第30話
それからは、何と言いますか。
ジークさんの独壇場でした。
拘束魔法で、次々に猟兵団は身動きを封じられていきます。
流石は、竜王に選ばれた竜です。
抵抗させる間もなく、捕らえていきます。
じたばたともがく姿に哀れみを感じました。
竜の血肉を喰らい、人であることを止めた狂人ですら、本気の竜王には抵抗出来ない。
これには、余裕綽々と嗤っていた竜人擬きさんも、ひきつらせた笑いかたになりました。
「爺。今更、遅いであろうが。憑依を解いて、本体に戻れ」
「ふん。貴様が解いてみれば、よかろう」
「生憎と弟と違い、私はその手の解除は苦手だ。無理に行おうモノなら、その器を壊してしまう」
「私、無理。リオン、得意」
竜には個体差があり、得意不得意な魔法があります。
ジークさんとリーゼちゃんは水や風や雷属性が得意で、地属性が苦手で精神系の魔法を操るのは不得意です。
せいぜいが、睡眠の魔法ぐらいですかね。
精神系の繊細な魔力行使は、大雑把な性質な二竜には敬遠されています。
二竜とも、有り余る魔力が身体を巡っていますから、精神系の魔法には耐性があります。
その為に、進んで学ぶ意識を持っていません。
それに、私達年少組には精神系に強い幻術を操るラーズ君がいます。
私は見破れますが、魔法は行使できません。
トール君謹製の魔導具を装備して、リーゼちゃん並みの精神異常耐性があります。
ラーズ君がいないと、二人して耐性に頼った罠解除しか出来ません。
レンダルク当主を憑依の形で肉体を乗っ取りした竜人擬きさんを、追い出す便利な薬はないですし、自発的な撤退が望まれます。
下手にジークさんに任せたら、王宮どころか王都を瓦礫に変えてしまうかもです。
危ないことは、させられません。
「お兄様を喚びますか?」
ラーズ君は、ヴェルサス家邸宅に戻る皆さんを護衛しています。
念話で実況報告はしています。
ジークさんが竜人型を取り、猟兵団を拘束した辺りで緊急性はなくなりました。
が、ヴェルサス家のお爺さんが、かなりご立腹で宥めるのが大変らしいです。
ラーズ君がいないと、大人数で王宮まで押し掛けてきそうです。
「リオン? お兄様? ああ、それでぎ……」
「伯父さん。内緒」
「ん? 内緒か。内緒であるな」
リーゼちゃんが、不思議がるジークさんの足を蹴りました。
私達のドラグースでの設定に心当たりがないジークさんでしたが、余計な火種は言いませんでした。
私が装備している擬態の神器は、竜の長さんからの前報酬でもあります。
見覚えがあってもよさそうです。
まあ、竜人擬きさんが触れないのは、些細なことを気にしない性質だからでしょうか。
「ふむ。憑依を解いてくれそうな知り合いは、知らぬからな。これを、持ち帰るしか無さそうだな」
「厄介事、沢山、付随」
「ああ、弟に叱られる」
「ふん。ただでは、帰らんわ」
「黙れ、爺。逃げる、出来ない」
「黙るのは、貴様等よ。呑気な貴様等に、捕まる儂ではないぞ」
憑依を解けれないなら、持ち帰る。
至極当然の様に、案を出しましたね。
竜の長さんも、竜人擬きさんを持ち帰られたら、頭を痛めるのではないかと。
ジークさんやリーゼちゃんを見ていると、竜族の性質はおおらか過ぎます。
無茶ぶりとも言います。
ラーズ君を、専門家を喚びましょう。
と、声をあげる前に、竜人擬きさんが何かを亜空間から取り出しました。
転移アイテムか、煙幕の類いか、緊張感が走ります。
「愚鈍な貴様等には、分からぬだろう。この世に、神龍が誕生したのだ。儂が従え、竜族の長に返り咲く瞬間に立ち会わせてやろう」
はい?
神龍ですか?
水晶龍のエフィちゃんなら、ポーチにいますけど。
龍違いの誰かさんのことでしょうか。
竜人擬きさんは、虹色に輝く鱗を高々と天に掲げて、意気揚々と口上を述べています。
「原始の竜に連なる血脈の盟約に従いて……」
「あのぅ。あれは、邪魔しなくていいのですか?」
「構わぬよ。過ぎたる力を求める愚かさを、身をもって知るがいい」
「爺、宝物庫、盗んだ。罰、当たる」
ジークさんとリーゼちゃんは、静観の構えを見せています。
ジークさんは、腕組みして溜め息を吐き出しています。
呆れて、対抗するのもバカらしいと呟きを発しました。
リーゼちゃんは、ポーチへと視線を落とします。
やはり、あの鱗は水晶龍のモノみたいです。
ポーチからは、唸り声が漏れだしてきています。
ジェス君がエフィちゃんを宥めています。
「……我が名において、来たれ神龍よ!」
長々とした口上が終わりを告げ、魔法陣が虚空に浮かび上がりました。
しかし、魔法陣からは何も召喚はされないという結果に。
場が、静まり返りました。
「どうした。爺、神龍は降りては来ぬが」
「ば、馬鹿な。確かに、神龍は誕生しておる。口伝も、正確な筈だ。何故に、来ないのだ」
「日頃の行いを、神々は見ているのだろう」
「資格、無し。あと、能力、不足」
「ぐぬぬ。黙れおれ、貴様等‼」
失態を恥じているのでしょう。
躍起になって、また口上が始まりました。
結果は、お粗末な有り様。
何度も試みるも、神龍は召喚されません。
それに対して、ポーチからは段々と不穏な気配が、漂い満ちていくのです。
エフィちゃんの、爆発が止められません。
