第33話
遅れました。済みません。
にゃあ、にゃあ。
キュウ、キュウ。
「否定、拒否、嫌、駄目、お断り」
胸元にジェス君、首筋にエフィちゃん。
更に、帰還したリーゼちゃんに抱き付かれています。
案の定なのですが、リーゼちゃんに神域でのお篭りを否定されています。
ジェス君とエフィちゃんが鳴いているのは、神獣の自分達も入域できないと教えられたからです。
リーゼちゃんが御使い様をのしてしまった一件から、契約召喚獣をお母様の神域に入れるのが、許可されなくなったのです。
契約していなければ、着いていけた。
その事実に、ジェス君とエフィちゃんは盛大に鳴いていました。
〔いやぁ。ジェスもいくのー〕
〔エフィも、でしゅの~〕
「絶対に嫌」
頑固なリーゼちゃんに断言されてしまいますと、梃子でも私から離れなくなります。
そのうちに、竜族の秘境に拉致されてしまうのではないかと、ラーズ君は心配していました。
しっかりと竜の翼が出ているリーゼちゃんは、今にも窓から脱出して空に飛び出しそうです。
転移魔法はアッシュ君に邪魔されてしまいますので、実力行使に至るかと思われます。
「はぁ。分かった。なら、折衷案だ。浮島の周囲の気象を操作して、上空からの侵入を赦すな」
「了承」
〔はぁい〕
〔浮島、透明にしましゅの~〕
アッシュ君が重い息を吐き出します。
右手を額にあてているのは、頭痛がしているからでしょう。
私の安否には人一倍気を使っているアッシュ君も、リーゼちゃんとおちびさん達が束になって拒否する姿は、思っている以上に痛いみたいです。
あっ。
そうです。
私達は今は浮島のリビングにて、お話し合いをしています。
工房のリビングですと、セイ少年や見習い君達に聞かれてしまうのを懸念しました。
セイ少年はいずれはニホンに帰還しますし、見習い君に余計な情報を与えていなければ、万が一敵対する勢力に拉致されても、情報がないので取引材料にはならないです。
役立たずで処分の対象になったとしても、後見人であり師匠が全力で以て取り返しにいきます。
トール君も見習い従業員は、身内だと吹聴しています。
職人気質の引き籠り集団たるクロス工房の職人は、仲間意識は高いのです。
戦闘力がある方々は、嬉々として自分の製品の実験に邁進するでしょう。
一番悪どいのは誰か、なんて賭け事の対象にしてしまうかもです。
それに、エフィちゃんはまだ世間に御披露目してないですからね。
余計な波風は立てないのが、信条です。
「今、やる?」
「あっ、待ってください。気象操作は、どう言った具合になります?」
「暴風制御、風の渦、雲の膜、作る」
「なら、私の魔力譲渡は二割負担でお願いしますね。後は、上空は太陽光が入る仕組みにして欲しいです」
〔ジェス、空間歪曲する〕
〔はい、でしゅの~。陽光は屈折させましゅの~〕
風と雲に取り巻かれると、気温が急激に下がってしまいます。
それでは、稀少な薬草が枯れてしまいます。
上級や特級の薬草は、温度管理が難しくて困らせてくれます。
私がドラグースに居た間に、ギルド長のイザベラさんが傘下の調薬師に発破をかけて、何とか量産にこぎ着けていました。
しかし、一定の水準に満たない擬い物が出回る羽目になったそうです。
何人かの商業ギルド員が捕縛され、関わった調薬師も資格剥奪に追いやられたとのこと。
私の帰還を知ったイザベラさんからは、既に納品依頼を受けています。
まあ、手持ちの数で凌ぎましたが、暫くは調薬に勤しまないといけなくなりました。
何でも、発見された人食い迷宮を、アッシュ君以外の高ランカーに依頼して再調査した模様です。
やはり、人の欲望を反映した迷宮と分り、入宮制限が取られることになりました。
入宮出来るのはCランク以上で、様々な耐性に対処出きるポーションや魔法が所持しているパーティのみとなりました。
それだと、私達年少組は入宮出来ません。
残念です。
ならば、私が出来ることは、被害を防ぐ耐性薬と安定したポーション供給するだけです。
薬草には、お日様の光が欠かせません。
風と雲にすっぽり覆われないのでしたら、私に不満はありません。
「ん。調整した」
「二重結界か。維持出来るのか?」
「頑張る」
「二割負担を提案しましたが、辛いようなら申告してください」
「ん。了承」
リーゼちゃんは気負いなく魔力と竜気を練り、気象を操作していきます。
見る間に、浮島に風と雲の膜が展開していってます。
お仕事素早いです。
負けじとジェス君とエフィちゃんも、上空からの陽光を屈折させながら薬草園に降り注がせています。
これで、浮島のお篭りが確定しました。
「話は変わりますが、竜騎士は結局どうなりましたか?」
「あっ、私も気になります」
「ん。適任者、期待外れ。成れなかった」
あら。
有力候補のジェイナス氏は駄目でしたか。
リーゼちゃんがなついていた気がしたのですが、外れでしたか。
では、竜騎士には誰も成れなかったのでしょうか。
「二人、なった。一人は、ヴェルサス家の令嬢。一人は、その乳兄弟」
「女性が竜騎士に?」
「肯定。爺さんの孫娘、従兄弟。二人で、ヴェルサス継ぐ」
以外なダークホースが現れましたね。
女性が竜騎士とは、思いもしなかったです。
リーゼちゃんの話では、ジェイナス氏は飛竜に拒絶されたそうです。
竜騎士最有力候補が、落竜した。
