第2話
リーゼちゃんに抱えられて、工房に戻ってきました。
正面玄関からですと人目につく恐れがありましたので、裏口に回りました。
工房はコの字型をしており、中庭に降り立ちました。
「ありがとうございます。リーゼちゃん」
「ん。たいした、ことない」
「お目当ての日用品が買えませんでしたのは、残念でしたね」
「肯定。セーラとお揃い、残念」
今日は、リーゼちゃんがお揃いに欲しいと言いました日用品を、買い求めに行ったのです。
リーゼちゃんは私を着飾るのが大好きですから、最終的には宝飾店に行きかねませんでした。
お店の給金や作製した鍛治製品の販売代金を、全て貯蓄しているリーゼちゃんは使う時にはお金の出し惜しみをしません。
自分のお金をどう使用するか、保護者様方は基本放置気味です。
細かいことに無頓着なリーゼちゃんのお金の管理は、ラーズ君が任されています。
私は私で、調薬の素材や機材に大金を積む癖があり、リーゼちゃん同様にラーズ君にお任せしています。
ラーズ君が独立するまでに、果たして妥当な金銭感覚が培われるか、甚だ遺憾に思います。
「あー。お前達、帰ってきたか」
「ただいまです。トール君も、お帰りなさいです」
「お帰り」
リビングに移動すると、トール君が帰宅していました。
が、ソファにふんぞりがえるトール君の足元、床に正座をさせられている魔人族の男性がいました。
何事ですか?
やや、トール君はお怒りな様子。
男性は恐縮した素振りを見せています。
「なあ、おかしな三人組に会わなかったか?」
トール君の質問に、街で出会った三人を思い出しました。
彼等も、魔人族の少年がいましたね。
お身内でしょうか。
「会いましたけど。すぐに、別れました」
「セーラ、危険。撒いた」
「ちっ。おい、そっちの教育係りは何をしてやがる」
「済みません、済みません。何分にも魔人族でも、尊い身分でして、悪気があっての事ではないのです」
「だからと言って、俺の身内を保護者の同意なく、連れ去ろうとするのは、馬鹿にしているだろう」
あのぅ。
話が見えません。
ラーズ君はまだですか。
リコリスちゃんと、デートの続きをしてないでしょうか。
早く帰宅してください。
「先生。説明」
「おう。何でも、魔王の代替りが行われるんだと。んで、次代の魔王になるには試練が課せられた」
ひとつ、魔境全土に守護結界が張れる魔力を持つこと。
ひとつ、保護している稀少、弱小種族を続けて庇護すること。
ひとつ、何某かの功績を積むこと。
ひとつ、最凶魔人族から認められること。
ひとつ、最凶魔人族の宝を持ち帰ること。
ひとつ、指定する妖精族を嫁に迎えること。
後半の三つの条件に、当てはまる案件がありますよ。
最凶魔人族とは、アッシュ君のことですよね。
認められることは、武術なり、智識なりを披露すればよいかと思います。
宝は、何でしょう。
アッシュ君は、財宝には興味なさげな魔人族です。
余りある財産を所有していますが、大陸を渡り歩いている際に救護院や養護院に多大なる寄付をしています。
執着する物に、記憶がありません。
個人的には、最後の条件が気になります。
トール君の不機嫌さから、思い付きます。
「ん。理解。魔王、ぶん殴る」
「私を条件に加える意味が分かりません」
リーゼちゃんが今にも飛び出しそうなので、腕を取りました。
竜体で乗り込み、竜の吐息を見舞いかねないです。
「何を仰います。お噂は魔境まで、伝わっております。豊穣の女神の神子。貴女の才を存分に魔境にお使い頂ければ、魔境は豊かな土地となります。生意気にも、大陸を支配すると嘯く人族から、奪われた土地を取り戻すこともできましょう」
「あ゛あ゛?」
私に詰め寄り手を取ろうとした男性に、トール君が蹴りを喰らわしました。
リーゼちゃんが、怒気を露にします。
この男性は、私に近付きながら繊細に魔力を練っていました。
拘束と、転移。
私を魔境に連れ去ろうとしたのです。
「ふざけた事をしてくれたな。昔馴染みの縁でアンタを招き入れたが、誘拐をしでかすならアイツも俺の敵だ。帰って伝えろ、報復を待っていろ」
「お、お待ちください。あの方は、無実です。自分の独断で……」
「煩い、消えろ」
天人族の翼を展開して、トール君が喚く男性をあるべき場所へ強制転移させました。
転移魔法陣に飲み込まれていく男性を睨みつけたまま、手土産で持参したであろう荷物も放り投げました。
不意に右手を挙げて、虚空に呼掛けます。
「アッシュ。緊急事態だ。至急、帰宅しろ。でないと、お前の宝が奪われるぞ」
『……分かった』
魔力を対価にする通信です。
アッシュ君は帝国にいますから、普通の魔導具の通信具では繋がりません。
通信妨害や、盗聴を危惧して魔力通信をしたのだとわかります。
召喚による念話と違って、魔力を膨大に消費しますから、ここぞと言う際の非常通信手段として使われています。
〔セーラちゃん、何が起きたの?〕
〔トールしゃまの、魔力が恐いでしゅの~〕
お昼寝から覚めたジェス君とエフィちゃんが、ポーチから出てきました。
肩と首筋に寄り添われて、擽ったくなりました。
「ただいま戻りました。先生? 何がありました?」
「お邪魔致します。まあ、トール様におかれましては、ご機嫌が損なわれているご様子。いかが、致しましたか?」
「馬鹿が、いた」
「街で出会いました、三人のお身内らしき魔人族の方が、私を拉致しようとしました」