「……来たれ、神龍‼」
ぶちん。
とうとう、エフィちゃんの堪忍袋が切れました。
〔喧しいでしゅの~。いい加減にしゅるでしゅの~〕
ポーチから勢いよく飛び出して、優美な体躯を鞭の如くしならせ、一振り。
派手な音を奏で、竜人擬きさんが真横にぶっ飛んでいきました。
竜種と龍種。
幻獣種最強な生き物のぶつかり合いは、幼龍のエフィちゃんに軍配が上がりました。
まあ、竜人擬きさんは、精神だけが竜種なのですけど。
「ぐぎゃあ⁉ な、なにが、おきた」
〔煩しゃい、でしゅの~。煩い、でしゅの~〕
ぺちぺちと可愛い音に誤魔化されがちな、エフィちゃんの尻尾攻撃は、床に崩れ落ちた竜人擬きさんを更に床に叩きつけています。
こっそり、ジェス君が重力魔法で追撃していたりします。
叩きつけられている床に、亀裂が入っていきます。
このままですと、床が抜けるのではないでしょうか。
攻撃を止めさせた方が、よいのではないでしょうか。
〔主しゃまの、お友達に迷惑をかけるのでは、ないでしゅの~。それに、先代しゃまの置き土産を、私腹に使うのではありましぇんの~〕
「せ、先代? もしや、水晶龍か。ならば、儂に従え」
〔や、か、ま、し、い、でしゅの~。疾く、相応しき器に返りなしゃい、でしゅの~‼〕
「ぐっ、ぐきゃぁぁぁ!」
接触していますので、エフィちゃんの念話が伝わっていました。
顔を上げた竜人擬きさんの顔面に、龍気と神気が込められた強烈な一撃が入りました。
エフィちゃんは、強制的に憑依を解いて竜種の精神を器から追い出します。
少し、精神体に苦痛が襲いかかりましたのは、エフィちゃんのお怒りが伝わったのかもしれません。
私の瞳に、苦悶する精神体が映り、本体にかけられている封じの呪文がまとわりついていきます。
気付いて逃げようとする精神体でしたが、
〔逃がさないよぅ〕
ジェス君の空間魔法で逃げ場を失い、呪文に捕らわれました。
密かに、ジェス君もお怒りでした。
そうして、精神体は本来在るべき器に収まり、竜の秘境へと封じられました。
残されたレンダルク家当主の肉体は、無惨な姿を見せています。
竜種の精神体に侵された肉体には、残念ながら在るべき精神がありませんでした。
「爺に喰われたな」
息をしていないのを、ジークさんが確認しました。
宙に浮くエフィちゃんが、心なしか消沈しています。
怒りに任せて精神体を追い出したのを、反省している様子でした。
「幼龍、悪くない。正しい、行為」
「そうだな、遅かれ早かれ、この器も竜種の精神に侵食されて、こうなったであろう」
「砂ですか?」
「ああ。元の身体に戻してやりたいが、魔法を行使すると砂と科す」
レンダルク家当主の身体が、手足の先から砂へと転じていきます。
魔法を行使しなければ砂へと転じていかないのですが、ジークさんは魔力を亡き骸に流していきます。
「リーナ。あいつ等、いる。亡き骸、利用、不可」
疑問に思っていましたら、リーゼちゃんに猟兵団の存在を匂わされました。
そうでした。
猟兵団がいました。
彼等は拘束されているだけで、意識がありました。
どうしましょう。
神龍の姿を見られてしまいましたよ。
顔に焦りが出ていたのか、リーゼちゃんに笑われました。
「安心する。幼龍、幻影、掛けてる」
「あっ。本当です」
〔主しゃま~〕
エフィちゃんは怒りに我を失っていても、しっかりと対策はしていました。
光魔法の屈折による幻影を纏っていました。
良かった。
安心しました。
エフィちゃんも竜狩りの対象にされなくて、よくなりました。
伸ばした腕に、エフィちゃんが巻き付きます。
滑らかな鱗を堪能させて貰います。
〔主しゃま~。頑張りしゅぎてしまいました、でしゅの~〕
「ですが、あの人はもう逃げられませんよ」
「肯定。爺、永久、封印。ざまあみろ」
「リーゼさんは、何故に毒舌なのでしょうか」
身内の竜さんを、嫌うリーゼちゃんは珍しいです。
気に入らない他者は、無関心を貫く姿勢のが普段のリーゼちゃんです。
視界にも入れない他者と身内では、違うのでしょうか。
不思議に思いましたので、聞いてみました。
「爺。先代長、騙し討ち、共食い。禁忌、触れた」
滅多に歪めない表情が、眉根に皺を作っています。
生命の危機がなく同胞を喰らうのは、個体数が少ない竜種には禁忌であると教えられています。
自身の能力を底上げするには、共食いが有効的な手段であり、絶滅危惧を招く愚かな手段でもあります。
〔もう少し、しばき倒せば良かった、でしゅの~〕
龍種のエフィちゃんも、憤慨しています。
尻尾が宙を叩きます。
はい。
見事な尻尾叩きでした。
そんなエフィちゃんの姿に、リーゼちゃんは鬣が生える背中を撫でています。
「幼龍、おかげ。爺、生命、尽きるまで、封印。ありがとう」
〔どういたしまして、でしゅの~〕
和やかな雰囲気に、笑顔になります。
竜種の問題竜が捕縛出来ただけなのですが、長さんの依頼を終わらせた感満載です。
まだ、猟兵団やら、ドラグースの竜召の儀式やら、問題は残されています。
どうしましょう、ラーズ君。
危険が去りましたので、戻ってきてくださいね。
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