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森と海の娘は平穏を望む  作者: 堀井 未咲
ドラグース編
140/197

第32話

「トール君?」

「はあ。厄介な事案が増えたもんだ」


 総長さんが転移した後を見つめていたトール君は、重苦しい息を吐き出しました。

 声をかけてみましたが、渋面な顔付きをして、振り返りました。


「ジーク。メルの元へ戻っていいぞ。後は引き継ぐ」

「ふむ。了承した。リーゼ、そなたが決めたのなら、我は兎や角言わん」

「ん。ヴェルサス家、適任者、いる」

「了承している。然れど、竜族はならぬ」


 ジークさんはリーゼちゃんの頭を撫でて、竜騎士の存続を委ねました。

 ドラグースの王家を呪ったのは、リーゼちゃんのお母様です。

 実の娘が呪いを晴らすかは、ジークさんなりの温情でしょう。

 リーゼちゃんはヴェルサス家のジェイナスさんが適任者だと、出会った当初から気付いていたようです。

 しかし、お父様のように竜族を騎竜に選ばれるのは、釘を差していました。


「そうだな。俺も反対だ。飛竜(ワイバーン)クラスなら、勢力図もそう変わらない。が、今のドラグースには、過ぎた戦力かもな」

「うむ。神国も、長が代わる。ドラグースも、長が代われば、帝国と帳じりがあうな」

「帝国に、何が起きましたか?」


 勢力図とは、不穏な言葉です。

 神国の聖王が代わるとのことは、メル先生の治療が間にあわなかった。

 クロス工房に、ペナルティは発生するでしょうか。

 気になりましたが、帝国の様子がもっと気掛かりになりました。


「セーラには話しておいた方が良いな」


 ジークさんがメル先生の元へ転移されるのを見送り、トール君は切り出しました。


「聖女の一件で守護神が代替りした帝国内に、両手に余る魔素溜りが発生した。特に酷い土地に、猟兵団の拠点と駐屯地があった。魔素が瘴気に転じて猟兵団の何人かが、魔物に成り下がった」

「そ、れは、一大事ではないですか。只でさえ、猟兵団は竜に近しい存在です。そんな、人を凌駕する猟兵団が、魔物だなんて……」

「魔物に成り下がったのは、竜血中毒の患者だった」


 患者が、魔物へと転じてしまった。

 トール君が情報を把握したのはアッシュ君がもたらしたのか、噂が国外に流出するのを止められなかったのか。

 後者だとすれば、猟兵団の立場がもの凄く悪くなってきていませんか。

 帝国が猟兵団を斬り捨てたと、判断が付きます。


「猟兵団が、魔物になる。見つけ次第、捕縛ではなく討伐する。皇帝は聖女が落とした権威の失態を、取り戻すべく見棄てやがった。総長はまともな団員を守る為に、中立国に拠点を構え直しする予定だったが。副総長が反乱を起こして、分裂した。二番手に甘んじる己れを恥じ、総長の首を手土産に再起する腹づもりだろう」

「皇帝が進んで猟兵団を排除しようとしているならば、帝国内では再起するのは無理ですよね」

「まあな。だから、離反した奴等はドラグースを目指してくるぞ。その先鋒が、あいつ等だったんだろう」


 竜狩りに必要不可欠なのは、竜です。

 生きる為に、存在理由の為に、猟兵団は竜が欠かせません。

 だから、竜に呪われた国王に取り入り、竜騎士を誕生させる手柄をあげたかったのだと思われます。

 竜を喰らった自分達では、竜騎士にはなれないのは、理解していた筈です。

 神国の召喚者が竜騎士になれば、レンダルク家当主に憑依したリーゼちゃんの身内がドラグースの実権を握り、呼び寄せた幾体かの竜族を犠牲にしていたのかも知れません。

 彼等の間で、どんな密約が交わされていたかは知りえません。

 ジークさんが竜族を竜騎士に宛がわないのは、そうした犠牲を危惧していたからでしょう。

 飛竜でしたら、竜血中毒の患者を救う手段にはなりません。

 竜狩りの対象からは外れます。

 素材は貴重な品となりますが、中毒患者の薬としての効果は得られません。

 竜族と飛竜とでは、内包する魔力や竜気は分厚い壁の如く、隔たりがあります。

 喰らったとしても、何らも恩寵は発生しないのです。

 竜狩りが飛竜を狩りする場合は、力試しに興じているか切羽詰まった状態に陥っているかです。


「ラーズが合流したら、工房に戻れ。ここの、国王とは俺が話しつける。政治色が強くなってきたし、神国も聖王の座を巡り、猟兵団を宗敵扱いをし出した。ミラルカに帰還しろ」

「長、依頼。破棄?」

「いや、目的は達した。秘境からいなくなった竜は、猟兵団の元。ドラグースの竜を召喚する祭場とは、関わりがなかったからな。お前達が帰還したら、長が来て話し合う予定だ」

