第29話
くかか、くかか、と耳障りな嗤い声をあげるのは、レンダルク家当主と呼ばれた竜人族。
濃密な歪んだ竜気を撒き散らして、肉体を変化させていきます。
リーゼちゃんとジークさんの魔法を竜気で防ぎながら、竜鱗が全身に現れ、瞳孔が縦に細長くなっています。
竜人にはない尻尾と翼が生えてきましたところで、周りの取り巻きの重鎮がバタバタと腰を抜かし始めました。
「レ、レンダルク?」
「ま、魔物か?」
不用意に口にした竜人男性にむかい、竜尾が奮われました。
悲鳴をあげて柱に叩きつけられる男性を、黄金の瞳がねめつけます。
「誇り高き尊き身を魔物だと。楽には死なせん」
「ひ、ひぃっ」
「逃げろ。魔物が、城内に侵入したぞ」
恐らくですが、竜体に変化しようとしたのだと思われます。
ですが、思うようには変化出来なくて、中途半端な姿を晒しているのに、気付いてはいません。
竜人族は、人の姿に退化した鱗と竜角を有した姿をしています。
今の元レンダルク家当主の姿は、鱗に覆われた顔は人の呈を為さず、例えるならば蜥蜴人に近い様をしています。
魔物と称されてもおかしくはありません。
「リーゼちゃん」
「ん」
私の合図でリーゼちゃんが、元レンダルク家当主に魔法を放ちます。
魔物呼ばわりした竜人族を狙う背中に、雷撃が命中しました。
「爺。弱い者苛め、止めろ」
「小娘、邪魔をするでない。儂を、魔物などと侮蔑する輩は赦さん」
「姿、よく見る。立派な魔物」
阿鼻叫喚と逃げ惑う竜人族は、我先に扉に向かって走っていきます。
近衛の騎士は役目を忘れることはなく、国王と宰相さんを警護して隠し扉に押し込めています。
内側から鍵をかける音が聞こえました。
謁見の間に残されたのは、静観する猟兵団の団員と私達。
「ご当主。失礼します」
「待て、儂より妹達を……」
ヴェルサス家のお爺さんは、ラーズ君が担いで窓から運んでいきました。
一安心です。
「小娘も、魔物と言うか」
激高する元レンダルク家当主が、床を蹴り肉薄してきました。
リーゼちゃんが、私の腰に腕を回します。
〔駄目でしゅの~〕
〔うん。空間断絶〕
回避する前に、エフィちゃんの結界が私達を包み、ジェス君の攻撃が入りました。
不可視の刃が、元レンダルク家当主を切り刻みます。
しかし、竜鱗に阻まれて浅い傷を負わせただけとなりました。
「むっ。空間魔法か。何処からきた」
「黙れ、爺」
いつになく、リーゼちゃんは辛辣です。
容赦なく雷撃を見舞わせていきます。
私も長戦斧を構えました。
背後からの殺気に、振り向きざま長戦斧を横薙ぎします。
ガキン。
甲高い鋼の撃ち合う音がしました。
犬の獣人の攻撃です。
警護していたラーズ君がいなくなり、早速狙ってきました。
「リーナ」
「平気です。リーゼさんは、前に集中してください」
リーゼちゃんと背中あわせの位置に着きます。
これで、背後からの強襲には意味がなくなります。
猟兵団側の魔法は、エフィちゃんの結界が無効化してくれます。
物理攻撃に気をつければ、いいだけです。
「無粋な事をする」
「おい、レンダルク。俺等との、約定は忘れるなよなぁ」
「忘れてはおらんよ」
「そうかぁ。我を忘れていた様子だったがなぁ」
「ふん」
猟兵団との会話で、元レンダルク家当主が冷静を取り戻しました。
距離を開けられます。
やはりといいますか、猟兵団と癒着していたのはレンダルク家でした。
竜人国に竜狩りの一団を率いれて、何を企んでいたのでしょうか。
気になります。
「まあ、よいわ。おい、竜狩りよ。竜人の小娘が、貴様等の目的に適った雌だ」
「へぇ。これには、竜人族の父親がいなかったか?」
