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森と海の娘は平穏を望む  作者: 堀井 未咲
ドラグース編
138/197

第30話

 それからは、何と言いますか。

 ジークさんの独壇場でした。

 拘束魔法で、次々に猟兵団は身動きを封じられていきます。

 流石は、竜王に選ばれた(かた)です。

 抵抗させる間もなく、捕らえていきます。

 じたばたともがく姿に哀れみを感じました。

 竜の血肉を喰らい、人であることを止めた狂人ですら、本気の竜王には抵抗出来ない。

 これには、余裕綽々と嗤っていた竜人擬きさんも、ひきつらせた笑いかたになりました。


(じじい)。今更、遅いであろうが。憑依を解いて、本体に戻れ」

「ふん。貴様が解いてみれば、よかろう」

「生憎と弟と違い、私はその手の解除は苦手だ。無理に行おうモノなら、その器を壊してしまう」

「私、無理。リオン、得意」


 竜には個体差があり、得意不得意な魔法があります。

 ジークさんとリーゼちゃんは水や風や雷属性が得意で、地属性が苦手で精神系の魔法を操るのは不得意です。

 せいぜいが、睡眠(スリープ)の魔法ぐらいですかね。

 精神系の繊細な魔力行使は、大雑把な性質な二竜には敬遠されています。

 二竜とも、有り余る魔力が身体を巡っていますから、精神系の魔法には耐性があります。

 その為に、進んで学ぶ意識を持っていません。

 それに、私達年少組には精神系に強い幻術を操るラーズ君がいます。

 私は見破れますが、魔法は行使できません。

 トール君謹製の魔導具を装備して、リーゼちゃん並みの精神異常耐性があります。

 ラーズ君がいないと、二人して耐性に頼った罠解除しか出来ません。

 レンダルク当主を憑依の形で肉体を乗っ取りした竜人擬きさんを、追い出す便利な薬はないですし、自発的な撤退が望まれます。

 下手にジークさんに任せたら、王宮どころか王都を瓦礫に変えてしまうかもです。

 危ないことは、させられません。


「お兄様を喚びますか?」


 ラーズ君は、ヴェルサス家邸宅に戻る皆さんを護衛しています。

 念話で実況報告はしています。

 ジークさんが竜人型を取り、猟兵団を拘束した辺りで緊急性はなくなりました。

 が、ヴェルサス家のお爺さんが、かなりご立腹で宥めるのが大変らしいです。

 ラーズ君がいないと、大人数で王宮まで押し掛けてきそうです。


「リオン? お兄様? ああ、それでぎ……」

「伯父さん。内緒」

「ん? 内緒か。内緒であるな」


 リーゼちゃんが、不思議がるジークさんの足を蹴りました。

 私達のドラグースでの設定に心当たりがないジークさんでしたが、余計な火種は言いませんでした。

 私が装備している擬態の神器は、竜の長さんからの前報酬でもあります。

 見覚えがあってもよさそうです。

 まあ、竜人擬きさんが触れないのは、些細なことを気にしない性質だからでしょうか。


「ふむ。憑依を解いてくれそうな知り合いは、知らぬからな。これを、持ち帰るしか無さそうだな」

「厄介事、沢山、付随」

「ああ、弟に叱られる」

「ふん。ただでは、帰らんわ」

「黙れ、爺。逃げる、出来ない」

「黙るのは、貴様等よ。呑気な貴様等に、捕まる儂ではないぞ」


 憑依を解けれないなら、持ち帰る。

 至極当然の様に、案を出しましたね。

 竜の長さんも、竜人擬きさんを持ち帰られたら、頭を痛めるのではないかと。

 ジークさんやリーゼちゃんを見ていると、竜族の性質はおおらか過ぎます。

 無茶ぶりとも言います。

 ラーズ君を、専門家を喚びましょう。

 と、声をあげる前に、竜人擬きさんが何かを亜空間から取り出しました。

 転移アイテムか、煙幕の類いか、緊張感が走ります。


「愚鈍な貴様等には、分からぬだろう。この世に、神龍が誕生したのだ。儂が従え、竜族の長に返り咲く瞬間に立ち会わせてやろう」


 はい?

