第9話
すみません。
投稿先を間違えました。
翌朝。
何だか、すっきりしない目覚めに違和感を感じました。
枕元のバスケットを見やると、ジェス君とエフィちゃんも寝苦しそうにしていました。
寝台に半身を起し、周囲をくまなく視てみます。
窓の外から、禍々しい魔力の靄が部屋に入ろうとして結界に弾かれているのが分かりました。
おかしいです。
私の身の安全には機敏に察知するラーズ君とリーゼちゃんが、飛び込んできてはいません。
それに、結界に観賞する魔力を、アッシュ君とトール君が放置する訳がないのです。
非常事態が起きている。
素早く着替えて、装飾品や防具を身に付けました。
「ジェス君、エフィちゃん。起きてください」
バスケットを軽く揺らしてみましたが、無反応が返ってきています。
【睡眠】の魔法が掛けられた状態に近い反応です。
アッシュ君とトール君の結界を越えて、害のある魔法が発動している。
思わず、戦慄が走りました。
と、不意に背中側に、知らない他人の気配を察知しました。
室内でありますが、腕輪の無限収納から武具の弓を選択して具現化し、矢をつがえます。
果たして、振り返った先には不敵に嗤う侵入者がいました。
「家主に招待されないお方が、どのような用事ですか?」
「あはっ。凄いね、君。成体の竜族すら無味無臭で気付かない眠り薬に、抵抗した。やはり、欲しいなぁ」
「不法侵入した輩に従う謂われは、ありません」
「うん。でも、その内に僕に従順になるさ」
陽炎の様に揺らめく影を纏う少年は、あのお花畑さんを母親に持つ、アッシュ君の暫定甥ごさんでした。
五尾の尻尾を顕現させているのは、実力行使をしている他なりません。
少し、少年を侮っていましたね。
まさか、多重結界を越えて侵入するとは思いもしないでいました。
ただ、印象が随分と変質しているのが気になりました。
猪突猛進な面があるも、理知的な瞳をしていたと覚えています。
今の、他者を見下して慇懃に嗤う姿が本性と言う訳でしょうか。
「生憎と、ご自慢の魅了は効果はありませから。止めていただけます? 余りにも、不快です」
一矢、頬を掠める威嚇射撃をお見舞いしました。
少年の背後の壁に矢が突き刺さります。
調度品には穴を間違えて開けないようには、配慮しました。
少年には、手加減無用です。
「怖いなぁ。まあ、そんなジャジャ馬を乗り込なすのも一興だよね」
嗤う少年から高濃度の魔力を潜めた魅了魔法が、私に向かってきます。
ですから、効果はありませから。
伊達に、神子の名はお飾りではないです。
魅了魔法対策は入念に対策を施してあります。
「ふーん。装飾品かな。なら、壊せばいいか」
玄狐族の母親から受け継いだであろう火炎魔法が、髪飾りや耳飾りを対象に放てられます。
残念ですが、それらはそうした効果はないですよ。
精神耐性や常態異状耐性は、人目につく場所に晒す訳がないですよ。
「【召喚】イーディア」
避けてしまうと寝台に被害が出てしまいます。
ですので、受ける方向で召喚器具を使用しました。
魔法が到達する直前に、私の眼前に紅く光る一つ目が顕現します。
召喚獣イーディア。
本体は一つ目の鏡の魔獣で、結界と強固な門を築く能力を保有しています。
野心溢れる魔法師と錬金術師が共同で実験研究開発した人造の魔獣でした。
開発者が亡くなり、その研究記録と屋敷を只管に守護してきた悲しい過去があります。
冒険者ギルドでは討伐魔獣扱いをされていました。
若気の至りと言いますか、アッシュ君に実力を認めて欲しかった幼少期に、無茶をしてイーディアに保護されたのはよい思い出です。
イーディア自身は守護に特化した能力しか保持してはないので、何故に討伐魔獣扱いをされていたのか不思議ではありました。
私が関わった為に、調査依頼を冒険者ギルドが請け負い、事実は意外な所で判明しました。
錬金術ギルドが、人造の魔獣開発を独占しようと、研究記録を漁ろうとしてイーディアに阻まれ邪魔だと考えたからです。
事情を知った私は、アッシュ君とトール君に泣きつきました。
イーディアは守護してきただけで、人を害してはいなかったからです。
人造の魔獣だからか、性質は穏やかで争いは望まない。
けれども、主命たる研究記録の漏洩は書類一枚でも赦されてはいないでいた。
人は害せない、でも次々と現れるから抵抗した。
アッシュ君とトール君の計らいで、イーディアを縛る契約を破棄され、研究記録は屋敷とともに灰塵と化しました。
行き場を喪った魔獣は、トール君の監視下に置かれて寿命を全うした。
しかし、器を喪ったが、召喚獣へと変貌した。
件の召喚術師は公表は控える。
ミラルカの冒険者ギルド長たるイザベラさんにも協力していただいて、イーディアは私の召喚獣になりました。
「なっ? 魔法を喰らった?」
イーディアは顕現すると、火炎魔法を易々と一つ目に吸収します。
口があればげっぷをする仕草を一つ目がして、少年を見据えます。
「お得意の魅了魔法や火炎魔法は無効にされる。次は、どの手で私を意のままに操れそうでしょうか」
「ふん。竜人の女や、狐の男に守られているだけでは、ないという訳か。ああ、でないと釣り合わないか」
思い描いた通りにいかない腹立ちを露に、少年は服の隠しから小瓶を取り出しました。
私の眼には、禍々しい魔力の靄が視えています。
小瓶の中身は、眠り薬らしいですね。
