第15話
トール君に喧嘩を吹っ掛けてしまった冒険者さんの、強制空中演舞は数分間続きました。
「トール。そこで、止めておけ」
騒ぎを聞いて帰宅したアッシュ君が、、トール君を制止して漸く解き放たれた冒険者さんは、地面にへたり嘔吐の連続です。
貰い汚れにならないように、人垣が広がります。
まあ、お馬鹿な冒険者さんは汚物まみれで、警ら隊も連行したくなさそうです。
「リーゼ。水をぶっかけろ」
「了承」
いまだ、噴飯極まるトール君が、リーゼちゃんに指示をだします。
水を運ぶ労力を嫌い、リーゼちゃんは魔法で水を呼び出します。
ぶっかけろと言われたからか、容赦ない水の勢いで冒険者さんに襲いかかっていました。
水量がかなりの圧になっていて、冒険者さんは地面に五体投地する形になりました。
声もなく、なすがままでいます。
リーゼちゃんが操る水は、人垣には触れることなく、下水道にながされていきます。
そう言えば、下水道といった仕組みはトール君のお父様の残した技術であります。
ミラルカには下水道を流れる汚水を浄化する施設もあり、警ら隊の巡回も厳しくなっています。
リーゼちゃんのドラグースに里帰りに同道したとき、下水道の施設がなくかなり匂いが臭かった記憶があります。
貴族の館のおトイレ事情には、その都度浄化魔法を発動させる魔導具を使用しないとならなくて大変でした。
半人前で魔導具を起動させることが出来ない場合には、専用の使用人が浄化する役割を担います。
他人に後始末を任せないとならないなんて、地味に嫌でした。
ミラルカの快適な生活に戻れてほっとしました。
話がずれました。
「セーラ」
「はい」
覗き見がばれているのは、リーゼちゃんに指示をだしたから分かっているのでしょう。
アッシュ君に呼ばれましたので、表に出ていきます。
保護者様が二人いますし、リーゼちゃんとラーズ君もいますから、そうそう私を狙うお馬鹿な方はいないでしょう。
あっ、ジェス君とエフィちゃんも警戒をしてくれています。
気を抜かない程度で、アッシュ君の側にいきました。
「許す。こいつらを人物鑑定にかけろ」
「はい」
トール君も自称クロス工房の嫌がらせか疑っていましたから、背後関係を知る為でしょうか。
滅多に言われない人物鑑定を、かなり深目にしてみました。
▽ステータス
人名 トリスタン=ハインツ
種族 魔人族
年齢 128歳
性別 男性
状態 魅了 操心 呪詛
ステータスダウン 意志薄弱
スキル封印
所属 魔王直属諜報員
見たままのステータスをアッシュ君に伝えました。
やはり、魅了されていました。
それに、呪詛までおっていますが、なにより驚かせられたのは所属にあります。
魔王様直属の諜報員とあります。
まさか、状態異常に掛かりにくい体質やスキルを所持したエリートがなれるお仕事だと聞いた覚えがあるのですが。
魅了されてしまい、工房を貶める要員にされて
います。
あのお花畑なアッシュ君の義妹さんではなく、本命の母親さんがでばってきたのかもです。
「こりゃ、中級でも治せないか。セーラ、特級万能薬のパナケアをくれ」
「否。店の、鍵つき、戸棚」
「そうですよ。先生、間違わないでください。パナケアはメル先生しか調薬できないのですから」
「あ? おおう、そうだった。悪い、セーラはまだ特級は調薬出来なかったな。メルと混同した」
解放された冒険者さんに中級万能薬を飲ませていたトール君が、迂闊な発言をしてしまいました。
私が特級の調薬を成せるのは未だに秘密になっていて、工房と冒険者ギルドに卸している特級関連のポーションはメル先生が作製していると思わせているのです。
特化型のポーションと特級ポーションの違いは、単純に効果の違いにあります。
私が特化型を調薬出来ただけでも騒がれ、勧誘が酷かったのです。
商業ギルド専属にとか、商会専属にとか、酷いとレシピだけ寄越せとか、悪どい面々が押し寄せてきました。
外見が幼いからか、少し威圧的に脅せば言うことを聞くと思う勘違いな方が多くいました。
そうして、私の身を案じた保護者様方が、特級関連のポーションはメル先生作だと偽り、今に至ります。
「いや、勘違いもそうだが。メルが持たせてなかったか?」
「それなら、預っています」
トール君の小芝居に、乗じます。
小型ポーチから白金の瓶に淡い色合いの
万能薬を取り出します。
「ん。じゃ、対価な」
手渡しますと、対価の金貨が返ってきました。
一本二十万ジル。
しめて、六十万ジルになります。
どうしましょう、臨時収入が入ってきました。
また、貯蓄に回してしまいましょうか。
それとも、先日リーゼちゃんとお買い物にいけなくなりましたので、お買い物にでもいきましょうか。
狙われている私が町中に出てしまったら、騒動が起きそうな気配がしますが、多少のストレス発散にはよいかもです。
あっ、そうです。
ジェス君とエフィちゃん用に、遊ぶ玩具とか買い求めてもいいかもです。
「ぐああっ」
「うぐぅ」
情け容赦なくトール君が、騒いだ冒険者さんに万能薬を飲ませていきます。
