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第8話

 己れの能力に慢心していたご一行は、問答無用で工房の外に放り出されました。

 案の定、町の警備を担う警ら隊が待機していて、騒がしく詰所に連行されていかれたのが、工房の中まで伝わってきました。


「セーラ。手遅れだと思うが、万能状態異常回復薬(パナシア)をひとつくれ」


 トール君には私達が盗み聞きしていたのを、察知されていました。

 お説教が待っているかもですね。

 仕方がありません。

 潔く、工房に出ていきました。

 トール君が回復薬を欲したのは、犠牲になられた冒険者のためでしょう。

 果たして、床に座り込み、虚空を見つめる男性冒険者さんの無惨な姿がありました。


「黒き疾風のメンバーですね。斥候役をされている方で、女性に甘い人族です」

「ん。殊に、お土産、くれる。親切」


 リーゼちゃんが覚えている稀少な冒険者さんでした。

 私はあまりお店番をしないので、冒険者さんと面識がない方ですから、もしかしたらあの人かなくらいしか思い出せないでいます。


「前、クリュハの薬草、くれた」

「ああ、その方でしたか。手持ちがすくなくなると、時期がよく薬草を卸してくださる方ですよね」

「是。買取り、捗る。お菓子、差し入れ、ある」

「確か、ご実家がパン屋を営み、焼き菓子系を嗜まれているとか。養護院や孤児院にも、無料奉仕を欠かさないパーティー仲間がいたはずです」


 ミラルカは冒険者も集り易い、近隣に迷宮(ダンジョン)や魔物が棲息している森がふんだんにある土地柄です。

 冒険者ギルドは、一獲千金を狙う冒険者の実力にあった依頼を受理する配慮をしていますが、無謀な冒険者も多々いるのが現状です。

 命を無くした冒険者の家族が、ミラルカに足取りを追ってきて事実を知ると、子供を捨てていく、又は帰還の旅費に充てようと売る行為が後を経ちません。

 獣人族は群れで子供を育てる習性がありますので、余程のことがない限りは子供を手放しません。

 同種の身内に預けて働きに出たり、養護院に託して奉公に出たりしています。

 対して、人族はすくなくい確率で、そうしてしまいます。

 これは、帝国で奴隷売買が盛んであることと、神国が適性のある子供をやはりお金で取り上げたりしているのが元凶です。

 それなのに、お互いを貶しあう矛盾した行いをしています。

 国力が肥大していくと、労働を他者に押し付けているのです。

 帝国は徹底した階級制度で選民意識が高く、神国は神の名を利用して宗教理念を誇大解釈して、それぞれが自己の都合に合わせて富を得ている。

 神罰が降らないのが、不思議です。

 ミラルカにも、徐々に他国の商人が評議会の瓦解を狙っているのか、他種族を排斥して人族が支配して富を絞り取ろうと画策しています。

 手始めに狙われたのは冒険者と、寡婦になり子供を抱える家庭です。

 無難な依頼を発注して、受注した冒険者に無理難題を吹っ掛けては、依頼の失敗を言い放つ。

 違約金を請求して、支払えない冒険者の身柄を要求する。

 冒険者ギルドも無料の労働を課せられるかと思いきや、待っていたのは奴隷売買。

 寡婦の元には、奉公先を斡旋して仲介料を入手しておいて、またもや奴隷売買。

 ミラルカの評議会と冒険者ギルドが、訴えに捜索すると明るみに出て取り締まる鼬ごっこが始まりました。

 中には、騙された親が子供を取り返しに来て、暴行されて亡くなる案件もありました。

 ですから、ミラルカにも養護院や孤児院の施設はあるのです。