 神龍ですか?

 水晶龍(クリスタルドラゴン)のエフィちゃんなら、ポーチにいますけど。

 龍違いの誰かさんのことでしょうか。

 竜人擬きさんは、虹色に輝く鱗を高々と天に掲げて、意気揚々と口上を述べています。


「原始の竜に連なる血脈の盟約に従いて……」

「あのぅ。あれは、邪魔しなくていいのですか?」

「構わぬよ。過ぎたる力を求める愚かさを、身をもって知るがいい」

「爺、宝物庫、盗んだ。罰、当たる」


 ジークさんとリーゼちゃんは、静観の構えを見せています。

 ジークさんは、腕組みして溜め息を吐き出しています。

 呆れて、対抗するのもバカらしいと呟きを発しました。

 リーゼちゃんは、ポーチへと視線を落とします。

 やはり、あの鱗は水晶龍のモノみたいです。

 ポーチからは、唸り声が漏れだしてきています。

 ジェス君がエフィちゃんを宥めています。


「……我が名において、来たれ神龍よ!」


 長々とした口上が終わりを告げ、魔法陣が虚空に浮かび上がりました。

 しかし、魔法陣からは何も召喚はされないという結果に。

 場が、静まり返りました。


「どうした。爺、神龍は降りては来ぬが」

「ば、馬鹿な。確かに、神龍は誕生しておる。口伝も、正確な筈だ。何故に、来ないのだ」

「日頃の行いを、神々は見ているのだろう」

「資格、無し。あと、能力、不足」

「ぐぬぬ。黙れおれ、貴様等‼」


 失態を恥じているのでしょう。

 躍起になって、また口上が始まりました。

 結果は、お粗末な有り様。

 何度も試みるも、神龍は召喚されません。

 それに対して、ポーチからは段々と不穏な気配が、漂い満ちていくのです。

 エフィちゃんの、爆発が止められません。


「……来たれ、神龍‼」


 ぶちん。

 とうとう、エフィちゃんの堪忍袋が切れました。


 〔喧しいでしゅの~。いい加減にしゅるでしゅの~〕


 ポーチから勢いよく飛び出して、優美な体躯を鞭の如くしならせ、一振り。

 派手な音を奏で、竜人擬きさんが真横にぶっ飛んでいきました。

 竜種と龍種。

 幻獣種最強な生き物のぶつかり合いは、幼龍のエフィちゃんに軍配が上がりました。

 まあ、竜人擬きさんは、精神だけが竜種なのですけど。


「ぐぎゃあ⁉ な、なにが、おきた」

 〔煩しゃい、でしゅの~。煩い、でしゅの~〕


 ぺちぺちと可愛い音に誤魔化されがちな、エフィちゃんの尻尾攻撃は、床に崩れ落ちた竜人擬きさんを更に床に叩きつけています。

 こっそり、ジェス君が重力魔法で追撃していたりします。

 叩きつけられている床に、亀裂が入っていきます。

 このままですと、床が抜けるのではないでしょうか。

 攻撃を止めさせた方が、よいのではないでしょうか。


 〔主しゃまの、お友達に迷惑をかけるのでは、ないでしゅの~。それに、先代しゃまの置き土産を、私腹に使うのではありましぇんの~〕

「せ、先代? もしや、水晶龍か。ならば、儂に従え」

 〔や、か、ま、し、い、でしゅの~。疾く、相応しき器に返りなしゃい、でしゅの~‼〕

「ぐっ、ぐきゃぁぁぁ!」


 接触していますので、エフィちゃんの念話が伝わっていました。

 顔を上げた竜人擬きさんの顔面に、龍気と神気が込められた強烈な一撃が入りました。

 エフィちゃんは、強制的に憑依を解いて竜種の精神を器から追い出します。

 少し、精神体に苦痛が襲いかかりましたのは、エフィちゃんのお怒りが伝わったのかもしれません。

 私の瞳に、苦悶する精神体が映り、本体にかけられている封じの呪文がまとわりついていきます。

