第28話
癇癪を起こして自滅した自称召喚勇者は、レンダルク家の使用人が謁見の間から連れ出して行きました。
令嬢と神官が付き添っていきます。
魅了が解けかかっていますが、見捨てることは出来ないみたいです。
召喚勇者には、神国にお帰り願いたいです。
ジークさんは彼には無関心でありましたから、竜騎士にはなれないでしょう。
自力で頑張れば、飛竜とは契約できるかと思います。
ラーズ君に加護は有ると宣言したとおり、彼には女神の加護があります。
名のある女神ではありませんが、神族には違いがありません。
やや、トラブルを併発する加護の様です。
それを、試練だと思い乗り越える気概を見せれば、一皮向けて勇者を堂々と名乗っても良いのではないでしょうか。
『呼び出した案件はしまいか? 我は忙しい。帰還する』
ジークさんが謁見の間を見渡して、言いました。
竜王に挑戦する方は、名乗りあげない処を見ますと、いないみたいです。
神国のメル先生に付き添う役目を掻い潜って、リーゼちゃんに応えたジークさんは、翼を広げて離陸する素振りを見せました。
「お待ちを、竜王殿。我等ドラグースは竜王姫の勘気が解かれぬ限り、竜騎士が産まれないと言われました。竜王殿を喚んだリーゼ殿を介してなら、竜騎士は産まれますか?」
宰相さんが慌てて、切り出します。
ドラグースにとりましては、竜騎士が他国への牽制を担ってきていました。
竜人族は人族より、能力面で優れています。
軍事力は竜騎士がいなくとも、人族に勝っているのです。
竜騎士に固執する謂れはないのですが。
宰相さんには、思うことがありそうです。
『リーゼが望むなら、勘気は解けるだろう。だが、我は許さぬよ。姉の盟友を殺害しようとした血筋が残る限りは、竜族は契約に応じぬ。飛竜は知らぬがな』
ジークさんの恩情に、宰相さんは気付くでしょうか。
竜族と飛竜では、種の違いと能力は段違いになります。
魔法を行使できるか否かで、飛竜を軽視しがちでいますけども。
幻獣種でも上位に入ります。
飼い慣らせば、立派な凶器と化します。
竜種を神聖視するドラグースでも、飛竜は竜族の眷属として敬う対象のはずです。
余りにも、竜王姫が一人歩きしすぎて、飛竜では満足しなくなっていますね。
「では、リーゼ殿を王家に迎いいれましたならば、ご助力頂けるのでしょうか」
『ならぬ。リーゼが望まぬ婚姻は許さぬ。我が滅ぼしてくれる』
親代りのジークさんは、牙を剥き出して威嚇します。
リーゼちゃんのお父様を暗殺しかけ、祖父母や身内を狂わせた竜に喰わせた。
敵対する相手を許す訳にはいかないでしょう。
私もラーズ君も、大反対しますよ。
それに、トール君やアッシュ君も、リーゼちゃんの相手にはお眼鏡に適った竜族を、薦めては試したりするでしょう。
高い高い壁を乗り越えて、リーゼちゃんに認められる相手でなければ、妨害やむ無しです。
実際の処は、リーゼちゃんの意思により、変わってくるかと思いますけど。
番を得た竜族は兄弟姉妹より、番を一番に考えます。
今は、私やラーズ君に執着しているリーゼちゃんも、番を得たら独り立ちするのでしょうか。
うーん。
考えが及びません。
その時にならないと、私の方が甘えて離さない気がしてきました。
ラーズ君もいずれは恋人さんと家庭を築き、私から離れていきます。
その折りには、召喚契約は破棄する意向でいます。
いつまでも、束縛してはいけないですから。
まだまだ、先の話になりますが、未来の私はラーズ君とリーゼちゃんに守られてばかりではいられません。
立派に独り立ちしなくてはなりません。
