。

 寡黙でクールビューティーといった方で、あまりお喋りはされませんが、神界のお土産をやはりいただいていたりしたので、嫌われてはいないと思います。


「ルーチェが下界に降りるだなんて不思議に思ったけど、おじさんの仕業だなんて驚いちゃったよ」

「依頼された。それで、降りた」

「うん。いきなり捕まって、有無を言わさずここに連れて来られたんだよ」

「急ぎである。猶予は無し」

「まあ、おじさんがアッシュの宝とか云々宣伝してたのは知っていたからさぁ。てっきり、アッシュが継ぐのかなぁって思ったんだけどね」

「息子、無理。諦めよ」

「ほら、ルーチェがこんなだから、逃げたいんだけどねぇ」


 ルーチェさんは、リーゼちゃん並みに意志の疎通がしがたいのですが、ルクスさんには通じているのですね。

 ルクスさんが転移魔法を展開しようとする度に、ルーチェさんが打ち消すを繰り返しています。

 似た者夫婦さんです。


「ルクス、ルーチェ殿が言う通り諦めよ。我の後を可及的速やかに継ぐが良い」

「妃はどうするんです? まさか、あれを据えますか?」

「神界と話はつけた。ルーチェ殿が復縁してくださる。ルーチェ殿には申し訳ないが、次代も産んでくださるそうだ」

「おや。ルーチェは、それでいいのかい。アッシュを産んで、体調を崩しただろう。君の存在を掛けてまで、魔王にはなりたくはないよ」

「アッシュは存在が特別。世界神様の力の欠片を抱く。単なる魔人を産む祝福は頂いた。魔神様も、魔王領を案じておられる。それに、ルクスの側は居心地が良い。この身に、澱みが発生したら、孫娘の薬がある。余生をルクスの側で過ごしても良し」


