第6話
魔王位に纏わる件に、関わってしまってから数日が経ちました。
ミラルカに厄介な来訪者が滞在するようななってしまい、街の治安を司る警ら隊が忙しなく走り回っています。
勿論、厄介な来訪者の目的は、私とアッシュ君にあります。
まず、クロス工房を発見できない来訪者は、冒険者ギルドで無謀な依頼を発注しているそうです。
曰く、アッシュ君から宝物を奪取してこいだとか、私を連れ出してこいだとか。
中には実力で示そうとして、ギルドの重鎮に勝負を挑み、紹介状を手に入れようとした猛者がいるらしいです。
又聞きなのは、私が工房の外に出れなくなってしまったからです。
相変わらず、浮島に籠っていても、招かざるお客様がいて気が抜けなくなりました。
併せて、ジェス君とエフィちゃんの機嫌も悪くなってきています。
段々と、思考が恐いことになってきていて、預かり知らぬ場所で鬱憤を晴らしてやいないか、心配になりました。
「ジェス君とエフィちゃん。黙って、お仕置きしたら駄目ですよ」
〔はぁい〕
〔はい、でしゅの~〕
注意すると、良い子なお返事ですが。
今一、不安になります。
そんな折りに、とうとう避けては通れない、トール君が嫌がるお客様が来訪しました。
アッシュ君の異母妹さんと後援者の方が、送り返した筈のアッシュ君の暫定甥を連れて、ミラルカにやってきました。
じきじきの、おとないは珍しいことになるそうです。
異母妹さんは魔王城がある都から離れたがらない人で、破格な待遇を希望して宿泊施設を困らせていました。
宿泊施設を丸々貸し切り、食事には専属の料理人が求める食材を提供しなくてはならない。
屋敷の使用人を全員つれてきたのではないか、という位の随行者がいました。
そして、気にいらない出来事があると、癇癪を起こす。
我が儘し放題、やらかしているそうです。
挙げ句のはてに、嵩む費用をクロス工房に請求する傲慢に、呆れ果てています。
トール君は無視を選択したがりますが、議長であるからには対応しなくてはならなくなり、連日呼び出されています。
毎回、物別れに終わり、憤って帰宅しています。
アッシュ君は、静かにお怒りになっています。
このまま、平行線が続けば、爆発するのは明らかです。
が、私に対応策はありません。
あちらが、諦めて帰るのを待つしかありません。
「正直、手詰まりだな。あの女は、セーラを寄越せの、一点張り。要求するだけで、話を聞きやがらない」
夕食後のお茶時間に、トール君が愚痴を溢しました。
アッシュ君は感情を露にしていませんが、同意しているのでしょう。
溜め息を吐き出しています。
「暫く、見ないうちに我が強くなっていたな」
「あれを制御できる他者がいないからな。他人の権力を自分の物と勘違いして、つけあがっている」
「お目付け役に選んだ人材が、取り込まれていた。失敗したな」
「あいつ。魅了耐性があるから平気だなんて、宣言したくせに信者になりさがった。見る目がない自分に、嫌気が指す」
酒杯を重ねるトール君とアッシュ君。
水を飲むがの如く、あおっています。
そのお酒は貰い物で、味わって飲むお酒だと思うのですが。
指摘しても、聞いてはくれなさそうです。
絡み酒だけは、止めてくださいね。
肴のおつまみを豪快に噛み砕くトール君が、またもやお酒をあおります。
私は、おとなしくお茶を味わいます。
〔にゃっ?〕
「ああ?」
不意に、ジェス君とトール君が虚空を見つめました。
次の瞬間、結界が揺らぎました。
隣に座るリーゼちゃんが臨戦態勢に入るのが分かりました。
どうやら、招いていないのに、待ちきれなくなった不審者が強引に侵入してきた模様です。
工房に入り込まれました。
「あの女、ふざけやがって」
「使い潰したな」
言い置いて、トール君とアッシュ君は転移していきました。
工房から住居区に侵入されるのを、防ぎにいかれたのでしょう。
工房にはトール君とアッシュ君の複合結界が敷かれていましたが、破られたのは人海戦術で魔力を打ち消したと思われます。
使い潰す。
幾人の魔力を使用したのか。
使用された方が再起不能に陥ってなければ、いいのですが。
「ラーズ君、リーゼちゃん。工房が気になります」
「言うと思いました。リーゼから、離れないように」
「はい。リーゼちゃん、手を繋いでくださいね」
「了承」
ジェス君とエフィちゃんは、其々肩の上に。
リーゼちゃんと手を繋いだのは、視線感知で強制転移させられないようにする為です。
対抗処置はしておきますよ。
ラーズ君が念を押して、隠蔽の幻惑を展開してくれました。
魔力を感知されたら分かってしまうのが、難点です。
しかし、工房には阻害する魔力があちらこちらに細工されています。
余程のことがない限りは、感知されないでしょう。
静かに、工房と居住区の境い目に移動します。
「……あら。わたくしは、正当な手段で入手しましたの。批難される謂れは、ありませんわ。それよりも、わたくしの頼みを何故拒否するのです。わたくしの子の礎となれるのです。喜び、身を捧げるのが正しい路でしょうに」
うわ。