「詳しくは儂でも言えんが、父親は貴様等が欲した術を体験した竜人だ」
「てことは、母親は竜王姫か」
猟兵団の興味本位な視線が、リーゼちゃんに向けられます。
竜の秘術で竜へと進化する術は、禁術の一種となります。
秘匿されている禁術には、禁則事項が設けられていて、おいそれと言葉には出来ません。
表に出せば、神罰が降ります。
ですので、元レンダルク家当主も言葉を濁させました。
「竜王を喚ぶ竜人の娘が、竜王姫の娘。長期戦を覚悟していたが、幸先いいな」
「はい、隊長。まさか、ドラグースの竜召の儀が、使えないとは思いもしませんでしたが。我々に必要な雌が、漸く手に入りました」
猟兵団の中では確定しているのか、随分と勝手な事を言っています。
リーゼちゃんは、物ではありません。
腹が立ってきます。
この苛立ちを獣人の団員に、ぶつけてしまいがちになります。
獣人の団員は両手に短剣を持ち、素早く的確に急所を狙ってきています。
私を人質に取るのではなく、抹殺にかかっています。
それは、悪手なのですよ。
リーゼちゃんを、怒らせるだけなのですよ。
忠告は無駄になりそうですので、しません。
「鬱陶しい」
風魔法で獣人の団員の攻撃を把握しているリーゼちゃんが、【風の鎚】を見舞わせます。
ひらりと交わした直後に、ジェス君の重力魔法に捕らわれ、床に沈められます。
「ぐぅっ」
相当な荷重で、骨が軋み折れました。
ジェス君。
手加減を忘れましたね。
にゃん。
〔セーラちゃん苛めるの、鉄拳制裁なの〕
〔はい、でしゅの~。次は、エフィがやりましゅの~〕
ポーチの中からは、頼もしい味方が名乗りをあげます。
獣人の団員が戦闘不能になり、諜報員の団員が牽制しながら回収していきます。
「攻撃魔法が通じないなら、支援魔法に徹しろ。雌を捕縛するぞ」
「了解致しました」
「ご存分に」
纏め役の登場ですか。
大剣を肩に担ぎ直して、ガウェイン氏がゆっくりと近付いてきます。
リーゼちゃんは、元レンダルク家当主と睨みあいが続いています。
双方の魔法が相殺され、余波で謁見の間が大惨事になっています。
「おい、爺さん。共闘は無理でも、邪魔はするなよ」
「ふん。まあ、よいわ。お手並み拝見とするかのう」
元レンダルク家当主が、更に距離を開けます。
肩に担いだ大剣をそのままにして、ガウェイン氏が床を蹴りました。
獣人の団員程ではありませんが、速度がありました。
踏み抜かれた床石が、跳ねました。
大剣が真っ直ぐに、リーゼちゃんに向かって降り下ろされます。
リーゼちゃんは背後に私がいますので、回避はせずに左手で大剣を払います。
「?」
「こいつは竜の牙から作られた大剣だ。竜の鱗さえ、貫通するぜ」
「リーゼさん?」
「平気」
慌てて左手に視線をむけると、掌から出血していました。
久しく見ないリーゼちゃんの怪我に、目を見張ります。
本人は何でもない様な態度をしていますが、相性が悪い武器に直接的な接触は分が悪いです。
ましてや、リーゼちゃんは拳闘士です。
竜の鱗が、籠手や脚甲の役割をしていました。
それが、封じられるのは痛いです。
「出来れば、傷をつけずにに捕縛したいんだがなぁ」
「無力。無茶。無謀」
「まあ、いいさ。子を産む機能さえあれば……」
『成る程。それが、目的か』
「ちっ」
ガウェイン氏が急ぎ、後退していきます。
ジークさんの殺気に晒されて、元レンダルク家当主も動きを止めました。
謁見の間に、幻獣種最高位の竜王の本気な怒気が立ち込めます。
ジェス君の重力魔法並みに、重苦しい空気が漂いました。
