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第1話

お待たせ致しました。


「皆様、お久しぶりです」


 ふんわりと笑う狐耳の美少女が、律儀に頭を下げました。

 隣では少しお怒り気味のラーズ君がいます。

 はわわ。

 私とリーゼちゃんは固まっています。

 何故なら、ラーズ君のデートの後を尾行していたからです。

 リーゼちゃんの風魔法で匂いは誤魔化せたのですが、気配察知に特化しているリコリスちゃんを侮っていました。

 ラーズ君と楽しくウィンドショッピングしていたリコリスちゃんが、不意に振り向いて近付いて来てしまったのです。

 逃げる間がありませんでした。

 流石は、天狐のリコリスちゃんです。

 やや天然さんですが、礼儀には厳しいのです。

 見つかるや否や、にこにこ笑顔で挨拶をされました。


「リーゼ、セーラ」

「奇遇ですね、ラーズ君。私とリーゼちゃんは、女の子のお買い物です」


 ラーズ君が睨んできています。

 嘘ではなく本当にお買い物なので、私は弁明しました。

 まさか、前を歩くラーズ君を見掛けて、尾行していたとは言えないです。

 本日は、工房の休日です。

 当初、私は竜の長さんから頂いた擬装の神器で変装して、リーゼちゃんと街中を歩いていました。

 ミラルカでは、リーゼちゃんが私とラーズ君以外の他人と出歩く姿は稀です。

 大通りに出るなり、注目を集めてしまいました。

 警ら隊に何度も質問されてしまいましたよ。

 主に、私がです。

 ですので、擬装は止めました。

 私を神子だと称して探す勢力が有るのを知る警ら隊は、防犯にはなるけどリーゼちゃんが隣にいる以上は騙しようがないのでは。

 と、苦言を頂きました。

 そうなのですよね。

 ミラルカでは私だけではなく、リーゼちゃんも擬装しないと意味がなかったです。

 反省しました。

 まあ、ミラルカで私を拐う輩は、滅多にありません。

 近付いて来る前に、ラーズ君なり、リーゼちゃんなりに排除されてしまいます。

 警ら隊も巡回していますし、何よりも保護者様方の過保護な守護魔法に守られていますしね。

 一番に駆け付けてくれるトール君とアッシュ君の恐ろしさは、ミラルカに知れ渡っています。

 知らないのは他国の勢力さん達だけになります。


「そうですわ。わたくし、セーラさんにお願いがありますの。何処か、喫茶店にでも入りませんか?」


 天然を発揮するリコリスちゃんのお願いに、ラーズ君も肩を落として同意しました。

 ごめんなさい、ラーズ君。

 リコリスちゃんが魔境の天狐の郷から外に出てくるのは久しぶりなのに、デートの邪魔をしてしまった様子です。


「まあ、いいです。お説教は後にします」


 うっ、帰宅したらラーズ君のお説教。

 何とか、回避できないでしょうか。

 ご機嫌なリコリスちゃんとは対称的に、私とリーゼちゃんは気が重くて仕方がありません。

 ラーズ君のお説教は、理詰めできますので、頭が痛くなります。

 正座も足にキて苦しくなるだけでした。

 ああ、リコリスちゃんのお願いの難度が高いといいです。


「で、リコリスのお願いは何ですか?」


 リコリスちゃんが食べたがっていたスイーツのお店を把握して、案内したラーズ君が切り出しました。

 オープンテラスの一角に陣取り、美味しいスイーツにますますご機嫌なリコリスちゃんは、一枚の用紙を取り出しました。


「本当はギルドに依頼した方が良さそうなのですが、わたくしはじかにセーラさんに依頼した方が良いと判断しております」

「? お薬の発注書ですね」

「はい。近頃、年若の子供達と、年配の方々が病に罹患する割合が多くなってきました」

「病にですか。ですが、お薬の内容からしたら、魔力関係の病に罹患する方が多いですね」

「はい、そうなのです。皆様も活躍なさったとお聞きしています。帝国の魔物大量発生(スタンピード)による地脈の乱れが、わたくしどもの郷にまで害をなしているのです」


 帝国のスタンピードは、大陸中に知れ渡っています。

 実に、国土の三分の一を呑み込んで、甚大な被害をもたらしました。

 私達も大地の御方に頼まれて、密かに鎮静化を担い手助けをしました。

 巨大な銀狐と蒼穹の鱗の竜が暴れ回り、発生現のひとつは潰しました。

 しかし、スタンピードの発生現は帝国の内部にも及び、肥沃な穀倉地帯が壊滅したそうです。

 そして、浄化を担った聖女を地割れが襲い、若い命を代償に帝都は無事ですみました。

 残された聖者は聖女を悼み、浄化に邁進してスタンピードは、終焉に向かいました。

 公には、人道的支援で神国の聖職者も、この時ばかりは敵対する意思を無くしていました。

 スタンピードは、神国でも発生したのです。

 比較的小規模でしたので、世間には流布しませんでしたが、アッシュ君の情報収集により知りました。

 大陸の各地にスタンピードが発生していた。

 その事実は、秘匿されました。

 帝国も神国も諍は止めて、自国の復興に日々を費やしています。


「被害は、天狐の郷だけですか?」

「ラーズ様の推測は正しいですわ。近隣の幻獣の郷が、魔境から界を隔たりました。いずれは、わたくしの郷も幻界に引きこもるかも知れません」

「幻界に行かれたら、リコリスとは頻繁に会えなくなりますね」

「わたくしは出来るならば、ラーズ様のお側にいたいですわ」


 自然と惚気が始まりました。

 普段は冷静なラーズ君も、リコリスちゃんがいると彼女優先になります。

