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森と海の娘は平穏を望む  作者: 堀井 未咲
ドラグース編
136/197

第28話

 癇癪を起こして自滅した自称召喚勇者は、レンダルク家の使用人が謁見の間から連れ出して行きました。

 令嬢と神官が付き添っていきます。

 魅了が解けかかっていますが、見捨てることは出来ないみたいです。

 召喚勇者には、神国にお帰り願いたいです。

 ジークさんは彼には無関心でありましたから、竜騎士にはなれないでしょう。

 自力で頑張れば、飛竜(ワイバーン)とは契約できるかと思います。

 ラーズ君に加護は有ると宣言したとおり、彼には女神の加護があります。

 名のある女神ではありませんが、神族には違いがありません。

 やや、トラブルを併発する加護の様です。

 それを、試練だと思い乗り越える気概を見せれば、一皮向けて勇者を堂々と名乗っても良いのではないでしょうか。


『呼び出した案件はしまいか? 我は忙しい。帰還する』


 ジークさんが謁見の間を見渡して、言いました。

 竜王に挑戦する方は、名乗りあげない処を見ますと、いないみたいです。

 神国のメル先生に付き添う役目を掻い潜って、リーゼちゃんに応えたジークさんは、翼を広げて離陸する素振りを見せました。


「お待ちを、竜王殿。我等ドラグースは竜王姫の勘気が解かれぬ限り、竜騎士が産まれないと言われました。竜王殿を喚んだリーゼ殿を介してなら、竜騎士は産まれますか?」


 宰相さんが慌てて、切り出します。

 ドラグースにとりましては、竜騎士が他国への牽制を担ってきていました。

 竜人族は人族より、能力面で優れています。

 軍事力は竜騎士がいなくとも、人族に勝っているのです。

 竜騎士に固執する謂れはないのですが。

 宰相さんには、思うことがありそうです。


『リーゼが望むなら、勘気は解けるだろう。だが、我は許さぬよ。姉の盟友を殺害しようとした血筋が残る限りは、竜族は契約に応じぬ。飛竜は知らぬがな』


 ジークさんの恩情に、宰相さんは気付くでしょうか。

 竜族と飛竜では、種の違いと能力は段違いになります。

 魔法を行使できるか否かで、飛竜を軽視しがちでいますけども。

 幻獣種でも上位に入ります。

 飼い慣らせば、立派な凶器と化します。

 竜種を神聖視するドラグースでも、飛竜は竜族の眷属として敬う対象のはずです。

 余りにも、竜王姫が一人歩きしすぎて、飛竜では満足しなくなっていますね。


「では、リーゼ殿を王家に迎いいれましたならば、ご助力頂けるのでしょうか」

『ならぬ。リーゼが望まぬ婚姻は許さぬ。我が滅ぼしてくれる』


 親代りのジークさんは、牙を剥き出して威嚇します。

 リーゼちゃんのお父様を暗殺しかけ、祖父母や身内を狂わせた竜に喰わせた。

 敵対する相手を許す訳にはいかないでしょう。

 私もラーズ君も、大反対しますよ。

 それに、トール君やアッシュ君も、リーゼちゃんの相手にはお眼鏡に適った竜族を、薦めては試したりするでしょう。

 高い高い壁を乗り越えて、リーゼちゃんに認められる相手でなければ、妨害やむ無しです。