聖女さんの魅了とは比べるのがおこがましいほどの、甘ったるい濃密な変質した魔力です。
言葉に乗せられた魔力だけで、気分が悪くなってきました。
姿を見るまでに、これでは足が進まなくなってきました。
〔セーラちゃん。大丈夫?〕
〔耐性上昇、癒しの魔法でしゅの~〕
「ありがとうございます」
踞りかけた私に、ジェス君とエフィちゃんが魔法をかけてくれます。
視ることに特化した私に、あの女性の魔力は毒にしかなりません。
申し訳ないですが、ここで盗み聞きさせていただきます。
「正当な手段が、そこに転がる冒険者を指しているなら、優秀な医者に診察してもらえ。お得意な魅了魔法で、廃人寸前なまでに虜にしやがって。そいつの、アフターケアを誰がするんだがな」
「あら。わたくしの役に立つのが、これの役目ですもの。望んだ結果でしてよ」
「俺は、お前が廃人にした、そいつの、家族に、誰が謝罪をするか、聞いているんだ」
お花畑な思考の女性に、分かりやすく話してあげているのか、語尾をきつくするトール君です。
工房の割り札を所持する冒険者に、魅了魔法を行使して抵抗を奪い、廃人に追いやってまで侵入してきた。
その事実に、あちらは手段を選ばない、悪事と思わないやり方に、怒りが沸いてきました。
巻き込んでしまい。
ごめんなさい。
私が謝罪しても、遅いだけです。
まさか、割り札を所持する者を標的にするとは考えもしないでいました。
トール君も内心では、怒り狂っていますね。
「人族がどうなろうと、わたくしに関係がありまして? 役に立つか、立たないかの違いでしょう?」
「帝国の人族至情主義と気があいそうだな。是非、あいつらとやりあってくれ」
「我が子が魔王になりましたら、帝国なぞ一掃してみせましてよ。ですから、協力してくださいませ」
「嫌なこった。他人を宛にしないで、自分の力でやりやがれ」
「まあ、何てお口の悪い方。貴方は、変わりませんわね」
「ははは。ありがとさん」
嫌味の応酬は、専らトール君と女性だけです。
アッシュ君は沈黙しています。
あちらの側の方々も、口を挟んではきてないです。
不気味です。
「マーメイア様。お話がずれております。工房主のすり替えに乗ってはなりません」
「まあ、そうですわね。わたくしとしたことが、乗せられてしまったわ」
「はい、マーメイア様。夜も更けて参りました。お早く、目的を達しましょう」
「そうね。お肌のお手入れの時間ね。早く、帰りましょう」
あれれ?
第三者の声に、異質を感じました。
女性程ではないのですが、操心の魔力を感知しています。
身勝手に振る舞う女性を軌道修正する為にしたことか、はたまた声の主が普段からしていることなのか疑問を持ちました。
「わたくしの美容の為に、早く妖精種を出しなさい」
「お断り」
「何故ですの? わたくしのお願いを、聞けませんの?」
「当然だろ。あんたの魔法、俺には効かないから」
「わたくしのお願いは、叶えるのが必定ですわ。お前、何故に叶えませんの?」
「だから、魔法効かないっての。魔王の膝元に帰れ」
魅了魔法に絶対な自信があるのでしょう。
女性は頑なに、願いを叶えようとしています。
トール君の容赦ない言葉に、苛立ちを見せ始めています。
「お異母兄さま。貴方からも、お願いしてくださいませ。わたくしの可愛い子が、貴方の甥が魔王になるのです。名誉なことなのですよ」
「喧しい。おれを、兄と呼ぶなと言ってあるはずだが」
「……申し訳ありません。アッシュ殿。ですが、マーメイア様は紛れもなく、貴方の異母妹であらせられます」
「都合の良い時だけ、兄呼ばわりされても嬉しくはない。影で、混じり物、雑種呼ばわりしているのを、知らないとでも?」
兄妹仲が、すこぶる悪いと聞いてはいましたけど。
そうでしたか。
混血を、雑種呼ばわりでしたか。
なら、私も雑種と貶されるのですね。
伴侶に選ぶ気は毛頭ありませんが、婚家がこれでは行く気も失せます。
辞退させていただきます。
「そのような事実は、ございません。どうやら、お二人が蟠りがお生まれになったのは、他人の思惑に乗せられた模様です。この際です。アッシュ殿の養い子との縁組みを切っ掛けに、歩み寄ってはくださいませんか」
「トールに習って、お断りだ」
「何故ですの。何故ですの。わたくしの願いを叶えるのが、わたくしの役に立つのが、お前達の定め。何故に、逆らうのです」
「そりゃあ、あんたが大っ嫌いだから」
「貴様を滅ぼしてやるだけでは済まないほど、憎み怨みを晴らしてやりたいから」
「……!」
「それほどまでに、仲が拗れておりましたか」
トール君が、嫌うのは理解しました。
アッシュ君が抱えていた心情を面に出すのは、初めてのことになります。
いったい、女性は何をしでかしたのでしょう。
陰口を叩いただけでは、なさそうです。
側にいないのに、アッシュ君の怒気が伝わってきています。
鳥肌が立ってきました。
明日の武術鍛練が、少し派手めになりそうです。
八つ当りはされないだけ、ましです。
穏便に帰っていただけないものですかね。
これ以上、二人の感情を逆撫でしないで欲しいです。