「拉致とは物騒なことですね。ですが、暫く観察した三人組もセーラを魔境に連れていくと、話していました」
「何でも、魔王の地位とか仰っていましたわ」
ラーズ君の帰宅です。
リコリスちゃんを伴い、リビングに現れました。
私達の簡素な説明に、ラーズ君も観察内容を教えてくれました。
街中で公言していたのは、いかがなものでしょう。
ミラルカには、多種多様な種族がいます。
耳の良い情報屋さんに、垂れ流しているも同然です。
情報は、お金になります。
商人経由で他国にしれわたりますよ。
「ラーズ。その三人組は、魔人族、妖精族、獣人族の三人か」
「はい、そうです」
「魔人族の方に見覚えがありますわ。確か、当代魔王陛下の外孫に当たります」
「やはりな、アイツの息子だろう」
リコリスちゃんの言葉に、トール君は苦虫を噛み締めています。
見当をつけた人物に、嫌気が差しているのが分かります。
昔馴染みの方でしょうが、関わりたくないのだと理解しました。
〔トール君、ご機嫌斜め〕
〔気持ちが悪い魔力残滓がありましゅの~。セーラしゃま~、浄化しましゅの~〕
エフィちゃんが、光魔法を行使しました。
男性が正座した場所と、蹴り飛ばされた場所に、見慣れない魔法陣が隠されていました。
光魔法で浄化されると、確かに気味が悪い魔力が消えていきます。
「呆れた。置土産に、探査と盗聴かよ。しかも、アイツ直結。益々、存在を消し飛ばされたいのかよ」
トール君がきづいて、更に浄化魔法を重ねがけします。
それはもう、念入りにです。
鬼気迫る表情で、払拭しようとしています。
「トール、何があった」
そこへ、アッシュ君の帰宅。
転移室にでなく、直接リビングに転移してきました。
緊急と言われましたので、手間を省いたのでしょう。
しかし、飄々とした態度は、トール君の怒りを買いました。
「お前の異父妹が、俺の娘同然のセーラを拉致しようと企みやがった。甥がセーラを探しにミラルカに来やがった。おまけに、魔王が嫁に迎える奴を次代の魔王にすると宣言しやがった。お前も、俺の敵か?」
アッシュ君の胸倉を掴み、厳しい眼差しを向けています。
喧嘩に発展しそうな勢いです。
トール君の独白に、新事実がありました。
昔馴染みさんは、アッシュ君の異父妹さんでしたか。
そして、あの三人組の中に、甥がいた。
アッシュ君が伯父さん。
そちらの方が、強烈な印象を残しています。
「待て、情報を寄越せ。あの女は、共通の敵だろうが」
「アイツがお前の名を出して、セーラを嫁に寄越せと言ってきた。話を持ってきた腰巾着も、セーラを使って奪われた土地を取り戻す気でいるぞ」
「人族を一掃するのが、あの女の生き甲斐だからな。それにしても、おれがセーラやリーゼを生半可な奴に嫁に出す訳がない。せめて、おれを倒せる気概を持つのが最低限の条件だ」
「おう。序でに、資産も潤沢に持つ奴な。生活に不自由掛ける奴は、論外だ」
「多少の賭けごとには、目を瞑る。が、浮気は赦さん」
「先生、兄さん。脱線していますよ」
「お二人のご様子ですと、セーラさんとリーゼさんは、嫁き遅れになりそうですわ」
あはは。
率直なご意見が、当たりそうな未来です。
リーゼちゃんは、キョトンとしています。
お嫁にいく気が出来るのか、心配です。
お婿さんより、私やラーズ君を優先してしまいそうですから、忍耐強い竜の方が望まれます。
が、竜族は番の独占欲が強い種族です。
嫉妬するお婿さんを物理的に排除、或いは死後の世界に送ってしまいそうです。
困りました。
「大丈夫。嫁、行かない。セーラ、貰う」
「リーゼ。一生、セーラを養う気ですね」
「肯定。兄妹、一緒」
「はあ、僕も入っているんですね」
「リコ、一緒いい」
「まあ、ありがとうございます」
リーゼちゃんの問題発言は、家族の喪失を恐れているからですね。
兄妹が離れるのを、由としない。
ラーズ君の伴侶たるリコリスちゃんを加える気になる分には、成長していると思われます。
以前は、リコリスちゃんを敵だと判断していましたし。
ラーズ君やトール君に言い含められて攻撃には走りませんでしたが、兄を奪う異性を威嚇していたのは遠くない過去です。
リコリスちゃんが天然さんでしたので、毒気を抜かれたとも言います。
リーゼちゃんの懐は浅く狭く、他人には無関心。
ですが、敵意がないと分かれば、家族と受け入れてくれます。
私ほどではありませんが、庇う度量を見せてくれます。
対して、ラーズ君は種族固有の性質で、懐に入れても猜疑心は持ち続けます。
何の躊躇いもなく素の態度を取れるのは、数えるぐらいしかいません。
リコリスちゃんが受け入れられた時には、工房の職人全員が驚きに満ちました。
トール君やアッシュ君に、保護者のイザベラさんが念を押して、気持ちを何度となく確かめたほどです。
当人は恋かどうか分からないが、リコリスが側に居ても落ち着くと惚気たそうです。
ただ、今の処は私達から離れる気分ではなく、婚姻も当分はしないと言っています。
リコリスちゃんもラーズ君と相違ない考えで、ミラルカに嫁ぎに来ても構わないとしています。
アッシュ君によりますと、天狐は群れを厭う傾向にあり、天狐の郷も幼い子供を育てる場所であり、老成した隠居の場所と位置付けているようです。
若い天狐は、郷から出て暮らしているとのこと。
どうやら、私とリーゼちゃんがお嫁に行くよりも、リコリスちゃんがお嫁に来る方が早そうです。




