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第17話

 懸念されていた案件が起きました。

 偽称クロス工房の店舗から、ほの冥い魔素が溢れだしたのです。

 魔王様のお膝下な魔王都での魔素溜り発生に、付近は大混乱に陥りました。

 ですので、我が本家クロス工房は、魔素溜りに触れて魔力回路に乱れが生じて体調を崩す住人に、無償で回復ポーションを提供しました。

 間借りしている店舗に群がる住人の中には、転売目的な愚かな住人もいましたが、魔王様直属の警護隊により捕縛されました。

 ちょうど、私にお呼びだしが掛かった処に居合わせたのです。

 ご愁傷様でした。


「悪いが応じられない」

「どうしてですか。魔王様の命に従わないとは、不敬です」

「勘違いするなよ。俺達は魔王都の住人ではないし、魔王領の住人でもない。ただの、出稼ぎだぞ。命令されるいわれはない」


 魔王様の腹心さんが私を招聘するのをトール君は断りました。

 アッシュ君が不在な中で、敵陣にも等しい場所に行くには異論があります。

 魔王様が出した次代の魔王位争いに、私を利用した経緯を問題視しないのは、どうしてでしょうか。

 腹心さんが連れてきた警護隊に、リーゼちゃんとラーズ君が警戒しています。

 有無を言わさずに、連行するのが目に見えています。

 ジェス君とエフィちゃんも、威嚇の唸り声をあげています。

 警護隊からは捕縛をしやすくするために、状態異常を誘発する魔法が行使されてきました。

 バチンバチンと、トール君が展開する対抗魔法が火花を発生しています。

 腹心さんの魔人族さんからも、麻痺を誘発する魔法が行使され、無効化されていきます。


「あんた等、ここに何をしに来やがった。事の次第では、ただじゃ済まさないぞ」

「黙れ。貴様等は、魔王様の命に従わない不遜な輩だ。捕縛しろ」


 短気な腹心さんです。

 魔王様の威を借る方と見受けられます。


「ですが、捕縛魔法が効いてはいません」

「それから、魔王様からは丁重に同行を願うと申し上げられています。これでは、犯罪者扱いになってしまいます」


 トール君の威圧に動けない警護隊は、私達を捕縛するには躊躇いがあります。

 魔素溜りを調律する神子を頼りにしたい魔王様ですから、私達が反感を持たないようにしなくてはなりません。

 力ずくでの連行では、意思の疎通ができなくな

 りますよ。


「マーメイア様が、魔素溜りにより体調を崩されたのだ。早く、苦痛から解放させなくてはならん。早く、捕縛しないか!」

「あ゛あ゛っ?」

「はっ? 違う、魔王様の命だ」

「あの女絡みかよ。魔素溜りを発生したのは、自業自得だろうが。何故に対立する俺達が、助けないとならないんだか」


 どうやら、腹心さんは義妹さんの味方らしいです。

 本音が出てしまっています。

 そう言えば、回復ポーションを無償で提供する際に、一人で有るだけのポーションを求めていた獣人族の方がいましたよね。

 ポーションに群がる群衆に顰蹙を買い、最低の数だけ渡したきりですが。

 有るだけと強請る他者もいましたから、独り占めは厳禁にしたのでした。

 転売しようとすると私達の元に返還する機能付きのポーション瓶ですから、所有者が代われば自ずと返ってくるのです。

 少なからず、悪どい事をなす方もいるのが現状です。

 ポーション瓶に逃げられた悪どい方が、怒鳴り込んできましたが、事実を広めたらその方が悪事を働いたと話が広がるだけでした。

 また、中には偽称クロス工房の周辺の工房から、賠償金を支払うように詰め寄られてもいました。

 けれども、偽称クロス工房と本家クロス工房とは、関わりがないのです。

 そうした手合いは、論破して帰っていただいています。


「マーメイア様が大変な事態に、助ける気はないのか」

「ないね。自滅してくれて、大助かりだ」

「貴様!」


 いつになく挑発するトール君に、腹心さんは顔色が真っ赤になっていきます。

 トール君。

 鬱憤が溜りにたまっていますね。

 偽称クロス工房を潰すだけでは、済まなくなってきています。

 激昂する腹心さんは、短剣を懐から出して抜きます。

 私の眼には、禍禍しい魔力がまとわりついているのが視えました。

 トール君も感じて、右手を払います。


「なっ⁉」


 腹心さんの手から短剣が飛び出し、宙に浮きました。

 如何にも仰々しい造りの短剣は、真っ黒な魔力を発生させています。


「あんた、よく邪に染まった短剣を所持していられたな」

「なっ、何で?」


 腹心さんも気づいて、後退りします。

 宙に浮く短剣は腹心さんから一定の位置に付きまとい、距離を開けます。


「あの女にいいように言われて、褒美だとでも思っていたのか? どうやら、この短剣は所有者を邪に染めて、自分の意思が無くなる傀儡にする様に調整されているぞ」

「そんな。この短剣は、忠義に厚い者に与えられる聖属性の加護が籠められている筈なのに」

「聖属性だなんて一欠片もないぞ」


 はい、属性は聖ではありません。

 状態異常をもたらす、魅了魔力が付随しているだけです。

 短剣の柄に填まる紅玉(ルビー)には、禍禍しい術式が刻まれています。

 恐らくですが、私達が見る短剣と腹心さんが見る短剣の形は違って見えているのでしゅう。

 でないと、気軽に持てる短剣の造りではないですから。


「マーメイア様。何故ですか、私は貴女の忠実な(しもべ)ではないですか」


 とうとう、義妹さんの僕と認める発言が出てきました。

