第3話
トール君とアッシュ君が談義を交わしていると、工房の入口に設置してある不審者警報が鳴りました。
警報は、工房の入店許証が所持者以外の手に渡っていたり、出禁にされている者が強引に入店しようとしていたら鳴ります。
又、トール君が指定している要注意人物が近づいても鳴るように設定されています。
本日は休日ですから、お店は開いてはいません。
常連さんには周知していますから、恐らくは私に用がある三人組か魔王の地位を狙う方々かもしれません。
そういえば、どこかの国の王族さんもまだ、諦めてはいないでした。
全身に神罰の痣が浮き上がり人前には出れなくなりましたが、恩赦を求めて神子を探しているそうです。
商業ギルドを通じて、密かに通告が来ていました。
トール君は放置していますけど。
商業ギルド長に、彼の国の商人と売買する権利は自由であるが、クロス工房との商売は当分見送るように話をつけたと教えて貰いました。
工房の入店許可証を発行する権利を、停止までしたそうです。
違反すれば、クロス工房の閉店の危機が訪れる。
以前のにのまいにしたくはない商業ギルドは、頷かずにいられなかったかと。
前回はある商会が潰れただけで済みましたが、商業ギルドが原因でクロス工房が営業しなくなれば、恩恵を受けている冒険者なりミラルカの住人なりからの反発は免れません。
実質、特級ポーション販売を独占してしまっているクロス工房の役割は大きいです。
あって当たり前のポーションが手に入らなくなれば、怒りの矛先が商業ギルドに向けられるのは必定です。
ギルド長以下、上層部が失脚しますよね。
酷いと商業ギルドが瓦解してしまいます。
日和見するしかないのです。
ですので、新規のお客様が休日に押し掛けて来るはずがありません。
どうみても、招かざるお客人です。
「んで、あいつ等はどうするよ」
「放置は駄目だな。店の迷惑を気にせず営業日に、やって来るだけだしな」
「あの女、財力だけは持ってるからな。何が何でも、自分の都合のよいようにしやがる」
「実力もないのに、血筋だけで寄ってくる阿呆に転がされる女だからな。自己中心に酔いしれて、有頂天になっているしな」
トール君とアッシュ君は、揃って溜め息を吐き出しました。
二人をここまで落胆させるアッシュ君の妹さんは、どんな方なのか気になりました。
ですが、聞き出せる雰囲気ではありません。
リコリスちゃんは知っているでしょうか。
後で、聞いてみましょう。
「はぁ。強制的に送り返すか」
「無難な選択だが、諦めないだろう」
「魔王の爺さんも、厄介な案件を出しやがる」
「身内が済まん」
「ラーズ、リーゼ。暫く、周りが煩くなる。こちらからは、喧嘩は売るな。ただ、セーラに何事か起きたら、排除勧告後に徹底して実力行使して構わない」
「はい。先生」
「了承」
警報が鳴り止まず、工房の結界に揺らぎが発生しています。
力業で結界をこじ開けようとしているのが、分かります。
休日の札が掛けられているのに、問答無用で押し入ろうとしているのです。
警ら隊に捕縛されてもおかしくはない行動に、常識を持ち合わせていないのか疑問に思いました。
舌打ちしてトール君とアッシュ君が、表に出ていきました。
「さて、どういうことになるでしょうか」
リビングに残された私達は、取り合えずソファに座りました。
お茶の準備はリーゼちゃんが名乗りを上げました。
私を一人にするのを嫌がったのです。
工房の住居区のトール君とアッシュ君の複合結界を破って、私を狙う隙はないと思いましたが口には出しません。
リーゼちゃんの安寧をもたらすなら、安いものです。
「相変わらず、リーゼさんは心配性ですわね」
「多分、リーゼの心配癖は一生直らないでしょう。僕も家族が喪われれば、狂気に満ちて復讐に走りかねないのは自覚しています」
「はい。わたくしも、自衛手段は身に付けております。足手まといには、ならないつもりでおります」
リコリスちゃんも、天狐の一族です。
毛皮や、ある薬の素材となる心臓を狙う輩に対抗する為に、闘う術を習わされています。
おっとり天然さんですが、敵対者には容赦なく攻撃していきます。
身の丈以上の大剣を片手で操り、ほふっていく姿に思わず拍手してしまいました。
力自慢の鬼人族と互角にやりあえる実力を有しています。
外見に騙されてはいけない見本です。
「リコリスちゃんは、充分に強いと思います」
「まあ、わたくしなぞまだまだですわ。母様には一度も勝利したこと、ございませんもの」
「あの女傑に勝てるのは、アッシュ兄さんぐらいしかいないでしょう。リーゼが本気を出しても、勝率は三割にも満たないですよ」
リコリスちゃんのお母様にお会いしたことはないので、為人は計りかねます。
ラーズ君は婚約の許可を得る為に、天狐の郷に出掛けたことはあります。
何故か、草臥れて帰宅しました。
これは、お父様の娘はやらん攻撃かと納得していたら、お母様に勝負を挑まれたと言いました。
どうやら、リコリスちゃんのお家はお母様が主導権を握っていた様子。
幾度となく勝負をしたそうです。
「誰、負ける?」
お茶を載せたトレーを手に、リーゼちゃんが戻って来ました。