 ええと。

 ルーチェさんがルクスさんとの間に産んだアッシュ君は、世界神様の指示があったからです。

 神族と魔人族との混血で、神魔という存在を世界に誕生させなくてはならない事情がありました。

 ただ、今現在のアッシュ君は神魔という力を上手に使えなくて、二重人格みたいな二面性を抱いています。

 神族のアッシュ君は潔癖過ぎて、他者を労る性質がないのです。

 私に固執しているのは、世界神様の意向が少なからずあるからと思われています。

 神族姿のアッシュ君は、天人族のトール君でも手を焼く問題児であり、誰も手綱をとれない暴れ馬だったのです。

 それが、豊穣神の神子である私にかしずいた。

 豊穣神のお母様も、問題児が私の傍らににいるのは、親心としては寄せたくはなかったみたいです。

 しかし、声高に反論がされてないのを鑑みると、世界神様の意向が多大に含まれているからに他なりません。

 魔人族のアッシュ君も、半身が私と契約して半休眠状態になっていると力が安定すると言っていました。

 息がしやすくなったとも言っています。

 アッシュ君自身ですらもて余す過剰な力をその身に宿したらルーチェさんが、体調を崩したのも分かります。

 ルクスさんとの婚姻関係解消も、体調を崩したルーチェさんが神界に引きこもり安静にしなくてはならなかったのが正しい事情です。

 回復したルーチェさんが、ルクスさんと復縁するのは歓迎されます。

 だって、ルクスさんが語るルーチェさんのお話には、アッシュ君を誕生させるだけの婚姻関係ではなかったと充分に理解させられています。

 また、ルーチェさんも下界に降りてもいいと思うほど、ルクスさんを慕う素振りが見えます。

 これでしたら、魔王の血脈を受け継ぐ次代が、産まれてきそうです。

 それに、ルーチェさんが体調を崩したら、私の薬で回復させればいいのです。

 頑張ります。

 今なら、素材集めに苦労するだろう仙薬(アムリタ)にだって、挑戦して見せます。

 俄然やる気に満ちて来ましたよ。


「セーラ!」


 不意に、リーゼちゃんが私を抱えて、その場を飛び退きました。

 眼前を、私がいた位置を貫いて銀の閃光が疾りました。


「よっと。危ないなぁ。キアラメイラ、うちの孫娘が怪我したらどうしてくれるかなぁ」


 銀の閃光、短剣を体勢を戻したルクスさんが受けとめます。

 ルクスさんが受けとめなかったら、私を貫きルーチェさんの眉間を正確に貫いていたでしょう。

 リーゼちゃんが、私を背後に庇います。

 ラーズ君もカバーする位置に付きました。

 短剣を投げたのは、魔王様の腹心女性に案内された優美な玄い七尾を持つ玄狐族の女性でした。謁見室の入り口にて、佇む女性の姿に一瞬見惚れてしまいます。

 傾国の悪女。

 成程、トール君がしかめっ面で呟くだけあり、その女性は注目を集める美貌をし、メリハリのある身体付きをしていて、自分を上手に飾り立て、ルーチェさんを凌ぐ美女でした。

 どこか、庇護欲を抱かせるたおやかさを醸し出し、存在するだけで異性を惑わす雰囲気に包まれていました。

 ラーズ君も、呑み込まされるみたいで頻りに頭を振っています。

 カランと、乾いた音がしました。

 見やると、謁見室の扉番たる兵士が得物を落とした音でした。

 間近に接する傾国の魅了にかかり、呆けた表情をしています。

 アッシュ君の義妹さんの甘ったるい魔力とは、比べるのが烏滸がましい段違いの魅了です。

 恐ろしい事に、魅了魔法ではなく、美女さん自身の漏れ出す魔力だけに囚われているのです。

 美女さんが本気で魅了魔法を使用したら、私達でも抵抗できるか分からなくなってきました。


「キアラメイラ。我の前に有る場にて、魅了はするなときつく咎めたが、破りおるか」

「……申し訳ありません、魔王様」


 うわぁ。

 声ですら、あらがい辛い魔力が素で乗っています。

 流石に、魔王様は虜にはなる処か諌めてくれています。

 傍らの護衛の騎士さんも、警戒して対抗魔法を展開し出しました。

 幾重にも重なる結界魔法が、魔王様の周辺に築かれていきます。

 私達の側にアッシュ君とトール君が来てくれて、対抗魔法を展開してくれました。


「先生、兄さん。済みません。僕では力不足です。使い物にならないと思ってください」

「まさか、あの女自らお出ましになるとはな。暫く、見ない間に益々厄介さが増しやがった」

「九尾に至らないだけ、ましだな」


 幻獣族の、狐族で九尾。

 かつて、幻獣界を席巻した希代の妖狐の再来でしょうか。

 幼い頃に寝物語に語られた、魅了に特化した妖狐に世界の大半が掌握されかかり、退屈をまぎらわす為だけに幾万の種族が滅亡に至った。

 神族をも喰らい、力を得て亜神に至り、神殺しの誕生に繋がった過去話。

 両親に対する帝国への復讐に力を得ようとしたラーズ君への縛めでもあったお話が、頭の中をよぎります。


「キアラメイラ。我が与えた魔封具は如何した」

「魔王様との取りきめ通りに、この身に」


 白い繊手の腕が晒されました。

 その両腕には、多数の魔封具の腕輪がありました。

 きちんと効果は発揮して、魔力を封じ込めているのが視えました。

 それでも、漏れ出す魔力という名の色香に、魅了されている兵士がいます。

 キアラメイラさんの総魔力に、魔封具が対応していないのが分かりました。

 腕輪を鑑定してみますと、刻まれた魔封じの陣が甘い作りになっているのが視えました。

 腕輪事態が、キアラメイラさんに適応した作りではないせいで、完全に効果を得ていないのです。

 それでは、魔封じの意味が成さないです。

 指摘した方が良いのでしょうか。

 逡巡していると、謁見室の入り口に更に人が増えてきました。


「お母様。先に駆けて行かれてどうなさいましたの?」

「お祖母様。僕が魔王位に相応しいと選ばれたのが、そんなに喜ばしいことでしたか?」

「若君の晴れ舞台に、はしゃがれましたか?」


 アッシュ君の義妹さんと甥っ子さんと、その取巻きさんです。

 義妹さんは、魔素溜りに障りがあり、薬が必要なほど伏せっていたのではなかったのでしょうか。

 拝見する限り、元気な様子ですけど。


「マーメイア、アレクサンドラ、魔王様の御前です。拝謁に相応しき礼をなさい」


 あれ?

 いきなり、短剣を投げたのは何方でしたか?

 まだ、謝罪もないのですが、どうなりましたか?

 疑問が沸きますが、キアラメイラさんは魔王様には従順な態度でいます。

 あまり、トール君が嫌う程の悪女ぷりがないせいか、どうも毛嫌いする気分がありません。

 リーゼちゃんは、巻き添えで私が攻撃されたからか、敵意を剥き出していますが、私はそんな気になれないでいます。


「あっ、お祖父様。っと、お客様? ああ! アッシュ伯父様と妖精族。やっと、僕の為に来てくれたんですね。ありがとうございます。これで、僕が魔王位を継げます」

「まあ、お兄様。改心してくださったのね。ふふっ。わたしのアレクが魔王だなんて、何て喜ばしいことでしょう」


 感極まってなのか、周りを見ないのはどうかと思いますよ。

 喜びに浸る親子と取巻きさん以外、謁見室にいる者はしらけた表情をしています。

 魔王様の御前で、騒がしくするのは無礼ではないでしょうか。

 といいますか、義妹さん。

 父親だと思わされているルクスさんを認識していないですよね。

 そして、母親が敵意を顕にした眼差しで食い入るように、ルーチェさんを見ているのも分かっていない。

 また、魔王様も覚めた眼差しで観察しているのも、気にしていない。

 謁見室が、物理的に冷えていっているのを、理解していないですよね。

 脳内がお花畑な方々には、早く退場していただきたいものです。


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