ついでに、精神浄化の魔法を重ねがけして呪詛を解除していきます。
決して、万能薬が苦いのではありません。
お子様でも安心して飲める味に、苦心して作製していますから、浄化で苦しいのだと思いたいです。
「おれを認識しているか?」
「あ、ああ。賢者様、……大変申し訳ありません」
「……ああ、助かった。自分が制御できないのは、辛かった」
「アッシュ様。監視者の術中に填まり、諜報員失格ですね」
状態異常を解除された冒険者さんは、横柄な態度ではなくなり、謝罪をしていきます。
特に、諜報員の方は、土下座に近い型で正座をして頭を下げています。
アッシュ君とは、顔見知りだったみたいですね。
「あんたら、自分が何をしていたか自覚はあるのか?」
「あります。ただ、魔王都のクロス工房を探る為に工房に入店してから、おかしくなっていったと思います」
「賢者様が、魔王都のクロス工房とは縁もゆかりもないと通告してからも、あちらは名を改めずにいました」
「確かに、ミラルカのクロス工房で修行してはいる。間違いはないのだと、宣っておりました。自分は、魔王様の腹心から探る用に命じられ、仲間と供に何度か通いました」
諜報員さんは名工の作だと偽る剣を買い、冒険者ギルドで受けた依頼を達成できなかった。
やはり、偽りであると信じて、仲間が負傷したと偽装して工房に苦情をあげに行ってから、状態異常にかかってしまったそうです。
仲間と工房で騒いでいると、妙齢の獣人の女性が現れ、七尾の尻尾を見た瞬間に自分が虜になったと自覚をした。
けれども、状態異常に耐性がある自分がと驚愕しているも、別な人格が身体を動かし発言する。
命じられるまま、ミラルカのクロス工房で騒動を起こしてしまった。
事の顛末を語る諜報員さんは、嘘を言ってはいません。
トール君とアッシュ君に敵対する意思はなく、騒いだ事を頻りに謝罪していました。
「アッシュ」
「ああ、花畑な女でなく、本命が動いたな」
「ちっ。最近は本拠地に引き込もっていたそうだが、本格的に動き出したな」
「昨日、魔王が偽娘や孫がクロス工房に押し掛けたと話したら、頭を痛めていた。二人を呼び出して、他者を利用し、使い潰すやり方に説教していたがな」
「あちらの言い分が分かるな。どうせ、一般庶民は自分らが優位に立つ駒か、道具扱いだろうな」
「ああ、見下した発言に、怒っていた。そして、魔王位には相応しくはないと判断した。それを、聞き付けて、自らが動かざる負えなくなったのだろうな」
腹立たしいと、トール君が吐き出します。
謝意を述べた諜報員さん達でしたが、騒動を起こしたのは事実です。
警ら隊に一時預かりになりました。
副主任さん達警ら隊の指示に素直に従い、警ら隊の詰め所に行かれました。
野次馬さん達も散り散りになりました。
一応は騒ぎの原因になりましたから、ご近所さん達には謝っておきます。
皆様、気にするなとの声を掛けてきてくれました。
そうして、また居住区のリビングに戻ってきたのです。
リーゼちゃんが新しいお茶を淹れ直してくれました。
テーブルにランチョンマットを敷いて、ジェス君とエフィちゃんを乗せます。
二人には、温めのミルクが出されます。
「はあ。通告だけでは、駄目だとつくづく理解した。商業ギルドにも、同名の商会は登記しないようにしたのだが、尽く無視をしてきやがる」
「まあ、本家を名乗らない分別はあるみたいだが。たかが、見習いのなりそこないが、随分と荒稼ぎしているな」
「商標も真似ているらしいからな。クロス工房の名を騙り金儲けする、紛いものを世にだしてクロス工房の名を貶める。魔王都には、商品を卸さないことにする」
「ですが、先生。それですと、益々あちら側が荒稼ぎするのではないでしょうか」
「ラーズの懸念も理解している。魔王都の卸す先には、自称クロス工房に苦情を言えと逆に返してやる」
魔王都の商業ギルドにもクロス工房の商品を卸しています。
あちらは、自称クロス工房とは取り引きはしてはいない賢明さがありました。
魔王都の商業ギルドのギルド長さんは、はっきりと魔王都の自称クロス工房とミラルカのクロス工房とは関係がないのを通達して広めていただいています。
それでも、被害にあう人達が多くいました。
魔王都でクロス工房製を販売しているのは、アッシュ君の子飼いである商会が二店舗、商業ギルド推薦の商会一店舗だけになります。
契約時には、自称クロス工房とは取り引きはしない取り決めをしています。
ですが、商品を買い求めた人物から、自称クロス工房が買い取りをしている案件もあります。
それは、第三者を介した取り引きになってしまい、契約違反にはならないのが現況です。
だからと言って、商品を求めるお客様に販売しない訳にはいきません。
大半のお客様はまともな方々ですから、疑って販売しないとはなりません。
後手後手になってしまっているのが、頭の痛い事実です。
「それじゃあ、反撃してやるか」
トール君が、ばしっと握り拳を反対側の手のひらに打ち付けます。
その表情は先程とは違い、悪戯をする子供みたに輝いていました。




