第27話
先週はお休みして申し訳ありませんでした。
唐突な竜王の登場に、誰もが言葉を無くしています。
それだけ、身近に竜の存在を感じていない証ですね。
ですが、空気を読まない人は何処にでもいました。
「竜王。わたしと契約して、下僕になれ」
玉座からそんな声が飛び出しました。
猟兵団と戦闘行為をしていた私達を、無視して窓辺に駆け寄り両手を広げる国王がいます。
「陛下、危のうございます。お下がりください」
「邪魔をするな。竜王と契約するのはわたしだ」
身を案じる宰相さんの言葉も届いてはいなくて、只ひたすら竜王を求める姿に恐ろしさを抱きました。
操心の魔石に狂わされているとはいえ、国王は国の代表です。
自分が発した言葉には、責任が付きまといます。
国民を蔑ろにしてよい訳がありません。
竜を信仰する国の代表が、竜王を従えて隷属しようとする。
他者の下につくことを容赦しない竜を、怒らせる行為をしているとは、微塵にも思ってはいなさそうです。
「さあ、竜王。わたしの言葉に従い、竜を呼べ。竜騎士を誕生させて、我が国の威光を知らしめるのだ」
愚者の行いにジークさんは、沈黙しています。
時折、揺らす尾が何かをはね除けています。
恐慌状態にになっている兵士の攻撃に、反応しているみたいです。
充分に手加減はしているようで、打ち身ぐらいの怪我を見舞っていますね。
「どうした、竜王。早く契約しろ」
『喧しい。リーゼ、何故に喚んだ。この、道化に会わせる為か』
国王に興味を見せずに、リーゼちゃんをひと睨みするジークさんです。
鎖帷子の団員を警戒するリーゼちゃんは、私を背に庇い威圧しています。
猟兵団は徐々に纏まり始め、私達とジークさんの視界から外れる位置に移動していきます。
狂人と言われていますが、無闇に竜王に突撃しない知恵はあるのですね。
「否定。竜王に問う。父の両親兄弟、食った竜は誰?」
『とうとう知ったか』
「誰?」
『……生存していない。我が姉、竜王姫によって死んだ』
「そう。竜を狂わせた輩は?」
『それも、いない』
復讐する相手を見失うリーゼちゃんから、覇気が消失していきました。
ジークさんは、ドラグースで起きた出来事を把握して、リーゼちゃんには教えてはいなかった。
幼いリーゼちゃんが、復讐に走るのを止めさせたかった。
ジークさんの声音には、労りがありました。
「リーゼさん」
「ん。ありがとう」
腕に触れると、幾分か力のない反応が返ってきました。
冷静に努めようとしています。
私の両親は森の棲息地から追われて、母の部族の地へと移住しました。
混血な私がいても、部族は受け入れてくれました。
そんな部族を、平穏と引き換えに森の部族は、帝国に売りました。
待っていたのは、虐殺です。
私は両親と部族を無くしました。
後に、トール君はその事実を話してくれました。
当時の私は復讐するまでの怒りをもて甘して、鍛練にのめり込みました。
けれども、森の部族もまた、帝国に狩られていましたので、行き場を喪った感情が暫くは消えることはありませんでした。
リーゼちゃんの哀しみには、共感できます。
私とは違い、リーゼちゃんには実力があります。
竜体に戻れば、ドラグース一国なぞ焦土に変えることが出来ます。
もしかしたら、竜族の族長さんもジークさんも、リーゼちゃんを諌めたやも知れません。
安易に消し炭に変えるより、長く苦しめた方が復讐の意味あいが深くなります。
実際には、そこまでリーゼちゃんの関心が長続きはしませんけど。
私とラーズ君が関わらなければ、興味はすぐに失いますから。
放ったらかしになるのは、必定です。
竜王姫の勘気に触れて、竜騎士が誕生しないのも、ドラグースへの鉄槌になっています。
多分ですけでも、この問題が解消されるのもリーゼちゃんにかかっている気がしてなりません。
ジークさんが竜王位に関心がないのも、族長さんが竜人国に対する依頼をしてきたのも、リーゼちゃんがどう判断をするのか、見たいからかもしれません。
『先程道化が竜騎士云々を言っていたが、我が姉の勘気が解かれぬかぎりは契約する竜はいない』
やはり、そうでした。
ジークさんには、率先して解消する気はなさそうです。
「竜王‼ 貴様、それでも竜王か。ならば、竜王姫を呼び出せ。わたしが、実力行使をしてやる」
再度、空気を読まない国王が近衛の騎士から、剣を奪いました。
振り上げて、喚き散らしています。
竜を敬うつもりもなく、従わせる実力があると信じているのは、道化を通り越しています。
煩わしくなったのか、ジークさんは竜の咆哮を轟かせました。
「ひいっ」
「陛下。誰か陛下を玉座にお戻ししろ」
「竜王。陛下は気の病に患っておられる。本心ではないのだ」
尻餅をついて後ずさる国王を、任務に忠実な騎士が庇い立て、玉座に戻します。
竜王姫の勘気に触れて、竜騎士が誕生しなくなった。
竜王の勘気に触れたら、今度は何が起きるのか、宰相さんにとっては頭の痛いことが続くことでしょう。
特に、国王が正気でいない今は、宰相さんが動かないとならない訳ですから。
『我に謝っても仕方がない。竜王姫の契約者にして盟友の騎士を、殺害しようとした先代国王とかわらぬな。何故に、国王という輩は、他者を疎んじる。彼の盟友は、王位簒奪を目論んではいなかったのに。それどころか、己れを殺害しようとした女を庇った。優しき盟友であった』
