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第14話

 どうして、英雄願望が強い人族は諦めが悪いのでしょうか。

 アッシュ君に初心者ダンジョンに放り込まれ、何も成果をあげれずに帰還した召喚者君達は、工房に出禁になったのですが、浅ましく懲りずにまた来訪してきたのです。

 勿論、工房は少年達の魔力波形を感知して、入店禁止処分にはなっています。

 少年達は商業ギルドから、入店に必要な割り札を買い求めています。

 偽物を掴まされたと、商業ギルドに突撃して暴れたそうです。

 商業ギルド長から、入店禁止処分を伝えて貰う手はずになっていたのですが、利に目聡い強欲なギルド幹部が割り札を横流ししていたのが判明しました。

 商業ギルド長はすぐに幹部を更迭して、クロス工房に恩を売った気でいます。

 トール君しか作製できない魔導具や、私が保有する調薬のレシピを開示するよう遠回しに言ってきていました。

 そして、あろうことか召喚少年達に高額で売り付けようとしているのです。

 アッシュ君の使い魔さんや情報屋さんの報告で、商業ギルドの有り様に頭が痛くなってきました。

 魔王位絡みの問題といい、商業ギルドの商魂逞しい姿勢といい、トール君の機嫌が悪くなる一方です。


「たかだか、日参するのを防いだだけで、レシピ開示するかっての」

「どこぞの国から調薬に長けた薬師を引き抜いてきたり、トールを気嫌う岩人族(ドワーフ)を招聘したりと忙しそうだな」

「あー、あいつ等かな。親父が残した設計図を盗むわ、読みときが中途半端で組み立て魔導具の欠陥を、俺のせいにしたりして悪びれない輩達か」

「魔王都の偽称クロス工房で、トールが作製した品々を自分の作製だと(うそぶ)いて、顰蹙を買っている馬鹿なドワーフだ」

「あいつの師匠は良い人柄だったんだけどな、急逝して工房を引き継いだあたりからおかしくなっていったんだよなぁ」


 昼食後のお茶を楽しんでいたはずでしたが、愚痴まみれになってきました。

 ドワーフは物造りに適した種族で、好奇心の塊でもあります。

 新しい技術に目がなく、知的好奇心が治まらずに、己の智識にするまで粘着する傾向にもあります。

 トール君がお父様の描いた設計図や語った便利な魔導具を開発すれば、工房に押し掛けて技術を盗もうとするのが丸わかりな態度で、技術を独占するなと押し掛けてきます。

 また、妖精族(エルフ)とは相容れない性質で、私を傷付ける発言ばかりします。

 一度鳴らず、何度でもリーゼちゃんに制裁をくだされたか、数えたくもなくなります。

 商業ギルドが彼等を招聘したのは、クロス工房の敵になるのを決めたのでしょうか。

 切磋琢磨して技術の向上を期待しているのでしょうか。

 水と油、不倶戴天の両者が歩み寄るには、不安しかありません。


「アッシュ、悪いが、セイとリックに使い魔を貼り付けといてくれ。工房のなかじゃ、二人が身を守るには心ともない」

「了解した。ギディオンやヒューバートには、単独行動を慎むように話をつけておいてくれ」

「ん。こっちも了解した。で、特にセーラはこれまで以上に警戒していろ。あの女らも、まだ何やら画策しているみたいだからな」

「はい、わかりました。決して、一人では行動はしません」

「今まで以上に、窮屈になるだろうが。我慢してくれ。済まないがな」


 トール君に頭を下げられてしまいました。

 トール君に責任はないのですが、クロス工房の名声や偽称クロス工房の知人がいる為に気苦労が絶えません。

 本日も、魔王都でクロス工房製の商品を買い求め、不良品だと苦情を言いにきたお客様がいます。

 偽称クロス工房の商品は、本店ミラルカのクロス工房から卸された品だと嘘をついて苦情のお客様を騙したのです。

 クロス工房に支店はないと説明しても、怒り心頭のお客様には言い逃れでしかなく、店の悪評を吹聴して閉店に追い込むと息巻いていました。

 こうしたお客様が増え始めている現在は、新規のお客様は入店させず、また注文も受けない方針に決めました。

 職人の皆様には迷惑かと思われましたが、長期のお休みができたて逆に喜ばれてしまいました。

 皆様、これ幸いにと自ら素材を調達に出払っています。

 ギディオンさんとヒューバートさんは、お弟子さんのセイ少年とリック少年を連れて課外授業になったと出掛けていきました。

 ただし、工房に嫌がらせがある以上、職人の皆様にも何かしらいざござに発展する案件があるかもしれないので、緊急避難の魔導具を手放さないように口を酸っぱく注意しています。

