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森と海の娘は平穏を望む  作者: 堀井 未咲
ドラグース編
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第31話

 さて、残るは猟兵団の身柄です。

 ジークさんの拘束魔法で、身動きひとつとれずに、床に伸びています。

 魔法使いが魔法を破ろうとしていますが、その都度ジェス君とエフィちゃんの魔法無効が飛んでいきます。


「ふむ。(じじい)は方がついたが、猟兵団とやらはどうするかな」

「拠点、跳ばす」

「どうやってだ? 我は知らん」

「兄さん、呼び出し」

「アッシュか。確かに、あやつなら知っているな」


 アッシュ君なら、秘密裏に帝国に入国できますね。

 情報を沢山抱えている方なので、猟兵団の拠点も知っている筈です。

 先の聖女さん関連で、後始末に奮闘していますから、序でに猟兵団も面倒みてくれないですかな。

 呑気にそんなことを思っていますと、拘束されている猟兵団の皆さんが暴れだしました。


「アッシュとは、あの災厄の魔人か?」

「いやあぁぁ。あいつに、会うくらいなら、竜に喰われた方がましよ」

「竜から奪った魔導具や装飾品を渡すから、それだけは止めて頂戴」


 アッシュ君?

 何をしましたか?

 皆さんが、恐怖に震えているのですけど?