アッシュ君やトール君の許可が得られたら、果ての大地に赴いてみるのが夢でもあります。
孤独に役目を全うする彼の、手助けを出来たらいいなと思います。
「宰相閣下。ヴェルサス家はリーゼの身分は保証しますが、家に縛られるのは良しとしない。これまで通りに、自由に生きて貰う所存である」
「それでは、家督は誰が継がれる。貴殿の血筋は、孫娘が一人のみ」
「一族の総意が得た者が継ぎましょう。孫娘にも、自由にと言っておりますでな」
「武門の一族が割れても良いと」
「ベルナール殿が帰還するまで、ヴェルサス家を守るのが儂の信条でした。その、ベルナール殿が身罷られている。遺児には、継ぐ意思がない」
お爺さんがリーゼちゃんを見やります。
話題の主は、我関せず。
猟兵団の動向を気にしています。
彼等も竜王の登場に意表をつかれていますのか、頻りに鎖帷子の団員に話しかけています。
小声で話していますが、鋭敏な耳には内容は筒抜けです。
計画が狂っている。
竜を手に入れられない。
団長に処分される。
等、焦りを見せています。
中には、失態の返上に、竜王を喚べるリーゼちゃんを手土産に、なんて話しています。
ラーズ君にも、その声は届いています。
暗殺者を警戒して、注視すると念話が届きました。
「ならん、ならん。ヴェルサス。娘を王家に差し出せ。レンダルクもだ」
「陛下?」
「知っているのだぞ。貴様らが、私を退位させて、王弟に後を継がせるのを。竜人王と呼ばれながら、竜族に呪われている私を排除させたがっているのをな」
突然に、玉座から国王が喚き散らし始めました。
この人の存在を空気にしてしまっていました。
操りの魔石を外された後遺症で、錯乱の兆候が出始めています。
瞳孔が開いて、敵味方分からなくなってきています。
抑圧された本音を吐露していっています。
危険な状態に陥っていますね。
「竜王の竜騎士は王がならなくてはならないのだ。祖父は、竜王姫を献上しない愚か者を、成敗しただけにすぎぬ。だというのに、竜王姫は王家を呪い、竜族との盟約を破棄した。父上は、竜騎士になれぬ己を恥じていずこかに姿を隠し、弟は日々樹を植えて竜を待つだけ。神国は、竜に見放されたドラグースを敬わぬ。挙げ句に、勇者を送りつけて国を乗っ取ろうとしている。何故にこうも、問題ばかりが起きる。わたしの責任ではない。ならば、竜なぞいなくなればいい。ガウェイン。竜がいるぞ。お前たち竜狩りの手腕の見せどころだ。竜を狩り尽くせ‼」
「陛下。何をおうせか。我等の祖は竜族と共に生きた種です。国の王が竜を否定すれば、国民が黙ってはおりませぬ」
「なりたくて、なった王ではない。わたしとて、竜騎士に憧れた一人だ。何をしても、竜に選ばれぬ絶望は、そなたらにも分からぬわ」
心の底に眠る想いを曝け出すこの竜人を哀れだと、感じてしまうのは駄目ですよね。
憧憬の念が憎さに換わり、竜を狩り尽くせとまで肥大してしまった。
己の責任ではない場所で事が運んでしまい、前にも後にも進まない状況に一番悩んでいたのは国王だった。
神国がどういった思惑で、召喚勇者を派遣したのかは知りませんが、国王は裏を読みすぎて頼りには出来ないでいたのかもです。
なりたくて、なった王ではない。
臣下にも悩みを打ち明けられなかったのは、国王の弱さでしかありません。
ですが、王としての矜持が弱さを見せるのを許さないのであったとしたら、この竜人は凄まじいまでの孤独に耐えていたと思います。
周りに恵まれていないでいたのでしょう。
諫める竜人も、安らぎを与える竜人も、悩みを分かち合う竜人もいなかった。
