第12話
育ち盛りのジェス君とエフィちゃんのお腹が鳴り、お説教は一時小休止となりました。
リーゼちゃんと厨房に籠り、慌てながらも手早く丁寧に朝食を作ります。
アッシュ君がいつ戻ってくるかは分かりませんが、念の為にも用意はしておきました。
今日の朝食の献立は、昨日の残り物のポトフにお野菜を足した野菜スープに、オムレツと厚切りハムのステーキ。
パンを焼く時間がなかったでしたから、ラーズ君にパン屋さんまで買い求めに行って貰いました。
私が狙われていますので、単独行動は厳禁です。
工房内でも、一人にならないように注意をされました。
魔導具が媒介になったとはいえ、トール君とアッシュ君が常時展開していた結界を越えて侵入されたのです。
警戒は十分にしないとならなくなりました。
「卵、足りない」
「ラーズ君に、卵もお願いすれば良かったでしたね」
リーゼちゃんに卵を割って貰っていました、人数分のオムレツには卵が足りない計算になりました。
〔ぼく、エフィと半分こするよ〕
〔はい、でしゅの~。エフィとジェス兄様は、半分こしましゅの~〕
〔代わりに、昨日食べたプリン食べたいなぁ〕
〔でしゅの~〕
厨房の端に置かれた籐かごの中で、仲良くジェス君とエフィちゃんは然り気無くデザートを催促します。
昨日、ある常連のお客様から長期の依頼を完遂したお礼に、滅多に手に入らないコカトリスという魔物の新鮮な無精卵をいただきました。
商人に売却すれば、かなり高額に買っていただける無精卵でしたが、愛用の武器の強化を頼みたくても現金が足りないから値引いてくれないか打診されたのでした。
商人に売却したお金でも足りないと判明していましたから、料理人を抱えるクロス工房なら商人よりも高値で取引できるかと期待してのことでした。
担当したセイ少年とリック少年では、常連のお客様の暗黙な取引に対処が出来なくて、其々の保護者にお伺いをたて、寮の料理長さんがいい値で買取りしました。
そのおこぼれで、幾つか私にも融通していただき、プリンを作ったのでした。
普通の鶏よりも濃厚な味わいでして、ジェス君とエフィちゃんは大のお気に入りになったみたいです。
プリンが余っているのを知っていて、要求してくれるのは甘えてくれるのですよね。
クロス工房に来た当初は、あまり文句も言わずに食べていましたし、好みの食材を言ってもくれてなかったですから、我が儘言ってもいいと進歩してくれています。
〔セーラちゃん。だぁめ?〕
〔セーラしゃま~。駄目でしゅの~?〕
いけない、無反応になっていました。
「駄目ではないですよ。オムレツ半分この代わりに、プリンをつけますね」
〔わーい〕
〔やったぁ、でしゅの~〕
声音が喜びに満ちています。
そして、籐かごからは出ない範囲で全身でも喜びを表していました。
ぴょんぴょん跳び跳ねるジェス君と、優美な鱗が七色に輝くエフィちゃん。
可愛らしいです。
食材が足りないハプニングもありましたが、無事に朝食を作りあげました。
食堂にて配膳している間に、ラーズ君もパンを手に入れてくれていました。
パン籠には種類が豊富なパンがありました。
リーゼちゃんとラーズ君は硬めなパンが好みで、私とトール君は柔らかなパンが好みです。
最近あるパン屋さん発祥の、惣菜パンが流行ってきているそうです。
パンの間にソーセージを挟むホットドッグも手軽に食べれると冒険者や各ギルド職員に好評です。
サンドイッチの具材も多岐にわたる様になってきています。
料理に携わる人間としては、新たなレシピが増えるのは喜ばしい限りです。
「ああ、それな。一部はセイによる発案だったりする」
食事中の会話で、何気なくパンの話題になりました。
惣菜パンを誉めてみましたら、トール君がさらっと暴露してくれました。
「セイの故郷だとな、いろんな惣菜を乗せたり挟んだりするパンが数多くあってだな。知人のパン屋の目玉になる商品を尋ねたら、分かる範囲で書き出してくれた。勿論、代筆はギディオンだがな」
「そういえば、馴染みのパン屋で購入したら、沢山おまけをいただきました。メレンゲクッキーとパウンドケーキだそうです」
「それも、セイのアイデアだな。お菓子関連は母親に手伝わされていたから覚えているそうだ」
まだ見ぬレシピがありそうです。
ギディオンさん経由で、セイ少年に譲っていただけるでしょうか。
「先生。セイ、仲間、どうしてる?」
分厚いハムステーキをパンケーキの山みたいに積んでいたリーゼちゃんが、半分ほど食べ進んだ辺りで切り出してきました。
帝国の自称勇者は聖人さんの比護のもとにいて、神国の召喚者は各自で動いています。
確か、ミラルカに派遣されてくるのでしたっけ。
トール君とアッシュ君は抜かりなく、情報を集めているのですから、動向も把握していますよね。
「帝国のはアッシュも加担して、再教育したら、魅了も解けておとなしくなったようだ。んで、セイに会わせろと煩く喚いていてな。何でも、自分が大変な目にあったのに、優遊自適な日々を送っていると勘違いして、怒りまくっているんだと」
「あちらがセイを追い出したのに、それすらも判別出来ないのでしょうか」
「あちらの言い分だと、大切な環境に慣れる授業を放り出して逃げたと解釈しているな」
「馬鹿なのでしょうか」
「自業自得」
辛辣なラーズ君とリーゼちゃんですが、魅了魔法の虜になっていた間の記憶に齟齬がきたしているのではと、思いました。
