第5話
偽称クロス工房の職人から私を養女に迎える話は、本人の預かりしらない場で進んでいるそうでした。
あちらは、何日に迎えに行くと言い出しているようですが、無論なこと付き合う気はありません。
しかし、あちらの後援者が魔王領では名の知れた人格者であるので、一概に無関心ではいられないのが実情です。
トール君も知己を得ている人物で、ただ追い返して終わりとはならないみたいです。
「トール君の知り合いに、無理難題をふっかけてくる方がいるなんて。不思議です」
「真面目一直線なあいつが、金の亡者に変わってしまったのも、あの女が関係していてな」
疑問を口にしてみたら、渋面で答えてくれました。
リーゼちゃんが淹れてくれたお茶を一口含んで、少し気持ちを沈める。
トール君が毛嫌いする女性は、アッシュ君の異母妹さんでしょうか。
お会いしたことがないですから、為人を知り得ません。
アッシュ君やトール君も関与したくはないせいか、これまで話題にだしたこともないです。
今回、初めてアッシュ君の身内に触れました。
アッシュ君は魔人族と神族との混血です。
相反する属性の両族が婚姻したのは、アッシュ君と言う神魔を誕生させる為だけに為されました。
それは、世界神様の神託でありました。
ただし、深い理由は判明してはいません。
何故なら、アッシュ君のご両親が口を閉ざしているからです。
アッシュ君が誕生して、両者の関係が解消された今でも、お二人は黙秘しています。
アッシュ君自身も、公にはしてはいないです。
親友のトール君ですら明かしてはないので、私達が知ることはないでしょう。
ですが、推測できることがひとつあります。
それは、私に関係しているのではないかと。
アッシュ君は神族の能力を行使する際に、肉体が変質します。
普段の魔人族から、神々しい神族へと変わります。
ですが、両種族の血を引くせいか、弊害が産まれてしまいました。
二重人格と言っていいほどに、性格が変貌してしまうのです。
神族のアッシュ君は、感情の赴くままに行動してしまいます。
より苛烈に、より無慈悲に。
善悪の区別をせず、その時の感情で他者を断罪してしまいます。
なまじに、保有する能力が高すぎて、他者の抑止が効かなくなります。
一度暴走したら、自然に収まるのを待つしかなかったのです。
トール君でも止められない現状を打開したのが、私の存在です。
他者の言葉に耳を貸さない神族のアッシュ君が、私と召喚契約を果たした。
どうした訳か、私を主と従うのです。
魔人族のアッシュ君が力付くで破棄しようとすれば叶うのに、そうした素振りはしません。
豊穣のお母様も、アッシュ君を危険と断じて排除しようとされました。
ですが、契約内容が秘匿されたのです。
交わした本人たる私も、契約内容を口外どころか思い出すことが出来なくなりました。
そのことを不快に思う気分にすら、ならなくなりました。
分かっていることは、上級神ですら干渉が出来ない。
異常を異常と判断しないのは、世界神のおぼし召しである。
世界に害となるアッシュ君の暴走が抑止できるなら、私が人身御供になるのはやむを得ない。
神族はそう結論しました。
元々、いち妖精族がお母様の側に侍るのをよしとしない天人族は、諸手をあげて私をアッシュ君に預けました。
災害の種であるアッシュ君は、神域には立入り禁止となっています。
私ごと厄介払いされました。
神族のアッシュ君は上級神並みに能力が高いでしたし、神族も混血を疎んじていました。
互いに不干渉を黙認した形になりました。
まあ、豊穣のお母様は例外的に、私に関わってきていますけど。
他の神族は、干渉を許されてはいません。
まあ、その不干渉を楯に、神族の要求ははね除ける結果になりました。
例えば、クロス工房の支店を守護する国に作れだとか、贔屓する個人を優遇しろだとかの無茶苦茶な神託がありました。
私の調薬レシピを無償で公開しろ、と言うのもありました。
みな、トール君とアッシュ君が爽やかに却下しましたけれども。
要求どおりにいかない態度に、神罰を下す。
何て、憤られた件もありました。
神族も欲望に満ちた存在なのだと、教えて貰いました。
もっと、気高い種族だと思っていましたよ。
その分、魔族は欲望に忠実な種族だと考えていました。
しかし、魔王様は思慮分別が行き届いた方で、希少種族の保護に務めておられます。
人族との仲も悪くはなく、在位中は種族間戦争がありません。
他種族排斥、人族至上主義の帝国とも、外交面ではそれなりにあしらっているそうです。
帝国に関しましては思うことがありますが、よい時代に産まれて良かったと言っていいほどです。
次代の魔王位に私を関与させた件が、発覚するまでは。
「言いたがないが、アッシュの親父といい、あいつといい。あの女の血筋に狂わされた野郎の尻ぬぐいを、どうしてやらないとならないのか、腹が立つ」
重い溜め息をトール君が吐き出します。
迷惑をかけてきたのは、異母妹さんだけではないらしいです。
「傾国を自称する、魅了特化の女系種族のことですね」
「ああ、ラーズは近い種族だからな。知っているか」
「リコリスの情報です。ミラルカに来た魔王様の孫息子。表向きは男性ですが、本来は両性であり、母親から魅了能力を受け継いでいるようで、無自覚に垂れ流していると」
「是。セーラ、魅了、かけた」