 魔王様の近隣に、こんな人材がいる。

 魔王様の求心力が低迷していると思われるのか、義妹さん側の人材が台頭してきたのか判断がわかれます。


「魔王の腹心が、魔王位に固執する女の下僕にすりかわっている。益々、魔王の本心が分からなくなってきたな」

「それを、知りたいのなら、魔王城に来ていただきたいですね」


 私達を捕縛するのを躊躇う警護隊を押し退けて、新な魔人族の女性さんが現れました。


「アッシュ?」

「ああ、ただいま」


 同時に、アッシュ君も帰還しました。

 魔人族の女性さんは、先の腹心さんを一瞥して頭をさげられました。


「同輩が無礼を働き申し訳ありません。魔王様は、忠義に厚い腹心がマーメイア様の腹心に成り下がったのを、皆様に知り得て欲しくて彼を寄越しました。また、私には彼の監視を命じられております」

「彼女は、父の従兄弟の娘にあたる。あの女たちとは対立しているし、魔王の正統な腹心だ」

「最初から、あんたが出てきたら拗れずに済んだな」


 トール君が、チクリと嫌味を放ちます。

 私達も同感します。

 いくら、現状を知って欲しくても、やり方は間違っていたのでは?


「それについては、謝罪するしかありません。しかしながら、皆様に納得していただくには、手が有りませんでした」

「魔王のじいさんも、耄碌したな」

「はい。確実に、全盛期の魔王様ではなくなっており、すぐにでも次代様に継いでいただかなくてはなりません。皆様もご承知の如く、魔王様のお膝下での魔素溜り発生です。緊急事態であると認識してくださいませ」

「トール。魔王城に登城するぞ。そこで、話がある」

「子供たちは?」

「無論、連れていく。あちらも、勢揃いしているからな」

「……分かった。引導を渡すんだな」


 アッシュ君とトール君の視線がぶつかりあいます。

 二人とも、覚悟を決めたかの様子です。

 今日まで、偽称クロス工房をのさばらせてきた。

 義妹さんを放置してきた。

 結論を出すのですね。


「悪いが、回復ポーションは託すわ。任せていいか?」

「はい。私どもが、責任をもち配布して参ります。今、あるだけの回復ポーションを配り終えたら、ご連絡致します」


 犬人族(コボルト)の商人さんに、綜回復ポーションがたんまり入った魔法鞄(マジックバッグ)を託します。

 アッシュ君配下の方なので、安心して託せます。


「では、移動は任せて貰おう」


 アッシュ君が指を鳴らすと、転移陣が足元に展開します。

 私達クロス工房組みと、腹心さん達と警護隊を飲み込んだ大規模転移陣は流石です。

 あっという間に、景色が換わりました。


「何者か!」

「ご安心ください。クロス工房の方々にございます」


 移動先は、魔王城の謁見の間でした。

 忠義に厚い護衛の方に、誰何されて女性さんが

 答えました。

 武器に手をかけた護衛の方々が、見知った顔を見つけて、魔王様の指示を仰ぎます。


「うむ。アッシュの転移魔法であるなら、容赦なく我の結界を越えような」


 警戒していた魔王様も、安堵の息を吐き出して椅子の背凭れに背中を預けます。

 片手をあげて、護衛の方々を下がらせました。


「西はどうであったか?」

「魔素溜りで幾つかの集落が壊滅した。二種族は、北に逃がした。一種族が飲み込まれ、間に合わなかった」

「怨嗟の声は、我も聞いた。厄介な怨みを買わせて済まなく思う」


 前回お会いした魔王様は壮年の方にお見受けしましたが、あれから時は数年しか立ちませんのに、一気に老け込んだみたいな老成した姿をしておられます。

 深い皺と嗄れ声で、覇気がありません。


「森と海の妖精よ。我の衰えに驚いておるかな」

「凝視して、申し訳ありません」

「構わぬよ。そなたには、無茶を強いた。我がそなたを引き合いに出したのは、アッシュとルクスに自覚を促したかったからである。我の後継には、その二人しかおらんでな」


 ルクスさんは、アッシュ君のお父様です。

 魔王位に一番近い方になりますが、嫌って逃げている方でもあります。

 魔王様のご子息は既に、後継争いからは脱落しています。

 義妹さんの虜になり、魔力を多大に減少してしまっていました。

 それから、義妹さんの息子さんは、魔王位に相応しくない事態になっています。

 野心家な祖母の操り人形になっていますから、魔王位は遠ざかりました。

 ですが、諦めてはなさそうです。

 魔王様ははっきりと、後継を定めていました。


「アッシュ。我の後を継ぐか?」

(いな)。おれの前に相応しき人材がいる」

「で、あろうな。では、アイラ。ルクスを連れて参れ。それに、義娘たちもな」

「承知致しました。御前、失礼致します」


 腹心の女性さんが、見事な礼をして謁見の間を出ていかれました。

 ルクスさんの居所が分かるのでしょうか。

 確か、南国にいるのでしたよね。


「父は確保済みか」

「一度は、逃げおったがな。ルーチェ殿に、捕まえて貰った」

「母が、下界に?」

「うむ。魔王位争いにな。天界でも話題に昇る事案であり、看過できぬと協力をとな」


 あら、アッシュ君のお母様まで、魔王城にいるのですか?

 それは、義妹さんの母親と一騒動ありそうなのですけど。

 会わせて大丈夫なのでしょうか。

 波乱な一幕になりそうですので、肝が冷えてきました。

 泰然としているリーゼちゃんが、羨ましいです。


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