不思議そうに首を傾げています。
「リコリスちゃんのお母様は、リーゼちゃんよりも強いそうなのです」
「リコ、守護の魔法、分かる。繊細、緻密、魔力濃度、濃い。実力充分」
「そうなのですよ。あの女傑は大胆不敵に見えて、底が見えない能力を保持しています。種族が違えば、魔王位を狙えたかもしれません」
魔王位に就く種族は、限定されています。
寿命が永く、魔力保持が量と質ともに高い魔人種が選ばれやすい傾向にありました。
幻獣種は同族重視で、他種族を排斥したり、関心がなかったりしています。
中には、見下したりする種族もいました。
特に、竜族は矜恃が高すぎて、治めるどころか不和の種を撒き散らして、魔境から追放されたのです。
力の弱い種族が幾つも淘汰されてしまっていました。
今では、人間種に竜族が狩られています。
因果応報ですね。
「お母様は、魔王位に興味はございませんが。昨今の魔王様について、何か申し上げたいことがあるそうです」
「次代について、とかでしょうか」
配られたお茶を飲みながら、リコリスちゃんは表情を歪めました。
お茶が不味かったではなく、魔境に思いを馳せているのでしょう。
ジェス君とエフィちゃんにお茶請けのクッキーを与えて、答えを待ちます。
「当代魔王様は、本日お会いしたお孫様を大変可愛がっておられます。次代に選びたいほどに」
意を決して、リコリスちゃんは話し出しました。
苦虫を何匹も噛み締めています。
その表情を見る限り、あの少年は魔王位に相応しくはないのだと察しました。
「彼の少年の能力は、あまり優秀とは言えません。お付きの従者の力を借りねば、満足にA級の魔獣を討伐できないのです。ましてや、魔境全土に結界を張る魔力もありません。それでは、魔境を守れません。彼の少年が魔王位に就く時は、魔境は終焉を迎えるでしょう」
「確かに、魔導具で外見を繕っているようでした」
「肯定。張りぼて」
「武具は真新しく、使い込まれてはなさそうでしたし。実戦経験は乏しそうでした」
「そうです。ですから、魔王位を継ぐ人材にある条件が付けられたのです。セーラさんを掌中に納めれば、必然的に保護者の皆様が手助けしてくれる。そうした目論みが、為されているのです」
魔王位を名誉職か何かと勘違いしている線が、濃厚になってきました。
平和惚けしていませんか。
他人任せの治世では、暗愚と馬鹿にされるだけですよ。
それにしても、魔王位を継ぐ条件がリコリスちゃんに伝わっていることの方が、重要な事態だと思います。
外部に漏れているのですから、私を思い通りに操ることが出来れば魔王になれてしまいます。
競走相手に事欠かないでしょう。
「あまり公には出来ませんが、彼の少年の父親は秘匿されております。表向きには、当代魔王様が婚約させたお相手となっておりす。しかし、未だに正式には婚姻されてはいないのです」
「僕達は、その辺りの事情を知りません。表向きとあれば、裏側も知られているのですか?」
「はい。噂話とされていますけれども、彼の少年を人物鑑定されれば分かるはずです。彼は、混血なのです。人間種との」
それは、驚きでした。
魔人種と人間種との混血は珍しいと言えます。
魔人種は無意識に魔力量で伴侶を見つけます。
大抵は、同族との間で婚姻していました。
希に、妖精種との婚姻を聞きます。
ですが、子供には恵まれはしていませんでした。
帝国内では、魔人種と妖精種との混血がダークエルフになると言われています。
誤った情報が流布していて、肌色の濃い海の妖精族が宗敵にされて困っています。
種族的には絶滅危惧種となってしまいました。
そんな、私以上に存在が危ぶまれている混血ですか。
能力以前の問題があります。
「ですから、彼は魔王候補からは外されていました。人間種との混血が魔王位に就くのを、忌避する反対派がこぞって噂を流しています。政情に疎い種族の耳にまで入るぐらいです。当代魔王様と母君は火消しに躍起になっておられますが」
「それが、セーラとどう結び付いたのか。まあ、聞くまでもなく、兄さん絡みですね」
「推測になりますけど、当代魔王様はアッシュ様を彼の後見に就かせ、跡を継がせたいのでしょう。些か、浅はかと言わざるおえません。素直に、アッシュ様に跡を託されるとよいのです」
辛辣になるリコリスちゃんに、賛同したいです。
大陸最凶なアッシュ君が魔王位に就けば、人間種とのいざこざは無くなると思います。
より強固な結界に阻まれて侵略は不可になります。
ただ、アッシュ君のお役目が果たせなくなると、魔素溜りの浄化が滞り、大地の汚染が広がる可能性が出てきてしまいますけど。
「人間種との混血が悪いとは言い難いですけど。血統で魔王位を得られると思うお子様に付き合い、滅びに巻き込まれたくはありません。郷長は、決断の時に至っております」
幻界に回帰した幻獣種がいましたね。
魔素が変質した瘴気に侵されて、災害獣に変異しない選択を迫られたのでしょう。
魔境も一枚岩ではなく、魔族と括られた種族が暮らす土地。
良識ある優秀な人物が魔王位に就くのを期待したいです。
他力本願ではない、己の才覚での治世が望ましいものです。