「竜王殿。それは、誠であろうか。先代陛下が、ベルナール殿を殺害しようとしたとは」
『事実である。竜王姫は、盟友の婚姻を祝福した。然れど、女には恋する別の男がいた。盟友を殺害しようと企んだは、男と先代の国王だ。竜王姫の力を借りて、国を乗っ取ろうとしている。嘘を吹き込んで、実行させた。愚かにも、恋する男の意のままになった女に、盟友は刺され、毒を盛られた』
ジークさんは、静かに話し出しました。
宰相さんにではなく、リーゼちゃんに。
新事実が明るみに出てくる話に、リーゼちゃんは僅かに目を見張っています。
ジークさんは、この際に全てを話すようです。
『竜王姫の怒りを買った女を、盟友は庇い立てした。己れの不徳さが、招いたとな。然れど、竜王姫は怒りを鎮めなかった。竜騎士を恨むなら、竜騎士を誕生させなければいい。竜王姫は宣言した。竜王と竜人王との盟約を破棄すると。そして、竜はこの地と竜人を見限った。竜にとり、盟友は己れの命に等しい。それが、二人の男の嫉妬により、喪われようとした。我でも赦さぬわ』
「そんな、理由で我等は振り回されていたのか」
「竜騎士が誕生しないのは、先代国王とレンダルク家の責任であったとは」
「当代陛下は、先代陛下の第一子。竜が嫌うのも無理がない」
暴露されていく事実に、国王とレンダルク家側は肩身の狭い思いをしています。
激昂して異を唱えないのも、彼等は事実を知るからでしょう。
レンダルク家は、司法の一族の要たる石版を失い、竜騎士不誕生の責任を被されることになりました。
今後の彼等の未来は明るくはないでしょう。
「ち、父とレンダルク家が悪いのだ。わたしは悪くない。責任はレンダルク家にあるんだ。だから、竜王は、わたしと契約するんだ」
「陛下。子供の様に喚いても、事実は変わりません。我等は、竜に見放されたのですから」
「違う! そこに、竜王を喚んだヴェルサス家の娘がいる。わたしの、側室にして竜王の威光を示せばいいのだ。そうだ、娘がいる。わたしは、見放されてはいない」
この竜人は、何を言っているのでしょうか。
まだ、威光を示すのを諦めていません。
一気に、リーゼちゃんに注目が集まりました。
その眼差しには、色々な感情が混ざっています。
リーゼちゃんを手に入れれば、竜王が付属してついてくる。
そうすれば、発言権は増し、家は栄える。
上手くいけば、新たな国王になれる。
打算が見え隠れしています。
「ヴェルサス家の……」
「竜王。勝負だ。ぼくの挑戦を承けろ」
牽制し合う重鎮の中で、空気を読まない人間がまた一人いました。
神国の召喚者です。
レンダルク家の輪を抜け出し、窓辺に駆け寄ります。
「マリアベル。レベッカ。支援を。リーナ。協力して、竜王を倒すよ」
呆気に取られました。
この後に及んでまだ、私を協力者だと思い込んでいますか。
猟兵団と渡り合う姿を見せたがために、実力を知らしめてしまいました。
ジークさんの咆哮に脅えているレンダルク家令嬢と、お付きの神官は及び腰です。
彼に続いてはいません。
私も、リーゼちゃんから離れません。
「マリアベル、レベッカ、リーナ。何をしている。手伝えよ。ぼくが竜王の契約者になるんだ」
「勇者様。お戻りください。竜王の試練には人手が足りません」
「だから、リーナと兄がいるだろう。早く、準備をしろ」
独り善がりな自称勇者に、神官が諭しますが、聞く耳を持ってはいない。
お断りを入れたのに、彼の中ではなかったことになっているみたいです。
ラーズ君も、呆れています。
「己れの実力も計れない、愚者には協力はしませんよ。是非、自分一人で挑戦をしてください」
「私も、お兄様に同意します。竜王に挑戦をする意義を見いだせません」
「何でだよ。ぼくは、勇者だ。勇者の従者に選ばれたんだから、ぼくの為に協力しろよ」
「勇者とは、神々に選抜された者がなります。君には、神々の加護なり祝福なりが付与されているとは、思えないです」
「ふざけるな。ぼくは、勇者だ。神国の枢機卿だって、認めたんだぞ。加護はあるに決まっている」
「そうでしたか。それは、すみません。生憎と、僕は加護がありませんので、有る方が頑張ってください」
ラーズ君が毒舌を発揮しています。
気に食わない人物だと、認定したのです。
ラーズ君の舌鋒に、自称勇者は顔を赤くしています。
単純に、よく言えば周りを見ないお子様で、悪く言えば単細胞。
都合のよい夢に浸っているのがわかります。
幼い子供がする地団駄を踏み、聞くに耐えない言葉を吐き出し始めました。
レンダルク家令嬢や、お付きの神官すらも罵倒しています。
「糞っ。どいつも、こいつも。ぼくを、馬鹿にして。もう、いい。ぼく一人でやる。後悔しても知らないからな」
一段落して折り合いをつけたのか、抜いた剣に付属されている魔法が発動して、無謀に突進していきました。
阿呆です。
彼岸の差は、計り知れませんのに。
ジークさんも、困惑している様子を見せました。
が、べちん。
見えざる壁に激突して、気を失いました。
「単なる馬鹿。道化にも、ならない」
リーゼちゃんの評価に、皆さん頷いています。
慌てて、レンダルク家令嬢と神官が走りよっていきました。
回収されていく、自称勇者。
段々と、扱いが雑になっているみたいです。
もしかしたら、魅了が解けてきているのかもです。
遅すぎでしたけどね。