「ん。母の呪い、後日、解く。ヴェルサス家中心、数名、竜騎士、なる」

「分かった。言っておく」

「お待たせ、しました」


 ラーズ君が合流しました。

 ヴェルサス家に置いてきた、ダミーの荷物を回収してきてくれていました。

 大抵は、無限収納(インベントリ)に荷物を入れてありますが、ダミーとはいえ何かに利用されるのはご免です。


「ラーズ。セーラを連れてミラルカに帰還しろ」

「リーゼは、一緒には行かないのですか?」

「リーゼには、跡始末までいてもらう。ドラグースは、リーゼの父親の故郷だしな。それに、今後の介入にはご遠慮願うさ」

「分かりました。リーゼ、セーラがいないからといって、暴れたり、無関心はしないでおきなさい」

「了承。ジェイナス、竜騎士、したら、帰る」


 どうやら、私とラーズ君が先に帰還するようです。

 謁見の間が静かになったせいか、国王さん達が避難した隠し通路から物音がしてきています。

 危険がなくなったか、偵察にきているようです。

 鉢合せをしない為に、トール君が転移魔法を展開してくれました。


「アッシュが戻って来ている。指示は、アッシュに仰げ」

「はい」

「分かりました」

「じゃあな」


 魔術言語が取り巻き、視界が光に包まれました。

 収まると、見慣れた工房の転移室です。

 アッシュ君が、扉に持たれて待っていてくれていました。


「アッシュ君、ただいまです」

「兄さん、戻りました」

「ああ、おかえり。リビングに行くか」


 有無を言わさない態度に、ミラルカに戻っても何かが有ると語っています。

 ラーズ君と顔を見合わせてから、アッシュ君に続きました。

 リビングに着くまで、アッシュ君は無言。

 ソファセットに、腰を落として長い足を組む。

 何時もの癖で、お茶の支度をしてから、私も座りました。

 小型ポーチからジェス君とエフィちゃんが、膝に移動しました。

 私に関する話は、二柱とも聞きたいようです。

 お茶菓子変わりにクッキーを差し出すと、素直にかじりはじめました。

 少し、和やかな気分になります。


「セーラ。戻ってきたばかりだがな。豊穣の神域に暫くは籠っていろよ」

「お母様の? お呼び出しですか?」

「この時期に籠るのは、神国絡みですね。大方、聖女や聖者の力不足で魔素溜りを浄化が出来ていない。神国が豊穣の神子を担いで、帝国に恩を売ろうとしているのでしょう」

「その通りだな。神国は大陸全土に、教義を広めたい。帝国の守護神交代を機に、勢力図を塗り替えたいのだろう」

「浮島でのお篭りは駄目でしょうか。最近は、お手入れが出来ていないのです」


 手のかかる薬草が沢山あるのですが。

 魔動人形(ゴーレム)さん達では、繊細な作業は向いていないのです。

 いずれは、枯れてしまいます。


「今からの収穫は許す。だが、浮島では警護の面では心許ない。薬草は、諦めてくれ。その代わりに、必要な薬草の入手には尽力する」


 大陸の端から端まで渡り歩くアッシュ君なら、手に入れ難い薬草を見繕ってくれますね。

 ここまで、頭を下げられてしまうと、反論する術がありません。

 浮島には、アッシュ君とトール君の結界が張り巡らせてあります。

 ですが、掻い潜る猛者がいないとは言い切れないそうです。

 魔王様然り、神国の聖王然り、捨て身でこられたら、対処が遅れてしまう。

 アッシュ君も万能ではないですから、キレたリーゼちゃんの暴走を鎮めている間に、何か不祥事が起きたりしたら困るそうです。

 それに、ジェス君とエフィちゃんもいます。

 確実に、相手側に報復するでしょう。


「ジェスとエフィの存在は、未だ知らしめたくはない。帝国の聖女辺りが喚いているが、神獣を二柱使役出来ると知れたら、どこぞの国が目の色を変えてセーラを狙う」

「そうですね。帝国の求心力も低下しています。帝国に抑えられている不満が、いつ暴発してもおかしくはないです。人海戦術でこられたら、リーゼがキレます」

「リーゼの出身がドラグースだと、耳の早い奴等は情報を集めている頃だな。ヴェルサス家とドラグースは、竜騎士誕生と引き換えに黙らせる。が、阿呆な輩は何処にでもいる」

「権力闘争に負けた勢力が、セーラを担ぎだす前に避難させる。豊穣の女神は上級神ですから、神域にまで手を出す人族はそうはいないでしょうね」


 そうですよね。

 お母様なら、良い笑顔で敵扱いして神罰を下していそうです。

 私も人族の権力の駒になるのは、遠慮したいです。

 リーゼちゃんが、私に甘いのは周知の事実です。

 今回、ドラグースの名門の出だと判明したリーゼちゃんの身内は、黙らせることとなりましたが。

 甘い汁に群がる蟻さん達が、わんさかと増えそうです。

 神域にお篭りすれば、探索の魔法には探知されないですから、良い避難場所だと言えます。

 ただ、気掛りなのはひとつだけ。


「私が神域に避難すると、リーゼちゃんの機嫌が悪くなりそうです」

「あー。リーゼは神域に入れないからか」

「はい。ジェス君とエフィちゃんは、幼いですから何とか引き放しはされないですけど。リーゼちゃんは、お母様の御使い様と相性が悪いです」


 アッシュ君もラーズ君も、派手に喧嘩した両者を思い出して渋面です。

 御使い様が、私に敬意を払わずにぞんざいな扱いをした為に、リーゼちゃんと殴り合いになりました。

 お母様が御使い様を処断して事なきを得ましたけど、一歩間違えばリーゼちゃんも相応な罰を与えられてもおかしくはなかったです。

 以来、リーゼちゃんは神域には入れないのです。


「念話で我慢させるのは、駄目か」

「それですと、声だけ届くのは逆効果だと思います」


 ラーズ君は兄妹の仲だけに、リーゼちゃんの性格を把握しています。

 私も数日離れているだけでも、情緒不安定になるリーゼちゃんが不機嫌真っ盛りになるのはいただけないです。


「しまったな。リーゼを忘れていたな」

「良い案だと思われましたが、浮島の結界を強化した方が損害はなくなりますね」


 我慢しきれなくなったリーゼちゃんを抑えるのは諦めて、浮島での避難が一番な案になりました。

 我を忘れたリーゼちゃんが竜体に戻り、ミラルカ上空で神域に突撃するよりも、浮島での迎撃をした方が被害は少ないと判断されました。

 こうして、私は又もや人前に出られなくなりました。


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