 気付いて逃げようとする精神体でしたが、


 〔逃がさないよぅ〕


 ジェス君の空間魔法で逃げ場を失い、呪文に捕らわれました。

 密かに、ジェス君もお怒りでした。

 そうして、精神体は本来在るべき器に収まり、竜の秘境へと封じられました。

 残されたレンダルク家当主の肉体は、無惨な姿を見せています。

 竜種の精神体に侵された肉体には、残念ながら在るべき精神がありませんでした。


「爺に喰われたな」


 息をしていないのを、ジークさんが確認しました。

 宙に浮くエフィちゃんが、心なしか消沈しています。

 怒りに任せて精神体を追い出したのを、反省している様子でした。


「幼龍、悪くない。正しい、行為」

「そうだな、遅かれ早かれ、この器も竜種の精神に侵食されて、こうなったであろう」

「砂ですか?」

「ああ。元の身体に戻してやりたいが、魔法を行使すると砂と科す」


 レンダルク家当主の身体が、手足の先から砂へと転じていきます。

 魔法を行使しなければ砂へと転じていかないのですが、ジークさんは魔力を亡き骸に流していきます。


「リーナ。あいつ等、いる。亡き骸、利用、不可」


 疑問に思っていましたら、リーゼちゃんに猟兵団の存在を匂わされました。

 そうでした。

 猟兵団がいました。

 彼等は拘束されているだけで、意識がありました。

 どうしましょう。

 神龍の姿を見られてしまいましたよ。

 顔に焦りが出ていたのか、リーゼちゃんに笑われました。


「安心する。幼龍、幻影、掛けてる」

「あっ。本当です」

 〔主しゃま~〕


 エフィちゃんは怒りに我を失っていても、しっかりと対策はしていました。

 光魔法の屈折による幻影を纏っていました。

 良かった。

 安心しました。

 エフィちゃんも竜狩りの対象にされなくて、よくなりました。

 伸ばした腕に、エフィちゃんが巻き付きます。

 滑らかな鱗を堪能させて貰います。


 〔主しゃま~。頑張りしゅぎてしまいました、でしゅの~〕

「ですが、あの人はもう逃げられませんよ」

「肯定。爺、永久、封印。ざまあみろ」

「リーゼさんは、何故に毒舌なのでしょうか」


 身内の竜さんを、嫌うリーゼちゃんは珍しいです。

 気に入らない他者は、無関心を貫く姿勢のが普段のリーゼちゃんです。

 視界にも入れない他者と身内では、違うのでしょうか。

 不思議に思いましたので、聞いてみました。


「爺。先代長、騙し討ち、共食い。禁忌、触れた」


 滅多に歪めない表情が、眉根に皺を作っています。

 生命の危機がなく同胞を喰らうのは、個体数が少ない竜種には禁忌であると教えられています。

 自身の能力を底上げするには、共食いが有効的な手段であり、絶滅危惧を招く愚かな手段でもあります。


 〔もう少し、しばき倒せば良かった、でしゅの~〕


 龍種のエフィちゃんも、憤慨しています。

 尻尾が宙を叩きます。

 はい。

 見事な尻尾叩きでした。

 そんなエフィちゃんの姿に、リーゼちゃんは鬣が生える背中を撫でています。


「幼龍、おかげ。爺、生命、尽きるまで、封印。ありがとう」

 〔どういたしまして、でしゅの~〕


 和やかな雰囲気に、笑顔になります。

 竜種の問題竜が捕縛出来ただけなのですが、長さんの依頼を終わらせた感満載です。

 まだ、猟兵団やら、ドラグースの竜召の儀式やら、問題は残されています。

 どうしましょう、ラーズ君。

 危険が去りましたので、戻ってきてくださいね。


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