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第7話

お久しぶりになり、申し訳ありません。

 魅了魔法を駆使して他者を意のままに操り、願いを叶えてきたアッシュ君の異母妹さんは諦めると言う言葉を知らないようです。

 トール君とアッシュ君には魅了魔法が効かないのですが、躍起になってまで魔法を行使しているのが離れていても分かりました。

 甘ったるい嫌な魔力に、げんなりしてきました。

 私にも効かないですが、垂れ流されている魔力が濃密になってくると、多少は気分が悪くなってきます。

 眉をひそめる度に、エフィちゃんが癒しの魔法をかけてきてくれます。

 が、頻度があがればあがるほどに、効果は薄まってきています。


「どうします? 奥に戻りますか?」

「セーラ、大事。あいつら、実力行使」


 ラーズ君もリーゼちゃんも心配してくれて、かなり危ない発言も出てきています。

 トール君がそろそろ本格的にキレそうな気配がしています。

 そう時を置かないで、決着がつきそうです。

 

「煩い。何度も繰り返すな。セーラはやらん。お前のプライドが傷つこうが、野心の道具にはしない。さっさと、帰れ」

「魔王位に固執しないで、横の男の財力と権力で我慢しておけ。所詮は、魔王妃にも選ばれない魅了特化でしかない女の子供だ。魔王に課せられた誓約に潰され、抵抗空しく散る結末しかない。子供が可愛ければ、魔王位から遠ざけろ」

「では、次代の魔王位をアッシュ様はお望みになられますか。父君が不適格と断罪された怨みは晴らす親孝行は、なされないおつもりでしょうか」

「くどいな。特段、父は怨んではいないし、魔王位なぞに興味はなかった。それに、誓約だらけで自由がない魔王に、誰がなりたいものか。今の気楽な生活を維持する方が、おれにはあっている」

「ふざけないで、くださいまし。お父様はお異母兄さまの母君との婚姻で、資格を喪ったのです。晩年のお父様は怨み事をわたくしの母に託して、魔王位の奪還に命を費やしておりましたわ」

「馬鹿らしい」


 あれ?

 アッシュ君のお父様は、存命しているのですけど。

 私達三人を可愛がってくれていて、お土産持参でミラルカに遊びに来ていますよ。

 豪放磊落な性格で、アッシュ君よりトール君の方が息子だと言われたら信じてしまいそうになるほど、明るい方です。

 魔人族では稀少な、光魔法が得意な癒し手をなされています。

 薬草知識にも明るい方で、特級ポーションを開発するに当たり助言を幾つも戴き、成功に至る道を見つけてくださいました。

 確か、今は人族に偽装して、南国で癒し手をされていたはずです。

 異母妹さんのお話では、亡くなられていると勘違いしてしまいそうです。


「父親を勝手に殺すな。父はお前達母娘(おやこ)から解放されて、元気にやっている」

「えっ?」

「は? 存命しておられる?」

「そうだ。女狐の魅了魔法に掛かった振りをして、内情を探っていただけだ。ああ、死を偽装していたか。まあ、いい。どうせ、女狐もお前も、手が届かない場所で人生を謳歌している」


 アッシュ君の衝撃発言を聞いて、異母妹さんの魔力に乱れが生じ始めています。

 お付きの男性も、言葉が出てこないみたいです。


「そう言えば。リコリスからの情報で、あちらの種族が魔王都から放逐されたとありました。兄さんのお父さんが、暗躍していたのでしょうね」

「リコリスちゃんやラーズ君とは違う、幻獣種ではない玄狐族でしたよね」

「そうです。狐の獣人種が魔法特化で進化した種になります。僕達天狐が得意とする幻術から、人身を操る魅了魔法を産み出した種です」


 人身を操る魔法は、魅了魔法であれ操心魔法であれ、監視の対象になります。

 意図して魔法を繰り出し、他者に被害を与えたのならば、罰則により命を絶たれてもおかしくはないのです。

 ラーズ君の幻術は他者を操る意思がなく、護身の目眩ましを主として行使しています。

 自己防衛の手段としてなら、比較的罰則も厳しくはありません。

 ラーズ君は私や身内を護る為に、幻術を無闇矢鱈に披露はしません。

 ある意味、リーゼちゃんの方が魔法を行使する割合が高いです。

 私やラーズ君が奪われると判断したら、魔法や武術を容易く行使してしまいますから。

 ですから、アッシュ君は私にも自衛の手段を学ばせて、鍛練を怠らないようにしています。

 リーゼちゃんが竜体で暴れたりしたら、ミラルカは焦土と化してしまいかねません。

 私も、巻き添えになる無辜の民がいないとはかぎりませんので、決して鍛練を止める必要を感じないです。


「嘘は止めてくださいまし。お父様がわたくし達を騙していただなんで、信じませんわ。お異母兄様の作り話には乗りません。お父様を非難してまで、わたくしを嫌いですか。可愛い甥を労ろうとはしませんか。いいですわ。お異母兄様には頼りません。直接、娘と交渉致しますわ」

「どうやってだ。生憎と、セーラにも魅了魔法は効かないぞ。義理の兄姉達もだ。セーラの承諾無しに事を進めたら、反撃されて今の優雅な生活はおくれないからな。忠告はしたぞ」


 トール君の最終通告がどこまで伝わっているのか、甚だ疑問ですが。

 こちらは、交渉を終わらせる運びになりました。

 実力行使で追い出そうと、トール君の魔力が高まりを見せています。


「お待ちください。それでは、お嬢さんが我々と交渉してくださると約定していただけませんか。このままですと、こちらがあまりにも不利です」

「成人前とは言え、セーラは立派に一人前の調薬師だ。必要だと判断したら、交渉に応じるだろう」

「それは、暗に応じてはいただけないと受け止めできます」

「あんた等の事情を汲んで、セーラに応じる益はないからな。それに、セーラが欲しいなら、己で口説いて見せな。母親に甘えてすがってないで、自分の意思を表してみせろ。それぐらいできないで魔王になれるか」