「そうなのです? 気がついていませんでした」
魅了魔法。
異性や同性を虜にする禁術に指定されている常態魔法。
帝国の聖女も保持していた魔法です。
また、関わってくるとは思いもしませんでした。
「まあ、セーラの耐性はジェスやエフィが底上げしていますからね。滅多に、術中に填まることはないでしょう」
「是」
「ただし、過信は禁物です。あちらは、自分が正しいと信じて疑わない連中です。どのような手段を用いて、掻い潜るやもしれません」
「はい、分かりました」
「そうだな。うちの名を騙る工房の職人は、禁制の隷属魔導具を平気で作り出した。油断をついて、使用されたりするかもな」
うわぁ。
クロス工房を隠れ蓑にして、禁制の品にまで手を出したのですか。
本当に、何故摘発されないのでしょう。
不思議でなりません。
「裏で先導しているのが、あの女だからな。得意な魅了魔法で、取り締まる側を抱き込んでいる。こちらが告発しても握り潰されるか、下っ端役人が投獄されるだけで終わり。女の周囲まで辿り着かないのが現状だ。まあ、黙って見ている俺達ではないがな」
「何をしましたか?」
「そりゃあ、盛大な嫌がらせをしたさ。勿論、俺達がやった証拠はないけどな」
ちゃめっ気たっぷりに、トール君が嗤いました。
私達が保護される以前の話なようです。
非公式な魔王様の謝罪と仲介で、矛をおさめたとのこと。
神族なアッシュ君も暴れた為、魔王領に草地も生えない焦土と化した土地が残っているそうです。
その土地の魔素は歪み、瘴気の浄化も放置されている。
住み慣れた土地を追われた種族の怒りは、アッシュ君ではなく原因を作り出した側に向けられている。
そうした情報操作も、トール君達は仕掛けた。
「その一件でアッシュは、あの女を見限った。肉親だからとて、容赦しなくなった。まあ、魔王とも距離を、開けちまったがな」
「魔王様は、アッシュ君の身内なのでしたよね」
「異母妹の旦那の親父で、アッシュの親父の叔父だがな。アッシュの親父があの女の母親に堕落されなかったら、魔王位に就いていない」
改めて確認してしまうと、アッシュ君の身内は複雑怪奇なのです。
魔王位は血筋で継承していくのではないのですが。
求められる魔力の高さや質、保持している能力を有しているのが、アッシュ君のイシュザーク家でした。
アッシュ君の正式名は、やたらと長いです。
真名を召喚契約時に教えて貰いましたけど、おいそれと呼べないです。
うっかり呼ぶようなら、神族形態のアッシュ君を喚んでしまったりするからです。
あんな大騒ぎは、一度で懲りました。
そのイシュザーク家ですが、能力を保持する為に血族婚を繰り返して、維持しているのです。
従兄弟同士の婚姻は、珍しくはないのです。
ですが、過去には兄妹で夫婦だったり、父親と息子が伴侶を共有していたりします。
アッシュ君の伴侶候補に、異母妹さんの名が最優先にあげられていたりしても、おかしくはないのです。
まあ、アッシュ君は独身を貫いていますけど。
「彼の種族は魔王妃に固執していると聞きました。魔王妃には、僕等が知らない意味があるのですか?」
「その辺りは、アッシュに聞かないと断言できない。まあ、憶測でな。魔王妃にはある役割がある。それが、目的なんだろうな」
「役割?」
「ああ、当代がセーラを次代の魔王妃に指名しやがったのも、それが関係してくる」
「もしかして、浄化ですか?」
「それも、だがな」
トール君は、はっきりとは教えてくれません。
私が出来ることは限られますから、浄化が必要なのだと思いました。
後は、調薬技術ぐらいです。
「……。なら、先生。魔王妃は、魔力操作が優れていなければならないのでは?」
「気がついたか。ラーズの言う通りだな」
「ラーズ君、何です?」
「つまりは、魔王妃は魔王の補助的役割を担う。魔王領に張り巡らされた結界は、果たして魔王個人の魔力だけで補うことが出来るのでしょうか。それだけの魔力があれば、守護するだけではなく、侵略して敵を駆逐してしまえば、結界はいりません」
「えっ?」
「多分ですが、魔王領の住人から掠め取っているのではないのでしょうか。魔力なり、生命力を。そして、魔王妃は補助ができる代償に、不老か長寿の恩恵が受けられる。傾国を自称するなら、美貌の衰えを危惧しますから」
トール君の苦笑に、否応なしに気付かされました。
ラーズ君の推測は当たっている。
幼い頃、他種族を排斥する帝国から身を守るのに、何故魔王領に暮らさないのか聞いたことがあります。
保護者様方は土地があわない。
それだけを、言っていました。
素材入手のことを言っているのだとばかり思っていましたが、別な意味があっただなんて。
「竜種、魔王領、いない。搾取、されるから。父、母、棲む、断念」
「リーゼちゃん」
「竜種ほど生命力に溢れているのなら、搾取される魔力も多いのでしょう。そして、搾取に気付かない精神魔法も展開していそうです」
「リコリスちゃんの郷は、危険ではないですか。郷には幼い子供がいますよ」
悠長にお喋りしている場合ではありません。
警告してあげないと。
「セーラ、落ち着いてください。僕が気付くぐらいです。僕の数十倍は聡い郷長なら、対処しているでしょう」
いきり立つ私に、ラーズ君は冷静に押し留めます。
行き場のなくなった焦りが、ほんの少しラーズ君の落ち着き振りを恨めしく思ってしまいました。