竜を望んだ分だけ、絶望が広がっていく。
果てには、竜を憎むまでになる。
慟哭に、答える竜人はいません。
いたのは、相反する理念を所有する猟兵団だった。
悲しい結論に至り、リーゼちゃんにすがりたくなりました。
でも、私がリーゼちゃんに進言したとしても、憐れみによる同情でしかないのですよね。
一時の感情で突き動かされても、長期的にはドラグースの為にはならないのですから。
〔セーラ。同情は、この国が抱える闇には効果がありませんよ〕
〔はい。分かっています〕
私の心情を感じてしまったのか、ラーズ君に咎められました。
リーゼちゃんは、私の願いを必ず叶えようとします。
私がドラグースに竜を呼び、竜騎士を誕生させて欲しいと願えば、リーゼちゃんは祖父母を喰らわせ、実父を暗殺しようとしたドラグースへの負の感情を捨てて、実行するでしょう。
ジークさんや竜の長さんの苦言も耳に入れずに、竜騎士誕生に邁進してしまいます。
だから、言えません。
〔セーラちゃん〕
〔セーラしゃま~〕
ジェス君と、エフィちゃんにも心配をかけています。
ポーチに手をいれると、暖かな毛並と冷やりする鱗の感触が伝わります。
私は、恵まれています。
両親と部族を帝国に奪われましたが、暖かな保護者様方に拾われて衣食住に困ることはなかった。
ラーズ君やリーゼちゃんにも出会い、復讐心の塊になることはなかった。
だから、言えないです。
恵まれている私が、恵まれているようで恵まれていない竜人に、何を言えるでしょうか。
「わたしを拒む竜なぞ要らぬ。竜騎士なぞ誕生させてなるものか。皆、わたしの絶望を知ると良いわ」
「……陛下。それほどまでに」
謁見の間に騒めぎがおこります。
自国の王が狂わされた精神で、崇める対象を貶める発言をする。
容認出来る訳がないです。
皆さん、竜王を気にして機嫌を窺っています。
対して、ジークさんは凪いだ海の如く、静かに国王を見ていました。
『罪深くは、姉上か、祖父たる竜人王か』
契約者を守ろうとした余りに国を呪ってしまった竜王姫と、地位を脅かすと決めつけて暗殺の手段を取ってしまった王様か。
ジークさんも、当代の国王が歪んでしまった原因の罪深かさに、嘆息しています。
「否定」
けれども、リーゼちゃんが声をあげました。
猟兵団から視線を離して、ある竜人を見据えています。
「リーゼさん?」
「否定。諸悪根元、別。王家簒奪。ヴェルサス家排斥。竜種根絶。目論むは、別の意思」
やや強めな語気に怒りを滲ませて、リーゼちゃんははっきりと言います。
ひたすらに、その竜人を見つめて言外に敵と認識しています。
「竜王、よく視る。これ、竜人違う。爺の気配する」
『何だと?』
「爺。逃げてる」
『むっ。正しくは、くそじじい。あれは、脱け殻か』
ジークさんが、大きく咆哮します。
謁見の間が振動で震える中、薄く気味悪く笑う竜人が肩を揺らしはじめました。
怪訝に不審がる周囲の竜人が、距離を開けます。
すかさずリーゼちゃんが、風魔法を撃ち込みます。
続いてジークさんの雷撃が走ります。
が、その竜人には攻撃が届いてはいません。
「くかか。儂にうぬらの児戯が通じるものか」
「レンダルク家の?」
その竜人は空気に徹していた様が豹変して、段々と威圧感が増していきます。
壮年の竜人が纏うにしては異質な魔力が、辺りを漂い始めていきます。
「くかか。もう少し楽しみたかったが、ここらが潮時か。さあ、儂の為に踊れ、道化達」
レンダルク家当主と呼ばれていた竜人は、辺りを見渡して暗く嗤い出しました。