 妹離れには、良いお薬です。


「最近、薬、需用、高い」


 ぽつりと、リーゼちゃんが呟きました。

 そうでした。

 商業ギルドと冒険者ギルドから、お薬の発注が倍になってきていました。

 ポーションの素材が値上りもしています。

 工房以外の調薬師から、素材の融通もして欲しいとの声もあります。

 適正価格で販売しない薬草問屋が、商業ギルドに摘発されたりもしています。


「何だか、暗い話題が続いていますね」

「セーラ、同意」

「確かに、最近の動静は穏やかではないです」

「アッシュ君も、中々帰宅しないです。聞きたいことは、沢山ありますのに」

「兄さんは、未だに聖者を支援しているのでしょう。騎士から聖者に鞍替えした貴重な人物です。一朝一夕では、いかないでしょう」

「トール君もドラグースと神国を行ったり来たりして、落ち着く暇もないです」

「ん。竜騎士、今一」


 アッシュ君は帝国にて、聖者さんにとっては嫌がらせの支援しています。

 浄化の教師役を名乗りあげて、帝国内を連れ回しているそうです。

 トール君は混乱している帝国に攻めいろうとしていた神国に、お灸を据えに出かけて帰ってきてはいません。

 竜騎士が誕生したドラグースは、不慣れな騎士訓練に明け暮れていると、竜騎士派遣を遅延していました。

 そこへ、神国内でのスタンピード。

 右往左往な世の中になりました。

 私達がまったりとミラルカで過ごしているのも、監督役の二人がいないからでした。

 冒険者ギルド長のイザベラさんからは、ミラルカ近隣の依頼は受けても、他国には往かないでと言われています。

 あの、人食い迷宮の攻略をしても、良さそうでした。


「ラーズ様」

「ん、ラーズ。招かざる、客。警戒」


 思案していましたら、リコリスちゃんとリーゼちゃんから注意を受けました。

 私達の周囲は、ラーズ君の幻術がかけられて、認識阻害をされていました。

 続いて、リーゼちゃんの風魔法で会話が聞こえないようにしてありました。

 二重の結界に阻まれて、他人は近付いてこない風になっていました。

 そこへ、桁違いな魔力の持ち主が、術を破ろうとしていました。

 デートですから、帯剣はしていなかったラーズ君が、双剣を装着しました。

 私は短剣は忍ばせています。

 小型ポーチには、お眠なジェス君とエフィちゃんがいます。

 敵意に敏感な子達が反応していませんので、緊迫した状況ではないと推測しました。


「ああ、もう。厄介な術だな」

「だから、正攻法で工房に行けば良かったんだ」

「しょうがないだろ。目当てな人物が、目の前にいるんだ。猪突猛進な、あれに何を言っても無駄」

「うし。破れた」


 奇妙な三人組の一人が、躍起になって術を力業で解除しようとしています。

 呆れて、ラーズ君は解除した為に、術を破ったと誤解されました。

 三人組の特徴は、黒髪金眼の魔人族、金髪碧眼の妖精族(フォレエルフ)、赤髪緑眼の獣人族。

 見覚えはありません。


「本当にいた。海の妖精族(メーアエルフ)の少女。竜人と獣人の守り手」

「一人多いけどね」

「煩い。感激に浸っているのを、邪魔するな」

「事実を言っただけだよ」

「ほらほら、喧嘩はしない」


 唐突に始まる寸劇に、警戒は最大限にしました。

 ラーズ君と同年代らしき三人組の身形は、どうみても高級品だとわかる装飾がなされた装備一色。

 使い込まれた様子はないです。

 冒険者とは思えません。

 一体、何の用でしょうか。

 分かるのは、三人組の目的が私にあることです。


「話の続きは、工房でしましょう」

「そうですわね。邪魔が入りました」

「肯定」


 冷たいラーズ君とリコリスちゃんに、同意するリーゼちゃん。

 お会計は先に済ましてありますので、席を立ちました。

 寸劇に付き合う義理はないです。


「ああ、待って。話を聞いてくれ」

「此方には、ありません」

「お前には、聞いてない。用事があるのは、メーアエルフにだ」

「ますます、付き合う気はないです。さようなら」

「ご機嫌よう、皆様」


 鉄壁なラーズ君の砦は崩せず、リコリスちゃんが淑女なお辞儀をします。

 リコリスちゃんが注視を浴びて、私から気が削がれます。

 ラーズ君は見逃しはせずに、私に幻術をかけます。

 姿隠し(インジビル)が発動して、私の姿が消えた一瞬の隙に、リーゼちゃんに抱えられて空に逃れました。

 ちょっとした、風の目眩ましも与えておけば、三人組は私を見失いました。


「えっ?」

「しまった。逃した」

「何処に隠した!」


 三人組がラーズ君に詰め寄りました。

 が、胸倉を掴もうとした手は、空を掴みます。

 ラーズ君とリコリスちゃんも、幻術でテラスから離脱しています。

 悠々と、焦る三人組を真下にして、リーゼちゃんは空を駆けます。


「何事でしょうね」

「興味無し」


 にべもなく、リーゼちゃんは切って捨てます。

 私も興味はないですから、じきに忘れるでしょう。

 ですが、警戒は怠らないようにはしておきます。

 アッシュ君とトール君が不在な中で、不穏な出来事には近寄らない方が無難です。

 工房の名が出ていましたが、新規のお客様ではないように見えました。

 割り札を所持していないので、工房には辿り着くことはないでしょう。

 久しぶりの休日が潰れたのが、残念でなりません。




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