 しつこい男性に対して、トール君は無情に切り捨てます。

 母親の言いなりで私を得ようとするならば、抵抗するだけです。

 ですが、母親側が魔王位に執着をしているのを理解してみますと、子供側が碌な教育をされていないだろうと推測できてしまいます。

 魔力があっても人格者でなければ、魔王領を守護する結界も張れず、稀少な弱小種族の保護もままなりません。

 優秀な部下に丸投げして、魔王位に就く名声を得るだけにしか思えないです。

 好んで関わりたくないのが、本音です。

 現状ですと、交渉の席に着く以前の問題ですよね。

 あちらが、諦めるとは心底思いもしません。

 ですが、応じる必要もありません。

 トール君。

 躊躇うことなく、追い出してください。


「待ってください。貴方達は、そんなにボク達を嫌うほどに、ボク達の何を知っているのですか」

「アレクサンドラの言う通りだ。当代魔王様が期待しているアレクサンドラの、何が悪い」

「そう言うのを、老害って言うんだろ」


 意地が悪い笑い声があがりました。

 居たのですね。

 恐らく、あの三人組でしょう。

 異母妹さんの子供と取巻き達は、私達同様な仲なのかもしれませんが、言い方は悪いとは思います。

 初対面の相手に対する礼儀知らずな様子に、益々不信感が募ります。


「老害結構。あんた等に挑発されても、何ら痛痒もないし、むしろ噛み付いてくるお子様の将来が心配だわ」

「ボクの何処が心配なんですか。血統も財力もある。人望だってある。ボク以外に魔王になれる人材はいません」

「阿呆だな、お子様。何故に魔王がそれまでの名声を地に落としてまで、次代の魔王位を得る条件をつけたか理解してから意気がりな。自画自讃した内容の人材は、呆れるほどいるからさ。もう少し、周りをみな」

「もしかして、お祖父様も馬鹿にしていますか? それなら、反逆罪で捕縛するまでです」

「お止めください、若様!」

「忠告は、遅い」


 黙していたアッシュ君が、行動に移したようです。

 何かが倒れる音と、僅かな悲鳴。

 たかだか、口車に乗せられて魔王の威を借る甥っ子さん。

 普段から、そうして自分の意に沿わない他者を排除してなければ、出ては来ない台詞です。

 アッシュ君が、怒るのも無理がないです。

 稀少な弱小種族を保護する魔王様が、悪意ある人族や相反する思考の魔族に揶揄されて、蒐集家扱いされているのをアッシュ君は教えてくれました。

 元々は、私達が暮らす大陸に人族はいなかったのです。

 魔族同士での土地の奪い合いはありましたが、種族を滅ぼしてまで全てを得ようとする魔族はいませんでした。

 それが、狂いだしたのは。

 他大陸から追放された人族を受け入れたからに、ほかなりません。

 人族は人族を、少しの違いで貶めては殺し合います。

 見かねた優しき神々の計らいで、私達の大陸に導かれた人族が根を張り、爆発的に人口を増やしていきました。

 奪い殺しあう精神は、帝国を興し、人族から魔族へと牙を向けました。

 それを良しとしない人族が、さらに神国を興して対立する。

 争いが次の争いへと連鎖して、私達の大陸は戦渦に飲み込まれていきました。

 人族至情主義により数多の種族が絶滅していき、気が付くと人族が私達の大陸に現れて半数近くまで他種族は減少していきました。

 このお話は、ごく最近までのお話です。

 当代魔王様が弱小種族を保護しないでいたら、もっと多くの犠牲があったのです。

 人族を罰しない日和見主義な魔王とも、攻撃的な魔族は批判しています。

 けれども、人族には与しない精神は同じです。

 魔王様が更なる戦渦を広げないのは、弱小種族を滅びから遠ざける為にあります。

 負の思念に弱い小妖精(フェアリー)族や、怨念に穢れてしまう準精霊(ピクシー)族と言った、対抗手段に乏しい種族。

 ラーズ君やリーゼちゃんみたいな幻獣種も、弱い種族から消えていっています。

 大陸の三分の二の領土を有する魔王領が、実り豊かな土地に見えて奪おうとしている帝国は、近年において他国を属国にして統一する形で覇を唱えています。

 そして、統一した戦力で魔王領に攻めいるつもりでいます。

 一方、魔王様のお力に陰りが生じ、次代を求める声があがりはじめているのが実状です。

 次代には、帝国と過分なく渡り合える人材でなければ、負けてしまうのが必定かと。

 アッシュ君に魔王位が魅力的な地位だと思われていない現状に魔王様が危機感を抱き、魔族随一な最凶様の御墨付きを得て欲しいのだと思い至ります。

 後ろ楯を得れば、万万歳でしょう。

 ですから、あの条件なのです。

 異母妹さんは、身内の甘さで了承が得られると期待したのだと思われます。

 まさか、断られるとは微塵も思ってはいないでいたことでしょう。

 脳内がお花畑なご一行が、自滅するのを望まれているのかもしれないですね。

 どちらにしても、アッシュ君頼りにしてしまった責任は、退位をもってして取られるかもです。

 魔王様の胸中は、アッシュ君が次代に相応しいと思われているでしょう。

 焚き付ける意味合いも含まれた条件ですね。

 ただ、最凶様は信念を変えてはいないのですが。

 展望が見えない先に、何が起きるかは誰にも分かりません。


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