『昨年、竜の秘境より、若い雄が姿を消した。依頼され、探したがようとして見つからぬ』
黄金の竜眼が、猟兵団と元レンダルク当主をいぬきました。
魔術言語が竜体を巡り、謁見の間に見慣れた男性の姿が現れます。
ジークさんの竜人型です。
私達年少組と敵対者との狭間に立ち、怒気を孕んだ竜気を纏っています。
「足跡は帝国領で消えた。雑多な気配に紛れて、竜狩りに討たれたと思ったが。そこな爺に唆されて、繁殖用途に捕らえたか。大方、あらかたに竜を狩りすぎて、己を呪う飢餓に抗うのが難しくなってきたのだろう」
竜血中毒。
竜の血や肉を喰らえば、人の身には過ぎたる尋常ではない能力を手にいれられます。
反面、適応性がない身体を持つ人が喰らえば、呪いによる死が待ち受けます。
そして、麻薬と同様に定期的に摂取しなければ、己を見失い精神が狂った化け物と成り果てます。
敵味方の判断がつかなくなり、無作為に殺戮行動をとります。
ジークさんが指摘した通りに、竜族は秘境に身を隠しました。
人が棲息する場所にて、活動している竜族はジークさんとリーゼちゃんぐらいでしょう。
それか、竜の気配を消すのが巧な、酔狂な竜族のどなたかでしょう。
ああ、目の前の肉体と精神を切り離して、憑依を実行したリーゼちゃんの身内もいました。
そうした竜を見つけられない打開策に、猟兵団は若い雄と雌の個体を掌中に修めて、繁殖を試みる結果にした。
猟兵団が目をつけたのが、竜を信仰するドラグース。
過去には、竜騎士が誕生していた。
ですが、現在は竜王姫の勘気に触れて、竜騎士が誕生していない。
いつから、悪意満載なリーゼちゃんの身内と、猟兵団が手を組んだのかはわかりません。
国王の懐に入り込み、竜召の儀を介して無理矢理に竜騎士を誕生させようとしていたのは確かです。
それにしては、エルギラとユルギラを間違えて植樹していました。
お粗末な行動には、矛盾を感じます。
「理解しているなら早い。その雌を寄越しな」
「ならぬ」
「別の雌でもいいぜ。繁殖出来るなら、どんな雌でもいい」
「猟兵団のも、そこな爺の言う通りにはせぬ」
「っ。なら、実力行使だ‼」
ジークさんの淡々とした会話に、痺れを切らしたガウェイン氏が大剣を奮います。
ジークさんは回避行動には移さずに、掌で大剣を受け止めました。
竜の牙で作成された大剣が、掌ごとジークさんを両断するかと思われましたが、悲鳴をあげたのは大剣の方でした。
掌が接触する部分から皹が入っていきます。
「愚か者よ。若い個体には効果があろうが、歳経た竜には玩具にしかならぬ」
「嘘だろう。クロス工房製の竜の牙が……」
「そなた、二重の意味で愚か者か。これなる
牙は、確かに竜のであろうが。クロス工房製ではないぞ。贋者に出会ったな」
たいして力を入れた素振りを見せずに、大剣が折れました。
得物を無くしたガウェイン氏は、ジークさんに掴まえられました。
「ぐっ。離せ」
「隊長!」
「子供達の前だ、耐えて見せよ」
予備動作無しに、拳がお腹にめり込みます。
呆気なく飛んでいくガウェイン氏。
ジークさん。
格好がいいです。
素敵です。
思わず、拍手してしまいました。
「むう。叔父さん、いいとこ取り」
何故か、リーゼちゃんは剥れています。
ジークさんは余裕綽々で、猟兵団側の魔法を魔法で相殺している無双を繰り広げています。
私達、足手まといになってきています。
ジークさんが入れば、ドラグースの案件は簡単に事が収まるのではないでしょうか。
そんな、益体もないことを思いました。
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