原因の聖女さんは、大地の御方の神域で保護されています。
魅了魔法が解けて思考が戻る際に、自分に不利な記憶は都合がいいモノに書き換えられた。
だとすると、聖人さんの比護を抜けて、接触している何者かがいる。
記憶が混乱している自称勇者に嘘を吹き込んでいるのではないかと。
「セーラ、当たりだ」
どうやら、言葉にしていたみたいです。
渋面を作ったトール君が帝国の内情を話してくれました。
「帝国で発生した大規模な魔素溜りからの、魔物の大発生。広範囲に発生したおかげで、自衛手段を猟兵団に頼っていた都市は半壊滅、自前の騎士団を有していた都市はまあまあな損害で収まった」
「猟兵団が使いものにならなくなったのは、高濃度の魔素が原因でしょうか」
「そうだ。竜の血肉を喰らい、人外に成り果てた。魔素に汚染されて人の自我を無くして竜人の成り損ないになった。魔物を討伐しに行った猟兵団の団員が、魔物に変化した。仲間を討たなくてはならなくなった猟兵団の中には、瓦解したり解散したのもある」
「となりますと、猟兵団に換わる戦力と他国の侵略の抑止力に選ばれるのが、聖人と勇者ですか」
「だな。皇帝は聖人と勇者の切り離しを実行して、意のままに操れる勇者を欲している」
帝国は自称であるも勇者を手放す気はなく、神国の召喚者に対抗する切り札にでもと考えていそうです。
同郷の子供たちを争わせる。
なんて、醜い考えでしょう。
帝国で発生した魔物の大発生を好機と見て、侵略するであろう神国も旗頭にするのは召喚者達ですから、その前に実績を積ませたいのでは?そうですか。
その戦法によって、ミラルカへの巡回が決められたのでしたか。
ミラルカは冒険者の都市。
迷宮や、遺蹟が数多くあります。
実戦の経験を積むには、持ってこいな場所だから選ばれた。
序でに、神子がいるかもしれない都市。
お付きと称した聖職者が接触してくるのは必定です。
ますます、引きこもりにならなくてはいけなくなりそうです。
「神国の召喚者は、一人がメルに師事して貰おうと躍起になっていたそうだぞ。錬金術の爆弾
製作レシピを強請り、高額の素材を対価なしに得ようとしていた阿呆がいる。紅一点の少女は、帝国の聖女宜しく見目がよい男を連れて各地を慰問に行って、己れの優越感を満たすだけだとさ。残りの少年は自分が物語の主人公気取りで、これまた各地を巡り傍迷惑な問題解決をしてやがる。なんで、異世界の人間はまともな人材がいないんだろうな」
一人はくれくれ魔で、一人は自己中心的、一人は偽善者。
本当に真面目な子はいません。
なまじ、セイ少年が良い人なのに、比較対象がそれでは頭が痛くなるばかりです。
「連中がミラルカに来るのは来週辺りだ。セーラは絶対に一人になるなよ」
「はい、分かっています」
「ジェスとエフィは、まだ幼い。無理無茶無謀はするなよ。見つけたら、直ちにセーラから離して隔離だからな」
〔はぁい〕
〔分かりました、でしゅの~〕
口元をプリンで汚しているジェス君とエフィちゃんに、和ませていただきました。
お手拭きで口元を拭ってあげます。
お野菜も食べないと駄目ですよ。
ジェス君とエフィちゃんは、好物を先に食べる派でした。
リーゼちゃんもそうですから、あっという間に厚切りハムステーキは無くなっていってます。
十枚は焼いたのですが、リーゼちゃん的には腹八文目には遠いみたいです。
まあ、竜体になれば同じ体積の魔物を食べてしまえる胃袋です。
竜人体では抑えていますが、食事で賄おうとすると食費が大変になります。
その分は、得意な鍛治とお店番で稼いでいますから心配はしてないですけどね。
鍛治の火入れにドラゴンブレスを使用した武具は、火耐性に優れた武具になります。
それが、大人気です。
量産品を研ぎ直した製品も、少なからず性能が向上しています。
中堅層や新人層の冒険者には、お手頃な値段の武具が性能向上するのですから、研ぎ直しだけでもかなりな稼ぎになっています。
ラーズ君もお得意様が多数存在しています。
新作の製品が出れば、たちまち売りきれになります。
私もそれなりに稼いでいますが、子供に大金は持たせたら駄目な主義なトール君にお金に関しては管理してもらっています。
ですので、貯蓄がいくらあるかは知らないという訳です。
今は、上級ポーションの独占販売していますけど、冒険者ギルド所属の調薬師にイザベラさん経由でレシピのてこ入れしたばかりです。
日々邁進している調薬師さんが、腕をあげて上級ポーションの完成に至れば、独占販売もなくなります。
だとすれば、次の目玉になるポーションを販売してみてもいいかもですね。
ただ、霊薬と仙薬は、販売を禁じられています。
どちらも、神世の時代のレシピを解読した通りに作成中ですが、大半の素材が絶滅している為代替えの素材で作製した改良版でしかないです。
ですが、効能は名前の通りな効果覿面な薬品です。
この際ですから、レシピ登録してみましょうか。
その前に、保護者様方を説得しないとならないですが。
霊薬は邪神騒動時に使用してしまいましたから、所持又は作製が可能とばれていますよね。
非公式に、ある国々から霊薬絡みなお誘いが来ていました。
因縁あるシルヴィータの王族さんです。
まだ、私を諦めてはいないらしく、霊薬で神罰を癒し、神子を籠絡する手筈を整えているそうです。
諦めの悪い人です。
まあ、頑張ってください。
私は決して、関わりたくなないですからね。