 アッシュ君が猟兵団の団長さんと、殺りあったとは聞いています。

 その過程で、団員さんにトラウマを植え付けたのでしょうか。

 狂人と言わしめた猟兵団の団員すら、怖れられるアッシュ君です。

 まあ、鍛練時には鬼畜になるアッシュ君ですから、敵対する相手には容赦はしなかったでしょう。


「我が儘、面倒くさい」

「うむ。虜囚の割りには、文句が多い」

「煩い。貴様等は仲間意識があるから、悠長に言ってられる。俺等には、慈悲を与える魔人だと思うのか?」


「「「思わない」」」


 三人ハモリました。

 ジェス君とエフィちゃんも付き合いが短いのですが、納得したのか頷いています。


 〔アッシュ君、集団で苛めるの嫌い〕

 〔アッシュ兄しゃま、弱い者苛めるのだめ、でしゅの~〕

 〔兄さんでしたら、猟兵団を拠点に帰さずに、苛酷な地にでも放り出すのではないかと思いますよ〕


 念話でラーズ君も参戦してきました。

 ヴェルサス家のお爺さんを眠らせて、事態の収集をつけた模様です。

 姿を隠して、合流するとのことです。

 良い策はないものでしょうか。


「面倒。伯父さん、空輸、これ運ぶ」

「我がか。ふむ」

「序で、竜王、威嚇」


 リーゼちゃんが言いたいのは、竜体に戻ったジークさんが、団員の皆さんを檻に入れたりして空を飛び、帝国領土まで輸送する。

 その際に、竜王の威嚇で竜狩りの猟兵団を、脅かして来てください。

 要約しますと、こんな感じになります。

 無難な提案です。

 アッシュ君の転移魔法が嫌なら、ジークさんの空輸に耐える必要があります。

 猟兵団の拠点を知らないジークさんですから、直接帝国の帝都に向かうか、国境の砦辺りに乗り込むかと思われます。

 どちらにしましても、竜が襲来する恐怖に陥る羽目になります。

 そこら辺は、へまをした猟兵団に責任を押し付けましょう。


「うむ。その提案に乗るか」

「肯定」

「賛成です」

 〔さんせーい〕

 〔はい、でしゅの~〕

 〔賛同します〕


 私達が何かを迷うと、基本は多数決で決めます。

 私が先に宣言してしまうと、リーゼちゃんは追従してしまうので、なるべく後出しにしています。

 ラーズ君には、自分で考える癖をつけなさいと叱られるリーゼちゃんは、今回ははっきりと意思表示しました。

 因縁ある相手ですので、いつもの無関心ではいられなくなっています。

 少しだけ、その意思に悪意がありますが、いかしかたないですよね。


「こら、お前達。ちょっと、待てい」


 帝国の住人が阿鼻叫喚になろうと、他種族排斥をしてきた歴史に一矢報いれると思います。


「んな、ことすれば、更に強硬策を練られるだけだろうが。益々、竜狩りに熱心になるだろうが」

「ですが、トール君。我が儘を言い出しましたのは、あちらの皆さんです。アッシュ君は嫌、ジークさんは駄目。と、なりましたら、ドラグースに放置にします?」

「……。俺に驚かないんだな」

「アッシュ君不在の時は、トール君の眼に見張られていますし、私達の手に負えない政治色が強いでしたから」

「ん、先生。身近、いる」


 振り返りますと、トール君がばつの悪い顔をしていました。

 頭を掻いて、唸っています。

 リーゼちゃんの身内探し兼、竜族への誘拐紛いの召喚の儀式の調査。

 私達の手を借りずとも、竜族の長さんが応じてみれば済むことでした。

 飄々とした性質の長さんなら、言いくるめて竜召の儀式を破棄するのは容易でしょう。

 ドラグースには、眷属の飛竜(ワイバーン)が棲息しています。

 今は、竜避けの樹の効果で近くには棲息していませが、眷属の眼や耳を借りれば情報は集まります。

 猟兵団が王宮に滞在しているのも、精神だけが逃避した竜族の存在も理解していたに違いはありません。

 私達を派遣したのも、長さんとトール君が企んだ結果だと思いました。

 ですから、ラーズ君は調査に異は唱えませんでした。

 必ず、トール君の眼が見張っている。

 ラーズ君が私とリーゼちゃんの二人だけの行動を許したり、ジークさんか着いているとは言え猟兵団がいるのに、離れたのはそうした経緯があるからでした。


「トール。読まれているぞ」

「弟子の成長を誇ればいいのか、俺の案が単純なのか区別がつかないな」


 はあ。

 溜め息を吐き出して、肩を竦めました。

 そして、私達を追い越して、猟兵団の皆さん側に歩いていきます。


「クロス工房の店主?」

「ああ。初顔合わせだな。俺が正真正銘の店主だ」

「あんたが!」

「言っておくが、うちの工房の名を騙り、あんた等に高額な品を買わせた奴なら、捕縛して拠点に放りこんだからな。その代わり、うちの店員兼弟子に手出し無用を約束させたから、リーゼは諦めろ」

「そ、総長が応じたのか?」

「ああ。元々、うちとあんた等とは事を構えない約束をしていた。弟子のリーゼに手出しした罰として、三ヶ月はポーションや魔導具は卸さない。これは、あんた等の総長が切り出した」