 実際の処は、リーゼちゃんの意思により、変わってくるかと思いますけど。

 (つがい)を得た竜族は兄弟姉妹より、番を一番に考えます。

 今は、私やラーズ君に執着しているリーゼちゃんも、番を得たら独り立ちするのでしょうか。

 うーん。

 考えが及びません。

 その時にならないと、私の方が甘えて離さない気がしてきました。

 ラーズ君もいずれは恋人さんと家庭を築き、私から離れていきます。

 その折りには、召喚契約は破棄する意向でいます。

 いつまでも、束縛してはいけないですから。

 まだまだ、先の話になりますが、未来の私はラーズ君とリーゼちゃんに守られてばかりではいられません。

 立派に独り立ちしなくてはなりません。

 アッシュ君やトール君の許可が得られたら、果ての大地に赴いてみるのが夢でもあります。

 孤独に役目を全うする彼の、手助けを出来たらいいなと思います。


「宰相閣下。ヴェルサス家はリーゼの身分は保証しますが、家に縛られるのは良しとしない。これまで通りに、自由に生きて貰う所存である」

「それでは、家督は誰が継がれる。貴殿の血筋は、孫娘が一人のみ」

「一族の総意が得た者が継ぎましょう。孫娘にも、自由にと言っておりますでな」

「武門の一族が割れても良いと」

「ベルナール殿が帰還するまで、ヴェルサス家を守るのが儂の信条でした。その、ベルナール殿が身罷られている。遺児には、継ぐ意思がない」


 お爺さんがリーゼちゃんを見やります。

 話題の主は、我関せず。

 猟兵団の動向を気にしています。

 彼等も竜王の登場に意表をつかれていますのか、頻りに鎖帷子の団員に話しかけています。

 小声で話していますが、鋭敏な耳には内容は筒抜けです。

 計画が狂っている。

 竜を手に入れられない。

 団長に処分される。

 等、焦りを見せています。

 中には、失態の返上に、竜王を喚べるリーゼちゃんを手土産に、なんて話しています。

 ラーズ君にも、その声は届いています。

 暗殺者を警戒して、注視すると念話が届きました。


「ならん、ならん。ヴェルサス。娘を王家に差し出せ。レンダルクもだ」

「陛下?」

「知っているのだぞ。貴様らが、私を退位させて、王弟に後を継がせるのを。竜人王と呼ばれながら、竜族に呪われている私を排除させたがっているのをな」


 突然に、玉座から国王が喚き散らし始めました。

 この人の存在を空気にしてしまっていました。

 操りの魔石を外された後遺症で、錯乱の兆候が出始めています。

 瞳孔が開いて、敵味方分からなくなってきています。

 抑圧された本音を吐露していっています。

 危険な状態に陥っていますね。


「竜王の竜騎士は王がならなくてはならないのだ。祖父は、竜王姫を献上しない愚か者を、成敗しただけにすぎぬ。だというのに、竜王姫は王家を呪い、竜族との盟約を破棄した。父上は、竜騎士になれぬ己を恥じていずこかに姿を隠し、弟は日々樹を植えて竜を待つだけ。神国は、竜に見放されたドラグースを敬わぬ。挙げ句に、勇者を送りつけて国を乗っ取ろうとしている。何故にこうも、問題ばかりが起きる。わたしの責任ではない。ならば、竜なぞいなくなればいい。ガウェイン。竜がいるぞ。お前たち竜狩りの手腕の見せどころだ。竜を狩り尽くせ‼」

