第11話
「さて、不味い茶もなくなった。反省会といこうか」
新たにリーゼちゃんがお茶を淹れなおしてくれました。
お茶請けに、先日のお出掛けで買い求めてきたマフィンが出されました。
空間魔法が付与されている冷蔵庫のお陰で、買い求めた当日と変わらない味がします。
暫く、なごんでいましたら、トール君が切り出します。
何故か、背筋が伸びる私達です。
「先ず、ラーズ。お前らしくない油断だな。こいつには、厄介な魔術が刻まれている。表に出ている魔術陣はブラフだな」
「済みません。迂闊でした」
「んで、リーゼ。お前は種族特性を過大評価し過ぎた。使われた薬剤が竜をも眠らすだったから眠ったらだけで済んだが、これが竜殺しに繋がる結果になっていたらどうする」
「むぅ。反省」
「次、セーラ。油断なくこいつを鑑定ではない、解析していたら空間断絶していた魔法鞄なりに仕舞っておけた。そうすれば、こいつを起点に侵入されなかったな」
「ごめんなさい。結界を越えて、逆に転移魔法が行えるとは考えつきませんでした」
対象者が触れば、強制転移がされる魔導具だと解釈してしまったのが原因ですね。
まさか、逆の効果があるとは思いもしないでいました。
ですが、私が厄介な魔王位に関わる事態になっているのは事実ですから、油断なく身構えて疑わなくてはならなかったです。
トール君の工房に置いておけば、他愛なく始末されると誰もが考えてしまいました。
狙われている自覚が足りなかったとしか言えません。
また、ジェス君とエフィちゃんの危険察知能力に頼りすぎだのも反省点です。
特に、エフィちゃんは竜種から誕生した龍種です。
少なからず、悪影響が出てもおかしくはないです。
後で、万能薬を飲ませておきましょう。
「まあ、俺達もあの女達の厄介さを教えてないのも悪い。だから、迷惑かけて済まなかったな」
「先生が謝る必要はないです。僕も情報を身近な先生や兄さんに聞かなかった。リコリスにも注意されていたのに、甘えが出ました」
「ん。油断、した。次は、ない。克服、する」
「危ないと思われる魔導具や人物は、進んで鑑定や解析することにします」
〔僕も、危険な相手を近付けないのー〕
〔エフィもでしゅの~。薬に負けないでしゅの~〕
各々、反省点と改善策を講じていきます。
私の鑑定は、人種によると察知されて警戒されてしまいますが、常連のお客様も駒にしようとした相手ですから、油断はできなくなりました。
それに、シルヴィータの王族さんがまだ諦めてはいないらしくて、神子の存在を探る密偵がミラルカにいるそうです。
神国も油断ならないですし、召喚勇者擬きさん達を派遣してくるかもしれないと、神国にて情報を拾ってこられたメル先生から忠告がきています。
ミラルカにも、神殿はあります。
ただ、信者獲得に強引な勧誘は禁じられています。
ミラルカは冒険者と職人が主体な街です。
験担ぎをする冒険者や、商売を繁栄させたい職人や商人からのお布施だけで充分な金額を上納できています。
目的が何かだなんて、分かり易いです。
次代の聖王候補が神子の後見になり、荒れている帝国に乗り込んで魔素溜りを浄化して名声を得る。
箔付けの為に、利用されたくはないです。
候補の中には帝国を神の威光で改心させて、従属させると息巻いている輩もいて、かなり危ない思考を有しているとのこと。
メル先生にも、神子に近しいトール君を取り巻きにして、栄耀栄華を思いのままにしたい輩が近付いてきていたそうです。
前聖王崩御の責任をメル先生に被らせ、莫大な慰謝料を請求していたりもしていました。
トール君はどちらも取り合わずに黙殺しましたが、私が魔王位に関わっているという情報を入手した神国は、私を手にいれれば魔王領も従属させられると皮算用しているのです。
幸い、ミラルカに配属された聖職者の皆様は、神国から左遷された方々でもありますので、私達に好意的です。
態々、神国から通達された密書を提出してくれています。
彼等も政権闘争に敗れ、ミラルカにて平穏な毎日を送ってきたからか、ミラルカが荒れるのを良しとしないのです。
赴任期間が延長されるのを望む方々です。
権力目当てに派遣される上級聖職者に対して、あまりいい印象がなく、来ても無駄足になると遠回しに返事を返しているそうです。
まあ、トール君とアッシュ君という鉄壁な守護を誇る二人がいますから、万が一にも私が神国に連れ去られる結末にはならないでしょう。
今回の油断が招いた事態も、よい経験となりました。
再びの過ちは犯しはしないです。
「それにしても、あちらの方々が魔王位に固執する理由をご存知ですか?」
「まあな。あいつ等はあの脳内お花畑の異母妹を隠れ蓑にして、色々と画策していてな。延命治療か美貌を保つ手段として吹き込み、目的を遂行する気だな」
「目的、なに?」
「帝国の人族主義と同じで、懐古主義なんだよ。人族を排除して、奪われた土地を取り戻したい。減少した種族を復帰させたい。他種族を支配したい、なんて思想の持ち主の集まりだ」
ラーズ君とリーゼちゃんの質問に答えるトール君。
他種族の中には、その土地でしか繁殖できない種族がいます。
人族に土地を追われ奪われた憤りを持て余して、危険な思想に染まるのかもしれません。