 まあ、皆様独自の対抗手段を持っていますので、過剰防衛にならないかと少し不安になります。


「あっ?」

「どうかしましたか?」

「工房、外。結界、弾かれた」

「今は昼休みの札を出しているのですが。また、苦情のお客様でしょうか」

「多分な」


 カップを持った手が止まったと思いましたら、トール君が溜め息を吐き出しました。

 工房の結界に弾かれたというのでしたら、問答無用で工房に入店しようとしていたのでしょう。


「外、騒いでる。近所、迷惑」


 リーゼちゃんも外の気配を察して、眉間に皺ができています。


 〔お外、店主出てこいって、騒いでいるよ〕

 〔あまり、いい空気ではないでしゅの~〕

 〔なんか、この間の女の人の魔力を感じるよ〕

 〔でしゅの~。まともな人ではないみたいですゅの~〕


 膝の上のジェス君とエフィちゃんが、警告してくれます。

 苦情を言いに来るお客様の大半が、魅了の操心にかけられていて、あちら側の嫌がらせが頻繁になってきています。


「セーラ。中級の万能薬を」

「はい、どうぞ」


 小型ポーチから万能薬を取り出し、渡しました。

 集団で来ているみたいで、十本近く渡しておきます。

 魅了状態を解除して、落ち着かせてから、事情を説明しないとならないので、大変です。

 念の為に、アッシュ君も同行して表にいかれました。

 ミラルカ随一の実力の持ち主ですから、油断しない限りは大丈夫でしょう。

 店舗区から、外を覗き見することにしました。

 渡しの周りには、ジェス君とエフィちゃんの認識阻害魔法がかけられ、幻惑を展開するラーズ君もいます。

 用意万端で、お店に行きました。


「喧しい。つべこべ言わずに、賠償すればいいんだ」

「こっちは、名工の作品で亜竜すら両断できると言われて、この様だ。仲間は片腕を無くした。たった一撃で曲がる鈍らを掴まされて、怪我をした。依頼も失敗、治療費と弁済金も出しやがれ」

「シャーリーは女だぞ。顔や身体に傷跡が残っただけでなく、片腕がないんだ。彼女の人生を台無しにした責任をとれよ」


 どうやら、偽物の武器を買わされて、障害が残る怪我をした女性がいて、お金目当てに騒いでいるとしか思えないです。

 鈍らを掴まされたのも、自分の目利きが悪かっただけでしょうに。

 義憤と怒りに任せて、クロス工房に苦情を言いにきただけではなさそうです。

 目的は、こうして騒いでクロス工房の評判を貶めることに重きをおき、お金をせしめる為でしょうね。

 騒いでいる集団に、あの甘ったるい魔力が絡み付いているのが視えます。


「あのなぁ。仲間が負傷したのは自己責任だろう。武器の真贋を見極める目がなかった。実力にあわない依頼を受けた。どれも、自らが招いた行ないだろうが」

「や、喧しい。そうやって、今まで煙に撒いて沢山の犠牲者をだしたんだってな」

「効果がさほどないポーションを販売したり、鈍らな武器を販売したり、随分と悪どい商売をしていたんだろうが。あんたらがした事は、魔王都で散々吹聴してやったからな。潰れてしまえ、こんな店……」


 集団は、魔人族と獣人族のパーティです。

 熊の獣人族の方が、何かを取り出して投げようとしました。

 けれども、アッシュ君が動く前に、常連のお客様である冒険者さん達が取り押さえました。

 クロス工房近隣には徐々に人垣が出来上がっていました。

 この辺りは職人の工房が集まる地区でしたから、思い思いの商売道具を手に身構えていたのです。

 麺棒や大きな鍋を所持しているのは食堂のご夫婦。

 かんなを所持しているのは木製家具を作る職人さん。

 革切り挟みや、鎚を所持している職人さんが迷惑な集団を冷やかに見据えています。

 そして、どなたかが通報したのでしょう。

 警ら隊も駆け付けてきています。


「お馬鹿さんが暴れても大丈夫だろうと思ったけれども。ギルド内で工房の入店割り札を騙しとり、ギルド内で暴行事件も起こしたお馬鹿さんを、引き取りにきたわ」

「近所の住人の通報で、出動した我々に取調べする権利がありますよ」


 冒険者ギルド長のイザベラさんと警ら隊の副主任さんとで、火花が飛び交う会話がなされています。

 ギルド内で暴行を犯した罪を裁いて、警ら隊に引き渡したらよいのではないかと。

 ただし、今の状況では、単なる騒乱罪とギルド内での器物破損罪と、比較的軽い罪にしかならないでしょうけど。

 罰金を払えば即日牢から出れてしまいます。

 そうなると、またクロス工房とギルドにて逆恨みで騒動を起こしそうですね。


「貴方達、魔王都で冒険者ギルド証を剥奪されているわね。それも、クロス工房の支店と偽称する工房で、武器を買う際には冒険者ではなかった。それなのに、どうしたつてで偽造証を手にいれたかは分からないけども、ミラルカで偽造証で依頼の授受をした訳ね。それは、立派な犯罪よ」

「う、煩い煩い。俺達はクロス工房の悪評を広めて潰すんだ」

「そうすれば、金が手に入るんだ。邪魔をするなぁ!」

「「うわっ」」


 取り押さえられていたお馬鹿さんが、馬鹿力を発揮して起きあがり、トール君に突進してきました。

 トール君の外見は細身で武道には明るくないと判断したのか、魅了状態にしたあちら側の意向で怪我を負わせようとしたのか、どちらかでしょう。

 しかし、身内や長い付き合いの関係者なら、悪手であると誰もが思います。


 あいつ等、終わったな。


 どなたかが、呟かれました。

 私もそう思います。

 果たして、お馬鹿さん達は


「阿呆が」


 トール君の一言で、宙に舞いました。


 可哀想なことに、高所恐怖症の方がいたらしく、盛大に悲鳴をあげています。


「いやだぁ。おろしてくれぇ」


 クロス工房に隣接する職人の寮は三階建てです。

 その屋根まで高く魔法で跳ばされ、宙にて洗濯用魔導具みたいにぐるぐる回されています。

 あれは、重力に逆らう時とと落ちる浮遊感とで、気分が強烈に悪くなる悪戯に対する罰でした。

 リーゼちゃんにはお遊びになっていましたが、私とラーズ君には不評で二度とやりたくない罰ゲームでした。

 あっ。

 一人が嘔吐しました。

 けれども、トール君は止めません。

 地味にお怒りだったのですね。

 こうなったら、私達も止めてはあげられません。

 お怒りが解けるまで頑張ってください。

 それしか、言えません。


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