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第10話

 リビングには、頭を押さえて悶絶するラーズ君とリーゼちゃんがいました。

 竜族も眠らす薬品の影響もあってか、時折頭を左右に振って眠気と抗っている様子です。

 気配に敏感なリーゼちゃんが、私に気付かない素振りを見せていますから、かなり強い効果があった薬品だったらしいですね。


「おう、馬鹿弟子ども。セーラは無事だったぞ」

「! セーラ」

「良かった。何もありませんでしたか?」


 一人掛けの椅子を蹴倒して、リーゼちゃんが抱き付いてきました。

 微かに震えているのは、私の危機に何ら行動に出れないでいた反省からでしょうか。

 リーゼちゃんらしくないしおらしさが、垣間見えています。

 ラーズ君も肩を落としていながら、私を案じてくれています。


「ごめんなさい。寝てた。先生、叩き起こす。漸く、起きた」

「僕もアッシュ兄さんに起こされました。侵入者だと言われて動こうとしましたが、身体に力が入らず、リーゼと一緒にリビングに置き去りになりました」

「お前達、油断したな。これに、気付いておきながら、俺に話さないでいただろう。こいつは、厄介な仕掛けが施されていてな。内側に侵入するには持って来いな魔法陣が隠されていたんだ」


 相変わらず、ジェス君とエフィちゃんが入ったままのバスケットを抱えたトール君が、ある魔導具をテーブルに起きました。

 それは、お花畑さん一行が去った後に残されていた物で、ラーズ君が回収したはずでした。

 そう言えば、私達が就寝するまでアッシュ君とトール君が帰宅しなかったので、簡単なメモを残してトール君の工房に置いておくことになったのでした。

 私の鑑定を免れて、仕掛けが施されていたとは。

 私も油断していた証です。

 トール君がお怒りになるのも頷けます。


「工房の内外に渡って、睡眠を誘発する薬品が撒かれた。恐らく侵入者の取り巻きが外で待機していたんだろう。リーゼは、速やかに近隣の住人が巻き込まれないように、風魔法で薬品を蹴散らしてこい。出来るな」

「是。やる」


 侵入者の術中に嵌まった腹立ちを紛らわすのでしょうか、リーゼちゃんは多少ふらつきながらもやる気には満ちて外に出ていきました。

 侵入者が排除されたのと、トール君がご立腹でいますから、再び侵入者が入る余地はなくなったと判断したようです。

 ごねて、私から離れない選択をしようものなら、接触禁止令が発動されかねないのを忌避したからでもありそうです。

 幼い頃にて、リーゼちゃんに一般常識を教え込む際に、よく使われた手法でした。

 感情を爆発させて抵抗するリーゼちゃんは、小さな暴風そのものでした。

 ただ、私が被害にあうと鳴りを潜めて、感情を露にしない性格になってしまいまして、トール君がやり過ぎたかなと反省する結果になりました。


「ラーズ。頼りにしていたジェスとエフィもダウンしていた。アッシュと相談してはないが、薬品の耐性をつける訓練を始めるからな。でないと、あいつ等は効果があった手段での侵入やらを繰り返す傾向にある。次は、今回使用された薬品を基に、改良された薬品を使われる可能性が高い。容赦なく鍛えてやる」

「状態異状耐性が高いジェスやエフィもでしたか。否やとは言えません。義妹が狙われているのに、二度と寝こけてなどいられません。有り難く、教授願います」

 〔僕もー。頑張る〕

 〔エフィもでしゅの~。セーラ様の危機に、役立たずは嫌でしゅの~〕


 耐性が高くても、ジェス君とエフィちゃんはまだ幼生体です。

 充分に発揮できてはなかったと思います。

 健気な発言に甘えてばかりはいられません。

 私も訓練に混じりたいです。

 あれ?

 でも、薬品を作る側になりますか?