儀式の斎場は、呆然とした空気に包まれました。
ヴェルサス家のお爺さんとトール君も、これには驚いたといいます。
なにせ、リーゼちゃんの御墨付を戴いていました。
候補者の皆さんも絶望していました。
やはり、竜騎士は誕生しない。
ドラグースは、竜に見放された。
何とも言い難い雰囲気の中で、毅然と立ち向かったのは件の令嬢でした。
男達の不甲斐なさに頭にきていたそうで、ドレス姿で飛竜に飛び乗りました。
慌てて父方の従兄弟の方が、同乗して飛竜を抑えにかかり、二人して認められたのです。
リーゼちゃん曰く、ジェイナス氏は心中で正統な後継者のリーゼちゃんとお爺さんの孫娘を、両者伴に己れの妻にと考えていた。
そして、レンダルク家と王家がなし得なかった、竜騎士の功績で野望を抱いていたそうです。
王家を裏から操っていたレンダルク家は当主が不在(実際は竜族の精神憑依で既に故人となっていました)、国王は精神不安定で療養が必須な状態にあり、ヴェルサス家の後ろ楯があれば王位を狙えるのではないか。
大それた野望を飛竜に感知されて、拒絶されました。
ヴェルサス家は、実力を示したお爺さんの孫娘が跡を継ぎ、従兄弟を婿に迎えて国を支えていくようです。
リーゼちゃんは、きっぱりと後継者の立場を棄ててきたとのこと。
会話したら、芯の通った女傑だと感じられたようで、立派な当主になると太鼓判を押しています。
お爺さんの身体を癒した私にも、丁寧なお礼状が届いていました。
狐の獣人のリーナは、ミラルカでは存在しませんですからね。
クロス工房の名で、お返事を出すつもりでいます。
そして、レンダルク家ですが。
当主が魔物に喰われたと、公に発布されました。
審判の石版を喪い、当主も亡くなり、レンダルク家は分裂を始めているそうです。
召喚者の自称勇者は、ヴェルサス家の令嬢に飛竜をくれと言い放ち、ヴェルサス家を敵に回しました。
ドラグースでの庇護者がいなくなった自称勇者は、お付きの神官によって神国に強制帰還。
残されたレンダルク家令嬢は、当主の座を狙う格好の餌食となりました。
親を喪い、頼りにしていた自称勇者は見捨てた。
彼女は、精神憑依した竜族の被害者です。
トール君がそれとなく支援して、母親と一緒にドラグースの良心でありました宰相さんに、保護されています。
「彼女自身は、自称勇者さんの魅了は解けていましたか?」
「肯定。トール先生、解いた。すっかり、おとなしくなった」
「二重の意味で、彼女も被害者ですからね。トール先生も黙っては、いられなかったでしょう」
「ん。少し、話せた。悪夢、見ていた感じ。自分では、ない、言ってた」
魅了魔法は、本人の意思を歪めます。
気付いても、それが当たり前だと上書きされてしまいます。
悪夢であるとは、言い得てしまいます。
「更正できるのなら、それに越したことはありません」
「ん。彼女なら、やれる」
「リーゼが言うのであれば、彼女は変われるのでしょう」
相対した私達も、彼女には不幸になってほしくはありません。
魅了魔法に囚われた脆弱な精神を鍛え治して、レンダルク家を再興していただきたいです。
「ドラグースは、トールが建て直しを図ったか。だが、神国と帝国は厄介な状態になったぞ」
「帝国は魔素溜りが発生して、猟兵団が混乱していましたよね。神国はメル先生が間に合わなかったのです?」
「ああ。聖王が亡くなり、神託を受けた候補者が数人現れた。中でも急先鋒な好戦派が、荒れている帝国を攻める準備をしている」
「兄さんは、戦争が起きると?」
「高確率で起きるな。俺達が黙っているのなら」
アッシュ君は、断言します。
神国には其々信仰する神々が、数多くいます。
神族も一枚岩ではなく、信仰を集める為には戦争を好む神がいます。
アッシュ君は、戦争によって大地の気脈が侵されて魔素溜りが発生していく未来を描いています。
「大地の上級神が反対して、即戦争にはならないだろうが、小競合いは起きるな」
「帝国には、実りの女神が守護神に就任したばかりです。未だ、大地の掌握には至っていないでしょうね」
「そうだな。聖者も聖女も未熟だ。日に日に魔素溜りは発生していく」
「最終的に、豊穣の神子が出張る羽目にならなければ、いいのですが。こればかりは、僕も読めません」
「ん。同意」
戦争で血が流された大地の浄化は、未熟な聖者さんと聖女さんには荷が重いですからね。
アッシュ君だと、大地ごとドカンといきそうですし。
ラーズ君が言う通りに、私の出番になりそうです。
人形に宿るお母様では、人の世に干渉し過ぎて神格が降格になりそうです。
そうしない為には、私が頑張らないといけないです。
それに、私にはアッシュ君以上に最強な味方がついています。
彼の目覚めに繋がる行為はしたくはないのですが、神々は疲弊する彼を望んでいます。
「アッシュ君は、神託の内容は把握しています?」
「大体はな。安心していい。あれは、目覚めさせない。トールも一致している」
アッシュ君には、私が危惧している内容を悟られていました。
神世の戦争に誕生した、神殺し。
目的の為なら、自我を捨てて殺戮の人形と化してしまう彼。
アッシュ君とトール君が、手を出せない神を断罪して助けてくれた彼。
このまま、眠らせてあげたいのです。
できるなら、遠くない未来に起きそうな戦争を回避したいものです。