どうやら、召喚者を眠らせれば召喚獣が顕現できないと判断したようです。
それ、悪手なのですけど。
正直に教える必要はないですね。
「出来れば、君に納得して僕の手駒になって欲しかったけどさ。君が抵抗するのが駄目なんだ。もういいや。魔王妃の位はあげない。意思のない人形にして、魔法式に組み込めばいいや。儀式の間は抑えてあるんだ。後は実行するだけ。皆、みぃんな、僕の言いなりな道具になるんだ」
愉悦に浸る少年の笑顔が、意地悪く歪んできました。
この発言だけでも、到底魔王に相応しい器量を持ち合わせてはいないと知れます。
他者を使い捨ての道具だと認識しているお馬鹿さんです。
一頻り嗤うと、蓋を開けた小瓶を逆さにします。
薬液が床に滴り落ち、すぐに気化しました。
少年は風魔法も操り、気化した薬を私の方向に追いやります。
ですが、舐めすぎです。
新たな風が気化した薬入りの空気を纏め、イーディアが吸い込んでいきます。
そして、眼を見張る少年に向けて、吸い込んだ空気を圧縮して打ち込みました。
「がふっ」
無知で無様な少年は、憐れにも壁に叩きつけられました。
その表情は、現実を認識してはなさそうです。
「レディの部屋に侵入する前に、情報収集は怠らないのを教えてあげます。世間には、貴方が知らない事象がこと細やかにあります。自身を過剰評価しないことですよ」
「……はっ。なんでだよ。僕は次代の魔王に相応しい唯一無二な存在なんだぞ。誰もが、僕にひれ伏す定めにあるんだ。お前も、なんで僕に従わないんだよ!」
「貴方が馬鹿だからです」
「はあ? 学府で最高点を取る僕が馬鹿だと?」
「はい、馬鹿で阿呆ですね」
言い切って見下してあげますと、顔を真っ赤に染めて激昂する少年。
愚かすぎて、名前も呼びたくはありません。
学府でよい点数を取ろうが、所詮は机上の空論でしかありません。
押込み強盗紛いの手段で侵入して、罪がないとは言わせません。
挙げ句に、薬物に頼って誘拐を企てる。
犯罪者ではなくて、なんだというのでしょう。
相手にするのも、馬鹿らしくなってきています。
「僕が馬鹿で、阿呆。この僕が、魔王に相応しい僕が! 貴様、この僕をよくも侮辱したな。いらない、いらない。僕を侮辱する女なんかいらない。塵と化せ」
頭に血が登り、魔法が無効にされるのを忘れた少年は立ちあがり、闇雲に火炎魔法を連続して発動します。
私に到達する前に、イーディアが全てを吸収していきます。
そういう短気さがお馬鹿さんなんですよ。
狭い居住空間で火炎魔法を放てば、自身にも返るとは思っていないのでしょう。
滑稽なだけでしか、ありません。
「そろそろご退場願います。お休みなさいませ」
頃合いを見計らい、武具を仕舞い、腰のポーチから少年と同様の効果がある小瓶を取り出します。
火炎魔法の隙をついて、投擲しました。
危険物だと判断したであろう少年が、火炎魔法を小瓶にぶつけます。
「ぎゃああ!」
冷静さを欠いた少年は火炎魔法で排除しようとするのをわかっていましたから、鎮圧するに相応しい薬液を投げたのです。
小瓶が破壊され中身が、一瞬にして引火しました。
間近に大きな火の塊が現出して、熱風が少年を襲いました。
私はイーディアのお陰で、涼しく佇んでいられます。
反対に、少年は咄嗟に顔を庇った両腕が熱風で焼け爛れ、無惨な姿で倒れました。
着衣も焼けて露出した肌が紅く変色していました。
気道も衝撃を受けた様子で、ぜいぜいと苦しげに喘いでいます。
「勝ちました」
「えげつない手段でだがな」
「レディの部屋に無断で侵入した犯罪者に、手加減がいりますか?」
「そりゃあ、いらんわ」
クックッと苦笑いするのはトール君です。
何時しか、部屋の扉は開け放たれて、トール君とアッシュ君が壁に持たれて立っていました。
その腕には、ぐったりとしているジェス君とエフィちゃん入りなバスケットがあります。
〔セーラちゃぁん〕
〔セーラしゃま~。ごめんないでしゅの~〕
〔ぼく、寝てたぁ〕
〔エフィもでしゅの~〕
「まあ、ラーズとリーゼも爆睡していたからなぁ。竜族すら眠る薬は厄介だったな」
「ラーズ君とリーゼちゃんは、どうしてますか?」
「水風呂に突っ込んで、反省させている」
容赦のない鉄槌に、二人がいないのが分かりました。
油断していたリーゼちゃんには、私の危ない時に側に来れないのは、大いに堪える反省です。
やり場のない怒りでお風呂場が半壊してないといいのですが。
ラーズ君も地味に堪えているはずです。
私一人で対処ができたから良かったものの、結構危ない橋を渡ったと思います。
イーディア召喚の弱点は、鏡がある場所でないと召喚が出来なかった点にあります。
私室に姿見があって助かりました。
アッシュ君とトール君が現れたので、イーディアには対価の魔力を渡して送還しました。
イーディア、ありがとうございました。
また、危ない局面には頼らせて貰いますね。
手鏡は、すぐ取り出せる場所に隠し持っていることにします。
「さぁてと、こいつはどうするかは、アッシュに任せた。俺は、ちょいと自分も含めた反省会をやるわ」
「了解した。おれの分も叱っておいてくれ」
あれれ?
反省会はお叱りありなのですか?
うわぁ。
やばいです。
何がお叱りの琴線に触れてしまったのでしょうか。
わからないまま、リビングに引っ張られていく私でした。