 その場合ですと、対策を講じれますから、訓練にならないですかね。


「ただいま。終わらせた」

「ご苦労様。なら、これから反省会をする。皆、席につけ」

「はい」

「是」


 リーゼちゃんが難なく戻ってきました。

 もう、ふらつきは見えません。

 お茶を淹れようとしましたが、トール君に制されました。

 トール君が淹れるそうです。

 うっ。

 どんな甘い茶葉でも苦く淹れるトール君です。

 眠気覚ましには、持って来いと思われたのでしょう。

 案の定、大変苦味が香るお茶が出てきました。

 ジェス君とエフィちゃんにも供されてました。

 皆、一様に神妙な面持ちでいただきました。

 うう。

 想像していた以上に苦いです。

 口に含んだ瞬間、涙目になるぐらいの後味が。リーゼちゃんも眉根を寄せ、ラーズ君はまたもや悶絶しています。


 〔に、にがぁーい〕

 〔お茶では、ありませんの~〕


 行儀悪く吹き出しはしませんでしたが、ジェス君とエフィちゃんが挙って私の胸元に飛び込んできました。

 二人には初めて体験する、トール君の魔のお茶は、かなりの衝撃があった模様です。

 苦い苦いと訴える姿に我慢できなくて、つい甘い蜂蜜味の飴をあげてしまいました。


「そんなに不味いか? 少しショックなんだがなぁ」

「先生。まだ飲んではいないのですか?」

「是非、飲む、べき」

「うちにある茶葉を使って、セーラやリーゼが淹れるのを真似しただけだぞ。なんで、違いが出る」

「蒸らし時間と、腕の差でしょう。早く、飲んでください」


 ラーズ君が辛辣に評して、トール君を促します。

 渋々茶器を手にしたトール君が、一口お茶を飲みました。

 一気にいかなかったのは幸いでした。

 含んだ瞬間に味が判明したからか、口許を手で覆い吐き出すのをこらえました。

 目を見開いて驚いています。


「まずっ。こりゃあ、お茶じゃないな。眠気覚ましにはいいが、平常では飲みたくない味だ。何で、こうまで差が出るんだか」

「先生が作る食事も、お茶も味が壊滅的な破壊力があるのです。罰の賞品に最適なシロモノですから、自覚してください」

「あー。食材の冒涜だとか、昔に言われたなぁ。あれは、誇張でも何でもなかったか」


 工房の職人さんの寮で食事を切り盛りする料理長さんに、散々言われていましたよね。

 食材を無駄にする天才だから、料理を覚えてくれないかと打診されたのはいつだったでしょうか。

 料理の腕前は最悪なのに、舌がこえているトール君は毎回の食事を外食していたのですよ。

 資産が余りあり懐は痛みませんが、味付けの濃い食事を好み、野菜嫌いでした。

 私達を養う際に、偏食を止めて料理長さんの食事を取るようになった経緯があります。

 ただ、幻獣種と妖精種の幼年児に、何を食べさせていいか悩みに悩まれたそうです。

 リーゼちゃんはお肉中心の食事を、ラーズ君にはお肉と野菜半々の食事を、私は野菜と海産物中心の食事と、種族差を考慮した食事を準備してくれていました。

 そうした配慮が成されていたとは知らない私達は、仲良く食事を分けていたものです。

 妖精種だからお肉は厳禁な訳ではないのです。

 単純に、森の妖精族(フォレエルフ)は野生動物を狩るのが面倒臭くて、お肉を食べないだけなのです。

 供されたら、平然と食べますよ。

 その点、海の妖精族(メーアエルフ)は、漁を盛んに行ないますから、海産物が主食にと思われるのは仕方がありません。

 畑仕事もするのですが、世間の皆様は妖精種はお肉を食べないと思われているのです。

 偏見なのです。

 リーゼちゃんも、お肉だけではなくお野菜は沢山食べますし、ラーズ君も苦味が残る野菜は駄目ですが食べれない訳ではないです。

 ちょっとした行き違いがあり、食事の差を疑問視していました。

 料理長さんは料理をしますが、私達が実際に食事をしている姿を見掛けて居なかった為に、長年分けられていました。

 私が厨房に入れて貰えるようになってから、判明した事実に料理長さんが大いに謝罪する羽目になりました。

 まあ、トール君とアッシュ君も食事に関しては、料理長さんに丸投げしていましたので、責任の所在は問いませんでした。

 それから、私達の食事は私が作るようになったのでしたか。

 そこに、トール君とアッシュ君が加わり、食堂で食べ損なった職人さんが紛れたりもしています。

 根を詰めると、食事を疎かにしがちな職人さん方です。

 手短に片手で食せる食事が好まれます。

 皆様、食事をしないとトール君が作る軽食を差し入れすると言えば、三食きちんと食べていただけるようになりました。

 そこまで、畏れられているトール君謹製の食事。

 食べてみたい衝動に駆られます。

 もしや、拾われて衰弱していた時期に食べたどろどろで喉に引っ掛かるお粥擬きは、トール君が作ったのではと、最近おもいだされます。

 あれがそうなら、二度目は勘弁していただきたいです。

 やはり、トール君は厨房に立入り禁止です。

 君子危うきに近寄らず、でしたか。


「セーラ、何を顔をしかめている」

「いえ、トール君に料理を任せたら大惨事になりそうだなぁ、と」

「それな。料理長が食べ歩きの休暇でいなかった時期に、セーラを拾ったからな。見様見真似で粥を作って食べさせたら、酷い腹痛を起こされてメルやイザベラにしこたま説教された。以来、厨房に入れてくれなくなった」

「うっすらと覚えています。衰弱していたセーラに追い討ちをかけるかの如く、脱水症状を起こさせたのですよね。メル先生が調薬に長けた錬金術師だったのが幸いして、セーラの命が助かったとイザベラ義母さんが嘆いていましたね」

「ああ。リーゼにもまさに噛み付かれて、腕が歯形だらけになったもんだ」


 幼年体のリーゼちゃんは半竜の姿をしていましたから、噛み付く行為が抗議の代わりでした。

 親代りのジークさんも、子竜がする行いは笑って躱す竜柄(ひとがら)の持ち主でした。

 よくトール君は噛まれていましたね。

 私やラーズ君には甘噛みでしたから、痛さは感じてはなかったです。

 お返しに噛んだ私の顎が痛くなるおまけ付きでしたけど。

 懐かしい思い出です。

 何だか、反省会が思い出大会になってきています。

 このまま、なし崩し的にはならないでしょうか。

 多分、ならないでしょうね。

 トール君は失態には、納得するまでとことん突き止める人です。

 自分の料理の腕前は周囲が試すのを禁じていましたから、なあなあになっていますが。

 私が狙われているのに、油断して侵入させてしまった。

 トール君自身も反省すると言っていましたし、追究の手は緩めないでしょう。

 私達は、甘んじで受けなくてはならないです。

 では、お茶を淹れ直して本題に入りましょう。




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