「陛下。何をおうせか。我等の祖は竜族と共に生きた種です。国の王が竜を否定すれば、国民が黙ってはおりませぬ」

「なりたくて、なった王ではない。わたしとて、竜騎士に憧れた一人だ。何をしても、竜に選ばれぬ絶望は、そなたらにも分からぬわ」


 心の底に眠る想いを曝け出すこの竜人(ひと)を哀れだと、感じてしまうのは駄目ですよね。

 憧憬の念が憎さに換わり、竜を狩り尽くせとまで肥大してしまった。

 己の責任ではない場所で事が運んでしまい、前にも後にも進まない状況に一番悩んでいたのは国王だった。

 神国がどういった思惑で、召喚勇者を派遣したのかは知りませんが、国王は裏を読みすぎて頼りには出来ないでいたのかもです。

 なりたくて、なった王ではない。

 臣下にも悩みを打ち明けられなかったのは、国王の弱さでしかありません。

 ですが、王としての矜持が弱さを見せるのを許さないのであったとしたら、この竜人は凄まじいまでの孤独に耐えていたと思います。

 周りに恵まれていないでいたのでしょう。

 諫める竜人も、安らぎを与える竜人も、悩みを分かち合う竜人もいなかった。

 竜を望んだ分だけ、絶望が広がっていく。

 果てには、竜を憎むまでになる。

 慟哭に、答える竜人はいません。

 いたのは、相反する理念を所有する猟兵団だった。

 悲しい結論に至り、リーゼちゃんにすがりたくなりました。

 でも、私がリーゼちゃんに進言したとしても、憐れみによる同情でしかないのですよね。

 一時の感情で突き動かされても、長期的にはドラグースの為にはならないのですから。


 〔セーラ。同情は、この国が抱える闇には効果がありませんよ〕

 〔はい。分かっています〕


 私の心情を感じてしまったのか、ラーズ君に咎められました。

 リーゼちゃんは、私の願いを必ず叶えようとします。

 私がドラグースに竜を呼び、竜騎士を誕生させて欲しいと願えば、リーゼちゃんは祖父母を喰らわせ、実父を暗殺しようとしたドラグースへの負の感情を捨てて、実行するでしょう。

 ジークさんや竜の長さんの苦言も耳に入れずに、竜騎士誕生に邁進してしまいます。

 だから、言えません。


 〔セーラちゃん〕

 〔セーラしゃま~〕


 ジェス君と、エフィちゃんにも心配をかけています。

 ポーチに手をいれると、暖かな毛並と冷やりする鱗の感触が伝わります。

 私は、恵まれています。

 両親と部族を帝国に奪われましたが、暖かな保護者様方に拾われて衣食住に困ることはなかった。

 ラーズ君やリーゼちゃんにも出会い、復讐心の塊になることはなかった。

 だから、言えないです。

 恵まれている私が、恵まれているようで恵まれていない竜人に、何を言えるでしょうか。


「わたしを拒む竜なぞ要らぬ。竜騎士なぞ誕生させてなるものか。皆、わたしの絶望を知ると良いわ」

「……陛下。それほどまでに」


 謁見の間に騒めぎがおこります。

 自国の王が狂わされた精神で、崇める対象を貶める発言をする。

 容認出来る訳がないです。

 皆さん、竜王を気にして機嫌を窺っています。

 対して、ジークさんは凪いだ海の如く、静かに国王を見ていました。


『罪深くは、姉上か、祖父たる竜人王か』


 契約者を守ろうとした余りに国を呪ってしまった竜王姫と、地位を脅かすと決めつけて暗殺の手段を取ってしまった王様か。

 ジークさんも、当代の国王が歪んでしまった原因の罪深かさに、嘆息しています。


「否定」


 けれども、リーゼちゃんが声をあげました。

 猟兵団から視線を離して、ある竜人を見据えています。


「リーゼさん?」

「否定。諸悪根元、別。王家簒奪。ヴェルサス家排斥。竜種根絶。目論むは、別の意思」


 やや強めな語気に怒りを滲ませて、リーゼちゃんははっきりと言います。

 ひたすらに、その竜人を見つめて言外に敵と認識しています。


「竜王、よく視る。これ、竜人違う。(じじい)の気配する」

『何だと?』

(じじい)。逃げてる」

『むっ。正しくは、くそじじい。あれは、脱け殻か』


 ジークさんが、大きく咆哮します。

 謁見の間が振動で震える中、薄く気味悪く笑う竜人が肩を揺らしはじめました。

 怪訝に不審がる周囲の竜人が、距離を開けます。

 すかさずリーゼちゃんが、風魔法を撃ち込みます。

 続いてジークさんの雷撃が走ります。

 が、その竜人には攻撃が届いてはいません。


「くかか。儂にうぬらの児戯が通じるものか」

「レンダルク家の?」


 その竜人は空気に徹していた様が豹変して、段々と威圧感が増していきます。

 壮年の竜人が纏うにしては異質な魔力が、辺りを漂い始めていきます。


「くかか。もう少し楽しみたかったが、ここらが潮時か。さあ、儂の為に踊れ、道化達」


 レンダルク家当主と呼ばれていた竜人は、辺りを見渡して暗く嗤い出しました。

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