私も拾われていなければ、両親や種族を抹殺した復讐心を抱えて生き延びていたかもです。
恨む心は最悪な最期を迎えるまで、一生晴れたりはしないですからね。
「異母妹は母親の言いなりで生きてきた節がある。ただ言われるままに、婚姻を結び、手駒になる子を産んだ。その意味では、あれも被害者なんだがな。お前達は直に会わないでいたから知らんが、異母妹の子は歪だ。恐らく、母親の傀儡になっている。だから、性別が雌雄に変幻自在に操れるのだろう」
「傀儡ですか? 確かに、会話した時に何だか違和感がありました。最初に出会った彼と印象が違う気がしました」
最初に出会った印象が薄れるぐらい、狡猾な性格だと思いました。
少年であるのに、女性的な感覚がしたのですよね。
推測でしかありませんが、先程私に相対した彼は彼ではなかった。
異母妹さんの母親が、意識を支配していたのでしょう。
「だろうな。アッシュを見て逃げたが、母親が乗り移りセーラを魅了して傀儡に乗り換える気だったんだろう。あの女なら、やりかねないからな」
「玄狐の固有技能ですね。リコリスからは、その技能を保有している玄狐は一人だけだと教わりました」
「ああ。あの女は自分以外が技能に頼るのを嫌がっていた。自身の美貌を保つ為の犠牲になったり、美貌が優れた一族の女を廃人にして乗り移ったりして、生きてきた老害だ。アッシュの父親が魔王位に近い身分であるから狙ったが、流石に年齢を看破されていたがな」
「アッシュ君のお話では、お父様は理解されて婚姻されたのですよね」
「それは、認識不足だな。親父さんは婚姻してない」
あら?
それは、不思議な発言です。
なら、異母妹さんは異母妹さんではないのでは?
アッシュ君が異母兄と言うなと、連呼した訳に繋がります。
「胡乱な話だが。親父さんは一晩一緒に飲み明かしただけで、娘の父親呼ばわりだ。おかしな話だろ。会話しただけで妊娠だとよ。取り巻きが肯定して拡散してな、魔王に責任をとれと言われて娘と認知したそうだ。親父さんはあの女を探る為に接触しただけだし、アッシュも呆れていたな」
「先生。それなら、単体生殖かもしれません。己の複製を己の胎で産み出す。幻獣種なら、出来てもおかしくはないです」
「だな。アッシュも、同意見だ。まあ、複製にしたら母親に似ない娘が産まれ、魅了魔法特化しか能力が受け継がれずに、放置されかかった。見かねて魔王が、養い親を見繕ったが、教育を誤った。養父すら虜にする毒婦の出来上がりだ」
また、その魔王様も魅了の術中に填まっているかもしれない。
異母妹さんの子を溺愛して、条件をつけて次代にしたがっている。
アッシュ君も甥の為なら後見につき、私を譲り、補佐してくれる。
血の繋がる甥なら伯父の何割かは、特殊な能力を眠らせているかもと、希望的観測でいるらしいのです。
そうした勘違いに、アッシュ君はお父様の先送りでしかない実情を暴露しに、断定甥を連れて魔王様の元に行っている。
実直な魔王様が、騙された反動で黙認したアッシュ君のお父様や、異母妹さんを断罪しないとも限らない。
黒幕の母親の本体は周到に隠され、精神だけが傀儡の身体を操り、捜査の目を掻い潜っている。
アッシュ君も本体を探しきれてはいない、凄まじい念の入れような精密な隠匿振りに手を焼いていた。
異母妹さんの居所は判明していて、クロス工房本店を名乗る拠点にいるそうです。
騙りの偽職人は異母妹さんに心酔していて、再起不能なまで魅了魔法に支配されている。
この際だから、偽称クロス工房にも制裁を下す判断をトール君達はすることに決めた。
「昨日再会したあいつは、黒幕の母親に指示されて異母妹の取巻きをしている。元々は、魅了されない俺や意のままにできないアッシュに腹いせする目的で、偽称クロス工房を建ち上げたらしい。まあ、異母妹は母親の描いたシナリオ通りの道を突き進んでいたから、いずれは破綻して現実を知るかと思い、こちらも放置していた。そのツケは支払うさ」
自虐気味に苦笑するトール君です。
潰す素振りを見せず沈黙したこちら側が、のさばらせてしまった責任を取る。
クロス工房の名を信じて製品を購入した第三者の中には、不良品を掴まされた苦情をトール君にぶつける方々が多くみえました。
偽称クロス工房はトール君を貶めるだけの製品開発をして、安全を確認することなく危険な製品を世にばらまいていました。
本店を自称した割りには、苦情はミラルカのクロス工房へと誘導していました。
その都度、関わりがないとは反論していた訳ですが、なら何故に抗議なりして名前を剥奪しないのか疑問に思われていたのも事実です。
偽称クロス工房の職人は、短い期間であるもののミラルカのクロス工房に所属していたのもまた、事実です。
調停員にそこをつかれて、暖簾分けするように判定されていました。
無論、その調停員が抱き込まれていた訳で、済し崩し的に今に至っていました。
トール君も踏み切れない心情を抱えていたのでしょうが、漸く吹っ切れた感じがします。
昨夜再会した相手を目の当たりにして、決心したのだと思われます。
袂を分かった友人が、思惑を含んですり寄ってきていただけだった。
そう判断に及んだのかもです。
近々、魔王様のお膝下は揺れに揺れ捲る事態になりそうです。