 まあ、お話を聞くと、ミラルカの施設は充実しているそうです。

 何しろ、評議会の議長と警ら隊の隊長が、運営費を私費で投じていますし、治療費や学費も惜しみ無く与えています。

 おかげで、子供たちは飢えたり、儚くなることはないのです。

 また、雇用を生み出して、家族が揃って暮らせる環境も整えています。

 子供たちの奉公先は吟味され、瑕疵がないか調査されています。

 大抵の子供たちは冒険者に憧れて目指す数も多く、ギルドでは子供たち向けの講習会を開いたりもしています。

 こうした努力の成果で、職人たちの受けもよくて徒弟になる子供も増えています。

 クロス工房の職人も、幾人かは弟子に迎えたりしています。

 独り立ちした職人も、生まれ故郷で活躍していたりします。

 ただし、魔王様のお膝下の城下に引き抜かれた職人もいて、偽クロス工房の商標を堂々と作品につけていたりしていますのが、困ったことです。


「さて、回復してくれるとありがたいんだがな」


 律儀なトール君に、手持ちの回復薬を対価と交換しました。

 無料で渡すのは身内でもするなと、お説教がきますので文句はなしで金銭を受けとります。

 技術を安売りする行為は、厳禁なのです。

 してしまうと、工房を追放はされないのですが、謹慎が言い渡されます。

 工房の職人にとりましては、これが一番効果のある反省です。

 週一のお休みですら、工房に籠り製作に費やしてしまいがちな職人様方です。

 強制的に自室に謹慎をする羽目になるのは二度とやりたくはないと言いますが、熱中してしまいますと喉元過ぎればな方々ばかりです。

 トール君に自室に放り込まれて、気付くなんてことが多々あります。

 皆様、気を付けましょうね。

 私の場合はリーゼちゃんが見張ってくれていますから、適度にお休みはいただいています。

 それに、可愛いジェス君やエフィちゃんが来てくれました。

 遊ばない訳にはいきません。


「駄目か。いや、少しは改善したか」


 逡巡していましたら、トール君は被害者の冒険者さんに回復薬を与えようしていました。

 口端に泡を吹いていた冒険者さんは、飲み込む気力がない為、殆どがこぼれだして胸元を濡らしています。

 予備に数本渡していますが、傷口に掛ければ回復する体力回復薬(ポーション)とは効能が違います。

 服用できなければ、回復の見込みはありません。

 万能状態異常回復薬もそれなりに高価な魔法薬です。

 ですが、アッシュ君の異母妹さんがしでかした魅了魔法の虜が、回復する兆しはなかなか現れないのでした。

 焦点の合わない虚ろな視線は、ぼんやりと虚空を見据えているだけ。

 眼前に振られる指に僅かな反応を返してくれていますが、すぐに興味を無くされます。


「失礼致します。先程のお騒がせな一行ですが。こちらの関係者であり、魔王様に連なる次期魔王だと宣っております。如何、処置を致しましょうか」


 警ら隊の副隊長さんが工房の扉を開けて入室してきては、隊長のアッシュ君に報告しています。

 ミラルカに滞在を始めてから、問題ばかり起こす一行に辟易しているのが態度で分かります。

 言外に、アッシュ君にどうにかして貰いたいと考えているのでしょう。


「一介の冒険者を禁止されている魅了魔法で廃人状態に追い込む。揚げ句に、役立たずと放置。適切な治療を拒否した。傷害罪と禁止魔法行使罪、誘拐未遂罪に、ありもしない権力を吹聴する偽証罪。よって、ミラルカから追放。あいつ等が滞在していた間に費やした費用と賠償金を算出しろ。おれが送り返す」