 厳しい眼差しで見下ろすトール君は、感情の籠らない声音で告げました。

 三ヶ月が長いのか短いのか、私には判断がつきません。

 分かりますのは、猟兵団の行動が制約されたことです。

 前にも述べましたが、人の括りから外れた猟兵団は、強靭な竜の能力を手に入れた代わりに、苦痛に鈍くなり回復力の低下を招いています。

 そして、世間一般に流通している中級ポーションの効果では、多少の怪我でも回復しない結果になっています。

 上級や特級、特化型のポーションが常備薬として、扱われています。

 また、竜血中毒を回避する為に、体内の魔力を一定に保つ魔力(マナ)ポーションも大量に買い求めているはずです。

 そのポーションの供給を絶たれたら、何が起きるか猟兵団は理解しています。

 お抱えの調薬師や錬金術師は、年々増えていくばかりです。

 私の周りにも、ちらほら勧誘の声を聞きます。

 直接に、クロス工房の店員に勧誘がないのは、トール君と総長さんの暗黙の決まりがあるからでした。

 トール君は猟兵団との付き合いを苦々しく思いつつも、狂気の果ての意思のないバケモノを産み出さないように気を配っています。

 さじ加減が難しいと、嘆いていました。

 今回の一件で、リーゼちゃんがヴェルサス家の身内だと判明して、トール君やアッシュ君の勘気に触れた。

 リーゼちゃんを利用して繁殖計画を立てるより、クロス工房に関わりのない雌の竜を探した方が、損害は少ない。

 そうした、判断がくだされたに違いがなさそうです。


「うちと喧嘩して、ポーションの供給を絶たれるより、ドラグースから手を引いた方がましだとさ」

「馬鹿な、ドラグースに幾ら注ぎ込んだと思う。副総長が……」

「黙れ、ガウェイン。いつから、貴様はあれの狗になった」

「そ、総長⁉」


 ガンッ。

 剣の鞘が床に打ち下ろされました。

 続いて、軍靴に包まれた脚が、ガウェイン氏の背中を踏みました。

 長い白髪の成人男性が、紅眼を光らせて捕縛された団員を睨みます。

 この方、自力での転移が出来るのですね。

 身の内に流れる取り込んだ竜の能力は、ガウェイン氏達とは段違いです。

 鳥肌が立ちます。

 密かに、ジェス君とエフィちゃんが、臨戦態勢に入っています。

 リーゼちゃんとジークさんも、警戒しています。


「こちらに、敵対する意思はない。これ等を引き取りに来た」


 総長さんは剣を剣帯に戻し、空いた両手を肩の位置まで上げました。

 無手であるのを示した後、ゆっくり背中を見せます。


「随分と早く来たな」

「貴殿が訪問した直後に、粛清した。世間では狂人と言われる我等とて、物事の通りは理解する頭がある」

「それにしては、騙されたり、お粗末な案を実行したな。竜を求める余り、裏を読まずに甘言に乗った。竜を崇拝するドラグースの内情を知らず、竜が憑依した竜人の手先に成り果てた」

「みなまで言わずとも、これ等をのさばらせた責は負う。ましてや、そちらと矛を交える気はない」

「どうだがな。竜の秘境を探るのは、容認する。それが、俺達とあんたが交わした約束だ。しかし、うちの弟子を囮に竜王を喚び寄せた。これについては、アッシュがどう読んでも、俺は関知しない」

「ふむ。我は策に嵌まったか」

「こちらに、その意図はない」

「総長、何故ですか。何故に、こいつ等に恭順するのです。最近の総長は、日和見過ぎです」


 ガウェイン氏が吠えました。

 猟兵団も内紛が起きていそうな気配がします。

 総長さんの容態は良好そうに見えますが、覇気が今一つ感じません。

 宿る魔力も充分にみなぎっています。

 竜血中毒とは無縁に思いました。


「何故か。知らされていない貴様には、知る必要のない事案なのだと判断するがいい。ただひたすらに竜を狩り、喰らえばいいとだけ考える阿呆な手駒は必要ない。粛清を逃れたあいつと、団を抜けて何処ぞに行けばいい」

「総長?」

「これまでの成果に対する慈悲だ。あいつの元に跳ばしてやる」


 膨れ上がる魔力の渦が、ガウェイン氏達を飲み込んでいきました。

 アッシュ君やトール君とは違う転移魔法です。

 ガウェイン氏達が、転移していきます。


「可哀想な、奴等だな。待ち受けるのが、あれとは。俺は慈悲だとは思わない」

「致し方ない。今は、そちらと矛を交える訳にはいかない。あれも、あやつ等も、自分の子に等しい。が、子は、他にもいる。守らねばならない」


 意味深な言葉を残して、総長さんも転移していきました。

 唐突に現れ、唐突に消える。

 一体、猟兵団に何が起きているのか、謎ばかりです。

 事情を知るトール君は沈黙しています。

 見つめる先には、誰もいません。

 声をかけるのを躊躇いました。


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