「了解致しました。では、一時的に拘束後、特別室にて隔離しておきます。魅了魔法を行使とのこと、対処できる隊員を配置します」

「分かった。特別室には、おれがぶちこむ。着いてこい」

「はっ」

「りょーかい。こっちは、あいつ等の情報を町の結界に組み込んでおくわ。ミラルカに入都できないようにしておく。んで、こっちの被害者はグリム医師に預けて来るわ」


 ミラルカ一の腕前であるグリム医師の診療所に、被害者の冒険者さんをお任せするのは賛成です。

 私達の事情に巻き込ませてしまった冒険者さんを、他人任せにするのはあちらが私を諦めはしないからです。

 当人達がミラルカに入都しなくなったとしても、手駒は多くいそうですから侵入はしてくると思われます。

 工房の安全が脅かされるのは必定です。

 騒がしい工房で療養は無理ですので、診療所に預けた方が理に適っていました。


「出来れば、調書をとりたいところです。が、拝見したところでは無理ですね」

「魅了に耐性があったんだろうな。変に抵抗したせいで、根が深くまで歪められている。セーラの万能状態異常回復薬でも、回復の見込みが薄い。グリム医師でもお手上げかもしれんが、やれるだけのことはするさ」


 グリム医師は精神異常に対する患者さんを、快く引き受けてくださいます。

 何でも、身内のどなたかが達の悪い魅了魔法にかかり、身を崩して犯罪者になってしまわれた経緯を悔いているそうで、一人でも救いたい理念を抱かれています。

 私の調薬師のお得意様でもあり、新薬開発の助言者でもありました。

 完全回復は難しいかもですが、日常を送るに適した程度の回復が一番見込める医師です。

 多分ですが、アッシュ君が治療費を負担すると思われますから、安心して託せますね。

 アッシュ君が、副隊長さんを連れて出かけていきました。

 続いて、トール君が隠蔽を掛けて、冒険者さんを背負い診療所にいかれました。

 夜分遅い時間帯ですが、宵っ張りな誰かに見咎められないようにしたのでしょう。

 私達も軽くお掃除をして、居住区に戻ります。

 食堂でお茶をしている私達は、お掃除の最中に見付けた魔導具を品定めしています。

 ジェス君とエフィちゃんが唸っていますので、明らかに私を狙った魔導具でした。


「対象の人物が触れれば、ある場所に強制的に転移ですか。転移石に関しては、うちでも秘匿した情報です。内通者がいないとおもいたいですね」

「魔術式、うち、じゃない。作成者、故人」

「僕は知らない名ですが、リーゼは心当たりが?」

「是。精霊、使役、錬金術師。あまり、好きくない」

「リーゼちゃんが言う通りです。よく視ると、魔導具ではない、精霊石によるテレポストーンとの鑑定結果になります」


 精霊から産出される精霊結晶とも言われている精霊石。

 小指の爪程の大きさな精霊石は、時空属性が付与されています。

 魔石よりも遥かに価値がある逸品でした。


「形振り構わない姿勢みたいですね。精霊石を惜しみ無く消費してまで、セーラを欲しがる。そうまでして、魔王になりたいのが理解できないですね」

「魔王、支配者。勘違い。懐古主義?」

「リーゼちゃんが言いたいのは、かつては大陸が魔族だけの土地であり、人族がいなかったのを懐かしんででしょうか」

「是、否。人族も、支配。大陸、支配。有頂天、神族、戦争」


 リーゼちゃんの説明に、ラーズ君と同じく息をのみました。

 大陸を統一して、神族に戦いを挑む。

 帝国が、魔族を根絶やしにしようとする思考と同じとは、驚きました。


「リーゼはどこで、その情報を?」

「玄狐、女。父母、取り引き。拒否、巣、ばらされた」

「リーゼ‼」


 ラーズ君が怒鳴りました。

 だって、リーゼちゃんが教えてくれた事実は、アッシュ君の異母妹さんか母親かが、帝国に密告して家族が討伐された。

 衝撃な内容に、言葉が音になりません。

 元凶を前にして、リーゼちゃんが静観していたのにも驚きです。

 リーゼちゃんの感情が込められていない眼差しに、復讐の意思がないのは理解できました。

 けれども、意趣返しぐらいはしても良かったのでは?

 若干、首を捻りたくなりました。

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